アネモネ 第一章
ロイドは、シュナイゼルの腕に抱えられたルルーシュを見て歓喜を露にした。
「御美しい!あっは。殿下が血眼になって探すわけだ~。実に御美しい!」
ここは大学に設置された特派の応接室である。
シュナイゼルは備え付けの豪華なソファにルルーシュを寝かせた。
カレンは心配そうにルルーシュに駆け寄り、彼女の枕元で屈む。セシルが人数分のお茶を持って入室した。
「本当なら、今日にでも本国の方に連れて帰りたかったのだが・・・ルルーシュが精神的にも肉体的にも限界を越えている。睡眠はもちろん、恐らく・・・食事もあまりとって居ないだろう。熱が出ているし早く休ませたい。仮眠室はあるかな?」
ルルーシュのサラサラの髪の毛に指を遠しながら、シュナイゼルはロイドを見遣った。
「もちろん、御用意しておりますよ~。」
セシル君、とロイドは助手を呼ぶ。呼ばれたセシルは、白い寝間着と点滴セットを持って来る。
「シュナイゼル殿下、こちらです。」
穏やかに微笑んだ彼女に、シュナイゼルはロイドを見た。
「話が分かる友を持てて私は嬉しいよ。セシル嬢、案内を頼む。君達はここで待っていてくれ。」
君達と呼ばれたミレイとカレンは、抱き上げられて運ばれるルルーシュを見送った。
ロイドはセシルが煎れてくれたお茶を煤る。が、ルルーシュの消えた方をずっと見るミレイとカレンに溜め息をもらした。
「あのねぇ。心配なのは分かるけども、あの人は眠っている婦女子をどうとかする人じゃないよ?セシル君もついてるし、大丈夫だって。」
はくり、とどこから出したのか謎のプリンを頬張る。
「・・・信用なんかできるもんか。」
カレンは強い調子で言った。
「あのお方を傷付ける奴は誰であっても絶対、許さない。」
「私も同じ気持ちだわ、ロイド伯」
ミレイとカレンはロイドを真っ直ぐに見据えた。
ロイドはそれにニヤリ、と笑う。
「実に素晴らしい!君達は真に騎士の鏡だよ。どこかの誰かとは大違い!」
ぱんぱんと大袈裟な動作で叩かれる手に、カレンが顔を歪めた。
「君達ならルルーシュ殿下を任せられる、あの人もそう思ったんだろうね。」
そう、君だけのためにあの城は存在している。
「どういうことですか。」
ミレイはロイドに向かって聞いた。カレンも同じだ。
「どういうこともないでしょう。後宮はね、恐ろしいところなんだよ?昼夜問わず暗殺が繰り返されて、控えめに生きる女性ほど狙われる。今はまだシュナイゼル殿下は宰相だけれど、いずれは帝位に立とうというお方だ、特に女の政権争いは酷くなるだろう。
あの人はルルーシュ殿下以外のお后を置くつもりはないだろうけど、周囲が反対するだろうね。
・・・ルルーシュ殿下をお后にすることであの人の地位は揺ぎ無いものになる。これは決定事項だよ。
何せルルーシュ殿下は凄く聡明でお美しい方だ。マリアンヌ様のお子様で、民衆の支持も高いだろう。
でも何も問題が無いわけじゃない。
ルルーシュ殿下は妾腹の、最下位の皇妃からのお生まれだからだよ。王室は後ろ盾のしっかりしている者がより優先されるからね。
・・・だから、シュナイゼル殿下がいないときに彼女を守ってくれる忠実な騎士と、絶対安全な温室が必要になるわけだ。」
カレンはロイドを見上げた。ロイドはうふふ、と笑うと再び紅茶に手を伸ばした。
「温室・・・ですか」
ミレイがつぶやく。ロイドはそれにうなずいた。
「そ。温室。間違ってもあの桃色の姫の城のような温室じゃなくて、姫君だけを慈しみ、姫君だけを守る。他者が絶対不可侵の鋼鉄の温室。
アッシュフォードと何ら変わりはしないよ。ただ、その場所が、学園から王宮に移るだけ。そしてもう既に3年前に彼女の宮は完成している。名前は何だったけなぁ。」
「さッ3年前?」
カレンは驚きの声を上げた。
「うん、凄いよ~。コロイドシステムに、窓ガラスは全て防弾。温室の中に宮があるんだけれどね、広さはそんなにないけど、それでもユーフェミア皇女の庭よりは広い。後は~・・・ナイトメアの侵入を無に返すシステムを導入できたら、きっと王宮内で一番安全な宮になるだろうねぇ。しかも、そのアテはある。現代科学の粋を集めた最先端の宮だよ。」
その絶対不落の城の話を聞いたミレイは、密かに確信を抱いた。
「ロイドさん、私と結婚してくれますよね。」
真剣なミレイの言葉に、カレンが顔を上げる。
「うんもちろん。そのつもりだね。君さえよければ。」
「では、」
「その事は殿下からも仰せつかっている。アッシュフォードがルルーシュ殿下を保護していたことはもう既に皇帝陛下の耳にも届いているから、直ぐにでも爵位は返上されると思うよ。」
ミレイはカッとなって腰に手を当ててにんまりと笑うロイドを怒鳴った。
「違います!そんなことどうでもいい!」
ロイドは笑みを深くすると、下からミレイを見上げ「冗談です冗談!」と顔を横にぶんぶん振った。。
「もちろん、僕もルルーシュ殿下の後ろ盾になるよ。あんな儚くて美しい人をたった一人で後宮に放り込むなんて、そんな酷なことしないよ。」
「ほう、それは頼もしいな。」
いきなり背後から声をかけられたミレイとカレンは驚く。ロイドはそれに関せず、お帰りなさい~とハイテンションで言った。
「殿下。ルルーシュ殿下はどうです?」
「やはりだいぶ痩せていた。今は点滴を打って眠っている。」
シュナイゼルはスタスタと歩くと、ソファに深く座った。
「さて。君たちとは話をしなくてはね。・・・同盟を結びたいのだよ。全ては彼女、ルルーシュのため。そこに掛けたまえ」
そういうと第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアは真剣な顔をしてミレイとカレンを見、ソファを指した。
言われた二人は顔を見合わせ、高級なソファにゆっくりと体を沈める。
「さて。何から話そうかな。」
シュナイゼルは膝に手をつき、考え込むと、まずミレイの方を見る。
「君はルルーシュがゼロだと知っているかな。」
ミレイは一瞬顔をしかめたが直ぐに元に戻し、首を横に振る。
「いいえ初耳です。」
「・・・そうか。では、それでも彼女を守りたいと思うかい?」
ミレイは指にぐっと力を入れた後、大きくうなずいた。
「もちろんです。ルルーシュ様にはルルーシュ様の考えがあってしたこと。・・・それに。あの後の黒の騎士団の盛名があったとき、クロヴィス殿下は日本人を大量虐殺していたと聞きました。
・・・殿下はお優しい方です。私は、仕方が無かったと。」
シュナイゼルはほっと息をつく。
「・・・よかった。わかってくれているならいい。
クロヴィスには申し訳ないが、彼には決定的な落ち度があった。あれではルルーシュが出ずとも後から日本人が実行していただろうからね。・・・だが問題がある。彼女はあの場で見事なカリスマ性を発揮してしまった。・・・どういうことか解るかい?」
彼女を守るものを引き込みたい。
・・・此方側へ。
「何がおっしゃりたいんですか。」
ミレイはシュナイゼルを睨みつけた。
「そのような人材を、最も醜悪な女たちが集う後宮で死なせるわけには行かない、ということだ。
君には後宮で彼女を守ってほしい。彼女の住む宮の構成員を全て君に任せる。
どんな人材を連れてきてもかまわない。君なら、君と君の祖父殿なら彼女を傷つける輩を宮に入れないと確信している。
身分や人種は問わない、私は民族主義ではないからね。
人件費はいくらかかってもいい。アッシュフォードには爵位返上を約束する。君には彼女の後ろ盾となってほしい。・・・どうかな?」
一気に言われた言葉に、ミレイは戸惑ったが二つ返事で了承した。
「わかりました。お受けいたします。でも、ひとつだけお願いがあります。」
その言葉に、シュナイゼルは首をかしげた。
「理由をお聞かせ下さいますか。あなたが、ルルーシュ殿下を欲する理由を。」
失礼な物言いだったが、シュナイゼルは朗らかに笑った。
「先ほども言ったのだが。
・・・愛しているからだよ。それこそ彼女以外の女性は目に入らないほどにね。違うな。目に入れる必要が無いんだ。・・・彼女がまだ乳呑み児だった頃からだから、かれこれ16年。
・・・そうか。そう考えると、私は随分な変態さんになってしまうな。でも仕方ない。彼女以外などあってないようなものだからなぁ。」
ミレイはほっと息をついた。そして確信する。『このお方なら、ルルーシュを幸せにしてくれるかもしてない』と。
「十分です。・・・殿下でしたら信用出来ます。先ほどのお話、喜んで了承致しましょう。」
ミレイが返すと、シュナイゼルは考え込んでいた風を改め、相槌を打った。
「よろしく頼んだよ。」
「はい。」
ミレイはゆっくりと立ち上がると、「ルルーシュ殿下が心配ですので」と仮眠室のほうへ歩いて行った。
カレンはそれを見送ると、シュナイゼルに向き直った。
「日本は、君たちに。君たち日本人に返そうと思う。・・・どうかな?」
カレンは、目の前の男から飛び出した言葉に刮目した。信じられない。
「聞こえなかったかな?それとも受け入れられない?エリア11を日本に戻す、と言ったのだが。」
シュナイゼルはにっこりと笑った。その笑い方に、カレンは言いも知れない恐怖を味わう。
少しでも気を抜いたら直ぐにでも食われてしまいそうな、捕食者の目だった。・・・“ゼロ”と対峙した時のような。
だがそれよりも、吐かれた言葉が魅力的過ぎた。・・・この男は今なんと言った?
ガクガクと体が震える。もし本当のことならばとんでもないことだ。この男の口車に乗せられて大丈夫なのだろうか。
カレンは一度に沢山のことを考えた。
「・・・信じられません。」
数分時間を要した答えは煮え切らないものだったが、シュナイゼルはそれを聞くと、うれしそうに笑った。先ほどとは大いに違う笑みだった。
「やはり君も信頼にたる人物だ。」
彼はそういうと、近くにあったティーポットをカレンに差し出した。カレンは首を横に振る。
「君さえよければの話だがね。」
手にしたティーポットを自分のカップに注ぎながら、シュナイゼルは話し始めた。
「君をランスロットのデヴァイサーにしたいと考えているんだ。」
カレンは、はて。と考えた後、「ランスロット?」と聞き返した。今まで沈黙してひたすらプリンを食べていたロイドがその話に食いつく。
カレンはその机の上を見てびっくりする。机の上には空になったプリンケースが連綿と重なっている。
「ランスロットって言うのはねぇ、あはぁ!僕が作った第七世代ナイトメアフレームのこと!真っ白な機体でねぇ、金のフレームでぇ。かっこ」
「白兜?」
“白いナイトメアフレーム”でカレンはそれしか思いつかなかったので、日本人の俗称で答えると、ロイドはことの他がっくりとうなだれた。シュナイゼルが腹を抱えて笑う。
「はっは!そうか、白兜。そうだった。君も日本人だったね。」
カレンは、その言葉に勢い良くガタッと立ち上がった。