新春企画 『貴方と共にあるということ』


遠くに落ちた鬼の首が転がる音で、目が覚めた。
おそるおそる見ると、「お前ぇ」と濁音の恨みの音を立てながらサラサラと粉になっていく。
周りを見渡すが、この鬼を斬ってくれそうな人はいない。
大晦日から日を跨いでも決着がつかなかった鬼退治は、今しがた誰かの力で決着がついた。
俺が逃げ回ったから、鬼はぴんぴんしていた。なのにいつも、誰かが斬ってくれるのだ。
・・・いつも自分を助けてくれる"誰か"が誰なのかを知らないのは、とても怖い事だ。
見張られているのだろうか。
でもそうなると、耳が特にいい自分に気づかれないような気配の消しかたを会得した御仁ということになる。
今まで出会った人の中で、そんな事ができるのは音柱の宇髄さんだけだ。
宇髄さんだって、訓練の賜物だと話していた。
あの人が言う訓練なら、相当な努力が必要だ。
宇髄さんは体からする音が本当に地味なのだ。本人はド派手なのにね。
となると、そんな手練れの忍びが俺を見張っていることになる。
はっきり言って怖い。
それでも、自分が今生きているのは、きっとその見知らぬ誰かが鬼を斬ってくれているわけで。
どういう理由かは解らないけれど、助けてくれているのなら、感謝しなくてはならない。

踏みしめた地面からジャリッと砂の乾いた音が鳴った。辺りは本当に静かで、生き物の音などしないけれど、自分を見張り、助けてくれる、きっと忍びさんはどこかに潜んでいるのだろう。

「いつも、助けてくれてありがとうね。」

風が通り過ぎて、呟いた言葉。
ザザーッと音がすり抜けて音が届いたか少し気になった。
はぁと吐いた溜め息が白く濁る。
零時過ぎて、新年早々鬼狩りかよとも思うが、見知らぬ誰かに助けて貰っている手前、文句は言えない。
体の芯からの冷えに、手を擦り合わせた。
鼻から入るツンとした冷気に痛みを感じながら鼻が良い友の事を思い出した。

「あー、早く帰りたい。」

鬼の音が消えた森からは、平穏が戻ったかのように生き物の息づく音がする。
山の木々の間を駆け抜けて体温を上げていると、麓の方から祭の太鼓の音が聞こえた。
松明のはぜる音に、神社が近いのだと察する。太鼓と笛と、鈴の音に一仕事終えた体はやっとの休息を得た。
神社の後ろの塀からひょいと入り込み、境内に赴く。
年明け前から参列する人混みは、家族勢揃いで美しい着物に身を包み、その顔はとても穏やかだ。
境内を走り回る子どもの声はひたすらに明るい。
参拝を終えて、境内の階段を下りていると、泣きたくなるような音が聞こえた。
階段下の鳥居で、禰豆子ちゃんを背負った炭治郎が手を振っているのが見えた。
急いで下ると、炭治郎は優しい顔を笑顔にして頭を下げた。

「あけましておめでとう、善逸。今年もよろしく。」
「こ、こちらこそ。あけまして、おめでとう。」

唐突な挨拶に、生まれてこのかた年明けに「あけまして」なんて言われたことのない孤児は慌ててしまう。
それなのに、挨拶と同時に握られた手がとても温かくて、自然と笑顔になってしまった。
「今年もよろしくねぇ。」
顔がにやけてしまうのは許して欲しい。
「炭治郎、どうしてここにいるの?」
子細を聞けば、たまたまこの近くでの任務に振り当てられていたこと、そして神社に今来た所だと言われた。
自分を待っていたのは、この明るい髪の毛が上から降りてくるのが人混みでも見えたからだと話してくれた。
「派手だよね、これ。」
実際奇異な目で見られる事の方が多い。髪の毛をいじりながら話すと炭治郎は「どこにいても善逸が見えてわかりやすい」と笑った。
炭治郎の背中の箱から禰豆子ちゃんを出してあげて、再び来た道を戻る。
お前は終わったのだろ?と言う炭治郎に、お参りは何回してもいいのだと話して、禰豆子ちゃんと炭治郎と手を繋いで境内の階段を上った。
一人よりも三人。
最初に見た家族連れと同じような顔をしている自覚はある。
お参りを済ませると、炭治郎が甘酒をご馳走してくれた。

空はだんだんと白くなってきて、俺たちが待ち望む朝日がやってくる。
うとうとし始めた禰豆子ちゃんを箱に戻して、上から境内のお土産屋さんで買った膝掛けを入れて、炭治郎からお礼を言われた。
今日の寒さは鬼だって辛いはずだ。

鳥居から境内に光が射し込む。
その光に、あの時の黎明を思い出す。
震える炭治郎の手を握ると、ハッとした炭治郎も手を握り返してくれた。

一人より二人。

君がいるときっとどんな事でも乗りきって行ける。

そう、信じる。

また新しい一年がやってきた。

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