その他のお礼小説


「春ですねぇ。」
「・・・ああ、春だな。」


春もうららな暖かい日が続くここ彩雲国は、今日も今日とて当代帝・紫劉輝の住まう貴陽を中心として活気づいている。


珍しく休日を取ることが出来た李 絳攸は紅家貴陽別邸に来ていた。名目上は秀麗の勉強に付き合うためなのだが、現在は庭の桜の木の下に敷物を敷いてお茶を飲んでいる。
ほのぼのとした空気はまるで老成した夫婦のそれだが、当の本人たちは全く気づいていない。見ていた邵可は遠い地にいる三番目の弟を思いやり、人知れずため息を吐いた。

「あの二人をくっつけるのは至難の業だよ。」

邵可は笑って振り返り、「そうは思わないかい?」と数メートル後ろの木に問いかける。するとその木がガサガサと音を立てた。






「・・・気づいていらっしゃったんですか?兄上。」
答えたのは、頭や服に枯れ木の葉っぱや泥をつけたなんとも情けない風情の紅 黎深である。黎深は土埃をパタパタとはたき、兄を見てニコリ、と笑った。
「もちろんだとも。黎深の気配はたとえ寝ていてもわかってしまうよ。・・・独特だからね。お花見に来たのかい?」
「兄上の家の桜が復活したと聞きましたので。・・・すももの花が咲いているうちには来られなかったものですから、桜は見に来ようと。」
恥ずかしげに体をゆすった黎深は伺うように邵可を見た。
「何もこんなに遠くから見なくても、絳攸君と秀麗と一緒に見れば良いのに。・・・まだ秀麗に名乗ってないらしいね。」
黎深は拳にぐっと力を入れて、首をぶんぶん横に振った。
「だってですね、私は秀麗に嫌われたくありません。」
ポツリと言った言葉に、邵可は笑ってしまう。この天つ才の鬼吏部尚書は姪に嫌われることをとても恐れている。邵可にはそれがとても興味深く、そして愛しい。
「ばかだなぁ、黎深。そんなことで秀麗は君を嫌ったりなどしないよ?ああ見えて、物事の本質は見定める力がある。・・・親の欲目かもしれないがね。」
「そんなことありません!」
「では、なぜ?」
「・・・・私は巻き込みたくないだけです。」
「君は本当にいい子だね。」
「そんなことを言うのは兄上だけですよ。」
黎深は視線を地面にずらすと、扇子を取り出した。それと同時に砂利を踏む音が聞こえて来る。


「・・・・紅尚書?」
白菜とにんじんを手に取った藍楸瑛は邵可と楽しげに話していた相手の名前を訝しげに呼んだ。黎深は「ふん」と鼻で笑った後、「何用だ、藍家の三男が」と目を細めた。
別段、彼がここにいることにふしぎは無い。むしろ、毎回会わなかった方が不思議なのだ。あまり多くの者が知らないとは言え、紅家当主はこの紅黎深をおいて他ならないのだが・・・他ならないのだが・・・。

「なんで居るんです?」
今日花見に呼ばれていたのは、絳攸とタンタンと静蘭と邵可様、あの茶洲の・・・名前を忘れたが、彼と自分だったはずだ。王には謹んで辞退してもらって、「今夜は鍋よ!」と意気込む秀麗姫に、龍蓮が頭につけていた白菜とにんじんを手土産にやってきたわけで。

んん?と首を傾げた楸瑛に黎深の米神がひくり、と動いた。
気付いた邵可がやんわりと進み出る。
「いつも悪いね。秀麗と絳攸君はあそこに居るんだけれど、他の方々がいらしてないのだよ。黎深は私に少し用があってたまたま来てくれたんだ。」
おっとりとした口調の邵可に、楸瑛もやんわりと笑った。
「そうでしたか。・・・絳攸と秀麗殿だけなんですか?」
邵可を見て、その後ろを見た楸瑛は少し微笑む。
「・・・でも、あの二人に割って入るのも気が引けますね。」
ふう、と溜め息をついて彼らを見やった楸瑛に、黎深がパチン、と扇を閉じた。
「藍家の若造でも、人の機微は読めるのだな。」
「これでも得意なほうですよ。兄と、弟よりは。」
すかさず返した楸瑛の言葉に、その場の温度が少し低下する。
「・・・・言っておくが、秀麗はやらんぞ。」
「貴方に睨まれては、秀麗姫に求婚するものは皆悪夢にうなされることでしょうねぇ。お気の毒だ。」

ムカムカしながら楸瑛の言葉に返す黎深と、何の気なしに黎深の言葉に返す楸瑛に、邵可は頭痛を感じた。

「・・・。」
「・・・。」

二人が同時にお互いの目を見た瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。


ギャアギャアと煩い玄関を覗き込んだ燕青と静蘭とタンタンは一様に眉を顰めた。
いい年をした大人二人が言い争いをしているからだ。しかもその内容のばかばかしいこと!
邵可が困り果てておろおろしているのを見て、静蘭は溜め息をついた。

「・・・旦那様。」

静蘭のひとことに、邵可は顔を静蘭たちの方へ向けると、「どうしようもない」と首を横に振った。
―――・・・その諸悪の根源らは、


「それを言うなら私は、毎週のように彼女にご馳走をしてもらってます。いや、秀麗姫の料理の技は一流で。」
「貴様なんぞ単なる武官ではないか。私は、秀麗が困っているときに手助けすることができた。・・・あの時の秀麗の可愛さといったら!わわ私のことを「おじさん」と言ったのだぞ!」
「それで絳攸がいつも忙しいんですね。少しは気遣ってあげたらどうです。この間飲みに言ったら“つかれた”と言っていましたよ。」
「アレはあれに与えた試練だ。他のものと、比べ特別視する気はない。貴様こそ、あの頓珍漢な弟を参内させることに気を回したらどうだ?」
「そ、それは」


など、云々かんぬん。言い合いの種は絳攸だったり、秀麗だったり、龍蓮だったり変わるものの、要は自慢話である。
腹を抱えて今にものた打ち回りそうな燕青とタンタンを横目に、静蘭が声を張り上げようとした、まさにそのときだった。


「「もう、いい加減にして下さい!」」


スポーンと飛んできた空のセイロが言い合いをしていた楸瑛と黎深の頭にゴチ、ゴチ、と当たる。
われに返った二人が声のするほうを見ると、息を切らして顔を真っ赤にした秀麗と、同じく絳攸がフシュウーと頭から湯気を出しながら怒っていた。



「もう!もう!どうしてああいうことを大声で言えるんですか!恥ずかしいですよとっても!お、じ、さ、ん!」
「楸瑛、貴様もだ!お前がそんな目で俺達を見ていたとはとんだ失態だ!秀麗、コイツに近づくなよ。三秒で孕むぞ。なにせ万年常春発情男だからな!」
「行きましょう、絳攸様。静蘭。お父様。」
「あぁ全くだ!」


ぷんすか怒って台所に向かう二人の背中は勇ましい。
「・・・意外と、お似合いかもしれないなぁ。」
と邵可がぽつりと呟いたところで、静蘭は肩の力を落とした。燕青は未だに腹を抱えて笑いながらじたばたしている。
「き、嫌われてしまったかな。」
青ざめた楸瑛が呆然として呟く。黎深は縋る思いで邵可を見上げた。
邵可はクスリ、と苦笑を漏らすと、「とりあえず、夕飯を一緒に食べて行ってはどうかな。」と二人を誘った。




きょとん、と邵可を見た黎深だったが、やはり首を横に振った。
「家に帰ります。すみません兄上。」
ショックで座り込んでしまったわけなのだが、地面から立ち上がると、邵可に向かってのみお辞儀をして黎深はさっさと帰ってしまった。

「・・・全く、あの子は本当に素直じゃないなあ。」
呆れたように言う邵可に、楸瑛も立ち上がる。
「では、私は素直に呼ばれます、邵可様。」
「そうしてくれるかい?黎深もだが、あの二人もなかなか素直じゃないみたいでね。」
そう言って苦笑すると、邵可は背を向けて台所に向かった。
あえ?と首を傾げた楸瑛の肩を静蘭がぽんぽん、と叩く。
「静蘭?」
何時に無く覇気がない顔を見て、楸瑛は彼の名を呼んだ。
「お前がお嬢様と絳攸殿を語るには百年早いとお見受けするが。」
「お前の方が知ってるって?」


「違う。旦那様の千里眼にかてるわけないだろう、馬鹿か?だから黎深様も早々にお帰りになったんだ。」
「ちなみに」
地面に伸びてひーひー言っていた燕青が楸瑛の肩を掴む。
「お前に残るよう言ったのは、秀麗姫と絳攸さんの矛先をお前に向けるためだ。」

よくやるよなぁ、とのんきに言った燕青に楸瑛の顔が蒼白になった。一歩足を引いたが後の祭り。

「おっと、逃がしはせんよ。」
「旦那様のためです。大人しくつかまってくれますよね?」


前門の狼、後門の虎とはこのことである、と楸瑛はその日、身をもって知ったのだった。




END.
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