ギアス 旧サイトきり番お礼

敵わないと思い知れば思い知るほど、男としては抗ってみたくなるものなのだよ。





『イースターカクタス』




「ねぇ、お父様とお母様って、どちらがお強いの?」
首を傾げて問うたエルモアに、スープを飲んでいたロイドがブフッと噴出し、腹を抱えて笑い始めた。夕食の一コマである。
「こらロイド!」
ひーひー笑いながら最早転がりまわりそうなロイドにシュナイゼルが「汚いよ」と口を挟む。
「私の方が弱いと、そう思っているのだろう?ロイド伯。」
睨みつけられたロイドの笑いは加速する。シュナイゼルがはぁ、と溜め息をついたのをきっかけに今まで黙っていたカレンまでもが笑い始めた。
「カレン、お前もか!」
笑う騎士二人をよそに、今まで静かに食事を摂っていたマオが、「あー・・・シュナの方が弱いよねぇ。」とうんうん頷きながら焼きたてのパンに手を伸ばす。首を傾げたルルーシュは「そんなことない」と不思議そうな顔をした。
それを見ていたエルモアは指を顎に当てて考える。
「どうしてお母様の方がお強いの?」
どうして?と子ども独特の濁りの無い目で問われたカレン、ロイド、マオが一旦笑うのをやめた。
「それはですね殿下。」
一番に口を開いたロイドはシュナイゼルに視線をやりつつ隣のルルーシュを見た。
「お父上がルルーシュ様にぞっこんだからです。」
「言えてる。」
「惚れたが負けって言葉もありますしね。」
続けてマオとカレンが口を挟んだ。エルモアは再びうむむむむ、と考える。
「ロイド、ぞっこんとはなんですか?」
「ぞっこん、というのはその人が大好き、ということです。」
正確には違いますけど。というロイドの言葉に、エルモアは目をきらきらさせた。
「じゃあ、お父様はお母様のことが大好きなのですか?」


・・・。


一瞬の沈黙の後、ロイドがぐりん、とシュナイゼルを見た。エルモアはそのロイドの視線に従ってシュナイゼルにきらきらした視線を送る。
急に振られた疑問に困ってルルーシュを見ると、彼女は少し照れたように笑う。

「そうだね、大好きだ。」




本当は、もう少し不純なものが入り混じって入るが幼い息子にはまだ早いだろう、とシュナイゼルは苦笑した。
最近年ごろになってきたエルモアの『なんで?どうして』攻撃はElysion内でも少し困った流行になっている。確かついこの前までは『どうしてロイドの髪の毛は銀色なのですか?』だった。
どうして、の問いに答えようと躍起になったロイドがDNAの話まで持ち出そうとしたが、あの時はルルーシュの『ロイドのお父様とお母様に似たのよ』の一言で幕を閉じたわけだが・・・


「それで、どうして私とお母様、どちらが強いのか気になったのかい?」


このエルモアの『なんで?どうして』攻撃にはきちんとした理由があるのを、Elysionに住む者ならば学習している。ロイドの髪云々の話は、エルモアを起こしに来たロイドの髪が朝日に光って鏡のようだったから、どうしてその色なのか気になったから、らしい。
幼くはあるが妻に似て賢く育ったエルモアはそのあとカレンの髪の色も、自分の髪の色も“お父さまとお母さまからいただいたのね”と納得をしていた。

質問を投げかけた相手のエルモアは首をかしげて「あのね、」とシュナイゼルの目を見た。


「今日、コーネリア叔母さまがいらっしゃって、お母さまがコーネリア叔母さまにプリンをお出しになっていて。」
「・・・うん。」
「コーネリア叔母さまはお母さまがお出しになったプリンをご覧になって“ルルーシュの作ったプリンには勝てないなぁ”っておっしゃったの。」


うん・・・?と首をかしげたシュナイゼルに、ルルーシュは苦笑しながら補足した。
「今日姉上はプリンの作り方を聞きにいらっしゃっていたのです。ご自分で作ったものと一緒に。」
ふむふむ、と頷くシュナイゼルにエルモアは続けた。
「それで、コーネリア叔母さまはお母さまに勝てないのですか?とお聞きしたら“ボロ負けだ”とおっしゃったの。」

きっとそれはプリンのことなんだろうなぁ、とシュナイゼルは思った。だから、自分とルルーシュとどちらが強いのかを疑問に思ったのだろう。

「なるほど。で、エルは一体どちらが強いと思ったんだい?」
「・・・お父さま。」

出てきたエルモアの答えに“おや”と思ってルルーシュを見ればルルーシュも不思議そうな顔をしている。

「どうしてそうだと思ったのかな?」

笑って尋ねるシュナイゼルに、エルモアは「だって」と頬を膨らませた。


「お父さまはお母さまが“やめて”って言ってもやめてくださらないから、だからお父さまの方がお強いのだと思ってしまったの。」





・ ・ ・。




いきなり落とされた爆弾に、その場にいたほとんどが固まってしまった。
ばしゃん、とスープが床に滴る音が隣からしたが構っていられない。

ルルーシュが“やめて”と言ってシュナイゼルが“やめない”ことは限られているが、この宮ですることは一つしかない。
つまりは・・・。

我に帰った咲世子が零れたスープを拭こうと床に屈むのとルルーシュがシュナイゼルにパンの入っていた空の皿を投げるのとは全く一緒だった。


「ばかぁ!」


パリーンと薄い皿が割れる音がしてルルーシュはドレスのまま部屋を出た。部屋を出る前のルルーシュの耳が真っ赤だったのは盛大に照れているからであろう。

驚いて目をぱちくりしている幼子に向かってシュナイゼルは殊更ゆっくり微笑した。

「ね?お母さまの方が強いだろう?」

コクリ、と頷いたエルモアを抱き上げると腹を抱えて呼吸困難にまで陥った騎士二人とマオを見る。
C.C.は我関せずといった風で本日十枚目になるピザのピースに口をつけた。

「嫌われぬようにな、シュナイゼル。」
(やりすぎて。)
呆れた口調で言ったC.C.の言葉に、シュナイゼルはため息を漏らしたのだった。





窓辺の椅子に腰かけたままこちらに背を向けているルルーシュを見てシュナイゼルは笑った。その背中が、“もう殿下なんて知りません”と言っている。耳が赤いから照れていることが盛大に伺える。
もしルルーシュが猫だったとして、近づいてくる者がいたとしたら、今の状況はフーッと威嚇しながらその相手が離れたら“別にさびしくなんかないもん”と体現しながら擦り寄る感じだ。
皿を投げたことを心配しているくせに、投げた張本人としては安否を確認してはみっともないし、第一悪いのは自分じゃなくて殿下なのだから謝る必要はないけれど、でも皿を投げたことは少し悪いと感じていて・・・とまぁ目の前の美しい妻はこんなことをぐるぐると考えているのだろう。
毎度のことながらかわいい存在だ。

「ルルーシュ。」

椅子に近づいて後ろから抱き締めると、腕の中でその存在はカチン、と凍ってしまった。
ロイドにも、マオにも、C.C.にも言われていることではあるが、ルルーシュは突発的に起こった事象に対して対策が取れない。
今の状態はまさに彼女の思考の範疇外だったのだろう。

「ルルーシュ。」

もう一度名前を呼ぶ。今度は少し息を多くして低く。耳元で囁いて体をさらに抱き締めると、ルルーシュから「はぁ。」というため息が漏れた。
「・・・カレンもロイドもどうかしています。私の方が絶対殿下に弱いと思うのです。」
眉を顰めながら頬を膨らませたルルーシュに、シュナイゼルは苦笑するとルルーシュを抱き上げた。
「いや、私の方が確実に君に弱いよ。」
怪訝な顔をしたルルーシュを横抱きにしたまま寝室へ進む。
「私は君の“お願い”には絶対勝てないからね。」


目で殺す、ではないのだけれどその目に見つめられて、微笑まれて“落ちない”男などいないのではないかと最近は思っている程だ。
それほど彼女の微笑みは凶器で、ついこの間もその手管によって籠絡してしまったのだ。
いや、あの時の上目遣いで首を傾げるルルーシュに誰がダメだと言えようか。言えるわけがない。
しかもそれが年々磨かれて行っている。
どこでそんなテクニックを覚えてくるのかは知らないが、可愛いので最早シュナイゼルは何も言えないでいる。

「お聞ききになっていますか、殿下。」

今まで自分がどれほどシュナイゼルに弱いか、を吐露していたルルーシュに引き戻される。結局はお互いに溺れきっているので水かけ論になるわけだが、シュナイゼルは「聞いているよ。」と頷いた。

「ならいいのです。」

頬を染めたルルーシュに、寝室のドアを開けながらシュナイゼルはきっと彼女には一生かなわないんだろうなぁ、と苦笑した。
柔らかなベッドの上に横たえて、シュナイゼルはルルーシュの上に乗り上げた。
妻には内緒だが、勝てる手段がこれしか思いつかないのだから新しい手段を開拓しなければと思う。

呆れた顔のルルーシュはシュナイゼルの首に白魚のような手をゆっくりと伸ばす。

そうして二人は大きな熱の波に飲み込まれていった。


END




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