アネモネ 第一章


彼女を傷付ける人間は、片っ端から排除する。
それが私の誇りだから。


ふらふら、ふらふらと左右に傾く体をカレンは心配そうに見ていた。
ルルーシュが着ている服は男子生徒用の黒の学ランだが、それが白い廊下を頼りなく行ったり来たりする様を、自分ではどうにも出来そうになかった。
再び左に歩いて行ったルルーシュが、ガクンッと崩れ落ちる。
「ルルーシュ!」
今は病弱な少女の仮面になど構っている暇はなかった。すぐに傾いた彼女を支える。触れた体が発熱しているのか、熱かった。
「大丈夫?今日はもう帰った方が。」
「大丈夫だ。・・・すまないカレン。」
歩きだそうとする体を引きとめる。
「大丈夫なんかじゃ、ないじゃない。熱があるわ。」
そう言って教室とは違う、クラブハウスの方へカレンがルルーシュを引っ張ろうとしたとき、ルルーシュはその腕を振り切った。
「ル、」
「大丈夫だ。」
また方向を変えて、教室の中に入ってしまったルルーシュに、カレンは溜め息をついた。




カレンは彼女の、他を寄せ付けない毅然とした気高さが好きだ。常に圧倒的高みに存在し、力強く優しい。だが、彼女は自分を大切にしない。神経が擦り切れるまで自分を酷使する。
・・・いつもなら、彼女の幼馴染みとやらが無理矢理にでも彼女を休ませるのだが、その唯一は先日永遠に失われてしまった。
彼女よりも他の女を選ぶということで。
それから彼女は更に自分を大切にしなくなった。
カレンは彼女ルルーシュが女であり、ゼロで有ることを知っている。
男子生徒用の学ランを着る彼女は日に日に細く、やつれていっている。昨日見たゼロのスーツを着たルルーシュは、腕や腰、太股の布が幾分か緩やかになっていた。彼女が痩せていっているのは周知の事実なのだ。
「それに加え熱ですって?」
体調がよくないことは朝からわかっていた。休め、休めと言ったのに、彼女は聞き入れない。それが信頼されていないようでカレンにはすごく悲しかった。

今のカレンにできる精一杯は、彼女が倒れた時、直ぐに駆け付けられる様に隣に居ることだけだった。



体調が良くないルルーシュの隣の席で、カレンは授業を受けていた。
彼女の状態は最悪。カレンは、『さっさと終われ』と教授を睨みつける。

「ではここを、ランペルージ。」
教授がルルーシュを当てたのと同時に後ろのドアがガタンッと豪快に開いた。
見ればそこにミレイが息を切らして立っている。全員の視線が彼女に集まった。
「ルルちゃん!」
彼女は物凄いスピードでルルーシュに近寄ると、ルルーシュの鞄を手に取る。
「逃げて!ここに居たら捕まってしまう!」
何が起きているのか理解できない生徒達を無視して、ミレイはルルーシュの腕を引っ張ろうとしたその時だ。再びドアの開く音がして、クラスの面々がそちらを見、固まった。
もちろん教授も一緒に。
ルルーシュは目を見開き、自分は目立たぬようにとうつ向く。


「授業中失礼する。」


立っていたのは、ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルだった。
ミレイはサッとルルーシュを隠す様に立つと、シュナイゼルを見据えた。
「妻を迎えに来たのだが・・・ランペルージ嬢はいるかな?」
”ランペルージ”の名前に、クラスの大部分がルルーシュを振り返る。ミレイは震える自分を鼓舞してシュナイゼルに対し口を開く。
「シュナイゼル殿下。ランペルージ君は男です。」
その言葉にルルーシュの顔が悲しくゆがむ。シュナイゼルはガタガタと震えるミレイの肩を見つめた。
「ほう・・・。我が妻は女ではなく、実は男だったと。笑える冗談だな。」
「人違いです。」
「知っているかな?」
シュナイゼルは黒板からゆるやかに移動し、ルルーシュに近付いた。
「皇族に使われた名は、本人の死後五十年経たなければ名乗ることはできないのだよ。これはその年生まれた偶然同じ名前の赤子にも適応される。皇帝からの命令ですぐさま変えられるのだ。
つまり、ブリタニア人に同じ年の皇族と同じ名前を名乗っている人間は誰一人としていない。この地でルルーシュが死んだとされて七年経つが、彼女の名はまだ誰にも許されてはいないのだ。ではなぜ、彼女と同じ名前の人間がここにいるか。・・・簡単だ。本人だからだよ。そうだろう?ルルーシュ・ランペルージ。

否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア姫。」

誰かが、ハッと息を飲む音が聞こえた。
ミレイはそれでもルルーシュを守ろうと立ったままだった。

誰にも渡しはしない。美しく、優しい、私だけの輝けるアメジストは。


シュナイゼルはルルーシュの机の前に行くと、おもむろに跪く。周りがざわざわと騒ぎ出し、ミレイはシュナイゼルのその行動に目を見開いた。
シュナイゼルは、ルルーシュに目線を合わせるよう語りかける。
「迎えに来たよルルーシュ。危ないことはもう止めて私と本国に帰ろう。マリアンヌ様の件は、すでに首謀者を捕らえて排除した。だから君が傷だらけになって戦う理由はもうないはずだ。本国に帰ろう、ルルーシュ。」
通路を挟んだ左側でカレンはシュナイゼルの行動に目を見張る。ルルーシュは目を静かに伏せると、諦めたように笑った。それを見たシュナイゼルが悲しげに眉をひそめる。
「・・・また私を駒にするのですか。」
聞きなれた男っぽい声ではない、女の声がルルーシュから発せられる。その声にリヴァルが小さく「えぇ!」と声を上げた。
「そんなことはしないし、させない。前にも言ったが君には私の妻になって欲しい。正妻は血族婚でなければ認めないと父君に言われてはいるし、私は君しか欲しくない。」
ルルーシュが顔を上げる。
「子供を生む、道具になれと?」
ルルーシュはシュナイゼルと視線を合わせる。
「生んで欲しいとは思うが、君が望まないのだったら考慮しよう。」
「ですが他の方たちが。」
「先ほども言ったが、私は君が欲しい。リ家の者たちがコーネリアやユーフェミアを推してはいるが、私が欲しいのは妻であって、将軍でもお飾りでもないのだよ。前者は他に探せるし、後者は範疇外だ。
私が欲しいのは『私の隣に常に寄り添い、ともに世界を見つめ、助言し、私を際限なく包み、癒す存在』だ。この条件は、君にしか当てはまらないし、私は君以外など考えられない。」
「ですが・・・」
ルルーシュは言いよどむ。
「私は君がいとしい。どうか、私の妻になってくれ。」
シュナイゼルは、学ランに包まれたルルーシュのたおやかな白い手を取ると、手の甲に口付けを落とした。

「結婚して下さい。愛しい、姫。」

シュナイゼルはルルーシュの手を取ったまま彼女に微笑みかけた。



――――後悔するがよい、愚かな騎士。
裏切りの名はお前にこそふさわしい。
シュナイゼルは心の中でスザクを嘲笑った。

ルルーシュは、必ず私の手を取る。



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