ギアス 旧サイトきり番お礼



しまった、と思った時には既に遅かった。

レッドカーペットを中央にして両脇に凄然と立ち並ぶ貴族、そして常に壇上の上に座す父君を見上げ、その父から視線を下げた所・・・つまりは自分が歩いた先に第二皇子帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアがいるのを認識した瞬間に自分の夢である自由気ままな人生が潰えてしまったのだと理解した。
――――・・・この野郎!
大体からして、今日の準備の時のメイドの反応もおかしかった。いつもの通りの白いシンプルなブラウスと黒のスーツの上下で会に臨もうとした自分に、メイド長の咲世子さんが結構昔に皇帝が母に贈った碧いドレスを出してきたことだ。
「これは?」と聞いたら「昨日掃除の時に見つけたのです。陛下が驚いて腰を抜かし、尚且つそれがメディアに収められるところが見たいので、ルルーシュ様、一役買ってはくださいませんか?」とにっこりしながら言い出したので、父大嫌いな自分はおやつにプリンを出すことでその条件を飲んだのだった。

ああ、あの時の自分を殴り飛ばしたい。

道理でシャーリーが笑うのをこらえながらヘアメイクしていたのかが解った。どうせ私だけがこの茶番を知らなかったのだろうな!首謀者は解っている。というか知っている。面白がることがこの世の中の何よりも好きなあの人の差し金であることなど!ならば絶対に動揺などしてたまるものか!
自由?なんだそれは。ガンダムの名前だろうどうせ!

クッと顎を上げて人生の墓場へと歩を進める。貴族達の視線が自分を舐めるが知ったこっちゃない。どうせ逃げられないのだ。この場からも、運命からも。
シュナイゼルの隣に立ち、父君に向けて最上礼をする。あぁ、終わった。何もかも。
皇帝は自分と義兄を見た後、眉を寄せて顎に手を当てた。
「シュナイゼル、お前が伴侶に望んだのは、ルルーシュで間違いないな?」
「はい、皇帝陛下。」
「ルルーシュも、そうであろうな?」
いいえ、今日数秒前に知りました。とは言えない。
なぜならば帝国宰相である喰えない義兄はロリコン趣味でも皇位継承権第1位なのだ。オデュッセウス兄上がもう少ししゃんとした方ならまだ良かったのに。いや、今それは関係ないか。つまり、次期皇帝の兄に見染められた自分は、女の身で宰相補佐まで上り詰めたものの、第17皇位継承権しか得られなかったのだ。そこを逆手に取られた。
高位の継承権を持つ義兄に、公式の場で自分は失礼な態度をとることはできない。ヴィ家の存続にかかわるからである。
しかもそれだけで事が終わらない。なぜならこの男と婚約する皇女は次期皇后、もしくは国母の烙印を押されるからだ。公で確認を取られるのも頷ける。なぜならば帝国の存続にかかわるからだ。今まで冗談だと思ってかわしてきたプロポーズがよもや本物だったとは。大体、冗談以外の何だというのか。五歳の時に既に言われたぞ!いや、もういい諦めた。考えた所で現状が変わるわけではない。ぶっちゃけ、到底信頼できる夫とは言い難いがしかし・・・
「はい、もちろんです皇帝陛下。」
諾の言葉を迷いなく述べると、貴族達の間からホッという安堵の溜息を聞いた。なんだそれは。皇帝は明らかに安堵した顔をするとうんうんと頷いて「婚約を許す」と簡潔に答えたのだった。


*****



アリエスの離宮に寄る途中、人がいなくなったあたりから全力疾走で宮の庭を駆け抜ける。
息を荒げながら東屋に駆け込むと、母とカレンのお母さんである花音さんが優雅にお茶を飲んでいた。
「あら、お帰りなさいルルーシュ。」
顔をこちらに向けた母に、花音さんは笑って席を辞した。良くできたメイド長である。
「ただいま帰りました、首謀者さま。」
嫌ね、とゆっくりカップを口に持っていく母に呆れて溜息を吐いたあと、母の前の席に腰掛けた。
『アリエスの悲劇』と呼ばれる第32皇妃暗殺未遂事件から十年、母はすっかり回復してしまっている。公ではあの時に亡くなったと思われている母だが、皇帝直属の医師団に命を助けられた。彼女がこのアリエスにいるということは一部を除いて知らされていない。再びの暗殺を食い止めるためである。それ故に自分はあの喰えない義兄の宮へ引き取られることになったのだが・・・話が逸れた。
「首謀者なんて言いがかりよ。私はただ面白いことが好きなの。」
昔と変わらない屈託のない笑顔で母―――マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはそう言って首を傾げた。何年経っても変わらないこの少女めいた微笑みに脱力する。
「ええ、存分に知っていましたとも。でもこれはあんまりです!」
「貴方がそうやって頑なだから私がシュナイゼル殿下に協力してあげたのだもの。あの人、私に頭を下げて“ルルーシュを私に下さい”って言ったのよ?まるで昔のシャルルみたいでドキドキしてしまったわ。だからつい、」
「つい、じゃありません!婚約ですよ?この後にひかえているのは結婚です!そうなったら・・・」
「そうなったら?」
「もう宰相府にいられないではないですか!!」
「・・・普通なのではなくて?」
「何が悲しくて重要な案件の取りまとめに当てたい時間を子作りに当てなきゃいけないのですか!大体、シュナイゼル兄上ならちょっと甘い顔をしたら誰だって靡きそうなのに。」
「でもルルーシュはシュナイゼル殿下のこと、好きよね?」
「ええ、好きですよ、でもそれとこれとは・・・」
「そう、好きなの。」
にっこり、と笑った母に自分は顔が熱くなった。
「あら、可愛いわね。」
まるでリンゴみたいだわ、と呑気に言う母は「そうねぇ、でも彼の言う事は解るわ。ルルーシュなら皇后とか国母とか安心して任せられそうなのだもの。」と頷いた。
「だから!」
「だって、考えてもみなさい?貴方の他にいるシュナイゼル殿下の年齢に見合った高位の皇女の顔を。ギネヴィアさんに、カリーヌさん、コーネリアさんに、ユーフェミアさん。コーネリアさんは軍務第一だから、皇后というよりも将軍って感じでしょ?」
「・・・まあ、そうですね。」
「かといって、他の三人はどなたもお嫁さんにしたら国庫がいくつ有っても足りなくなるのではないかしら。それはそれで面白そうだけれど。妥当なのはルルーシュだけじゃない。」
ね?と笑いながらお茶を勧める母に「確かに」と思った。こんな国だが今傾いてもらったら中華にどう支配されるか解ったものじゃない。先ほどの皇帝と貴族の安堵の溜息はこれだったのか、と呆れると同時に痛感する。馬鹿じゃないのか、あいつら。
大した賭けだ。

あれで自分が断っていたら、帝国の存続にかかわったのだから。
「でも、ルルーシュはあの人が好きなんだからいいじゃない。」
「ふさわしくはないです。」
「そんなこと無いわよ?だって帝国随一の美妃と言われた私そっくりの娘なのですもの。」
先ほどとは違って艶やかに笑ったマリアンヌに「はいはい」と頷くと、三時のおやつの時間を終わる時計のベルが鳴った。スクッと立ち上がる。
「もう帰るの?」
「当たり前です。どうせ今頃私の機嫌を伺いたい誰かさんが宮の中の部屋を行ったり来たりしているでしょうから。」
「素直に会いたいから帰ります、って言ったらいいのに。」
「次に暇ができたら夕食をご一緒しましょう。」
「その切り替えの良さはシャルル似ね。もちろん、料理はルルーシュの手作りなのでしょう?ではその時に貴方のウェディングドレスのことも話しましょうね。」
「・・・・似ていません。」
「待っているわ。」
さっと踵を返した自分に、母が後ろでそう囁いた。


ルルーシュの背中が見えなくなったころ、マリアンヌはふう、と大きく溜息を吐いた。
「そんなにルルーシュの機嫌が気になるのなら、もう少し穏便に事を進めても良かったのではないかしら、シャルル。」
東屋の外、ルルーシュが背を向けていた壁の下を、マリアンヌは立ち上がって見て呆れたように笑った。
「そう言うな。遅いくらいだと思うのだがな。」
地面に直接腰を下ろしているシャルルに、自分も同じく地面に座ったマリアンヌは艶やかに微笑んだ。
「シュナイゼル殿下のルルーシュだけに発揮される強引さは貴方にそっくり。でも貴方の場合はもうちょっと余裕がなかったかしら?だって学生である私の親の家に乗り込んで、“娘と結婚させなければ貴国に戦争を仕掛けるぞ”だったものね。目は潤んでいるし体が恐怖にブルブル震えていてちっとも威厳なんて無かったのに、それまで冷静沈着を地で行くような父があの時は震え上がってしまって・・・。とても面白かったわ。」
「言うな。」
そっぽを向いたシャルルに、マリアンヌは「そんな可愛い貴方も好きよ。」と頬にキスを送ったのだった。



宮に帰った自分を出迎えたのは完全祝賀ムードのメイド達と義理の母であった。
「おかえりなさいませ!若奥様!」
やめてくれ、と内心で脱力しながらやっとのことで「ありがとう」と返す。アメジストの瞳を涙で潤ませた義母は「これでやっと孫の顔が見られるわ、長生きはするものね」とどこからか出したハンカチで瞳を拭った。
このシュナイゼルの母上は、自分の母とは全く正反対を行く人である。
ブリタニア後宮でも直系の血を濃く受け継ぐ彼女は、だからこそ病弱な体で生まれてしまい、年に数え切れないほどの病を得るのである。野山を駆け巡って、ナイトメアフレームを乗り回していた母とは大違いだ。父は皇后に、と望んだらしいが病弱を理由に辞退し、現在は第1皇妃に収まっている。人柄は穏やかで堅実。頭も良く、さすがシュナイゼルを育てただけはある女性といえる。
そんな義母の願いはできるだけ叶えてあげたい、と自分はそう思う。
あのアリエスでの事件の折どこにも行けなくなった自分を引き取ってくれた人であるからだ。ショックで口も利けなくなった傷心の自分を膝に抱きあげて、「実は私、女の子も欲しかったのよ。」と朗らかに笑った彼女に、自分は大恩がある。返せるものではないということくらい解っているが、何か役に立ちたいのだとずっと思っていた。
だからこそ宰相府に務め、シュナイゼルの補佐として立ったのだが、
「でも、そうね。そんなに急ぐことはないわよね。」
と嬉しそうに笑った義母に、心が温かくなる。彼女はいつも自分を気遣ってくれる。
「ただいま帰りました、お義母さま。」
微笑んで言うと、義母は大きな目をパチクリさせ、まるで花のように微笑んだ。
「おかえりなさい、ルルーシュ。」
あぁ帰ってきたな、としみじみ思った。



*****





部屋に戻ってドレスを脱ごうとすると、後ろからファスナーを下ろされる。そのままアップにした髪の毛をほどかれて項に口づけられると肩に掛っていたドレスを床に落とされた。
下から出てきた上質なコルセットのジッパーを下ろされ、それも床にパサっという軽い音をさせて落ちて行った。ブラジャーとガーターとショーツというあられもない格好になった自分はひょいと抱きあげられる。
「・・・私でなかったら、義兄上は今頃犯罪者ですよ。」
「・・・君以外に手を出そうとは到底思わないけれどね。」
「どうしてあのような素晴らしい母君からこんな暴君が生まれるのか・・・いや、理由はわかりました。100パーセントあの男の血ですね?」
言った自分に、シュナイゼルは眉を顰めて口づけを落とした。そのまま寝室のベッドの上に倒される。
「・・・ん、・・ふぁ」
つう、と舌どうしに絡められた銀糸を切ると、シュナイゼルはフロントホックを外す。そのまま大きくも小さくもない胸を揉みながら耳朶に舌を這わせた。
「・・・あッ、だめ、待って。」
「何年私が生殺しにされてきたと思うのかな、ルルーシュは。君は公で“Yes”と言った。ならば君はもう私の妻だ。」
「ああッ―――考える余地も、んッ逃げる為の退路も、くれなかった癖に―――ッ」
白いショーツの横から忍び込んできた指に中をかき回されて喉を反らすとそこに口づけられ、痕を残される。
自分で服を脱ぎながらシュナイゼルはショーツの紐を解いてその中央に自身を打ちつけた。
「イッ」
信じられないくらいの痛みで気が遠退きそうになるが、足をゆっくり撫でる手に邪魔され失神することが叶わない。足の甲を大きな手で掴まれ、唇に二回目の口づけが落とされた。
「ん、」
「・・・・っつ、大丈夫かい?少し、きつい。」
中が蠕動して兄を締め付けるのが解る。その先が欲しいと言っているみたいで頬がカッと熱くなった。
そんな自分の状態に満足したのか、喰えない兄は口角をいやらしく上げるとストロークを開始する。
「待って、」
「だめ。それを聞いて私は17年待ったのだ。もうこれ以上は待てない。」
早くなる律動についていけずに首に腕を回すと、一層律動が激しくなった。浅く、深く内側を固くなったシュナイゼルの自身で突かれまくって、自分は首を横に振った。眦から涙が零れおちる。
「――――ッすごく、煽情的だ。」
更に大きくなったシュナイゼル自身に内壁が絡み付き、自分は内側から灯された熱が体中を苛むのに抵抗できずに、一瞬か永遠か解らない暗いのに眩しい波に飲み込まれていった。
息を大きく吐いたシュナイゼルが自分の上で目を閉じ、何かに耐えるように体内で爆ぜたのは自分が白い世界に跳んだのとほぼ同時で。

落ちて来た彼の汗を受け止めたその時に、相手が自分の夫になるのだと、唐突にそう理解した。



******



ガッシャーン、と壺が割れる音がして駆け寄った家人は第6皇妃の修羅のような顔を見て、今ここに来たことを後悔した。
「何をぼさっと立っているの!さっさと片付けなさい!」
理不尽な命令に、立っていたメイドはさっさと片付けを始める。さっさと終わらせて自室に帰った方が身のためであることは明白である。明日、色々理由をつけて転属届を出そう、と思っていたところで手を皇妃に踏まれた。
内心、『痛い!』と叫びそうになったが、彼女は何とかこらえた。じっと耐える彼女は間違いなくメイド長に相応しい人材である。ギュッと踏まれた手がとても痛いが、もうひとつの手でせっせと片付ける。
終わったところでヒールが手から離され、皇妃は屈んだままのメイドを蹴り飛ばした。
「気が利かないメイドね!お前なんかいらないわ、クビよ!今すぐこの宮から出てゆきなさい!」
荒れている皇妃を前に「この分では新しい紹介状は書いてもらえそうにない。執事に頼もう」と思案する。
立ち上がって割れた壺の破片をその場に放置すると「大変お世話になりました」と優雅に述べて見せ、メイドとして主に対しての最上礼を皇妃に取ったのち、微笑みを絶やすこと無くその部屋を去った。後ろで「待ちなさい!」という叫び声が聞こえたが、自分はもうここのメイドではないので従う理由は無いと振り返らなかった。不敬罪だと言われればそれまでだが、数多くいるこの宮の数百を超えるメイドの一人の名前と出身をあの自分大事な皇妃が知っているはずがない。
自室に戻り荷物―――どうせ去ることになると思い荷を増やさなかったのが幸いしてトランクひとつ―――を持って執事長の元へ行き、困った顔をする執事長にクビになった旨を伝え、次の紹介状を書いてもらう。その折に、この宮に入る前に提出した履歴書が返還され、「貴方がいなくなると大変困ります。」と半ば泣きそうに留めようとする仲間のメイド達に「死んでしまう前に早く辞めなさい」と伝え、彼女は、この上なく嫌な主人の所有物だった宮を清々しい気持ちで出て行った。

「またメイドを一人クビにしたそうだね。」
「あの女ったら、この私が“待ちなさい”と言ったのに、振り向きもしなかったのよ!」
お茶を飲みながら第6皇妃は、煌びやかに飾り付けた愛人の男にそう愚痴をもらした。この愛人の男は、第3皇妃の甥にあたる。
「それはとんでもないあばずれだ。美しい貴方の声に耳を貸さなかったとは。」
歯の浮くような台詞に、皇妃は満足げに頷きそして男の胸に頭をゆだねた。
「でも、許せないわ。」
「メイドかい?」
「いいえ、あのヴィ家の娘よ!」
「・・・・なぜ?」
「流石はあの女の娘ね、横から掻っ攫っていくのが得意と見えるわ。シュナイゼルはコーネリアかユーフェミア、由緒正しいリ家の者を嫁がせる手筈だったというのに。あんな得体の知れない女の娘を選ぶだなんて・・・歴史あるブリタニア帝国を馬鹿にしているとしか思えなくてよ。これは立派な国家反逆罪だわ!」
「コーネリアはともかく、ユーフェミアならば上手く纏まったかも知れないね。」
「当たり前のことだわ!シュナイゼルが認めなくても皇后に据えてやろうと思って政治の勉強をさせにエリアに向かうのを許したのに、その間にあんな女の娘に横取りされるなんて!この『リ家』から出た皇后しか認めないわ!せっかくあの女狐を皇帝宮から永遠に追い払ってやったというのに、これでは何の解決にもなっていない!あの時第1皇妃が引き取ると言わなかったら早々に手元に置いて殺してやったものを!」
悔しいわ!と叫ぶ皇妃の肩を男は抱き寄せた。
「そうお怒りにならないで。ルルーシュのことはまた亡き者にすればいいのです。手を貸しますよ。」
「ありがとう、嬉しいわ。そうね、このことはユーフェミアが帰ってきてからでも十分間に合うわね。」
艶然と微笑んだ皇妃に、男は口づけを落とした。



******



ルルーシュの部屋の前で、シュナイゼルの騎士であるカレンと、ルルーシュの騎士であるロイドは揃って溜息を吐いた。
「・・・上手く、丸めこまれたねぇ。ルルーシュ様。」
「まぁ、纏まらざるを得なかった、って感じではあるわね。」
ロイドはシュナイゼルの幼馴染であるが、カレンもルルーシュの幼馴染である。科学者肌のロイドと、生粋の軍人であるカレンには共通項は少ないが、ある一つのことについては同じだとお互いが認識をしていた。それはルルーシュを守ること、である。それらを真剣に思い始めたのは彼らが初めてルルーシュに会った時のことだった。ルルーシュは彼らに愛らしく微笑んだ後「よろしく」と言った、それがきっかけだった。
それなのに自分たちはあのアリエスの事件で傷ついたルルーシュを癒すことが出来なかった。あの時のルルーシュはもう未来永劫見たくない。そして守れなかった、というあの大きな喪失感も、もう味わいたくない。
だからこそ、一番の危険人物から遠ざけ、且つ見張ろうと思っていたというのに!
「ねぇ、カレン。」
「何よ!」
「結局、掻っ攫われちゃったねぇ。」
「・・・・言わないで。今すっごい後悔してるんだから。」
「うん、僕もだよ。何ていうか・・・。奴をぐっちゃぐっちゃのめっためたにしてハゲにしたい感じ?」
「あー吊るして市中引き回しして打ち首獄門でもいいとおもうわ。」
「んー」
「あー」
「「これまでの苦労っていったい何。」」
かの皇子殿下の魔の手からルルーシュを守り続けたこの十年間が怒涛のように二人に襲いかかる。
何のために二人交代で連日ルルーシュの寝室の前に陣取っていたと思うのか。あの聖母の微笑みを称える奥様に「あの子ももう少し遠慮しないとルルちゃんに嫌われてしまうわ」と言わしめるくらいのことを奴はしぶとく、しぶとく、しぶとかった。
カレンはルルーシュの幼馴染であるので、奴の恐怖は計り知れない。頭脳明晰で容姿端麗な幼馴染は、取っ突き難い外見と性格をしているが、一旦内側に潜り込んでしまえば警戒心という警戒心が抜けてしまうのだ。
そして警戒心を抱かせない身内に囲まれれば、ちょっとぽやんとした・・・陛下曰く“可愛いルルーシュ”になってしまうのだ。
そんな無防備なルルーシュを守り続けたこの十年間は、シュナイゼルとの戦いだったと言っても過言ではなかった。
ルルーシュの後見人の一つであるアッシュフォードの令嬢ミレイとロイド、そして自分はとても苦労した。だって当のルルーシュが『義兄上は冗談で言っているだけのことなのだから。』とほとんどシュナイゼルのことを本気に捕えていなかったのでその苦労は並ではなかった。それでもルルーシュに選択権を残そうと躍起になっていたというのに。
「ほんと、何だったのかしら。」
今回の婚約は充分エル家、ひいては帝国側がルルーシュに無理強いをしている。唯一の救いはルルーシュがシュナイゼルに密かに想いを寄せていたことだ。これで彼女があの恐怖の大魔王のことを嫌っていたら自分たちは決死の覚悟で奴に挑んだだろう。―――まぁ、そんな体に悪い決心はついぞしなくてよかった訳なのだが。
ロイドとカレンは重厚な扉の前で共に溜息を吐いた。

「やっぱり、納得いかないんだよねぇ。」
「同感よ。」

彼らの苦悩は終わらない。






水を飲む為ルルーシュの寝室から出てきたシュナイゼルに、カレンがゆっくりと跪いた。
「何事かな?」
水差しの水を口に含んだ後、バスローブを着ただけのシュナイゼルをカレンは空色の瞳で見上げた。今の時間は午前二時を示している。
「緊急のことです。お耳に入れたく、非礼を承知でお部屋へ入らせて頂きました。殿下、“リ家”が動き出したようです。」
「・・・全く、あの者たちは自身の立場を解ってもらいたいね。」
「殿下、」
「手配しよう。叩けば埃が出てくる連中だ。ルルーシュが糾弾される前に有効なカードを集めておきたい。
―――君とロイドに一任しよう。」
「解りました。」
「どうせあの者たちの主張は一つだ。」
「――――と、言いますと?」
「“ルルーシュは皇女に非ず、ユーフェミアこそ皇后に相応しい”だろう。冗談ではない、なぜ私があのような能無しを皇后に選ばなくてはならない。それこそ“あり得ない”。彼女は皇女の任を果たしていないからね。彼女こそ皇女ではないよ。その辺はギネヴィアもカリーヌも解ってくれている。」
「解ります。」
「どんな手を使ってもいいから、カードを集めておいてくれ。裏付けの証拠も。」
「Yes, your highness.」
「頼んだよ。」



******




「あ、まただ。」
一つの紙を見て、ルルーシュは眉を顰めた。提出日を遥かに過ぎ、更に宛先を間違っている書類―――ユーフェミア・リ・ブリタニアと署名された文書はいつも宰相府の悩みの種であった。
「ユフィはまた間違えたな。」
大きく溜息を吐いたルルーシュにロロ・ランペルージが笑ってその書類を受け取った。
「ではエリア11箱に入れておきます。」
苦笑したロロは彼の机の横に置かれている箱・・・通称エリア11箱にその書類を突っ込んだ。月に一度、この行き先が果てしなく違う書類達をこの宰相府の者たちは各部署に割り当てるのである。その時にはいつも行った先の彼らに苦笑されるのだ。「いつもお疲れ様です」と言われることに、ここ数年慣れてしまった。だがこれでも減った方である。何故ならば彼の皇女に回すより目の前の宰相補佐に頼んだ方が仕事が減る、と無能嫌いの文武府のトップである第一皇女のギネヴィアがユーフェミアに回す予定の書類をルルーシュに回し始めたのだ。
高位の皇女の命令に、ルルーシュは否を唱えることが出来ず、さらにそれを聞きつけた他の部署―――法務科や交通科、軍事科さらに領地管轄科などがこぞってユーフェミアの書類をルルーシュに回すようになったのである。
現在、エリア11は実質ルルーシュが納めていることになってしまっている。
「ユーフェミア皇女殿下が、もう少し仕事が出来る方なら良かったんですが。」
「今までは政治になど興味がなさそうだったのだがな。」
「シュナイゼル殿下に気に入られたいんでしょう。」
「あんな男がいいなら熨斗を付けてくれてやりたいよ。」
「またそういう事を。聞きましたよ、昨日は宰相殿下がお部屋に行かれたそうですね。」
「な、何のことだ?」
「可愛いですね、お顔が真っ赤です。」
にっこりと笑ったロロに、ルルーシュは顔が熱くなった。
「ロロ!」
「何はともあれ、帝国にとっては一番最良且つ最善でしょう。おめでとうございます、ルルーシュ殿下。」
「・・・お前まで言うか。」
「ですが、宰相府にとっては痛手です。殿下、皇妃と両立とか出来ないんですか?」
「・・・・今交渉中だ。あの人が折れてくれればいいのだが。」
ボーン、と時計が鳴って三時を指す。ルルーシュはそれを聞き届けると、席を立った。
「すまないがこの案件、進めておいてくれ。」
「そう言えば今日から皇后さまの指導が入るんでしたよね。」
「・・・そう。あぁ、憂鬱だ。」
「行ってらっしゃいませ。」
「うん。」








カツカツカツ、と廊下にヒールの音が響く。
今着ている服は、いつもの機能性に優れたパンンツスーツではなく、ちょっと普段では絶対に着ないようなふわふわとしたドレスだ。
まさかまさか皇后様に謁見する身でスーツはよろしくないだろうと一旦シュナイゼルの宮に帰って、ずっと前にお義母様から頂いたものを着ている。色身が地味なもので、それでいて繊細に染められているものだ。
・・・派手な色があまり好きではない私の好みを、義母は知っているらしい。
苦笑しながら、後宮の最奥の部屋のドアを、3回、ノックした。

『お入りなさい。』

中から声がかかったことでこの部屋に入る了承は取れた。

「失礼いたします。」

メイドの手によってドアが開けられ、部屋へ入るよう、案内される。
この後宮の主は豪奢な椅子に座ってサッと手に持った扇子で顔を隠し、近くの椅子に座るよう私に言った。目が笑っている。

「皇后陛下様にはご機嫌麗しく存じます。私は此度第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの妃となりました第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。
 皇后陛下様直々に教育をと仰っていただき、身に余る光栄に存じます。感謝いたします。
若輩者でご無礼を働くこともあるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します。」

ドレスの裾を持って最上礼をすると、周りのメイドから溜め息が漏れた。・・・何か失敗しただろうか。

皇后陛下は緩やかに目を細めると、扇子をスッと上げた。心得たメイドは彼女に向かって一度礼を取ると、全員扉の向こうへ下がっていく。

「どうぞ椅子におかけなさいな。ずっと立っていては疲れてしまうわ。」

言われた言葉に少々驚きながら、一度礼を取ってから近くの椅子に腰かけた。

「初めましてルルーシュ皇女。私は第一皇子オデュッセウスの母、そしてこの後宮の主。アマーリエ・ウ・ブリタニアです。今日からは第三の母と思って接しなさいね。」

上品に微笑まれ、毒気が抜かれる。母とは大違いだ。

「ではもう堅苦しいことはやめやめ。」

持っていた扇子をパチン、と鳴らすと扉の向こうからきゃあきゃあとメイドがお茶とお菓子を運んできた。

「あの、皇后さま・・・。」

目の前に置かれたクリスタルのテーブルの上に、沢山のお菓子とメイドの為のカップと自分のカップ、そして皇后さまのカップが置かれる。
白黒していると、またにっこりと笑われた。

「貴女の事は、実はオデュッセウスからも、シュナイゼルからも、クロヴィスからも聞いているのよ。」
にこにこ笑いながらそう言う彼女にどう反応していいか迷うところだ。
「だから、初めて会った気がしないのよね。」
自ら紅茶をカップに注ぎ、皇后陛下はにこやかに笑った。
それを見たメイドの一人が、くすくすと笑う。
「お三方様が集まるとルルーシュ様のことが必ず議題にあがりますものね。」
「私たち、どなたが落とされるのか賭けをしていましたの。」
「そうですよ、全く。私はオデュッセウスに賭けたというのに。あの子ったら全然手も足も出せないで。
それでシュナイゼルにひょいと取られてしまったのよ。あぁ、でもそれは第一皇妃様の功績が大きいわね。流石はあのシュナイゼルの母親。貴女をちゃっかり引きとっちゃって。私もあの時引き取ると言ったのだけれど、あの方の方が早かったからと手元には置けなかったのよね。参戦したかったのに残念。」
ふふふ、と楽しそうに笑うその顔には悪意は見当たらない。ほっとして、手元の紅茶を一口飲んだ。

「ありがとうございます・・・。」

はにかんで笑うと、皇后陛下は笑みを深くした。

「本当はね。」
「はい。」
「もし、この場所に来た者が皇后に相応しくない者なら、叩きだしてやろうと皆で話していたの。」
「え、」
驚いて皇后陛下の顔を見ると、「杞憂だったわ」と笑った。それに頷いたメイドの一人が、

「ルルーシュ様でないと駄目なのっていうの、皇后様の口癖なんですよ。」

と真剣な顔でルルーシュを見た。

「私でなくても・・・ギネヴィア姉上も、コーネリア姉上も、ユーフェミアも、カリーヌもその資格は十分に有ると考えますが。」

「いいえ、貴女でなければ駄目よ。絶対だめ。他の皇女は、例え皇妃にはなれたとしても、絶対に皇后にはなれないわ。いい、ルルーシュ。」
「はい。」
「王には、多くの妃が必要よ。大国であるならば有る分だけ、統治する者はその大国を治めるだけの器量と、能力、度胸が求められる。
そんな大きな男を、世間も知らない、働くことも満足にしたことのない貴族のたった一人の小さな女が支えられる筈がないのよ。
私たちは、一人で支えられない代わりに、全員で彼一人を支えなければならない。
 王は、弱いところを臣下や国民に見せることはできないわ。それは無駄に反乱を呼び寄せ、内乱は他国への侵略を許す道具となってしまう。そうならないために、常に気を張って生活をしなければならないの。それはとても大きなストレスよ。だってガラス張りの部屋で皆に見られながら生活するのと同じだもの。・・・でもずっとそれでは幾ら王でも人間ですもの。疲れてしまう。そうならないために私たちがいるの。
その男が大きければ大きいほど、皇妃は多くいた方がいい。誰かの元で安らげるならそれでいいのよ。でも皇后は違うわ。」

「違う・・・。」

「ええ。皇妃には、王の為の癒しや安らぎ、極端に言えば次世代の皇子や皇女を生み育てるということが求められる。
履き違えている皇妃も多く居るけれど、貴方の母親のマリアンヌはそのことはきっちりと頭に入っていたわ。第一皇妃様も同じ。あの方たちこそ本当の皇妃の頂点と言っていい。素晴らしい方たち。
 シャルルの子供を産んだのにも関わらず、その子供たちを放って遊び呆けるのではなく、その子たちにきちんとした教育を自らの手で行っている。だからこそ二人とも特に優秀なのよ。他の皇妃はこうではないわね。
私も見習いたいけれど、オデュッセウスは甘やかしたせいで覇気のない子になってしまって。いい子だけれど、王の器ではないわ。その辺は反省してる。」

「では皇后様、皇后と言うのは・・・。」

「皇妃には癒しや安らぎが求められる。でも皇后は戦友よ。王と一緒に戦うに値するものしかその資格を与えることはできない。王と同じものを見て、同じ観点から物事を考え、国を治める。時には王に代わって政務を執ることもある。そんな女は、王と同じだけの器量と、能力と、度胸が求められる。貴女にとっては本当は不本意かもしれないことかもしれないけれど。
・・・貴女は、帝国を第二に支えるものとしてここに居いるのよ。だからこそ、皇位継承権第一位の者が、その伴侶を連れて来る時にはこの間のシュナイゼルのように、全員の前での承認が必要だったの。それに。」
「それに?」
「貴女は騎士候の皇妃からの生まれだから、初めから他の皇妃の娘たちよりもしっかりしているのよ。」
その言葉に少しだけ眉間にしわを寄せると、皇后陛下は「身分が低いから、という理由ではないわよ。」と苦笑した。

「他の娘たちよりもしっかりしているというのはね、ルルーシュ。貴女は、他の娘と大きく違うところがあるということなの。わからない?」

カップに入った、やや冷えた紅茶を皇后陛下は少しだけ口にした。
「・・・。よく、解らないのですが。」
素直にそう言うと、皇后さまは笑みを深くした。
「他の姫たち・・・そうね、例えば歳の近いユーフェミア皇女と、貴女が同じように飢えた民を見たとするわよ。」
「はい。」
「あなただったらどうする?」
「・・・そうですね。まずすることは、その地域の民が何故飢えているのかということを徹底的に追及しますね。考えられる可能性としては、施政者が不正を行っている場合、その年の穀物が不出来だった場合、戦災の余波というのも考えられますし、流行り病かもしれません。施政者の不正であれば、トップを切り捨て、優秀な者を派遣します。穀物の不作は、その年の帝国全土の問題ですから、国庫の3分の1をつぎ込んで地域ごとに上限を決め、国庫の中から援助をします。それでも対応できない場合はエリアからの輸入品に頼ることになりますが、それでエリアが活気付けば帝国本土もそちらへ輸出しやすいですから、フィフティーです。戦災の余波ならば、一部地域だけですから、彼らへ課せられる税を繰越にして対応し、食物などの不足分は地域の予算額を3割上げて、ローン式にします。こうすれば国庫からの出費の痛手はローン返済という形にして施政者からの不満は出ないでしょう。病の場合は、医療従事者をそちらへ送り、それ以上病が広がらないように徹底します。」
「ええ、だから私は貴女が相応しいとおもうのよ。それではもう一人。ユーフェミア皇女がその飢えた民を見たとき。彼女はこういうと思うの。
着ている服から何かを差し出して、『どうぞこれをお金に変えてください。』って。
ええ、ユーフェミア皇女はとても可愛らしく、優しい方よ。だけれど、それで政治はやっていけない。確かに、その民はその時は空かせたお腹をいっぱいに出来るかもしれない。でもそれだけよ。明日になればまた空腹が待っている。そうならないためには、貴女がさっき言ったように、政策が必要なのよ。」





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