誰も居なくなったあの子の隣
壇上から議長席を見上げると、ラクス・クライン評議会議長は尚もなぜ、と問うてきた。
彼女の言い分は、アスランが自分に共感し支持してくれたから、ザフトから離反したのであって、それが大罪のようにアスランの口から語られるのはおかしいというものだ。
自分の主張が正しくないと言われるのは我慢ならないのだろう。
アスランがザフトから離反したことすら、世界平和への道のりの一つであるから、プラントを守っていることに相違はないとのことだった。世界平和へ導くことと、プラントの平和とはラクス・クラインの中では同一なのだ。
だが、ザフト軍の隊長職としては見過ごすことはできない。
世界平和と、プラントの平和は違うものだからだ。
俺はうんざりしながらラクス・クラインを見据える。
議長席にもマイクが用意されたのを確認してから、この女に通じなかった『アスランの考え』を再度確認するために口を開いた。
「アスラン・ザラは、二度に渡る大戦でザフトから離反したことを大変後悔しています。
プラントの防衛は彼の一番の望みです。
でももう彼は体のことがあって、ザフトに席を置くことは出来ない。もちろん、戦うこともできない。
体調が戻って、ザフトに復隊できたとしても、周りは二度に渡って離反したアスランを懐疑的な目で見るでしょう。
だからアスランは、ザフトに在籍する以外でプラントの為にできることをずっと考えていました。
まずはザラ派を解体し、新体制を作る。
ザラの権限は私のジュール派に引き継ぐ。
そして彼の資産の大半を、ザフトや国防委員会、戦争被害者の会に譲渡すると決めた。
資産の大半をプラントの公の機関に預けることで、ザラがテロリストに資金援助していないと疑われないための措置でもありますが、純粋にプラントのために使用してもらいたいというのも、アスランの思いです。
特にユニウス7の遺族会の方々はアスランの精神的な支えです。遺族会の方々に多く支えられた分、何かお返しができないかと、ずっと悩んでいましたから。
そして、父親を足蹴にして上がってしまった『英雄』である自分の栄誉をなかったことにしてほしいと申し入れた。
親を貶められて上がる自分の名声が嬉しい子どもはいないのだということを、どうかご理解頂きたい。
そして、やり方は独裁という誤った道ではありますが、パトリック・ザラの望みも、アスラン同様にプラントの防衛だったということをプラント市民に広く知ってもらいたい。
あのような暴挙は絶対に許されるべきではありませんが、アスランが何度も言うように、パトリック・ザラの望みはナチュラルの殲滅ではなく、プラントの防衛です。
パトリック・ザラの間違った主張は徹底的に修正しなければならない。全ては、テロリストの言い分にザラの名前を使われる隙を作らせないためです。」
ラクス・クラインは姫君に似つかわしくない厳しい顔で叫んだ。
「何故!?納得がいきません!アスランは、私の勢力に来られてプラントの為に戦ったのは事実です!何も恥ずべきことはないではないですか!
なぜ、それがさも大罪であるかのように話されるのです?おかしいですわ!何をそんなに思い悩むことがあるのです!
アスランの世界平和への貢献は、言わずとも皆様が分かっていることです。パトリック・ザラの名前を消したいならまだわかります。でも、自分の名をと願うほど、後悔なさっている理由がありません!
ジュール隊長、あなたが、あなたがアスランに何か話したのではないですか!?弱ってしまったアスランは御しやすいだろうと!」
ジュール派が全員立ち上がりラクス・クラインに抗議の言葉を述べる。
矢継ぎ早にラクス・クラインから繰り出された質問に、あぁアスランはコレに言葉を殺されたのだなと納得する。
そしてその内容は、思っていた通り理由を問うものだ。だが俺にはその問いに返せるだけのものは持ち得ない。
俺はアスランではないからだ。
この女に足りないのは想像力と理解力と共感力だ。
流石はプラントで一番の姫君。
傲慢で、横暴で、自分に有利なことしか考えていない。だからキラ・ヤマトにザフトの白を与える事が出来たのだ。
俺はラクス・クラインの瞳を見返して、嗤ってみせる。
「私はアスランに、『愛してる』と、『側に居ろ』と、『死ぬな』としか言いませんよ。もうザフトや議会とは関わって欲しくないのでね。本人は許さないだろうが、出来れば安穏と生きていて欲しいのだから。」
さらっと言えば面食らったラクス陣営の何人かが赤面する。母上がジュール派の席で悶えているが、見なかったことにしよう。壇上下のユーリ様は、周囲から見えないだろうとお腹を抱えて大爆笑だ。
「貴女はアスランのことをその様にお話されますが、私にはアスランの言うことは理解できますし、納得もできます。
ラクス嬢は何故、そうお考えになるのか。」
「ななな何故って・・・、」
頬を赤くしたまま絶句したラクス・クラインは驚きに目を見開いた。
「貴女の問いに私が返せるだけの答えは持ち合わせていません。ただ、アスランが自身の進退についての話を私にした時、彼は本当にプラントの防衛だけが生きている意味なんだなと苦い気持ちになりましたよ。」
一呼吸置いて、前を見据える。
「私とザフトのアカデミーで知り合った時から、彼の望みはひとつでした。
あの時のアカデミー生は皆知っていますよ。アスランの望みはプラントの防衛です。
自分の母を奪ったあの血のバレンタインから、理不尽にプラントに撃ち込まれる核を一つ残らず排除すると決めた。
だからザフトに入隊した。
自分でプラントを守るためだ。
機体に乗り、地球連合と戦う事を選んだ。
私も、私と同じ時分にザフトに志願したほとんどの者はあの惨劇を目にしている。
連合のユニウス7への暴挙はそれだけ大きい衝撃でした。明日が変わりなく続くと信じていたあの頃に、核ひとつでそうではないと突き付けられたからです。」
「ジュール隊長。貴方がザフトに志願した動機はわかりました。ですが、軍を拡大することは平和への道とは言えませんわ!
対話によって平和はもたらされるのです。
私達はもっと地球の方々と対話をすべきなのです。」
正しい道を説くように手を広げたラクス・クラインに、クライン派は拍手を送るが、そんなことは許さない。そんな甘さではプラントは守れない。
「ラクス嬢は、プラントが何故宇宙にあるかわかりますか?」
拍手していたクライン派も、ざわざわしていた他の派閥も水を打ったように静まりかえった。
「貴女がどう世界平和を謳おうと、考えや、信念を述べようと、このプラントに住まう全てのコーディネーターとは関係が無い話です。
人は、それぞれ考え方が違います。貴女の平和への思いは貴女のものであり、私は同じ思いではない。そして、貴女の意見は、プラント市民全ての意見ではありません。」
「それは分かっています。」
「いいえ、分かっていません。何故プラントが宇宙にあるのか。ラクス嬢、答えて下さい。」
睨み付ける俺に、ラクス・クラインは焦り始めた。
「コ、コーディネーターが地球で生きられないから・・・です。」
「何故、コーディネーターは地球では生きられないのですか?私も貴女も、地球へは何度も降りたこともある。生活が出来ないことはない。でも地球では生きられない。何故です?」
「そんなことは、今は」
話題を変えようとしたラクス・クラインの話を切る。
「逃げないでください。きちんと考えてお答えください。何故ですか?」
「ッ、コーディネーターが!ナチュラルに迫害されるからです!これで良いですか!?」
「良くないです。どのような迫害か細かくお話ください。全てご存知でしょう?」
「・・・。」
黙りを決め込んだラクス・クラインを嘲笑する。俺は調べた内容を見たことがある。
「・・・オーブで、コーディネーターの迫害について調べた男の論文を読んだことがあります。
コーディネーターの第一世代は、生まれたての赤子でも、新生児室には入れられずに生まれたその日に母親ごと家に帰されます。
どんな状態でもです。
もちろん、行政の支援はありません。
コーディネーターというだけで学校に来るなと幼い時分から同級生に言われます。来るなと言われ、学校へ行けばいじめにあう。なのに、学校に通うことを義務付けられている。
行きたくないと言う子どもには、両親に虐待の疑いをかけ、行政がしゃしゃり出て来て、両親から離されます。
両親は国を追い出されたり、国の企業に強制的に属され監視されます。
保護者がいなくなったコーディネーターの子ども達は孤独と暴力と疑いが友になります。
同胞が近くにいても友人にはならない。
相手の被害に巻き込まれたくないから、見ないふりをするそうです。
何かで一番になると、誉められる前に、『インチキ』と叫ばれる。 だから評価はされない。思春期になると、ナチュラルは複数人でコーディネーター一人を囲い、便利な道具扱いをする。命令をして、従わせる。従わなければ暴力をうけて、それを治療してくれる場所もモノも人もありません。
一人で対処しなければならないのです。
中には3歳から15歳まで、暴力に晒されて育った人もいましたよ。
見目がいいことを理由とした言葉にするのもおぞましい搾取を繰り返された人も。
コーディネーターと知れ渡ると、買い物や治療を相手側から拒否される場合もあります。
日々の生活で食うものも着るものにも困り貧困を極め、強靭な体であるにも関わらず餓死することも、人生を儚んで死を選ぶ者もいる。
そういう生き方をしたくなければコーディネーターと徹底的に隠して生活をするか、抗います。
でも抗った先で待っているのはコミュニティからの排斥、集団でのリンチ、ブルーコスモスによる暗殺、絶え間ない民間人からの暴力です。暴力は身体的にも、心理的にも毎日行われます。
抗った自分だけならまだいい。納得できる。でも、幼い子どもや、歳を取って抵抗できない身内も一緒くたに巻き込まれます。
地球は、コーディネーターの第一世代にとっては地獄だったのです。
今もなお連合諸国はこれに批准しているところもあります。中立国でさえ、まだ差別は色濃く残っている。
だから、コーディネーター第一世代は、このプラントを作ったのです。
プラントに来れば、迫害されていたコーディネーターたちは息ができる。
やっと自分を評価されて、自由に買い物ができ、暴力に晒されることなく、大好きな家族や友人と共に在ることができる。
好きな人と何の恐れもなく恋愛ができる。
自分らしく生きられる・・・!
地球と離れたことで、我々の親世代はほっとしたことでしょう。
あぁこれでやっと安心して暮らすことができる。一人の人間として同胞と一緒に前に進む事ができる。暴力に怯えることも、コーディネーターとバレることを恐れなくていい。
プラントは、コーディネーターの安息の地なのだと!
でも奴らはやって来た。
そっとしておいてほしいのに、もう関わらないで欲しいのに、わざわざ地球を離れてまで!
コーディネーターがひと塊になっているのだから、根絶やしにするなら今だと!
だからパトリック・ザラはザフトを作ったのだ。もう、プラントの他にコーディネーターの安息の場所は無いのだから!
貴女はよく対話をしましょうと話されるが、私は奴らがいかに手が早いかを知っていますよ。
対話を申し込む前に銃口を向けて撃ってくるのは当たり前。なんなら、全身を隠して襲ってくることもある。
こちらは防衛するだけですが、そんな彼らのほとんどが地球の平和の為にと、叫びながら撃ってくる。
彼らには彼らの正義があり、それが彼らの平和に繋がると信じているからです。
昔は各国が対話をするテーブルにプラントだけ着かせてもらえなかった。
プラントの位置付けは単なる植民地だったからです。
不要なコーディネーターをそこで纏めることで、民の不安を解消し、国家元首が不快な思いをしないための措置です。
支援はもちろんありません。水も空気も、アイリーン様が中立国に買い付けに行ったのは有名な話です。
そのテーブルにプラントが座ることができるようになったのは、一重にパトリック・ザラの力です。
パトリック・ザラは独裁者の名に相応しく、強引でとても厳しい方でしたが、プラントの行く末をずっと考えておいででした。
また、喪われたユニウス7は、プラントで初めて麦と葉物野菜を育てた功績があります。
特に麦は、畜産とセットでプラントから食料の不安を取り除いた。
これで麦の粗悪品を不当に高額で買わされることもなくなったのです。
そうやって、先人たちがプラントを少しずつ少しずつ発展させてきた。
対話が必要だと貴女は言いますが、対話をしようとしない相手には何と言って対話に誘うのですか?
銃口を向けて撃ってくる相手には。
・・・そういえば、対話をする前に銃口を向けるのは、貴女の愛するキラ・ヤマトも同じですね。
我々ザフトの防衛の意味など考えずに撃ってくる。
二度に渡る大戦も、地球ではデストロイの痛ましい惨劇もありましたが、最終局面は二度ともプラントの周辺で繰り広げられた。
ラクス嬢、銃口を向けて撃ってくる相手に、貴女はどう対話を申し込むのですか?」
ラクス・クラインは周りを見たあと、全員が自分を注視していることにハッと息を飲み込んだ。
戦闘中に何の言葉もなく介入するのは議会にいる全員が知っている。
であるのに、ザラ派やザフトには延々と対話を、と宣うその矛盾に、今気づいたのだろう。
「それは・・・。まず戦意を喪失させることが重要です・・・。」
顔色を無くして小さな声で言ったその言葉に鼻で嗤う。
「あぁそれでフリーダムは武器だけを狙い打ちしているんですね。
貴女方の陣営は、ザフトの武器は破壊しても、連合の武器はあまり破壊しない。
これは何故か。
連合は向かってきた者の兵器を落とすに止めていますが、ザフト兵は遠距離からでも攻撃対象だ。
貴女方と戦闘を繰り返していたミネルヴァ所属のシン・アスカの証言では、特に対話をしようと回線で話しかけられたことはないし、戦闘中にはアスハ氏や貴女、キラ・ヤマトから一方的に引けと命令されたと報告も上がっている。
アスランも似たようなことを言われて、とても悩んでいた時期があった。
こちらの戦闘の理由は聞かれたことも、納得されたこともないと。
ずっと疑問に思っていたのです。
ザフトは、プラントを守る軍です。
もちろん、ザフト兵が守るその後ろには、ビームや爆弾、核のどれかひとつでも当たれば簡単に壊れてしまう、何十万人というコーディネーターが住まうプラントがあります。
貴女方は、そのプラントを守る兵が、ただ連合から放たれた悪意を打ち返すだけの武器を持っているだけで、その武器を壊すのです。
戦闘中に武器を壊されたザフト兵の恐怖が貴女に解るでしょうか。
自分が補給のためとはいえこの場を離れたら、離れてしまったら。
もしかしたら、その隙に後ろにある大切な家族のいるプラントに核が撃ち込まれるかもしれないという、恐怖。
戦闘で一人になり、武器が破壊されても、核が放たれれば自身を犠牲にしてでも、何としても止めるという悲しい覚悟。
ザフト兵はこの恐怖といつも戦っている。
撃ってくるのが連合の機体なら納得できる。
でも撃たれた者の殆んどは、貴女方の陣営から攻撃されている。
『エターナルは友軍の筈なのに、なぜ撃たれたのでしょうか!』『エターナルは連合に掌握されたのか』『ラクス様は無事なのか』問われたことも何度もありますよ。
その度に、『あれはラクス・クラインが乗った船で、ザフトではなく第三勢力であり、ザフトの友軍ではない。見かけたら退避するように』と何度も何度も送電しました。
何度も、何度も。
二次大戦の終盤になると、装備できるだけの武器を全て搭載する機体が主流になりました。武器を持っていれば貴女方に壊されるからです。
ラクス嬢、貴女に彼らの覚悟が分かりますか?貴女はザフト兵をなんと思っているのです。
正直、私を含めたザフトの殆んどの官位クラスは貴女を恨んでいます。貴女が駈るエターナルがザフト兵を守ってくれたら、もっと救われた命もあったからです。
貴女はプラントに、この何十万人とコーディネーターの住むもろい人工衛星を、防衛など不要だとお考えなのでしょうか。
だからザフトを非難されるのでしょう?
ナチュラルはそもそも地球から出なければザフト兵に追われることはありません。
それは親プラント国にも当てはまること。
親プラント国の領海や領空をうろちょろしなければザフトからの警告はない。
あちらがプラントやコーディネーターを狙うから私どもは出撃するのです。
対話というのは、プラントの持つ特許を幾重にも無断で使用し、新型を何台も所有し、さもザフトが悪いように吹聴し、それを理由にプラントを撃ってくる連中に申し入れるべきだ。ザフト兵をどんなに非難して対話を求めても、我々はプラントを守るために戦っているとしか返答はできない。それが全てだ。
さてラクス嬢。対話を求める相手がどのような者の集まりなのか分かっていただけましたか?
確かに対話は必要です。私も全て否定はしません。貴女の考えも一理ある。
これからの世界なら、きっとプラントの言い分を聞いてくれる地球の国も増えるかもしれない。
カガリ・ユラ・アスハ氏のように、コーディネーターもナチュラルも関係なく受け入れてくれるナチュラルの方々も、私が知らないだけで大勢いるかもしれない。
対話で掴みとる平和はとても美しく理想だと私も思います。
でも世界平和を求めても、それがプラントの平和に、とはならない。
コーディネーターを受け入れてくれるナチュラルが沢山いても、ナチュラル全員が同じ考えではない。
コーディネーターを疎ましく思う一定数がいる限り、その一部は必ず彼らの平和の為にプラントを攻撃してくる。
ザフトはこの愛しいプラントを外部からの攻撃から守るための軍です。
ザフトが軍の拡大を求める最たる理由は、撃ってくる相手がいるからです。
キラ・ヤマトは貴女や、貴女のお仲間や、アスランに、『プラントは防衛ラインを敷くから地球連合が警戒して撃ってくるのだ』と話していたそうですね。全くの逆です。
地球連合が撃ってくるから、ザフトが防衛ラインを敷いているのです。
迫害されたから、宇宙に来たのにまだ迫害されるから、対抗手段を踏み切るしかなかったのです。
でなければ、プラントは全滅していたでしょう。
ラクス嬢、答えて下さい。
貴女の、地球の方々と対話しようという姿勢は素晴らしいと思います。
だが現時点でも、プラントを襲ってくるナチュラルは多い。
ならば、連日襲いかかってくるプラントに仇なす者達を、どうやって説得させるのでしょうか。
ラクス・クラインプラント最高評議会議長。
あまたのコーディネーターの安息の地であるプラントを率いる長として、お答えください。
現段階で、プラントの防衛は不要でしょうか。防衛ラインは、無い方が地球と対話ができるとお考えですか。」
青い顔で震える女を睨み付ける。
お前はきっと、答えられない。