鬼滅

煌々と燃える貴方』(煉←炭)



貴方を思う時、自分の心は貴方の色に染まる。





鮮やかな貴方だった。

貴方の背中を思い出す度に、それはそれはとても大きくて広くて遠い、世界を感じた。

貴方の掌を思い出す時、どうかこの感触を忘れないようにと何度も確かめる。

貴方の燃えるような、まっすぐな瞳を思い出す時、叫び出したいような、静かに泣いてしまいたいような、そんな感覚に陥る。

貴方の声を思い出す度、あの言葉が私を支え、奮い立たせる。

『前を向いて、心を燃やせ』
『君たちを、信じる。』

貴方の言葉は残り続ける。

鮮やかな貴方だった。

もし、あの時にもっと力があったなら。もし、自分の呼吸がもう少しちゃんと出来ていれば。
もし、もし、もし、もし、

上弦の参が来なければ。

貴方はまだここにいて、皆と笑って居たかもしれないのに。

たられば、で足りない言葉を何度重ねても無意味。喪われてしまった。喪ってしまった。

最期まで矜持を持った貴方だった。

戦いの最中何度も庇われたその背中に、空想の中でさえ、すがりついてしまいたくなる。
傷だらけの腕に、何度も何度も戦いによって傷つけられて来た体にすがりついて、もう戦わなくていいと叫びたくなる。もう頑張らなくていいと、叫びたくなる。


貴方に託された信頼と愛はあまりにも大きかった。


最初で最期の一夜。
笑って逝った貴方は、年相応の、朗らかなとても優しい顔をしていた。


友人は最期の話をするときに、最期の時の貴方のような優しい顔になりたいと話す。貴方のように笑いたいと。


微笑む貴方もそれは魅力的だけれど。
その話を聞くと何故だか私には、黎明に微笑む貴方よりも、敵対した鬼に、“人は人としてあって美しいのだ”と説いた貴方の、命の炎が煌々と燃えていた、あの瞬間を思い出す。

限りあるものを燃やして、その先へ思いを繋ぐ。

他の方から沢山命の使命を繋いできた貴方だから、その命の尊さを分かっていたんですね。


あの羽織が揺らめき、貴方が振り返る。燃えるような髪の毛が風に遊ばれて、そして私をその煉獄の二対の赤い瞳で射抜く。笑った口元に、彼の快活さを見る。手を伸ばして私の頭を撫でてくれて、そうして貴方は私の心を道連れに消えてしまった。



鮮やかな貴方だった。


拝啓、煉獄杏寿郎様。

貴方がご存命であれば今年で二十二歳です。
貴方が託して下さった言葉と、千寿郎さんが形見分けしてくれた鍔で誂えた刀で、無惨に立ち向かいました。そして、皆で一丸となって無惨を見事滅することと相成りました。
恥ずかしながら、私は鬼になりかけましたが、あの時藤の彼岸にて貴方は無惨から私を引っ張り上げて下さいました。貴方にはどんなにお礼を申し上げても足りないほどです。
ですが、今日で二十二歳となられる貴方に私は一言二言申し上げたいのです。
貴方に支えられ続けている私は、まだまだ未熟者で、そちらには当分行けそうもないのですが、記念ですのでこの手紙にしたためたいと思います。返信は不要です。

お誕生日おめでとうございます、煉獄さん。
貴方を思う時、私の心は火を灯します。決して消えない炎です。
そんな炎は今日も私の心の中で煌々と燃えているのです。

きっとそれは、私が死ぬその瞬間まで、燃え続けるのです。

それはそれは消えない、優しい熱を持った炎なのです。


END
*****

『苦労をかけます、後藤さん。』


俺は鬼殺隊の隠だった後藤という者だ。
鬼舞辻の討伐を終えて、自分の中で、鬼との折り合いをつけた。
・・・もう、母が出ていった父を追って暗闇に消え、無惨に殺されたあんな夜は二度と来ないのだ。
刃が擦れ会う音が止まないようにと、祈るように聞き続けることも、朝日を登れ登れと苛立つことも。
無惨に鬼にやられた隊士を泣きながら同僚とお館様の屋敷へ運ぶことも。

あの、あの朝に。
炭治郎が息をしていることに安堵したのはきっと俺だけじゃなかった。

鬼殺隊の隊士は皆良い奴ばかりだ。

誰かの為に死ぬことを覚悟して振り下ろされる刃は、いつも清廉としていた。
そりゃ中には単純に金儲けの輩もいたが、それだって鬼を退治してくれたら御の字だ。
色んな意味で長くは続かないだろうけど、鬼を斬るということは、本当に大変な事なのだ。


・・・俺には出来なかったから。


一人でも多く生きてくれと願わずにはいられなかったが、あの最終決戦で柱は引退した元・音柱さんと、風柱さんと水柱さん以外は皆亡くなってしまった。

さっきまで微笑んでた恋柱様が、あのおっかなかった蛇柱様の腕の中で守られるように笑って亡くなってて、あぁこの二人も年相応な部分もあったのだとどうしようもない気持ちになった。

二人の冷たい肌に触れて、何度この方々に守られただろうかと泣いた。
お疲れさまと言いたかったが、生きてて欲しかったとも叫びたかった。

車で無惨に突っ込んでそのまま潰された同僚も、鋭利な刃物で切り裂かれた鬼殺隊の隊士たちが山のように事切れているのも、半ば呆然としながらも事後処理は淡々と進んで行った。
それが生き残った俺にできる使命だと思えた。

正直、生きていることが不思議な程の戦いだった。
・・・亡くなったお館様は、鬼殺隊の総力戦をお考えだったのだと後から聞いて、成る程と納得するほどのそんな出鱈目な泥臭い最終決戦だった。

あの戦いの中で、炭治郎が鬼にならなかったこと、人を殺めなかったこと、生きていたことは少なくとも鬼殺隊にとっては喜ばしい出来事だった。

そんな鬼舞辻討伐から三ヶ月。
ようやっと藤の家門への報告や、亡くなった隊士への弔い、鬼の後始末や壊れた町の復興、鬼殺隊の解散などが話し合われ、同様に隠もお役御免となったわけなのだが。

・・・なんで俺は水柱様と風柱様に屋敷に呼ばれちゃったのかなー。


「お前には、俺の遺産をもらってほしいんだ。」


いや、にこにこしながら可愛く笑っても何も理解できませんよ。
何故か水柱さんの屋敷に呼ばれて、お茶とおはぎをごちそうになって、はて、何でこんな明日の天気を話すみたいに遺産相続の話をされてんでしょうねぇ、俺。

しかも、これまた何故か茶を啜る水柱様の隣に犬猿の仲なんて呼ばれてた風柱様もいて、「手続きは全部出来てるからよォ、後はお前がうんと言えば事は進める。」なんて、おはぎ食べながら言われてんでしょう。
いや、これってもしかして夢なんかな。

「仰ってる意味がよく・・・。それに、遺産についてはお二方はこれから時間があるので好いたお人と縁付いて、その方に任せたほうが良いと思うんですが・・・」

俺の真っ当な意見にお二方は驚いた顔をして、「そこからか」と呟かれた。

「いや、俺たちは二十五まで生きられないんだ。」
笑って茶を啜る水柱様にぎょっとしていると風柱様は笑って「もっと短いかもなァ」なんて言いながらぽりぽりとおはぎについてた漬物を齧るもんだから俺は遂に大きな声を出してしまったのだった。


「突っ込みが追い付かない!
二十五までって何ですか!?
説明を待ってても強烈な単語しか出てこなくて俺はびっくりだよ!
あーもう!柱は説明下手な奴が多いからこれだから!
皆が察してくれると思ったら大違いだからな!
始めから順を追って説明願います!
何で遺産を俺に!?
あと二十五まで生きられないって何!?
音柱じゃないけど言いたくなるわ!長生きしろよ!頼むから!死ぬとか言うな!縁起でもない!」

俺の言葉に水柱様は朗らかに笑って、「あれは半年前・・・」と話をはじめたが、内容が入って来ない。
始終なぜ?と思いながら聞いていたが、意味が分からない。
それを悠長に聞いてる風柱さんもよく分からない。
頭がくらくらし始める。
え、俺まさかあちらへ行きかけてないよな・・・?

「・・・という訳なんだ。」
「だな。」

二人で納得して俺を見られたところで・・・!

「・・・はい。全然解りません。他を当たって下さい。」

立ち上がろうとすると、目の前に日輪刀がすっと差し出された。水柱だ。
「・・・それは困る。」
刃は抜いてないが、背中を汗が伝う感覚が鮮明だ。

「なんで・・・俺なんですか?」

隠は俺以外にも沢山いる。なぜ。

「そりゃ、お前さん長生きしそうだからだなァ。」
「炭治郎から、面倒見がいいと聞いている。」
つまり・・・?
「俺たちャそのうちすぐ死ぬからなァ。もらったもん、ワケわからねェ連中に頼むよりお前さんに頼んで使ってもらおうって訳だ。
我妻に渡しても良いんだが、あいつァあんなんでも義理難いからなァ。
炭治郎と禰豆子のことをしっかりやりてぇだろうし、桑島先生のこともある。頼み辛ェ。宇髄はこんな話をしようとすると話を遮るんだ。なら、お前だろ。」
「後藤なら、俺たちを墓場に入れたあとは、残った金を炭治郎にやるなり、蝶屋敷の運営なり、お館様のなさることに使ってくれそうだと思ってな。」
「お前さんにゃ、苦労かけるが俺たちの願いを叶えてはくれねぇか?」

お願い、と言われたそれは間違いなく命令で。

かくして俺は、元柱二人の遺産相続人プラス身元引き受け人で後見人になったのであった。



「で、結局引き受けちゃうところが後藤さんですよね。」

ケタケタと笑いながら珈琲を啜るこの男、我妻善逸は出された甘味を口いっぱいに頬張った。

喫茶店に来てから半時ほど。
俺の愚痴に付き合ってくれるのは大変ありがたい。
本当なら炭治郎に色々文句を垂れたいが(なぜなら諸悪の根元だからだ)、病み上がりの上に、あの綺麗だった赤目の片方と、こちらも片方の腕が不自由になってしまったのを見てしまうと、そんな気分にはならないのだ。
ぐちぐちと文句を垂れる以前の問題だ。
更には「何か必要な物はあるか?」と聞いてしまう始末。

俺のもろもろな心の音が聞こえているであろうこの我妻は、その都度転げまわって笑うのだが、今日みたいにガス抜きに誘ってくれるのだ。

「それでそんなに複雑な音になってたんですね。水柱と風柱の後見人!俺だったら即、お断りですよ。生きた心地しないですもん。」

存外、この男は俺を年上と認識しているらしく敬語を使ってくれる。

「おっかなかった。刀を、こう。」

未だに水柱に向けられた鞘付きだが刀の感触で飛び起きてしまう。
なのに、あの二人が屋敷に居ないと『すぐ死ぬ』らしいから怖くてたまらなくなるのだ。それは心配でしょう、とは禰豆子の言だ。
俺は断じて心配しているのではない。
断じて、断じてだ。

「まぁ気持ちは分かります。後藤さん、しっかりしてますし、あの二人の遺産でしょ?そりゃ大変なもんですよ。俺でも後藤さんに頼むかもー。

富岡さんは男前だからムカつくけど、子女が群がって大変な目に遇いそうだし、不死川さんはあの見た目で損してますけど、商店街じゃ良いとこの旦那なんて言われてますしねぇ。
そんでもって二人ともおはぎか鮭大根しか興味なくて金銭溜め込む体質で、更には女房を迎えようにもお見合いの席でアレ、言っちゃうんでしょ?」

「本当にやめてほしい・・・!」

そうなのだ。俺が止める前に自己紹介で言ってしまうのだ。
「騙すのはよくないとか言って相手を困らせるんだ・・・!さっさと結婚してくれ・・・!」
「融通が聞かない二人のお世話、お疲れさまです。その点では宇髄さんもだなぁ。
俺と宇髄さんで宇髄さんのお屋敷で茶を飲んでたらお二方が来て、葬式関連の話を始めようとしたら直ぐに『子どもの名前を考えてくれ』とか『来週温泉に付き合え』とか『煉獄の家に行くから手土産用の甘味の店教えろ』とかすーぐ話題変えるんですよ。絶対聞こうとしない。」
「柱ってやつは・・・!」
「基本自由人ですよねぇ。ほんと、猫みたいだなーって俺思いますよ。っていうか、近頃は猫だと思ってます。」
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