アネモネ 第五章
皇帝陛下が譲位するという、ブリタニア帝国に於いての一大スクープは、どの情報媒体もセンセーショナルに取り上げた。
しかも譲位する相手は宰相として長年に渡り、民と皇族と貴族と軍部とのバランサーであった白の皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニアである。
民は今までのシュナイゼルの功績から一様に盛り上がりを見せ、善良な皇族や貴族は拍手で迎え、そうではない者達は震え上がることとなった。
第98代目皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアは内政に興味の無い皇帝だった。
何が目的かは誰にも明かされていないが、シャルル皇帝は、ブリタニアの帝国たる軍事力を玩具のように揮い、多くの国々を巻き込み自国のエリアとしていった。
エリアとなった国は、名前と歴史、文化、言語を奪われ、ナンバーズと呼ばれる。
新しい軍産業の為にエリアとされた国も、農業用の土地を取り上げる為にエリアとされた国も、希少な資源を欲するがためにエリアとされた国ある。
そんな多くの国々は、シャルル皇帝が仕掛けた血で血を洗う悲惨な戦争を歯を食いしばりながら暗澹たる気持ちで耐え、瓦礫となった祖国を呆然と見上げブリタニアに支配されていった。
壊すだけ壊して何もしないシャルル皇帝は、自身の多くいる子どもに、皇帝の椅子をちらつかせながらその土地の平定を押し付け、皇帝の子ども達の後見人は、エリアとなった国々の尊厳を踏みにじりながら自身の領地と同等の利益を貪るべくナンバーズには加重とも言える労働を課し、労働によりナンバーズは戦後の生活を何とか送れるようになっていった。
この無茶苦茶な支配でナンバーズ達は、大人しくさえしていれば、自分の身の回りの平和は・・・家族の平和は得られると息を潜めて従うようになる。
いつかきっと、この悪政が断ち切られることを内心は渇望しながら。
そんな暗い目をしたナンバーズに齎されたのが、シャルルの退位と新しい皇族が帝位に就いたこと、そして。
酷い目に遭ったエリア11から生還した皇女が皇后の座につくという知らせだったのだ。
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皇帝宮の玉座に座りながら、取り囲む様々な騎士に剣や銃を突きつけながら、シャルルは今しがたこの玉座に入ってきた己の子どもを睨みつけた。
「私を退位に追い込むとは、お前は神をも恐れぬ男だな」
座した椅子の肘掛けを指先で叩きながら威厳を持って言ったつもりだが、自分に似たところのない第二皇子は乾いた声で嗤った。
「貴方が神であるなら、もうすでに地球上の生物は死に絶えていますよ、陛下。冗談はよしてください。」
自分を陛下だなどと思っていない男の戯言だ。
再び声を張り上げようとしたら、乾いた嗤いの第二皇子は腕を広げて首を傾げておどけて見せた。
「それでも私はルルーシュ曰く、優しい男ですからね。貴方を殺すつもりはないのです。」
「とんだ茶番だな」
この世界のどこに敵対する人間に剣や銃を突きつけながら『殺さない』と宣言する馬鹿が居るというのか。
その剣や銃は自分を撃つためにここに持ち込んだことは明白だ。
シュナイゼルの動向を伺う騎士のなんと多いこと!
ソードラインを軽々飛び越えて階段をのぼるシュナイゼルを見て、シャルルは眉間に皺を寄せた。
この男の手腕を甘く見ていた、としか言いようがない。
シュナイゼルはにこやかに笑った胡散臭い顔のまま、つらつらとこうなった経緯を語り始めた。
「ええ、茶番です。元老院はもう何年も前に貴方に従うより私に従った方が得だと感じて、膝を折ってくれました。
軍部は貴方が即位した際に治世を支えていた将軍や将校を年齢制限を設けることで『勇退』いただきましたよ。
彼らは要らぬ権力争いで後輩の命をおもちゃのように動かしていたので、後進の方々は皆私に忠誠を誓ってくれましたよ。
貴族院に関しては、フリューゲル公爵の失墜と、皇族への謀反、更にジェイルが率いる帝都純血派の一派の諸々が一緒に片付いたので、それに付随する政敵は一網打尽でした。
私のルルーシュは女神なので、何も言わずとも皆彼女が好きになる。
馬鹿なことを言っていた貴族連中も、今は彼女に骨抜きだ。
あなたのラウンズはビスマルクと枢木以外は私に膝を折りました。厄介なビスマルクは今コーネリアが説得に回っています。彼は貴方の騎士なので無駄だと再三言ったのだけれど私の妹は優しいのでね。」
紅蓮の魔女との通り名を持つ妹を可愛いと宣うこの男の心の奥底が見えない。
「コーネリアが優しい?アレは魔女に育てたはずだ」
冷酷無比に、と育てたのは何も目の前のこの男だけではない。
コーネリアにも、ギネヴィアにも、オデュッセウスにも自分は皇后、皇妃に『強者たるよう育てろ』と言ったのだ。
泣けばそれなりに教育したはずだ。
「コーネリアに変な通り名がついたとしても、私にとっては可愛い妹です。」
嗤う男に虫唾が走る。
睨みつけると飄々とした顔で目の前に立った。
「・・・」
「コーネリアはギルフォード卿の元へ降嫁が決まりました。元副官ではありますが、お互い憎からず思っていたみたいですからね。
あの子は貴方の娘の中で唯一、欲しいと言ってくれた男性の手を取り、愛し愛されて一緒になるのです。
私の妹は、貴方が不幸にした分、今後は幸せになる。
ついでに、私の姉と兄は皇位継承権を放棄しましたが、その代わり皇族籍にあって結婚しないと宣言しましたよ。
あまりに弟妹が多すぎてもう子供も伴侶もそれにかかるトラブルもこりごりだそうです。」
「・・・」
「陛下、あなたが蒔いた種だ。」
ふふっと軽く笑う男に、本当に自分の子どもなのかと疑ってしまう。
シュナイゼルだけでなく、ギネヴィアもオデュッセウスもなぜこんなに皇帝の椅子に興味がないのだ。
あまりにも馬鹿にされた態度に頭に血が上る。
「お前の采配で、私が翻意すると思うのか。ええ!?」
この男だけは幼少から油断ができない存在だった。
ルルーシュも得体の知れない不気味な顔をすることがあるが、この男の感情はこの後に及んでも読めはしない・・・!
退位の宣詞については、どうやったのかもわからないが自分が背水の陣なのはわかる。
だがここで頷く訳にはいかないのだ。
「私の采配では、あなたは是が非でも翻意はしないでしょうねぇ。でも、もう退位の宣詞はなされた。取り消しはできません。今からあなたはドリュアス宮で生涯を忘れられたように生きるのですから」
「ジェイルの宮か!?」
意外な宮の名前を告げられて驚く。
そんな山奥に押しやるつもりなのか。帝都から車で4時間半。煩い女を入れていた小屋だ。周りは森と田畑しかない。
その田畑も、皇帝領なのに煩い女が手入れしなかったので荒れ放題だ。
シュナイゼルは驚いたように眉を上げたあと、嗤った。
「おや!第6皇子の名前を知っていたのですか?」
「・・・誰が名付けたと思っている。」
馬鹿にするな、と言いかけてシュナイゼルが口をはさむ。
「・・・意外です。貴方がそんな父親みたいなこと話すなんて。
あぁ笑ってしまう!
私たちの幼少に、名前を呼ばれたことのある兄弟姉妹は数えるくらいしかいないでしょうに!
貴方にとっての子どもは高位皇族の妃の子どもと、マリアンヌ妃の子どものルルーシュだけで構成されているのかと思っていましたよ!」
「父親みたいだ、など!」
「貴方、自分の子どもが何人いるか知っています?高位皇族のうちの一人は違いましたが、でも違ったところで貴方の子どもは多かったから皇妃から生まれた子は皆皇子、王女になりましたよ。誰があなたの娘で、それが違うかなんて見分けがつくはずがない。マリアンヌ妃以外の皇妃は皆どこかで皇族と繋がりがあるのだから!
貴方の愛するマリアンヌの娘、もう一人の名前はご存じですか?」
「・・・?」
「日本戦線の折に、ルルーシュと共に日本へ留学し、亡くなったもう一人です。それから、その双子の兄の名は。」
ルルーシュと一緒に送った妹はいたが、双子?兄?そのようなものがいただろうか。
「・・・?」
「そうでしょうね。貴方がこんなのだから、マリアンヌ妃はルルーシュの弟を男爵にやったのでしょう。
男の子だ。女のルルーシュでさえ何度暗殺されかけたかわからないのに、男の子なら猶更あの帝位に目が眩んだ女狐どもが生かしてはおかなかったでしょう。
貴方は子どもを駒としてしか考えていない。
ナナリーのことでルルーシュは取返しのつかない大きな傷を負っている。ルルーシュは今でも日本戦線の、あの時の記憶で魘されるんですよ。
きっと、生涯ずっと。私は彼女を慰めることしかできない。」
ぐっと手を握りこんだシュナイゼルの表情は暗い。だがルルーシュにとってそれは必要な手段だ。
「ブリタニアを率いる強者たるに必要な教育だった。感情を殺せずしてこのブリタニアを治めることはできない。」
私が声を出すと、グランストンナイツの何人かが殺気立った。シュナイゼルは嗤いながら目を手で覆った。
「あー、口を閉じてください陛下。ルルーシュとの約束を違えてうっかり殺してしまいそうになります。あんな経験が必要だなんて。
本当に・・・反吐が出る。
さて陛下。いやシャルル・ジ・ブリタニア。貴方は色々とこの皇帝宮を歪めてきた。
私は貴方が壊したブリタニアやエリアを整地するためだけの在位になるでしょう。
でもよい世界にするつもりです。安心して退位ください。」
目の前で嗤うシュナイゼルを睨みつける。
「断る。民を幸福としてなんとする。奴らはつけあがらせると碌なことがない。ブリタニア帝国は、強権の皇帝ありきの帝国だ。」
ブリタニア帝国民に思うのは生かさず、殺さずの法だ。
つけあがらせると帝国崩壊の序曲となる。
奴らは自分の都合のよいように好き勝手言って、税を納めなくなる。そのうち軍事の真似事をするようになれば、他国から侮られ付け入る隙ができる。そうならないための強権だ。
シュナイゼルは何も映さない暗い瞳で私を見下ろした。
「民があってこその帝国だ。我々は民によって生かされているのだ。食べるものも、着るものも、全て民が用意したものだ。お前はそれを享受するだけだ。恥を知れ。」
そんなことは綺麗ごとだ。対話では必ず綻びができる。
軍事力で他国を圧倒しておけば、民は自ずと従い、他国は戦を仕掛けない。攻撃は最大の防御なのだ。
「奴らをつけあがらせるな」
「民はお前の為に生きているわけではない。」
強権に従う意義を民は分かっている。
私に従えば誰からも脅かされない。考える必要もない。とても楽だということを。
「お前は私の息子であり、ルルーシュは私の娘だ。きっといつか目が覚める時が来る。」
「いいえ、私は帝国の民の息子であり、ルルーシュは帝国の民の娘です。変な目が覚める時は来ないでしょう」
その時になって苦労をするのは自分であるだろうに。
「強大な力でもって世界を平定させることは正義である。民は皆、喜んでいるはずだ。望んでいるはずだ。」
「恐怖と弾圧によって世界を平定させることはできない。傷つく誰かがいる限り、今の世界を誰も受け入れてはいない。」
「お前の軽い言葉は茶番だ。現実を見らんか!」
「・・・貴方との協議が平行線なのは百も承知ですよ。ですがこれだけは言える。このままでは帝国の未来はない。」
「何を以てしてそう言える。」
「疑心暗鬼からは、友情は生まれないと教えてくれたのはルルーシュです。隣人とはつかず離れない良い距離を探すことも。・・・疑わしきは罰しろという貴方の考えでは。本当に信じている人間など誰一人としていない貴方の考えでは、自分以外は全て敵だ。
敵を全て排除した暁に見えるのは屍の山と、その山の上でたった独りで佇む自分だけだ。」
『シャルル陛下。頂点を極めてそれから望むものは全て虚無なのです』
あの日笑ったマリアンヌの顔と声が混ざる。
皇帝謁見の間の扉が開いて、黒いドレスの裾を翻しながら入場したルルーシュに、謁見の間にいた騎士が全て跪いた。
今言葉を発したのはルルーシュだったか・・・?
コツコツ、というヒールの音が空間を支配する。
目の前に立った、あの日の彼女を写し取ったような娘は、私を見て眉をひそめた。
「・・・母は常に言っていましたよ。
頂点を極めて求める全ては虚無であると。
頂点を極めた先ですることは、誰かのために何かをすることだ、世界に還元することだと。」
あの日の彼女の諦めた瞳がよみがえる。
夜の帳の中、色を喪った彼女の頬の輪郭をそっと撫でたあの日だ。
あれが最期だったのだから・・・!
「マリアンヌならばそう言うだろう。だが彼女も私を置いていったのだ!いなくなったのだ!この私から、逃げたのだ!」
次に会った時にはもう既に棺の中だった。
普段は絶対着ないような、黄色いドレスが流れた血液で大きなシミになっていた。
あのドレスを買った記録がなかったのですぐに分かった。
アレは、元婚約者から贈られたものだったのだ・・・!
何もかもを置いて逃げおおせて、マリアンヌ、お前は満足だったろう。
なぜ、今更こんな気持ちにならなければいけない!
なぜ私が敗北したような気持ちになど・・・!
「いなくなったのではない、お前が殺したのだろう!」
ルルーシュの激昂した声が玉座の間に響き渡る。
ルルーシュの後ろの騎士は見たことがあった。マリアンヌの、彼女の、元同僚だ。歯を食いしばったまま、私に銃を向けている。
いつぞや、コレへの手紙を許せと懇願してきたマリアンヌを手荒く扱ったことを思い出した。
この騎士の命を質として閨事を強請ったこともある。
「私はマリアンヌを殺してはいない・・・!」
こんなことを何故言われなければならない!
「何を馬鹿なことを・・・!何を言うかと思えば、お前は逃げられて当たり前だ!愛してもいない男と結婚させられて一緒にいるだけでも苦痛でしかないのに、鳥かごの鳥のように自由は無く、友や両親と縁を切らせた。
挙句、母が気に掛ける彼らの安否を人質として逃げ道を塞ぎ、私という子どもを作ったかと思えば、政治の駒として育て、かと思えば放ったらかしで無関心。愛や情などなく、命懸けで産んだ子どもを可愛がりはしない。
皇女として捨てられた私の境遇を、母はなにより嘆いていましたよ。
無理やり契ったわりには自分を信じないことにも失望していました。
ありもしない妄想に怯えて暴力に訴え、他の女とは浮気はし放題。その他の女から母が責められても庇い立てする所か一緒に嗤う始末。
しかも、生まれた子供の名前すらも覚えていないようなどうしようもないクズときた。
愛せもしない、尊敬もできない、束縛ばかりの身勝手で傲慢な、暴力が当たり前の、嫌いな男と一緒に生涯を最期まで共にしたいと母が願うわけがない!
お前のような男は、私なら近寄りたくもない!」
ラウンズの何人かがビクっと震える。
笑いをこらえているのが肌で分かってシュナイゼルは吹き出しそうになった。
「だが、母は貴方が可哀想だったから少しなら共にいることを考えたのだ。いつぞや、自分をラウンズに乞うた時、雨の中で捨てられた子犬みたいだったと話していたくらいだから。
まぁ、アレが間違いだったとも言っていたが。」
微妙な沈黙が落ちる。
「それでも、あの襲撃は陛下なら止められたはずだ。それを止めようとしなかったことで、母はもう自分は不要だと思ったのだ。
だから貴方に希望を抱くのを辞めて、私たちに期待していた。日本との懸け橋にと。
私かナナリーと枢木スザクとの婚姻が整えば、日本は身内となる。そうなればあの国を焼くことなく私たちは大きな後ろ盾を得ることができる。母はそう考えていた。
ブリタニアで最も血の遠い私たち姉妹は、皇室の性質上どんなに嫌がっても、皇帝たる男子に嫌がられても、いづれ皇后へと声がかかるだろう、その時のための後ろ盾として日本との友好が肝いりの留学だった。
それも日本をあんなことにしてしまってはもう取り返しが効かない過ちだ。
あの日、あの母が亡くなる前日は私もナナリーも母の部屋で共に眠った。
淑女教育を始めて久しい私は珍しいことだと思っていたが、今思えば母は死を覚悟していたのだ。
貴方なら止められたのに。なぜ、止めなかったのだ。なぜ母を見殺しにしたんだ・・・。」
「・・・マリアンヌがそう望んだからだ。」
ごきげんよう、陛下。
振り返らずに彼女は宮へ帰っていった。振り向きもしなかったのだ。
「逝くな、と一言いえばよかったのに。」
はらはらと頬を伝う涙が、あの日のマリアンヌのようだ。まるで彼女が泣いているようだ。
「ルルーシュ。私を恨むか・・・?」
ルルーシュはその紫の瞳でス、と私を睨んだ。
「嫌いですよ、貴方なんか。顔も見たくない。恨むとか、そんな事すらしたくない程関わりたくない。
ナナリーもロロも覚えていないなんて、今すぐ殴って刺したい気分です。
でも死んでほしいとは思わない。今死なれるとシュナイゼル殿下の経歴に傷がつきます。だから、私の気持ちが変わらないうちに退位願います。」
「お前も、あるのか。」
・・・ギアス、という絶対遵守の力。
「ええ。それがナナリーの求めた“優しい世界”につながり、役立つなら何度でも使います。」
初代皇帝と同様の紫蘭の瞳に見つめられると、もう何も言えなくなった。
ギアスを持ちながら、ルルーシュは私にかけるつもりはないのだ。
私とはまるで違う。
「マリアンヌは、私を愛してはいなかったのだな。」
「母の気持ちは分かりませんが、愛する人は他に居たかもしれません。
貴方も、他の女性を愛で、母に愛してるなんて言わなかったでしょう?」
「言えば逃げられると思っていた。」
「逆です。言えば、ずっと傍にいてくれたと思います。母は、愛情深い人でしたから・・・。」
「・・・そうか。」
あの日の輝きを思い出す。
皇帝位についたときのことだ。
皆が私に額づき、そして彼女が笑いながらラウンズの旗を振った。
晴天だった。
それだけがあればよかったのだ。それさえあれば。
「もう、遅いのだな」
黒く塗りつぶされた世界にいつから一人佇むことになったのか。
マリアンヌの微笑みは、彼女とその娘が一緒にいる、クロヴィスの絵画だけとなった。
あの日、ラウンズを辞すと言った彼女を追わなければよかったのか。
「あいわかった、退位に応じよう。」
周囲がざわつくのがわかる。こんなに感傷的になったのは初めてだ。
「だが、お前たちが一つでも弱い所を見せたらすぐに政権を奪う。国土を焼くことは絶対に許さぬ・・・私にはそれができる。」
ギアスの力は、まだ健在だ。ブリタニアを焼土にすることは許さない。
それは、私が皇帝になる前に、マリアンヌが勝ち取った平和だからだ。
「御意に」
ラウンズが腰を折る。シュナイゼルは私に道を譲り、私は階段を下りた。
駆けつけたビスマルクが泣きそうな顔で私に手を伸ばす。
「ビスマルク、共に参れ。」
皇帝として堂々と退場して見せる。
政治に飽きたのは本当だ。
だから子供にその役を投げたのだ。
これからはドリュアスで教団とのやり取りが主になるだろう。
「シュナイゼル、一つ聞きたい。」
「なんでしょう?」
「汝、何故に王と成るか。」
「愛しい彼女のためです。」
ブレない。私に一番似ていないと思っていたこの男の執着は私に似ている。
「その愛が真実たるを望む。」
枢木の悔しがる顔が目に浮かぶ。あの狂犬をこの男はどう調理するつもりなのか。
「愛している、と言えばよかったのだな。」
そうすれば、私と共にいてくれたのか。
そんなこと、知らなかった。・・・知らなかったのだ。
だって誰も教えてはくれなかった。そんなことで、よかったのか。
そんなことも、わからなかったのだな。
・・・・私は。
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第98代目皇帝、シャルル陛下は療養のため、人のいなくなったドリュアス宮殿へ向かった。
彼のその後についてはあまり語られず、宮に移ってから10年で逝去となった。
ドリュアス宮の環境が皇帝宮ほど整えられていなかったという話もあるが、唯我独尊の元皇帝は、意外にも何も言わず時折訪れる第一皇子とのコミュニケーションを密に行っていたという。
ルルーシュ皇后とはその後の関係を語られたことはないが、一度だけアリエス宮へ行きたいというシャルル陛下の願いを却下されたあと、皇帝宮のピクニックに招待したという記録がある。
美談として語られているこのピクニックだが、皇帝宮の給仕から「いたたまれなかった」と記録されており、楽しい家族団らんではなかったと思われる。
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