鬼滅

『そうなんです!不死川さんはいい男なんです!』




えー、皆様お気づきだろうかと、思われます。
私、鬼殺隊元隠、後藤と申します。
この度、風柱の不死川さんが水柱邸に単独引っ越しをされて、二人仲良く(意訳)暮らし始めたのは大変よろしいのではございますが、元からは信じられないくらいぽやぽやした水柱さんと、泣く子も黙る、なんなら怒れる酔っ払いも、その筋の方も裸足で逃げ出す風柱さんがあんまりにもミスマッチ過ぎて、水柱邸のご近所さん(誰か彼らに前に住んでいた柱は富岡さんで、目の前のぽやぽやが当のご本人さんですと伝えて)が、誤解とすれ違いと妄想の末に、富岡さんが新しく来た柱の囲い者で、しかも誰かしらの人質だというとんでもない思い込みを解いて頂きたい。

美女に囲まれるのは昔からの夢でしたが、これは想定外です。


「あなた、鬼殺隊の方よね。前の柱さんは無表情だったけど、凛としたいい男で、でも多分何処かへ移動になったから、新しいあの怖い顔の柱様がこの邸の主になったのよね?」

こちら、右隣のお家のご婦人の都さん。
30半ば、気が強めで切れ長の瞳の黒髪の美女である。

「義勇ちゃんは、片腕が無いけど本当に一生懸命なのよ。なのに連日連日、柱様に怒鳴られて可哀想よ。」

こちら、お向かいのお宅の寿々子さん。
この中では少しご年配で、ご町内のあれこれを取り仕切っておられる年齢不詳の美魔女。
 垂れ目と出るとこ出た体形がみんなの憧れなんだそう。

「そうなのよ、この間だって‥‥!」

こちらは、左隣のお宅の千絵さん。
小柄な体形で、風が吹けば折れそうなほど細い千絵さんは、可愛い感じの別嬪さんだ。
肩を震わせて涙目でハンカチを握りしめている。
 だいたいがこの人の思い込みという名の妄想が原因で、富岡さんがご近所内で可哀想な人判定になってしまったので、俺としては非常に困っている。

「それはもう、柱様のお仕事の辛さは私なんか想像もできないくらいとは、思うわ。でも、それでも当たられる方はきっと凄く辛いのに、義勇さんは、心配ないなんてとても健気でいらっしゃるの。
貴方、あの柱様とお話ができるのなら、どうか渡りを付けて差し上げて。」
こちら、左隣のお宅の真向かいの家にお住まいの美緒さん。
パツンと切った髪の毛が特徴のご婦人だ。
ご本人は、武芸を嗜まれているため、隙の無い身のこなしをされるスレンダー美人さんだ。
 美緒さんの言葉に、このご婦人方が、うんうんと頷くのを見て俺はついに脱力した。

ハンカチを握りしめながら俺に報告する御婦人方は、俺を囲い込んであれこれモノを言うが、とにかく無特にできない。
 この報告の九割が『義勇ちゃんが心配』あとの一割が『不死川さんの言葉使い』によるものなので、もう何とも言えないのだ。

 不死川さんは、富岡さんが無茶苦茶する度に心配して声を張り上げるのが癖になってしまっている。
 本当に怒っているのかと意を決して本人に以前聞いたら、弟妹が多く居た関係で、つい、声を大きく出してしまうのだそうだ。
 しかも不死川さんの言葉は独特な訛りがあるせいで、怒ってなくても怒ったように聞こえてしまう。
 不死川さんもこのご婦人方の噂話については思うところがあるのか、俺に『すまねェなぁ、後藤』と半ば諦めモードで苦笑されている。
 本人が近寄ろうとすると、その見た目からご婦人方は逃げてしまうのだ。

 当の富岡さんは、どんなに不死川さんに声を荒げられても、これまた性分がおっとりしているせいで、「すまない不死川」とぽやんと笑って軽く捉えているフシがある。
 しかも冨岡さんの話下手は隊士なら有名な話で、『(俺は選抜を越えていないから)お前(のように素晴らしい柱)とは違う』というようなカッコ書きの中身を知らなった柱の方々は、都度冨岡さんと衝突していたそうだ。 
 冨岡さんは他の柱からの対応を見て、“やはり自分は正式な柱ではないから相容れない存在なのだな”と感じていたというから、もう、掛け違いすれ違い、誤解の嵐だ。何でそうなる。

 近くにいる俺でさえ、細かいことをよーく聞かないと言葉を省略されて訳がわからなくなるのに、めったに関わることがない、このご婦人方が富岡さんの言わんとすることを理解するなんて無理な話なのだ。
 四角四面に受け取り、不死川さんの態度もあって、『義勇ちゃん可哀想』となるわけなのだ。
 何はともあれ、不死川さんが危険だと思うことを軽々仕出かす富岡さんが一番悪いと俺は思うのだ。(この際、不死川さんの過保護体質には言及しないでおこう。うん。)


「あれー?後藤さんじゃん!」

屋敷の角から村田さんがひょっこり出てきた。
御婦人方は、にっこり笑って人好きな顔の村田さんに湧き上がる。何だかんだ言っても、村田さんも美形に入るからだ。
「どうしたの?別嬪さん方に囲まれて!よ、色男!」
にっこりにこにこ笑う村田さんを横目に、俺はため息を吐いた。
「お久しぶりです村田さん。」
笑いながら袖を掴み、逃げないように算段する。どうせだ、巻き込んでしまえ。
「あら、村田さんも聞いてちょうだい!義勇ちゃんとお友達でしょう?」
年嵩の、この女子部のリーダー的存在の寿々子さんが大仰にため息を吐いた。
「あの、顔にお傷のある柱様が、義勇ちゃんに酷く声を荒げるから、私たち心配で心配で。なんとかならない?」
あー・・・と笑顔のまま固まった村田さんは、俺をちらっと見て、ごほんと咳をした。

「心配しないでください。男二人の所帯なんてそんなもんです。ご婦人方の旦那さんは凄くお優しそうですから、あんまりピンとこないかもしれないですけど、あれで不死川様はとっても優しいお方なんです。」

にっこり笑った顔で、村田さんが答えた言葉に俺はぎょっとする。
 あんた、それは火に油だ‥‥!
「では何か、私たちの言う事は単なるおせっかいだとでも仰っしゃりたいの?」
案の定、都さんが食いかかる。
「この間だって、凄い声で富岡さんを叱っていらっしゃったのに。私、恐ろしくて恐ろしくて・・・!あんな大きな男性の声なんて初めて聞いたわ・・・!」
千絵さんがハンカチを瞼に当てて泣きながらそう宣う。
 冷や汗をかいた村田さんは立板に水のようにやいのやいのと、御婦人方に話を振られ出した。
俺は大きくに二度目のため息をついて、その日の事を思い出していた。
 
 その大声の原因は、そもそもが近所の子どもたちのせいだった。
 秋の中頃で、水柱邸に植わっている柿の木のたわわに実った柿を近所のガキ大将が盗ろうとして木登りした挙句、それを富岡さんに見つかって慌てて降りようとした際に木から滑り落ち、冨岡さんが皆から禁止されている水の呼吸を使って間一髪で助けたことに起因する。

 呼吸を使ってつい、助けてしまうことまでは情状酌量があったのだが、そのあと呼吸を使った弊害で動悸が治まらず、呼吸が早くなっているのを『気の所為』と軽視した挙句、熱が出ているのもお構いなしに動き続け、この事を蝶屋敷にも、不死川さんにも報告しなかったことで、不死川さんが怒ったのだ。

 不死川さんが富岡さんに怒ったあとは、もの凄く大変だった。
 冨岡さんは糸が切れたようにその日の夜に意識を喪い、七日間生死の境を彷徨ったのだった。
 倒れたのが水柱邸だったこともあって、熱が高い富岡さんを蝶屋敷に移動することも叶わなかった。
 葵さんは柱の容態の変化を重く捉え、朝昼晩来ますと話していたが、彼女は他にも重症患者を抱えていたことで、それを不死川さんは色々考えてから、自分が看病を買って出たのだ。
 蝶屋敷の忙しい女の子達が水柱邸と蝶屋敷を一昼夜行ったり来たりするのは彼女らに負担が大きいからと、一日一回の往診以外は、意識のない富岡さんの看病を不死川さんは一時も離れず懸命にしてのけた。

 あの時は、全員が富岡さんの死を覚悟した。

枕元に彼の関係者を全員呼び寄せたくらい、事は深刻だった。元水柱で富岡さんの師匠である鱗滝さんも、富岡さんの手を握りしめて男泣きに泣くほどには、それはそれは酷い容態だった。

 それほど酷い容態だったのに、七日目の朝にやっと目を覚ました富岡さんは開口一番、「また、死に損なったな」とか笑いながら言うもんだから不死川さんがブチ切れたのだった。
近所に聞こえるほどの特大の雷を落としたのがこの時だ。

 アレは本当に良くなかった。

 アレはマジで富岡さんが悪い。
 富岡さんが軽率過ぎて、意識が戻りそうだと鎹烏から通達があってすぐに嘴平に背負われて駆けつけた葵さんは治療しながらドン引きしていたし、我妻が「信じられる!?そんなことある!?」と怒鳴りながら変顔で叫ぶのに俺も同調して叫んだくらいだ。
 ちなみに弟弟子の炭治郎は、一本しかない富岡さんの手を握りしめたまま、体を丸めて静かに泣き崩れた。
 その炭治郎に釣られて禰豆子も泣きじゃくって我妻が再度パニックに陥り、てんやわんやで慌てて駆けて来て、座敷に転がり込んできたままの嘴平は、そのままの状態で呆然とし、二の句が告げずにいて。
 炭治郎たちと一緒に来ていたカナヲさんは静かに嗚咽を漏らす炭治郎の背を撫でながら富岡さんを睨みつけた。
 お分かり頂けるだろうか。
 アレは物凄い地獄絵図だった。
 あの場に祭りの神が不在だったことだけがせめてもの救いだったろう。
 居たら収集が付かねぇことになってた筈だ。

 後日、我妻と村田さんと俺は茶を飲みながら胸をなで下ろしたのは余談である。
 

 村田さんは御婦人方から色々と話を聞いて合点し、頭を掻きながら「あぁ、あぁ、あの時かぁ」とため息をついた。
 もちろんあの騒ぎのとき、富岡さんの同期の村田さんも同じようにその場にいた。
 何を隠そうこの人だって、富岡さんに説教した一人なのだ。

「あの時は、冨岡が体調不良を隠して意識がなくなって、それで意識が戻った第一声が、それはそれは酷かったから不死川様が怒ったんですよ。
 俺が聞いてても、無いわーと思う程で、だからずっと離れず看病していた不死川様は腹に据えかねたんでしょうね。
 いや、アレはなかった。本当に。
 最悪でしたわ。富岡が不謹慎すぎて。
 不死川様の言葉が乱暴に聞こえるのは西よりの方言みたいで、怒っていなくても怒ったように声が聞こえるみたいだって、本人もぼやいてるの、よく耳にしますから、あの方は意図して言ってるわけじゃないみたいですよ。
 大家族の長男だったそうで、弟妹にするみたいに声が大きくなりがちだって本人も気にされているみたいですし。」

この言葉に、寿々子さんがあら、という顔をした。

「そう言うことだったのね。じゃあ、あの方にはたくさんご兄弟がいるのね。でも一度もこの屋敷には来た事、ないわよね。」
会ってみたいわ~と花を飛ばす寿々子さんに、俺たちは固まる。
あの人のご家族は皆、亡くなっているからだ。

ビュウと、から風が吹いて、一瞬の無音が訪れる。
 ご婦人方の後ろからザッと音がして、見ると着流しを着た不死川さんが腕を組んで立っていた。
その顔は懐かしい誰かを見たような風貌だ。
不死川さんの周りの空気があんまりにも透明で綺麗なものだから、俺は視線を道へ落としてしまった。

「俺も会いてェですよ。」
きゃッ、と声がして御婦人方が固まるなか、逃げようとした千絵さんの行く手を少し阻むと潤んだ瞳で睨まれる。
今誤解を解かないと、変にこじれてしまいそうだ。
 不死川さんは、本当に優しい人なのだ。

「不死川さん、おかえりなさい。」
「後藤、今帰った。よォ村田ァ、凄い話してたなァ。」
「すみません、色々しゃべってしまって。」
「いい、いい。」
村田さんの顔が悲哀に滲むのを見て、不死川さんは呵々と笑った。

その顔に、隙を見て逃げ出そうとしていたご婦人が足を止めて不死川さんを驚いた顔で見上げる。不死川さんはゆっくりと歩を進めた。

「俺の家族は皆、もうずっと前に浄土に行っちまったんです。義勇の世話をしてるとどうも良くねェ。あの頃の感覚で喋っちまう。声が大きくて申し訳ないです。怖がらせてすまねェなぁ。」

 穏やかに、諦めの顔で笑うこの人の、こういうところがとても悲しい。
 息を飲んだ寿々子さんは、「みんな・・・」とつぶやいた。
 鬼狩りをしているから、その原因に行き当たったのだろう。不死川さんは、ご婦人方をみてにこりと笑ってゆっくりと頭を下げた。
「まァ、あと数年のことだろうから、ご容赦ください。」


村田さんの表情も、俺の表情も固くなるのを見て、美緒さんが何か察したようにハッとして不死川さんを見つめた。

二十五歳の、呪いだ。

誰も何も言えなかった。
都さんも寿々子さんもショックを受けた顔をして、じっと不死川さんを見ている。
千絵さんは、大きな瞳を潤ませて青褪めた。
鬼殺隊の柱がどういう存在なのか、知ってはいたが今、理解したという顔だ。

この人は、死を覚悟している人なのだ。

もう鬼舞辻はいない。鬼ももう出ない。
この御婦人方は、あの最終決戦のときの痣の影響である二十五歳の呪いは知らないが、柱が長生きしないことは頭の何処かにはある。

鬼殺隊の柱は、頂点にして最後の砦だ。
強い鬼とずっと戦い続けて、勝ち続けるのを宿命とした生き物。
逃げは許されない。それが柱だからだ。
終わるときは何らかの理由で柱として退くときか、死ぬ時だ。

飛んできた鎹烏が不死川さんの肩に止まる。
バサバサという音を聞きつけて、後ろで勝手口の扉が開いた。
「実弥、おかえり。」
戸を開けた冨岡さんが花が零れるような笑顔で迎える。
「後藤や寿々子さんたちと一緒だったのか。村田も着いたんだな。」
「よ、冨岡。」
「よく来た。少し遅いなと思っていたから安心した。」
にっこにこの顔で、村田さんに言う冨岡さんは、見事にこの何とも言えない空気を壊してくれた。
村田さんに挨拶したあと、富岡さんはご婦人方を振り返って、ごほん、と先程の村田さんのように咳払いをし、不死川さんをちょいちょいと、手招きする。
 不死川さんは呆れたように笑いながら、着ていた外套を脱いだ。
「寿々子さん、都さん、美緒さん、千絵さん。これが俺と一緒に住んでいる不死川と、同期の村田です。なんだか照れてしまうが、仲良くしてくれると嬉しい。・・・不死川、そういえば、越してきた時に近所にご挨拶に行かなかったな。」
「お前、寝込んでてそれどころじゃなかったじゃねェか。」
呆れて笑う不死川さんは、薄着で出てきた富岡さんの肩に脱いだ外套を掛けた。
「後藤が来るまでは俺が諸々してたから余裕もなかったしな。一月寝込むとは思ってなかった。体は労われェ。」
その動作と言葉に千絵さんが目を大きく見開く。

「え・・・、優しい。」

その言葉に冨岡さんがにこにこの笑顔で答える。
「不死川はとても優しい、強くて、いい男だ。とても気が利くし、手先も器用なんだ。」
「はいはい、」
なんでも無いように答えながら、不死川さんは手に持っていた袋から菓子の入った小袋を取り出す。
「帰りの途中で、いつも行く菓子屋の兄弟が屋台で店番してたからつい多く買っちまった。
 お姉さん方も、もしよかったら茶請けにでもして食べて下さい。味は保証しますよ。」
 出された袋を一つずつ御婦人に渡し、最後の一つを富岡さんに持たせた。
「ほら、義勇。」
「かりんとうか。」
「そ。お前の好きな砂糖ついたやつ。」
嬉しそうな笑顔で受け取った富岡さんは、「あそこの兄弟は仲が良いから見ていて微笑ましい。このかりんとうは、砂糖のかかり方が絶妙なんだ」と、袋を胸元に差し込んだ。

 風がビュウと吹き抜けると、富岡さんに掛けられた外套がはためいた。
 富岡さんはそれを片手で外套を押さえつけた。押さえられなかった髪の毛が乱れるのを不死川さんはいつものように撫でて元に戻す。
「そろそろ中に入るかぁ。体を冷やしちゃいけねェ。今日は鍋だろォ?火鉢も用意するかァ。」
 不死川さんは勝手口を開けて外套を握ったままの富岡さんを中に促した。片手が塞がっていたら、この開き戸は空けられないからだ。
「お姉さん方も、女性が体を冷やしちゃいけない。温かくして下さい。今日は後から炭屋が来るんで炭を届けさせます。」
 ああ、これは我妻が叫びそうだなぁ。変な所で律儀な金髪を思い浮かべる。
 炭治郎は水柱邸に来るときは、冬の間炭を持ってくるのだ。だが炭治郎も片腕と片目が悪いので、我妻が蝶屋敷や、音柱邸にぶつくさ文句を言いながら、炭を配るようになったのだ。
 ペコリ、と不死川さんは軽くお辞儀をして富岡さんを手招いた。富岡さんは御婦人方に同じようにペコリとお辞儀をして、「すぐ行く」と、駆け寄った。
 不死川さんは呆れてため息を吐いて、富岡さんの肩から落ちそうな外套をきちんと着せてやる。
「お前、まァたこんな薄着で。風邪ひきてェのか?」
「その時はまた実弥が看病してくれるだろ?」
「おお、勘弁勘弁。」
中にさっさと富岡さんを入れてしまうと、不死川さんはこちらを振り返った。
「後藤も、村田も。すぐ茶ァ用意するから早く入れよ。お前らも風邪ひくぞ。」
「すぐ行きます!」
村田さんがこちらを見たので、俺も「富岡さん冷えてたので、先にお茶しててください。御婦人方を送っていきます!」と頭を下げた。
「あぁ、そりゃあ頼む。」
不死川さんが頷いて笑ったので、勝手口を閉めた。


はぁーと、隣にいた寿々子さんが大きくため息をついてにこりと笑った。
「なぁんだ、馬に蹴られちゃったわ。何よ、心配して損しちゃった。」
「ですね。」
美緒さんも頷く。
「私、私、凄い勘違いしてたのね。」
千絵さんが後悔からか、泣き出した。
「仕方ないわ、あの風貌だもの。私も正直怖かったし。あんなに優しい方だなんて思わなかったし。」
暗くなる御婦人方に、俺は意を決して口を開いた。



「あの、」
四人が俺と村田さんを見あげた。
「不死川さんは富岡さんのことをとても大切にしていて、」
「それは‥‥、もう疑っていないわよ。」
しゅん、としたように美緒さんが答える。
「不死川さん、皆さんが富岡さんとお話してくれるのもとても喜んでいたんです。」
俺がそう話すと、村田さんも笑って頷いた。
「そうそう。富岡は、鬼の総領を倒す前はニコリともしない奴で、無口だし、皆から遠巻きにされてて。
 鬼殺隊の柱になる前から、他人とは関わらず、ずっと一人で戦って来たから、にこにこ笑いながら富岡が人と関わると、不死川様はもの凄く喜ぶんですよ。
 この前も、『あの口下手な義勇が一丁前に御婦人と話せるようになったなんてなァ』って、嬉しそうに笑ってて。」
鬼の総領を倒した、のくだりで御婦人方は全員村田さんを見あげた。

「では、鬼殺隊の本懐は遂げたられたのね。」

真剣な顔で寿々子さんが言った言葉に、都さんが「では、以前この屋敷にいた方は‥‥!」と息を飲み込む。あぁこれも勘違いの一つでしたよね。
「皆さんここの屋敷に住んでたの、違う人の認識ですよね。鬼の総領を倒して、俺も最初驚きが強かったんですけど、半々羽織を着た水柱は、富岡本人ですよ。」
「ええっ!」
「別人じゃない!」
千絵さんと美緒さんが驚きの声を上げた。
「富岡は、鬼の総領を倒してから穏やかになったんです。あんなに、ふにゃふにゃぽやぽやになるとは皆思ってなかったし、片腕になったから、同じ柱だった不死川様はそれはそれはもう、心配なさって。
 直ぐに騙されそうだから、一人で住むって聞いたときは、不死川様も、富岡の弟弟子も、元音柱様も、富岡を引き取ると全員で喧嘩しそうになったくらいで。
 でも富岡本人が、弟弟子の家族や、元音柱様のご家族に遠慮なさったから、不死川様の一人勝ちでしたけどね。」

全員がうわ、という顔をした。「そうね、今の義勇ちゃんは一人には出来ないわ。危険だわ。」
ぽやぽやして、にっこり笑う愛嬌が抜群に良くなった富岡さんは、お綺麗な顔も相まって町中のいろんな方々の心臓をぶち抜いている。
 柱だったからおいそれと不埒なことは出来ないだろうが、危なっかしいのは危なっかしい。

「他の柱様は、何か仰っしゃらなかったの?」
 美緒さんの言葉に、苦みが走る。
 説明しようとした村田さんは、笑おうとして失敗した。
「鬼の総領を倒せたのは柱全員の力あってこそでしたが、あの戦いを経て生き残ったのは、先に引退された音柱様と、あのお二人だけでした。」
 村田さんが拳をぎゅっと握りしめるのを見て、あの時の無力さを思い出した。

 飯を一緒に食べた同僚も、笑いながら酒を飲んだ一般隊士も、今度、妹が結婚するのだと笑っていた同室も、皆、鬼舞辻無惨に殺された。
 どうして、どうして、と言いながら、これ以上頑張った彼らの遺体が冷たい路地に置いていかれるのが我慢ならなくて、手当たり次第に回収して回った。
 凄惨な場で、彼らの欠片を一つも遺さないように、もう一人の同僚と歯を食いしばり、泣きながら。
 でも彼らはまだ埋葬できる体があった。生きている家族には返せるものがあった。

 柱の方々は、もっと酷かったのだ。

 鬼殺隊最強の方々は、鬼舞辻討伐の最前線だったが故に、体の欠損が激しかった。
 中でも最年少の霞柱は、胴体も指先も千切れてバラバラで事切れていた。
 そんな状態なのに、上弦の壱に突き刺した日輪刀はしっかりと握ったままだったそうだ。
 あの方は最期の力も全て賭して鬼を討ってくれたのだ。
 蝶屋敷でお世話になったことのある蟲柱の胡蝶様は、ご自身を餌にして上弦を討ったために、本当に何も遺らなかった。
 誰にも話さず、覚悟の上での最終決戦だったようで、身辺整理すら全て終わっていて。
 これといった形見は、上弦の弐との戦闘中に落ちた髪飾りだけだったと聞いた時、カナヲさんになんと声を掛けていいか分からなくなった。

 今でも俺は鬼舞辻が憎い。
 憎くて憎くて仕方がない。

本当に、本当に、殺してやりたい。
できなかったけれど、本当は、あの大戦の日に車で鬼舞辻に突っ込んだ彼奴等と一緒に死んでしまいたかった。鬼舞辻に、一矢報いたかった。
 ‥‥誰にも言わないけど。

 次の言葉がなかなか言い出せない村田さんに、俺は続きを話すべく、口を開いた。
「他の柱様は、皆、鬼の総領との戦いで、お亡くなりになりました。
 皆、いい方だった。優しい方々でした。
 決戦後は、不死川さんも富岡さんも、生き残りはしたものの、鬼から受けた怪我が酷かったり、体を酷使し過ぎた影響で、今後は、いつ倒れてもおかしくない、少しのことでも命取りになりかねない、永く生きられないと、お医者様にそう、言われて、いて、」
前が涙で滲む。
呼吸が乱れて泣きそうになりながら嗚咽を噛み殺した。
背中に寿々子さんがそっと手を置いて撫でてくれた。
美緒さんの目からも、都さんの目からも涙がこぼれた。グズグズに泣いている千絵さんもハンカチに顔を押し当てているのが見える。

「皆、俺達は皆、あのお二人の背中に何度も庇われて、守られてきたんです。
 もうダメだって時に来てくれる。よく耐えたって、もう安心しろって、俺が来たからもう大丈夫だ、そう言って。
 柱は、俺達の心の支えでした。
 でも彼らの心の支えは、鬼を討つ、ただそれだけだった。心に安穏なんて、なかったんです。」
千絵さんが遂に大きな声で泣き出した。
「鬼の総領を討って、平穏が訪れて、夕方になっても帯刀せずに歩けるようになって、やっと富岡さんが笑ってくれるようになった。 
 不死川さんも、憑き物が落ちたみたいに穏やかになって。幸せそうに二人で暮らし始めて。でもそれは期限付きで。」

目を真っ赤にした御婦人方に、頭を下げる。

「もう、長く無い、んです。だから、お二人が穏やかにあれるように、一日でも長生きできるように、幸せになれるように、今度は俺がお二人を支えたいんです。ご協力、願えますでしょうか。」

もう、あの二人が鬼殺のことで何かを奪われることがあってはならない。
幸せに暮らしてほしいのだ。
頭を下げて、涙が地面に落ちる。村田さんも同じように頭を下げてくれた。

「ごめんなさい。ごめんなさい、私!思い込みで、あんないい方に酷いこと言ってたわ。本当にごめんなさい!」
千絵さんが後悔で泣きながら頭を下げる。
「私も。見た目で判断してしまったわ。そうよね、鬼殺隊の柱様だから、歴戦の猛者よね。顔に傷があるのも、鬼のせいよね。ごめんなさい‥‥!」
美緒さんも頭を下げる。
「もちろん、ご協力しますわ。義勇さんがあんなに嬉しそうだし。お二人がこの夜の平穏を守ってくださったなら報いないと罰が当たるわね。」
「そうね、日中、後藤さんがいらっしゃらない時に義勇ちゃんや、不死川さんに何かあったら直ぐに貴方に知らせるようにするわ。皆さんも、それでいいわね。」
都さんが笑いながら頷き、寿々子さんは真剣な顔で周囲を見渡した。

全員が頷くのを見て、俺は心から笑った。

「ありがとうございます。お願いします。」

涙の跡を見て、千絵さんがぐちゃぐちゃのハンカチを当ててくれた。
この人も、悪気があったわけじゃないのだ。斜め上に妄想が膨らんだだけで。



 この後、村田さんと一緒に御婦人方を家に送り届けて水柱邸に行くと、勝手口に音柱様が一升びんを抱えて立っていた。

「よ、後藤。ド派手に上手いことやったじゃねぇか。」
笑ってはいるが、笑ってない。俺はこの方が本当に恐ろしい。
 千絵さんが不死川さんの事を噂する度に、音柱様の機嫌が悪くなっていくのを、俺は知っていた。
 彼女の夫が勤める企業に圧力をかけようとしていた事も、我妻から聞いて知っている。
 この方は、普段はド派手でとても気持ちの良い豪快な方なんだが、こういう謀をするときは周囲が気付かない内に驚くほど地味に素早く事を運ぶので要注意だ。
 特に、お嫁さん方と、柱二人、かまぼこ隊が不利なことになろうものなら、碌なことにならない。徹底して相手を排除しにかかる。
 千絵さんの夫の勤める企業に圧力をかけようとしていたのは、彼女の夫が金銭に困ればこの家を手放さないといけなくなる。
 そうなれば、彼女はここから居なくなるからだ。
 でもそれは、仲良くなって嬉しそうにしている富岡さんからご近所の千絵さんを奪ってしまうことになる。

「余計なことをして申し訳ありません。」

村田さんは事の次第を知らないが、何か思う所があるのか、口を閉ざしている。
 蛇のように音柱様は俺をじっと見つめること一時。

「ま、あの二人が幸せなら良いかぁ。今後も後藤が対応してくれるんだよな?」

と、俺に念を入れたので、俺は大きく頷いた。
「勿論です。」

ニカリと笑った音柱様は「じゃ、頼むわ。」と俺の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜたのだった。


End.


「おー、後藤、村田寒かったろォ、早く炬燵に入れェ。」
「俺達は先にやってるぞ。不死川がしょうが湯を淹れてくれたんだ。」
「おー、お二人さんよ、ほれ土産〜」
「おま、宇髄!美味いの持ってんじゃねぇか。これアレだろ?隣町の酒造の大吟醸じゃねぇか!ありがとありがと、お湯沸かしてくらァ。」
「「「こんにちはー!」」」
「不死川さん、義勇さんいますかー?」
「炭治郎、禰豆子、我妻、嘴平。よく来たな。今日はカニ鍋だぞ。」
「え!?そんな豪勢なの私たちもご一緒していいんでしょうか。」
「町を歩いていて、ぎっくり腰で歩けなくなった爺さんを、不死川が家まで送った礼だとよ。声が大きいの、大家族だったからって漏らしちまったみたいで、その大家族分を送って来たんだと。」
「ああ。不死川と二人じゃ食べ切れそうにないんだ。炭治郎、禰豆子、我妻、嘴平よく来たな。」
「「こんばんわ!」」
「うー、さみさみ。お、竈門兄妹、我妻、嘴平よく来たな。
あー我妻。来てそうそう悪ィんだが、近所の都さん、寿々子さん、千絵さん、美緒さん所に後で炭配ってくれぇ。竈門、持ってきてんだろォ?」
「はい!ご近所付き合いですね!」
「あ゛ー!何で俺!?何で俺なの!?」
「凄い別嬪さんな姉さん方だから、目の保養になるぞ。」
「行きまーす!まっかせてくださーい!」
「善逸!」「善逸さん!」
「我妻、皆さん既婚者だからな。」
「村田さんわかってますってー。行ってきまーす」
「おい文逸!俺も行くぜ!」
「皆さん揃いましたので俺、そろそろ火鉢と鍋、持って来ますね。」
「後藤さん私もお手伝いします!お兄ちゃんと、今日のためにお餅も持ってきてるの。」
「お、シメはそれだな。」
「義勇、オメェは食べ過ぎて倒れんなよォ。」
「今日はド派手に宴会だ!」
「いや、来るとは思ったが宇髄、お前嫁さん達はいいのかい?」
「偶には亭主不在な方がいいんだとよ。不死川お湯は?」
「今沸かしてる。後は厨房方に頼んできた。今日の宴会の幹事は後藤だからな。あいつ、後藤がとにかく過保護でよォ、俺達は厨房入りを禁止されてんの。」
「俺はこの前鮭を捌こうとしらたキレられた。」
「「いや、そりゃお前が悪ィだろうよ。」」
「いや、イケると思ったんだが。」
「ま、大切にされているようで重畳。」
「宇髄、変な気は回すなよ。」


「ありゃりゃ、バレてました?」
「お前分かりやすくなったもんだぜ。」
「宇髄、いつも心配かけて申し訳ない。ありがとう。」

「それは何よりの褒め言葉だな。」


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