macross



決まって23時30分。俺の隣の部屋は・・・ラブホテルに早変わりだ。

(どうしろって?・・・泣き寝入りに決まってる!)



『あ・・・んんっつ、はぁ』
『駄目だよ姫。隣の奴に聞かれちまう。ほら、』
『んんん、』

ちゅぷ、だのぬちゅ、だのそういう音が隣の部屋から聞こえる。SMSの宿舎の部屋はそう厚い壁の作りをしていない。これが佐官になればちょっとは変わるのだろうが、尉官の場合は薄いことこの上ない。プライバシー?何それ美味しいの、だ。
 別にこれが男と女のあれこれなら少しは楽しめたかもしれないものの、(だってミハエル・ブランと言えば“空とベッドの撃墜王”の名を欲しいままにしていたし、実際一年前までは艶と婀娜めいた女性の、色っぽい声が聞けたのだ。)男同志によるものだと思えば、楽しむ以前にうわ、と思うし、大体二人とも顔見知りである故に気まずさが先立つのである。

と言っても、ミハエル・ブランの相方はそんじょそこらの女性隊員より、スーパーモデルより、言ってみれば銀河の妖精とタメ張れるぐらいの、すっごい別嬪だと評判ではある訳だけれど。


『・・・っ、いい。アルト。』


でもこれはいただけない。
毎日毎日よくやるものだと思う。まぁあの姫さん相手に理性なんてあってないようなものだとは思うけれど、ちょっとは隣に住む俺を気遣ってほしい。それこそラブホに行くとか、旅館に行くとか、色々手はあるだろう。何故ここでおっぱじめる。
こちとら息を殺して耐えるだけだ。しかも理性を総動員して耳を塞ぐのである。
 それでも聞こえてくる声に、俺は毎日毎日とても疲れていた。酷い時は(まぁミハエルの方がむらむらしてる時、だな。)空が白んでも終わらない情事に、俺は休日中だけでも談話室で寝ようかと考えていたが、それもあえなくSMSの肝っ玉母さんであるボビー大尉に叱られてできなくなったのである。
諦めきれずに外に家を持ちたいのだと申請してみたら見事に却下されて。じゃあ頼みますから休日中だけは談話室で寝かせてください、と死ぬ気で申請したら

『理由は?』

と、艦長に睨まれた。・・・言えるわけがない!
近頃はシェリルの歌とランカちゃんの歌を大量に入れた音楽プレーヤーが手放せなくなっていたのだが、ランカちゃんの歌を聴いていた時に運悪くオズマ少佐に見つかって、

『貴様!よもやランカに惚れてはいないだろうな!』

と大声で怒鳴られたあと、あの大戦でSMSに入隊したブレラ・スターン少尉・・・ランカちゃんの実の兄上に、

『よほど銀河の屑になりたいと見える』

と目を細めて威嚇されプレーヤーを取り上げられてしまった。そしてそれが昨日のことだ。
ちょ、俺って不憫くね?
もちろん、プレーヤーは返してもらえなかったので今は耳を確実に塞いでくれるものがないのである。

『あ・・・あ・・・あ、』
『イイ?姫。ここが好き、って言ってる。』
『だめ、ミシェル、だめ。』
『なんで?好きでしょ?だって姫のここは俺を誘ってるもんね。』
『あぁ!ッ、もう無理・・・』

俺も無理です。もう限界だ。別の意味で。
やっぱり今日は談話室で寝かせてもらう。誰が何と言おうと・・・例えボビー大尉がマッハで怒っても、艦長に睨まれても談話室で寝てやるー!!!

そう考えた俺は毛布をもって部屋を飛び出した。




耳を塞いでも消えない音



もう毛頭堪忍!


*****



談話室にて。




「あらぁ、まぁーたあなたここで寝ようとしてたの?」
ボビーは寝ぐせでひよひよ髪の毛が立った隊員を叩き起してめっ、と叱った。
「またってことは、前にもあったってことか?」
SMSのバーから一緒に着いてきたオズマも怪訝な声を上げる。今日は遅くなってしまったので家には帰らない予定だ。その家にはブレラが帰っているので、とりあえずランカの身の回りは安全だ、と思っている。
「そうなのダーリン。ねぇ、どうして此処で寝ようと思うの?」
首を傾げたボビーに、腕を組んだまま後ろに立っていた艦長が大きく溜め息をついた。
「何故部屋で寝ない。疲れが取れんだろう。」
「同感だわ。」
艦長の言葉に頷いたボビーを見て、オズマは「何か理由があるのか?」と、大戦を共に越した部下と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
途端に「うわ~ん」と泣き始めた隊員に、ボビーと艦長とオズマは一同面食らう。

えぐえぐ、と肩を揺らして泣く隊員はしきりに「部屋に帰りたくない」と首を横に振った。灰色の瞳からぽろぽろ零れる涙はいかにも悲愴である。
 彼の前々からの訴えを知っている艦長とボビーはお互いを見た。確か前の時はもっと早かったけれどこの時間だったわ、とボビーは考え、艦長はせめて休日中は談話室で眠ることを許可してください、と言っていた隊員の言葉を思い出した。
オズマは泣き止まない隊員の肩をそっと撫でてやって、ゆっくりでいいから話してみろ、と声をかけた。

隊員の主張は簡潔だった。

俺だってベッドで寝たい、五月蠅い曲を聴かなくても眠れる環境が欲しい、部屋じゃ寝られない、宿舎なんか滅んでしまえ、というもの。
あっけにとられた三人は顔を見合せて、「曲を聴かないと眠れない?」と首を捻った。

「・・・っひ、俺、の、部屋に、行ったら、分か、り、まず、あんなの、もう、聞きたくない!」

ひっくひっくとしゃくりあげる隊員の、ひよひよ立った髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でて、オズマは立ち上がった。

「行ってみようか。」
艦長が難しい顔で答えて、ボビーは頷いた。
「何が原因か知らないけれど此処で寝るならちゃんと寝ないと。私マット持ってくるわ。それからよく眠れるような飲み物とか。」
だから原因究明は任せたわよダーリン、と未だにぽろぽろ泣き続ける、いつもは気丈な隊員の肩をボビーは優しくぽんぽん、と叩いた。

オズマは艦長と顔を合わせると頷く。

「行きましょう。」


隊員の部屋に着いて、隊員の部屋の鍵を開け、誰もいない部屋のベッドに座ったオズマと艦長は思いっきり顔を顰めた。
状況は隊員が逃げ出した時よりも悪くなっている。ギシギシと聞こえるベッドの音やその他もろもろは、部屋に着いて10分経たずのオズマと艦長の堪忍袋の緒をぶち切った。
二人は直ぐに立ち上がって部屋を出、ボビーと隊員がいる談話室に駆け込んだ。
何だアレは!
動揺も露わに談話室の中で大きく息を吐いた二人は同時に隊員を見つめた。


「あら、随分と早かったのね・・・?」
怪訝な表情で首を傾げるボビーの膝に、若い隊員の頭がのっかていて、クークーと健やかな寝息を立てている。
「寝た、のか?」
オズマが聞くと、ボビーは朗らかに笑って頷いた。
「そうなの。なんかノイローゼみたいになってたからとにかく寝かせてあげようと思って、ホットミルクを作ってあげたんだけど、半分も飲まないうちに眠っちゃったのよ。おかげでマットも持ってこられないったら。」
やーねぇ、と溜め息を吐きながら隊員の背中を撫でる手つきはこの上なく優しい。
艦長とオズマは不覚にも癒されかけたが、次のボビーの言葉で凍りついた。
「で、原因は分かったのかしら?」
もぞ、と寝返りを打った隊員を見て艦長とオズマはゆっくりと首を縦に振った。

「あぁ、骨の奥までな。」
「それから、そいつの精神力が如何に強いのかもな。マジ尊敬に値する。」

視線を床に落としながら呟かれた言葉に、ボビーは首をかしげた。








『そりゃノイローゼにもなりますって、アレは。』
『もっと親身に聞いてやればよかった。私は艦長失格だ。』
『落ち込まないで下さいよ。』
『だが、アレだぞ?まさか毎日・・・あんなの、ではないだろうな。』
『・・・でもせめて休日中は、って言ったんでしょう?あいつ。』
『・・・』
『・・・』
『不憫だ。』
『同感です。・・・じゃあ、あのプレーヤー!』
『・・・?どうしたオズマ。』
『いや、昨日あいつがランカの曲を聴いていたんで惚れてるだろって・・・!うわ、わりぃことした!』
『あー・・・そう言えばブレラが“虫がランカの歌を聴いていた”と言っていたな。まさか!』
『そのまさかですよ。』



『・・・お前のアパート、空家があると言ってたな。』
『・・・ありますよ、ちょっと離れますけど。左から三番目の二階。』
『悪いが、手配してくれるか?』
『了解しました。まぁ、SMSから近いですし、あそこなら俺もいますから。尉官にしちゃ贅沢ですけど、アレには毎晩耐えられませんって。』
『優秀な隊員は死なせたくない。』
『しばらくは医務室で寝るように言いました。カナリアにも許可取ってます。』
『・・・アレには耐えられない。』
『10分も持たなかったっすもんね。』
『・・・不憫だ。』
『・・・同感っす。』

*****



土曜日の朝、食堂にて。


「おいミシェル。」
「おはようございます隊長、何か用ですか?」
「いや、特にこれと言って用はないんだがな・・・」
「どうしたんです?随分はっきりしないですね。」
「あー・・・早乙女は?」
「・・・聞きたいですか?」
「いやいい。」
「そう言えば、昨日隣の部屋に来てましたね、艦長と一緒に。アレ、どうしたんです?あそこは確かなんとか君が入居してましたよね?」
「あー・・・まぁ寮は息が詰まるから一人暮らしがしたいと前から申請していてな、まぁその、閉所恐怖症らしくてノイローゼみたいになっててだな。それでどれだけ狭いのかを艦長と・・・確認に来てたんだ。うん。」
「あそこの部屋が一人部屋のわりに尉官に回されるのは狭いからですよね。閉所恐怖症なら彼の独り言もわかります。」
「・・・・・・独り言?」
「ええ、よく言ってましたよ?壁越しに聞いてましたから。えっと“俺は負けない”とか“これは夢なんだ”とか色々。で?俺を呼びとめたのは何でですか?」
「あっと・・・尉官の中でお前が一番SMSに長くいるからな、艦長が、そのいいか悪いか聞いてこい、と。」
「・・・なるほど。良いと思いますよ。閉所恐怖症なら仕方ないですよ。俺だってそんな悪魔じゃないですから。」
「そうか、ありがとな。話はそれだけなんだ。」
「じゃ、失礼しました。」
「おう。」









「オズマ・・・。」
「だって言えませんよ、怖い!」
「でも出まかせはダメよダーリン。」
「ほっとけ!でもとにかくミシェルの了承は得た。」
「終わりよければ全て良し、ね?」
「・・・これで少しはあいつが安心できるなら。そう言えばあいつは?」
「まだ寝てたわ。本当、カナリアが不眠症って判断するぐらいだからよっぽど寝られなかったのね。可哀想なことしたわ。」
「そりゃ泣きたくもなる。」
「同感だ。」


「「「ほんと、不憫。」」」


END
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