ギアス 旧サイトきり番お礼


膝の上にのった頭を見下ろして、菊はその滑らかな髪の毛に手を差し入れた。
「皇帝陛下、貴方の髪の毛はまるで絹糸のようです。」
ふふふっと笑った声に、ブリタニア帝国皇帝は目をぱちぱち、と動かした。光を湛えた美しいアメジストが陽の光にきらりと輝く。
「菊の方が絹みたいだぞ?・・・だが、そうだな。耀の髪もそうだな。」
「哥哥の髪は長いですしね。」
「触らせてくれと言ったら、“お前が伸ばせばいいある!”と怒鳴られた。」
「哥哥らしいです。」
躊躇いもなく伸ばされた皇帝の指が己の髪に触れるのを、幸せだと菊は思った。
触れてくる指は、慈愛に満ちている。



世界はこの皇帝に従い、全てのものがまるで時を止めたように動いていない。このまま動かなければいいのに、と菊は願った。
例え、己の耳に民衆の怨嗟の声が響いたとしても。

――――だって誰も知らないのだ。

知ろうともしない。
彼に向って反逆を起こした黒の騎士団も、白の皇子の優秀な部下も、中華の者たちも全て、誰一人として。何だかんだと理由をつけられ――――処刑されていないのだ。

何故気付かないのだろう、と思う。
この孤独な皇帝陛下は、見知った人を殺せない優しい人だというのに。



「――――菊。」



呼ばれて下を向くと、皇帝の髪の毛がサラサラと着物の上を滑った。若い彼の顔には疲れが見て取れる。指に巻かれた包帯に血が滲んで痛々しい。

――――多くの糾弾に晒され続ける体。

「何でしょう。」

笑顔で答えると、皇帝は穏やかにほほ笑んだ。
「頼みごとがあるんだ。」
笑った皇帝は、菊の膝の上でごろり、と寝返りを打った。
腹にある帯の真横にきた皇帝の顔に驚きつつ、菊はひょっこり出ている皇帝の耳に、滑り落ちた髪の毛をかける。
大きく息を吸った皇帝に、菊は彼の丸まった、やや骨ばった背中をゆっくりと撫でた。
その気安さに、小さく笑い声を上げる。

「昨日、遅くまで作業をなさっていたでしょう。」
「・・・バレたか。」
「バッシュさんが明かりがついているのを見た、と言っていましたから。」
「なるほど。―――だがあれは必要で、迅速な対応をしなければ民が大変になるからなぁ、と思ったからしていたんだ。」

クスクス笑いながら皇帝陛下はいけしゃあしゃあとそう宣った。まったく、この人は人が良すぎやしないか・・・?
弱いものが見捨てられない。そして、民が苦しむのを、自分の痛みにしてしまうのだ。

「―――食糧不足の地区、それも貴方に反逆の牙を剥くために経費をすべて武器に変えるようなところに最低限でも食糧を支給するための采配をすることが、ですか?」
「必要だろう?」
ふあーとあくびをする皇帝に、菊は「呆れた方です」と肩を透かした。
背を撫でるリズムは変わらない。


「・・・頼みごと、とは何ですか?」
「・・・。」

沈黙。

それが何か嫌な予感がして、菊は目をゆっくりと閉じた。

皇帝はゆっくりと息を吐き出す。



「菊、俺が死んだあとの日本を頼むな。」



告げられた言葉に、菊は目をこれでもかと見開いた。

その言葉の意図を明確に読み取って。

でもそんなことは信じられない!信じたくない!

「そんな、そんな何十年も後のことを!」
声が掠れてしまう。
信じたくなくて思わず大声を出してしまった菊に、皇帝はゆっくりと首を横に振った。

「扇は、指導者としては強くない。
政策も甘いだろう。
神楽耶やヴィレッタが良く支えようとするだろうが、あいつは日本気質な男だからな、女性に守られるのを良しとはしないだろう。
・・・お前に導いてもらいたい。
スザクは―――・・・こういうのは苦手だからな。」

皇帝の一言から、背を撫でる手を止めて聞いていた菊は、黒い瞳からぽろぽろと涙を零した。

零れた涙を、白くて優しい手が穏やかに拭う。
「聞きわけてくれ。」

悲しげに見つめる美しい瞳も、伸ばされた指も、滑らかな漆黒の髪も、優しい声すら。

喪う覚悟をしなくてはいけない。
いつかは訪れるそれが、この皇帝の言うとおり、早いのであれば。
菊はゆっくりと首を縦に振った。


「解りました。その願い、叶えましょう。敬愛する、私の皇帝陛下。」


指を取って、手の甲に口づけを落とす。
安堵したルルーシュは、肩の力を抜くと安らかな夢の世界へと入って行った。


涙が一滴、己の頬を伝うのを菊は感じた。





コンコン、と扉が叩かれる音がして、菊は慌てて涙を拭った。
ギィ、と扉が開き、入ってきたのは眩しい長い金髪の、海の色を瞳に持った長身の男――――フランシスだった。
「バッシュからここだって聞いて。ルルーシュは眠った?」
近づいてくるフランシスに、菊はブンブンと首を縦に振ると、フランシスは菊の膝の上で伸びたルルーシュを腕の力だけでひょい、と持ち上げた。


「ふらん・・・」
慌てて立ち上がろうとした菊に、フランシスはウインクしてルルーシュを抱え込んだ。
「寝るならベッドの方がいいだろ?」
菊はホッと一息つくと、肩の力を抜いてにっこりと笑った。
「それもそうですね。」
笑顔でこたえ、寝室へ運ばれていくルルーシュに、菊は付いて行った。


『できれば神様。もうすこしこのままで。』




お前ら自分のベッドで寝ろ!
えーいいやん、ルルちゃんとおりたいねん。
だからって、ベッドを占領してどうするんですかこのお馬鹿さんが!
・・・まったくだ。
ヴェー・・・頭さらさらだねー。
そこの奇声を発している生物、ルルを起こしたらどうなるか・・・その無い頭でも理解できるよね?
イヴァン、黒いものが体から出ている。

お前らもう静かにしろ!!

アーサー、お前が一番五月蠅いとお兄さん思うな。・・・少し、黙ろうか。



END


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