ギアス小話



「馬鹿な男だな、お前。」
ベッドに体を沈ませた男に、ルルーシュは呆れ果てて笑った。C.C.が隣で「お前にだけは言われたくはないぞ」と溜め息をつく。
ベッドの住人―――・・・イオリア・シュヘンベルグは皺々の手をルルーシュに向かって伸ばした。ルルーシュはその手を取った。イオリアは目を伏せる。
太陽光発電システムを早々に導入した三大大国はその大きな力を独占した。太陽エレベーターが作られたころには油田を開発していた地域は“旧世紀の遺物”とされ、大国から退けられた。考えられる結果だった。そして退けられた彼らがこれから取る道も、考えられるものだ。
太陽光発電システムの提唱者は、その大国から多大な恩恵を受けていたが、イオリアはそれには手をつけなかった。


「お許しください。あなたが守った世界を私がゆがめてしまった。」


凪いだ瞳でルルーシュはイオリアの手を握り締める。彼はずっと自分を責めている。長く停戦を続けていた世界だったが、太陽光発電システムの導入で確実に戦争へと動き出してしまったことを。

「申し訳、ありません。」

再度謝った男に、ルルーシュは首を振った。
「馬鹿な男だな、お前は。・・・これも、世界の経過に過ぎないというのに。」
笑うルルーシュの頬に触れ、イオリアは撫でる。
「貴方の死が無駄になってしまう。」
「大昔のことだ。」
母が子にするようにルルーシュは「仕方ない」と微笑んだ。縋る手を握り締め、まるで聖母のように。イオリアは首を振る。
「私はこんなことは望んでいなかった。戦争がない世界を見たかった。・・・だから、石油に変わる新たなエネルギーを見出せば皆が幸せになると考えた。でもそれは新たな火種を産んでしまった。」
「わかっている。」
「・・・私は、貴方にはなれない。」
ゴホゴホ、と咳をするイオリアの背をルルーシュは撫でた。


「貴方になりたかった。」


世界中が認める暴君は、それは優しく美しい人だった。イオリアは知っていた。もう随分昔になるが、家計が苦しくて駆り出されパートタイマーに入っていた頃、ブリタニアの国立国会堂の奥深くに置かれた彼の肖像を見たことがある。凪いだ紫の瞳が印象的な人だと思っていた。それを“悪逆王”と知るのはそれから数年後になる。

イオリアは一旦目を閉じると、ルルーシュの瞳を覗きこんだ。
「世界は戦争の時代になります。」
「・・・あぁそうだな。」
「私は、私が起こした戦争を止めなくてはならない。たとえ、どんな手を使ったとしても。」
「イオリア・・・。」
「貴方に、“平和”を見せてあげたい。ですから、」
「だから?」


「私は戦争根絶の為に組織を作ります。」


『始まり』



「名前はソレスタル・ビーイング。圧倒的な武力を持って折れない信念のもと、ナイトメアフレームより遥かに大きな機体を駆り、戦場に現れ、嵐のように去る。そして戦場には何も残らない。」
「・・・いいのか?」
「もう、決めたことです。随分前に」
「・・・そうか。」
「貴方に、平和な世界を還したいのです。」



******


温かな羊水の中から、自分を柔らかく見つめてくる、その人が自分の全てだった。


イノベイダーである自分達は本当に“作られた”存在だった。
彼のイオリア・シュヘンベルグが雇っていた科学者たちは皆、自分を物を見るように見ていたし、事実、実験対象でしかなかった。
大きくなっても、知識をマザーコンピューター(通称マザー)から吸収したとしても、羊水の中から出ることはできなかった。
小さなガラスの水槽から“外”を見ている時は科学者どもが何か紙と睨めっこをしていて、自分たちにペンの先を向け、『これは失敗だ』とか『もう少しここを操作しなくては』とか見たり言っているだけで、すぐに自分は怖くなり、縮こまってその視線と声に耐えるのが常だった。
その中で、“あの人”は変わった人だった。

初めて目にしたときは新しい科学者だと思った。彼は、白い服を着ていたし周りの科学者と話をしていたからである。
でも彼は水槽の中の自分に気づいて、その瞳が自分と合うや否やにっこりと笑って『ティエリア』と呼んでくれたのだった。

一瞬、何の事だかわからなくてきょとんとした自分に、あの人は『君の名前だ、いい響きだろう。』とにっこり笑った。

―――・・・彼はとても穏やかな人だった。研究者の中でも一目おかれているイオリア・シュヘンベルク(僕らの父?)にすら一目置かれているようだった。水槽の中に向けられる優しいまなざしや、愛というもの(多分これで合っていると推測する)を、僕らはとても愛していた。彼は僕らの為に歌を歌ってくれるし、一人ひとり番号でなく、名前で呼んでくれたからだ。
彼はいつも突然現れて、僕らをまるで人間のように愛し、去っていく。そして僕らは気づいたことがある。彼の周りがどんなに歳を取っても、彼は歳を取らないのである。
僕らと同じ存在だと最初は思ったが、そうでないことは新しく開発されたマザー、『ヴェーダ』によって証明された。
『ヴェーダ』は、彼の脳を全て模写して作られたマザーコンピューターであり、イオリアが作ったソレスタル・ビーイングのメインコンピューターであった。
あらゆる戦術や論理、概念、宗教といった全ての要素が蓄積された『ヴェーダ』は、恐ろしいことに、何年経ってもその情報網は何年、何十年、何百年先も見通しており、まるで全てを知っている神のように僕たちを導いた。ヴェーダは僕らのマザーのようだった。
あの中にいると、まるで彼と溶け合っているような幸福を得た。でも『ヴェーダ』は所詮彼のコピーだった。





「ティー。」
朗らかに抱きしめてくる彼に戸惑いが隠せない。あの時自分は水槽の中にいた。いくらイノベイターだからと言っても水槽を抜け出したら歳をとることくらい知っている。そしてそれがとても身近であるのだ。なのに、彼はこれっぽっちも変わっていない。まるで最初に自分の名前を呼んだときのように。
抱き締められた腕の中、心臓の音だけが耳に響く。あの日抱きしめてくれたロックオンのようだ。
「ル・・・ロックオンが。ロック、」
「つらかったな。」
もう戻ってこないことなど知っていた。刹那が、目の前で宇宙空間にポツリと浮かんでいた彼を、爆風が巻きこんだのだとそう言った。でも信じられなかった。いつだって、どんな時も理性的だった彼が、ガンダムだけ返して敵を撃とうとしたことも。ハロのように、受け入れることなどできなかった。だって、彼はロックオン・ストラトスなのだ。私が愛した人なのだから。
「ティー。」
首を横に振ると、彼は静かに『泣きなさい』と言った。もう既に涙は零れている。ノリエガが切ないような顔で自分を見ている。刹那は静かに目を伏せた。
白い服の首にすがりついて、私はロックオンが宇宙空間で散ってしまってから二年、初めて大声を出して泣いた。


『お帰りなさい、私の王様。』


彼は帰ってこなかった。でも、貴方にまた会えたことがこんなに嬉しい。



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