新春企画 『貴方と共にあるということ』
宇宙は全てを包みこんで、その青い星を安寧の中で見守っている。
時折流れる星屑や、繰り返される朝と夜の太陽の死を見守りながら、イザークは何度目かのため息を吐いた。
自身が指揮するボルテールは防衛ラインを突破してきたならず者と小競り合いし、事なきを得て補給のためにプラントへ帰還する最中だった。
ラクス軍の活躍から『平和』の為ならなんでもオッケーみたいななんちゃって軍の横行が激しい。
言ってみれば、ブルーコスモスだって、彼らの掲げる正義と平和のためにプラントへ核を放ったのだ。
正義や平和なんて受け取り方で何でも味付けできる素材だ。
甘い考えに乱されない為には、自国の人命を守ること、人間であるために倫理的にしてはいけない基準を自分で持つこと、あとは無理をしないこと、自分だけで解決しようとしないことだとイザークは自負している。
軍という組織を指揮する少佐としては、自分の戦績よりも部下の命の方が大切であるのだから。
アスランなら、と考えてその口元が緩くなるのは、ご愛嬌だった。
一月前に、娘が生まれた。
人工子宮で育った彼女は、少しの変化にも敏感なわがままプリンセスだったが、技術者や医師らの助けがあり、なんとか生まれて来てくれたのだ。
ジュールの家のトレードマークである銀髪に、瞳は濡れたエメラルドで、それはそれはとても可愛いプリンセスだ。
母上は飛び上がって喜んでは、『ばぁば節』を披露している。
アスランは初めて抱く赤子を見て『小さいが、重たい』と、涙を流した。
彼にとって血の繋がった家族は特別な存在だ。
アナスタシアと名付けた生まれたばかりの可愛い娘を構い倒している時に入ったエマージェンシーコールに歯ぎしりしたのは許してほしい。
プラントの防衛ラインに侵入してきた奴らには正直殺意しかなかったが、武器を狙った攻撃はとても有効だった。
そのまま地球へお帰り頂けたので言うことはない。
戦艦の影が無くなったので帰還すると連絡をして、ボルテールと入れ違いで他の艦を手配した。
すばしっこくて3週間も捕り物に時間がかかった。
補給は安定しているが、そろそろプラントへ戻らなければと考えていた。
「お疲れさまです、ジュール隊長。」
「シホ。」
「ご家族から入電が入っているそうですよ。艦長室につないであります。」
「ご苦労。休養を取るように。」
「ハッ!」
美しく敬礼したシホに頷いてから、艦長室へ戻る。
連絡を繋ぐと困った顔をしたアスランが画面に映し出された。娘は膝におり、ふにゃふにゃと眠っている。
「どうした?」
『今、大丈夫か?』
「大丈夫だから繋いでいる。お前からの連絡はできるだけ繋ぐように、艦の人間に頼んでいるし、俺のグフにも回線を繋ぐ許可は貰っている。もっと連絡してくれ。家族なのだから。」
その言葉に、今度はエメラルドの瞳が潤んだ。本当に、どうした?
「何があった?」
『クライン派が来た。』
その震えた声に、俺は立ち上がった。
「大丈夫だったのか?何か言われたり、暴力などは」
『それは、お義母様がなんとかしてくれて。俺はこの子を抱きしめているだけだったよ。』
「何を言われた。」
『その子を渡せと言われた。』
子どもを見下ろすアスランを、直ぐに抱き締めてやりたい。
頼りない体を抱き寄せて安心させてやりたいのに。
また、またクライン派だ。
あいつらは何度アスランから笑顔を奪えば気がすむのか。
『イザークさん。』
はらはらと涙を流すアスランに、ハンカチをあてて、母が後ろからやって来た。
『ラクス・クラインから、希望から生まれた子は認めないと言われてしまったの。一度に預かって、不当に扱われないように管理するのですって。
上等よ。私に考えがあるから、貴方はそのまま帰っておいでなさい。私の可愛い家族を泣かせて、孫を奪う施政者には、孫命のばぁばの怖さを思い知ってもらうわ。
だてに権力は持ってないのよ私。
アナスタシアは望まれて、幸せになるために生まれて来たの。
管理なんて必要ないし、監視だっていらない。のびのびと育つアナスタシアの人生にはいらないのよ。つまり、そんな奴らはプラントには不要よ。』
ね?とはらはらと涙を溢すアスランの肩を抱き寄せる母が強い。
ほどほどに、と言おうとしたら口から「完膚なきまでお願いします。」と出てしまった。
咳払いをしてアスランに向き合う。
「アスラン。俺とお前の娘は、プラント一の姫になる。皆から羨ましがられる俺たち両親にめいいっぱい愛されて、才能を開花させる。
俺たちの娘は何にだってなれるんだ。
なんてったって、音楽コンクール入賞常連のニコルのピアノの胎教に、幼児教育の権威だったパトリック様の弟子が子育てを手伝ってくれている。
なにより、絶対的な味方の母上と俺がいる。お前は一人じゃない。
俺をパパにしてくれたのだから大丈夫だ。」
『俺は、俺の罪がアナスタシアを害することが怖い・・・・!』
眉間に皺をよせるアスランに、俺は拳をぐっと握った。
側にいたいのに、なぜこんなに離れているのだろう。
「アスラン、そうならないように、俺たちが居るんだ。ディアッカも、ユーリ様も、カナーバ様だって・・・!それに俺もいる。いつもお前の側には居られないが、心は共にある。・・・愛してる。」
画面に向かって笑うと、呆然とするアスランの横でキャー私の息子が素敵!最高!といつものように叫ぶ母上。
母の声に驚いたアナスタシアが泣き声を上げた。
泣き止ませようとアスランが赤子をゆらすのを見て、自然と笑みが深くなる。
『・・・早く、帰って来て欲しい。この子は、わりと重たいんだ。』
アナスタシアをあやしながらぶっきらぼうに赤い顔で話すアスランに、「承知した」と返す。
「皆で乗りきろう。俺たちは、家族だ。」
画面に向かって微笑む。
アナスタシアはふにゃふにゃと泣きながらも、俺を画面越しに見上げた。
アスランは濡れたエメラルドの瞳を瞬かせて美しく笑った。
『ああ。俺たちは、家族だ。』
言い返したアスランを母上が『あら、私たちも頭数にいれくれないと!』と、アナスタシアとアスランを抱きしめた。
今年は家族も増えた。
来年も乗り越えるべき波がたくさんある。一人では越えられない波も、家族となら乗り越えることができるだろう。
もうすぐ日が変わる。新しい年になる。
争いがなくなることはない。世界は我が儘で欲望に満ちている。
誰かの幸せを奪いたい連中は多い。
施政者は強欲だ。
でも俺にできることをできる限りするつもりだ。
家族の安寧を守るために。
奪うためではなく、守るためにこの力を振るうと決めている。
遠い空へ祈る。
限りない安寧の夜と、希望の朝を迎えることができるように、願う。
また、朝が来る。
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