鬼滅

「炭治郎!鳴!」
身仕度をしてから縁側に腰かけると、裏門から大男がにこやかに手をあげた。
「宇髄さん。」
現在産屋敷当主に仕え、鬼殺の陣頭指揮を取っている元音柱だ。
炭治郎がほっとしたように宇髄の名を呼ぶと、溜め息の音を感じ取った宇髄天元は苦笑した。
「旦那業も大変だな、炭治郎。」
わかるぜ、と片方しかない大きな手で炭治郎の頭をぐちゃぐちゃに撫でる。
「来ていただいてありがとうございます、宇髄さん。ぜ、鳴をよろしくお願いいたします。」
「おーおー、任せとけ。鳴、お前足はどうだ?」
ぐりん、と首だけ此方を向く宇髄さんから顔をさっと背けた。
「いや、怖いですよ、それぇ!首とれそう!取れそうだから!足?足は大丈夫じゃないです!超痛いです!最悪!」

あの貴族から矢で射かけられた足は、発情期近くになるとケロイドが熱を持つ様になった。
葵さんの話では、ヒートのせいで全身の血流が良くなって、ケロイドの下の筋肉が膨張するために、ひきつれるような痛みが出るのだろうという話だった。
水の呼吸だったらなんちゃないが、雷の呼吸は下半身、特にふくらはぎの筋肉を重点的に使う。
呼吸を使う時は一瞬の筋肉の膨張と収縮を繰り返す為にケロイドの痛みは気にならないが、(そもそも呼吸を使っているときは痛みどころかそれどころじゃないしな。)日常生活で筋肉が膨張したままのときは、痛いから辛いのだ。
なんてったって、膨張したままなので。
ヒートが終わらなかったり、熱があるとふくらはぎが元に戻らないので。
俺が痛いと騒ぐと炭治郎があやしてくれるので、番と引っ付いていたい俺としては役得でもある。

あの炭治郎の一番弟子である道隆くんからは、それはもう金属を金具で削り取るような凄まじく嫌な音がするので、彼が居るときはあまりねだらないようにはしているのだけれど。
思案していると、宇髄さんから猫よろしくひょいっと抱き上げられた。
炭治郎が宇髄さんと何やら話していたので放って置いたのに。
正式な柱同士の会話だ。
俺は数合わせのおこぼれ要因なので難しいことはわからない。
わからないったらわからない。
きーこーえーなーいー!
「鳴、」
「炭治郎?」
「行ってくる。お歴々の事は俺に任せてほしい。お前を誰にもやるつもりはない。」
聞こえてたのバレてらぁ。
俺がめったにいない乙種だからって、なんだって貴族連中は俺を追いかけ回すのか。炭治郎にも迷惑が掛かっちまってる。
「俺は、お前を手放せないから、迷惑だなんて思うなよ。」
「怖い!感情読み取られてるけども、俺の旦那が凄い格好良くない!?素敵!愛してる!結婚してぇ!あ、してたか!」
「・・・恥を晒さないように。だから、絶対善逸の所に戻るから十分に気をつけて。あと、宇髄さんの言うことはきちんと聞くこと。伊之助も明日夜にはなるだろうが帰ってくるから。」
「炭治郎。名前」
宇髄さんが厳しい表情で指摘した。
俺は宇髄さんの腕から炭治郎に手を伸ばして炭治郎の首を抱き締めた。ついでに頬擦りもしておく。

「絶対だぞ。お前がいなくなったら、俺、死ぬからな。」

比喩でなく、これは本当のことだ。

「わかってる。」
「行ってこいよ。必ず戻れよ。あと、おみやげは宇髄さんの奥さんたちが羊羹好きだから羊羹ね。時間なかったら無理しなくていい。無事に帰って来ておくれよ。それが一番なんだから。いや、羊羹やっぱやめた。お前が一番だからね。一番帰って来てほしいんだから!宇髄さんや禰豆子ちゃんたちと、皆で待ってるから。
あと、お館様にごめんなさいって、言っておいてくれよ。俺も手紙書いてチュン太郎に持たせるから。」
「わかったわかった。宇髄さん、3日間、鳴をよろしくお願いいたします。」
「承知した。」

炭治郎の玄関に向かう背中が遠くなる。
離れることに、ぞわぞわと不安を掻き立てられるようになってしまった。
どうしよう。
ヒートが近いせいもあって、なかなか上手く呼吸が出来ない。しゃくりあげる声を殺すために口を手でふさいだ。
完全に炭治郎の後ろ姿が見えなくなると同時に俺の涙腺は決壊した。

「まぁ、お前にしちゃー頑張った方かな。よしよし。」

ギャン泣きする俺を抱え直した宇髄さんは、そのままゆっくりと周りを見渡すと「じゃ、家にいこっか。」と走り出した。




どうしよう、決壊した涙腺が戻らんのよ。


宇髄さんちの奥のお部屋には、俺用の部屋がある。
そこに敷かれた炭治郎の布団に投げられて(比喩ではない。ぽいっとされたの、あの筋肉ダルマに!)そいで、それからずーっとだばだばと涙がこぼれ落ちるの。
怖くない!?

「なーる、お前水分とれよ。干からびるぞ?」
「此方にお水あるので飲んでくださいね。」
「鳴くん、おめめがべっこう飴みたいでおいしそう!」
まきをさん、雛鶴さん、須磨さんが代わる代わる世話を焼いてくれるのが嬉しい。
「うぇぇぇえん!!」
俺はもう感情のコントロールが出来ない。
「炭治郎がいないのぉぉぉ。俺を置いて行ったあぁぁあ。」
「酷いです!帰ってきたら私が齧ってやります!」
「炭治郎はお前を置いていくの本当に心配していたから、そう言ってやるな。な?」
「一緒に帰りを待ちましょう。」
ぐずぐず泣いて、炭治郎の布団にくるまると炭治郎の匂いがする。
「おーおー、やってんなぁ。」
どこかへ出かけていた宇髄さんが、俺の布団をペラっとめくった。
「とりあえず、茶でものめよ?死ぬぞ?」
お茶は、とりあえずこのお家に来た時に飲もうとしたけどダメだった。
炭治郎がいないので精神的に参っているときの食べ物や飲み物はダメなのだ。
吐いてしまう。
ゆっくり首を横に振ると、宇髄さんはそっか、と言って布団ごと抱き上げた。
「天元様、移動しますか?」
「いや、鳴の部屋はここでいいが、ちょいと日に当ててやろうと思って。あの日屋敷変な感じしたろ?
鳴。お前、炭治郎や伊之助が不在の時にほとんど外に出てねぇんじゃねぇの?庭とかも相当警戒してるだろ。」
言われた一言に驚いて布団から顔を出すと「ほらな」と言われた。
「奥向きの奴らは顔馴染みが多くて、変な所はないんだが、俺が顔を見たことない奴らがあの屋敷を闊歩してたからな。いくら柱稽古の期間っつっても、怪しい。お前が警戒しても可笑しくはない。鳴は自分から炭治郎の傷になりはしないだろ。」
「炭治郎には・・・心配かけたくなくて。なんで?」
「分かったか?日に焼けてないから。詰めが甘い。炭治郎は気付いちゃいねぇが禰豆子が好きな団子屋にも行かなくなったって、どうしましょうって聞かれたぞ。禰豆子に心配されてるのがお前もわかってるはずなのに、外に出た形跡がない。
しかもここに来るなら、前はまきを達に菓子折持って来てたのに、忙しいであろう炭治郎に頼もうとしてたから、外に出られねぇ理由でもあるんだなと思ってな。当たりか?」
「・・・当たりです。炭治郎がいないときに、何か、怖い音がするようになって。それが俺に向けられてるのが分かるの。特定の人じゃなくて本当に沢山の人が、道隆君も含めて、こう、嫌な音がして。怖くて。」
「炭治郎には言ったのか?」
「奥の屋敷に来られる人は限られているから、とりあえず道隆君のことだけ。今朝話した。」
「それがいい。こっちも調べとくわ。」
「・・・宇髄さんごめんね。迷惑かけるね。」
泣きながら言うと、むにっと頬をつねられた。
「お前は俺の継子だ。気にしたいんだよ。」
頭をわしゃわしゃとかき混ぜられると、雛鶴さんが笑った。
「炭治郎さんがお戻りになるまでは、ここにいてくださいね、鳴くん。」
「明日あたりに猪之助が、そのあとは不死川が冨岡と待ってるって言ってたが、あんなに日屋敷が変な空気じゃなぁ。はっきり言ってお前をここから動かすの怖いわー。」
「来てもらっちゃいます?」
「お、いい案だな須磨。俺一人対応だと、炭治郎の粘着質が・・・それはそれで面倒だしなぁ。」
「ですね。」
「雛鶴やまきをが困らないんだったら、ちと過剰戦力だが、集めるか。柱。」
「ちょ、何もそこまで・・・!」
慌てて宇髄さんを見上げると至極まじめな顔で軽く頭突きをされた。
「お前、自分の希少価値を本当、まるでわかっちゃいねぇよな。こりゃ炭治郎が手ぇ焼くはずだ。お前本当に気をつけねぇと、炭治郎の寿命が縮むぞ。まじで。」
コツコツコツコツと、額を人差し指で小突かれながら宇髄さんはあきれたようにため息を吐いた。



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