アネモネ 第一章


そう、欲しいモノは全て手に入れる。


シュナイゼル・エル・ブリタニアは、スザクの騎士叙任のテレビ放送をにこやかに見ていた。
「これで彼女を取り巻く鎖がひとつ減った。」
シュナイゼルは白いチェスの駒を手にとる。たおやかな形のそれはクイーンだ。
「私のクイーンはお前だけだと、そう言ったのだがな。お前はキングになれはしないよ。」
メディアに載った仮面の男を見、シュナイゼルは溜め息をつく。
美し過ぎる。それこそ全てを投げ打ってでも守りたい衝動に駈られるほど。本当は厳重な檻に囲まれた静かな温室こそが彼女に最も似合うのだ。慈愛の皮を被った我が儘なピンクの姫とは違い、彼女こそ守られるべき慈愛の姫であるのに。
「気付かないとは愚かな騎士だ。」
飲み終わったティーカップを机に戻すと、通信が入る。

特派からだ。

「どうしたロイド。」
『いんやぁ~!お久しぶりです、シュナイゼル殿下っ!ご機嫌いかがです?』
通信から聞こえる弾んだ声に苦笑しながらシュナイゼルは要件を促した。
「機嫌は最高にいいが。それで?」
『要件をわざわざ言わなくったってランスロットの事に決まってるじゃないですかぁ!アハ~デヴァイサーなんですけっど!』
「ユーフェミアの騎士になったのだから仕方がない。管轄が面倒になるから、特派からは除隊して構わんよ。」
『えぇ~!どうしてですかぁ?まだ研究したいですよ僕は~』
「お前も知っているだろう。私はあの子を傷つける輩には徹底排除の方針だ。今回も例外じゃない。」
『あの子?ま・さ・か。ルルーシュ殿下が生きておられたので?』
「あぁ、もちろん生きているよ。そのうち迎えに行く。エリア11にね。デヴァイサーの件はその時に。・・・既に候補は居る。」
『おーめーでーとーう!ございます。アハ、次のパーツがいるなら気にしませんよ。・・・いつこちらに?』
「今日中にエリア8の仕事が片付くから、明日にでも。アヴァロンに乗って行くから今日の夜には政庁に着く。コーネリアに言っといてくれ。」
『随分急ですね。コーネリア殿下に?嫌ですよ、めーんどくさい。』
「そう言うな。私は妻が恋しいのだ。今すぐ迎えに行きたいくらい。」
『おー嫌だ!ノロケなんか僕は聞きたくないです!予算の増加の事なら喜んでお聞きしますけどね!あとのことは夜伺いますから。』
「そうか。では今日は眠れない事を了承しておけ」
『鬼!』
ロイドはそう言うと乱暴に電話を切った。
「やれやれとんだ旧友だ。」
受話器を下ろすとシュナイゼルは静かに口郭を上げた。

あの人を本気にさせることほど、恐ろしいことはない。



シュナイゼル・エル・ブリタニアがエリア11に到着したのは、夜8時を少し過ぎた頃だった。
政庁は急な第二皇子、しかも国家宰相の訪問に、てんてこまいで歓待しようとしたが、当の本人は一言“いらない”と言った後、足早に特派に向かった。


「いらっしゃーい。」
迎えたのは眼鏡の男、ロイドだ。
「しばらくぶりだな。」
「えぇ本当に。本国で会って以来ですもん。で、お姫様は居たんでぇすか?いくら小さなエリアだとしてもソコソコ広さはあるんですよ?まぁ、貴方ならシラミ潰しに探せそうですが?」
辛口のロイドにシュナイゼルはにこやかに笑うと、「ここだ」と地面を指した。
ロイドはその事にむむむ。と考え、首をぐるぐると回すと、手を顎にかけて首をかしげた。
「一応、殿下の名誉のために言っときますけど、特派の研究員の中にルルーシュ殿下はいらっしゃいませんよ?大丈夫ですか?」
シュナイゼルはゆっくりと首を振ると、その言葉を否定した。
「違うよロイド。彼女はアッシュフォードにいる。」ロイドは一瞬止まったが、納得為たように頷いた。
「あぁ成程。アッシュフォードは確か殿下の後見人でしたよね。」
シュナイゼルはにこやかに相槌を打つ。
「さすがにルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとは名乗っていないが、ルルーシュ・ランペルージという男子生徒が居るらしい。歳はあの子と同じで、友人の話によれば枢木スザクと幼馴染みだそうだ。」
「決定的じゃないですか。」
「可愛い子だろ?気付かれるとわかっていながら、母親から与えられた名前は捨てられなかったらしい。」
ロイドは身を乗り出す。
「それで?今から迎えに行かれるので?」
シュナイゼルは笑うと、首を横に振った。
「そんなことはしない。それに今学園に行ってもあの子は居ないよ。彼女は今自らが作り出した私兵・・・騎士団にいるだろうからね。」
それにはロイドも驚きに目を見開く。
今のこのエリアの情勢で“騎士団”と言えばひとつしか思い浮かばないからだ。


ロイドは間を置いて話を始める。
「・・・“ゼロ”ですか?」
「よほど祖国と父君が嫌いらしい。
キングにはなれはしないのだがね。・・・彼女は明日私が直々に迎えに行く。妻を迎えに行くのに、こそこそ夜に行くなど私の相に合わない。迎えに行くなら堂々と昼に行くさ。お前はここで待機していなさい。」
ロイドは溜め息を吐くと近くのイスに座った。
「それでランスロットデヴァイサーのことなんですがね?」
「あぁでは、デヴァイサーも明日連れて来よう。主を守る、忠実で優秀な騎士だ。」
「お名前は?」
「カレン・シュタットフェルト。半分ナンバーズだが問題はないだろう。もう既に自身のナイトメアを持っているが、そちらはすぐ不要になる。
気高いあの子が認めた唯一の騎士だよ。まぁ、任命は受けてこそいないが。」
「枢木准尉よりいいデーターとれるんです?」
ロイドは紙に名前を記す。
「申し分はないだろう、保証する。彼よりは随分安定した子だ。運動もできる。少し時間を要するが軍の訓練を受けさせるのもよいだろう。
・・・明日はここに直に来る。それから、女物の服を一式用意しておけ。我が妻は男としてこの7年間生きてきたらしいからね。
それから。言い忘れたが、ランスロットの予算は上乗せしている。好きに使いなさい。ただし、彼女の騎士を守れるような機能を搭載すること。
彼女は奪われることを極端に恐れる。」
ロイドはガクンッとうなだれた。
「予算の増加は先に言って下さい!」
シュナイゼルは「はは」と笑うと、特派を後にした。

さぁ、君を捕まえに行こう。

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