ギアス小話



その日、小さな町は歓声に包まれた。
“ブリタニア帝国 第99代目皇帝 魔王ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア暗殺”
世界統一帝国にまでのし上がった神聖ブリタニア帝国は、ルルーシュの死で解体された。ブリタニア帝国のエリア地区や中華、それから超合衆国は数多くの動揺を起こしながらも、武力ではなく話し合いという手段を持って国々の独立と復興をやってのけた。


誰もいない石の前でアーサーは静かに目蓋を伏せた。ゼロ・レクイエムから一年が経過している。ブリタニア国立国会堂・・・都心から遥かに離れた寂れた、人気のない場所にその石は存在していた。
人々は彼のことを『悪魔』だの『魔王』だの言っているが、アーサーにはそうは思えなかった。
ジャリ、と後ろで砂を踏みしめる音がしてアーサーは座り込んだ。
「・・・よく、俺の前に姿を現せたな。」
男は首を前に少しだけ傾けると、「まさかいるとは思わなかった」と笑った。
・・・いや、この場合本当に笑ったのかはわからない。何せ相手は仮面をつけている。
「その仮面を脱げ、どうせ俺しかいない。お前にその仮面を被られていると思うと吐き気がする。」
「うん、でもルルーシュの命令だから。」
「貴様!」
アーサーは立ち上がって振り向いた。男の表情は仮面に遮られて見えない。主である、ルルーシュの・・・形見に遮られて。アーサーは眉にぎゅうっと皺を寄せ、吐き出すように言った。


「優しい、人だったんだ。」


仮面の男・・・スザクは静かに頷いた。

「あのときのことを忘れられない。あいつは、ごめんって言ったんだ。」
「うん。」
「俺の父親がとんだ暴君でごめんって。でも俺もそうなるからごめんって、俺が死ぬまで半年もないと思うからそれまで耐えてって、俺に何度も謝った。みんなが言う無慈悲な皇帝なんかじゃない、温かい人だった。」
「・・・うん。」
「俺が傷を作る度に看病してくれた。夜通しだぞ!?現地には行けないから、せめてこれだけはさせてって・・・フレイヤの傷を何度も消毒してくれた。」
「そうだね。」
「愛してたんだ。上司としても、人間としても。あんな奴他にいない。いるわけない!」
翠の湖面を思わせるアーサーの瞳からポロポロと涙が流れて、スザクはそれを純粋に美しいと思った。

「なぁ、何で、何であいつが死ななきゃならなかったんだ・・・?」

いつだってルルーシュはそうだった。自分という個の優先順位は常に下だった。
常に他者を優先して惜しみなく愛し、与える。
彼の本質はかぎりない愛で構成されていた。
・・・人々はそれを“エゴ”と呼ぶけれど。

「・・・・世界を変える、それは自分のために。愛する人のために。
だから、この世の全ての憎しみを自分に向けさせれば、自分が望んだナナリーにとっての“優しい世界”が築けると確信した。
最期まで・・・これは自分の願いだ、と。」

「・・・知ってる。そのためにあいつが何をどれだけ犠牲にしてきたのかも、自分の幸せを犠牲にしてきたのかも。だからあいつはああも“悪”になれた。引き返しては心が折れることを知っていたからだ。」

アーサーは再び墓の方に向き直った。風に、ススキが揺れるのが解る。

「お前は、どうしようもない馬鹿野郎だ。」

朝早くに剪定したバラを輪にしたものを、その十字架の肩にかける。
アーサーは輪を見つめると、腰を曲げてその天辺にキスを贈った。

「お前は、どうしようもない馬鹿野朗だった。・・・でも、」

アーサーはこぼれる涙を袖で乱雑に拭って毅然と『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』と書かれた墓石を見据えた。


『お前以上に優しい人間などいなかった。』




『アーサー。プリン作ったんだが食べるか?』
『・・・食べる。』
『この頃また食べないとコックが言ってたぞ。どこか悪いのか?まぁ悪いとは思うが、気持ち悪さは?前、吐血したって菊が言っていたんだが。』
『近頃は傷が酷いだけで、内部腐食はない。別に気分も悪くないし。・・・うまいな、これ。』
『少しでも食べないとバテるぞ。・・・そう言ってもらえて嬉しいよ。』
『明日も・・・プリンが食べたい。』
『・・・解った、また明日作るな。』




あの愛情の詰まったプリンはもう二度と食べることができない。




*****



新たに日本の総理大臣になった男を菊―――日本は冷たく一瞥すると、さっさと踵を返した。差し出した手を無視された男は呆然として菊を見る。
菊の心は今や真っ黒に染まっていた。ただ、「汚らわしい」という感情が目の前の男を拒絶し、吐き気がこみ上げる。
―――なぜ、あの男は笑っている。どの面下げていま自分の目の前にいるというのか。
どうして握手を求めることができる!

「あぁ、汚らわしい!」

この穢れた空間から早く出たい。そうしなければ、自分まで彼のお方を汚してしまうことになってしまいそうだ、あぁ、なんということ!そんなことはあってはならない。
神への冒涜だ。
菊は拳を握り締めた。
新総理・・・扇の横に立っていた神楽耶が菊を止める。「汚らわしい」と言われた扇は眉間に皺を寄せて菊をじっと見つめた。菊は神楽耶の声にゆっくりと振り向く。
あぁ、早くこの部屋から出てしまいたい。
それが菊の願いだった。
自分が敬愛する人がいないことに、心底吐き気がする。
それが間接的とはいえ、目の前の男に奪われたのならばなおさらだ。
あの時彼が拒まなければ、あのお方が死ぬことは無かった。
今だって生きていて、菊を撫でてくれたはずなのだ。
この男が殺したのだ。私の最愛を・・・!

「俺は今日から君の上司になる、扇要だ。」

―――・・・無能め。菊は心中で毒づく。

「そうですか。」
淡々と答え、内面が出ないように唇を引き締める。
再び差し出された手を再び無視して、菊は無機質な瞳に扇の顔を映した。
そして、それを脳内で勝手に自分の最愛と描き換える。
菊には、もうその人以外全てがどうでも良かった。

高潔で孤独。溢れんばかりの愛と優しさを、自分や他の同族に分け与えてくれたかの王――――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのほかには。

だから菊は自分からルルーシュを奪ったこの男には仕えないと決めた。
あの方に治めて貰いたかった。
ずっと与えられるあの愛のもとにいたかった。安寧のもとに。
でももう彼はいない!
扇要は哀しそうに手を引っ込めると、右に首を傾げる。
「俺は君に何かしたかな・・・?」
菊はフッと鼻で笑う。
そしてショックを受けているだろうとんでもない無能さんに教えてあげることにした。

「えぇ、私の唯一無二のお方に銃を向け、撃たれる覚悟も無いのにその引き金を引きました。私は貴方が憎い。大嫌い。」

扇は目を見開く。菊は続けた。

「どういうことか理解できないのでしたら、皆まで言って差し上げましょうか無能さん。私は、貴方が銃を向けたルルーシュ・ヴィ・ブリタニア陛下をこの上ないお方だと思っております。その上司を殺した相手を、私は私という名の下に、認めるわけにはいきません。あなたは奪った。それが直接にせよ間接にせよ私から、彼のお方を。
奪った者は、奪われても文句は言えませんよね。・・・だから私は貴方から、“私”を奪おうと思います。私は貴方の政治に口出しは一切しません。
その代わり、私が国として動く一切の事柄も何もしません。助言もしません。もう会って話をすることも無いでしょう。私は貴方の任期の間は一切何もしません。
不愉快ですから握手もしません。ですからこれは私が貴方にする、最初で最後の忠告です。

・・・扇、要。よくお聞きください。
貴方がしなくてはいけないことは、あのお方が築き上げたこの世界を維持すること、それだけです。」
扇はハッと顔をあげ、信じられないものを見るような目で何か異質なものを見る目で菊の目を見つめた。
「君は・・・っ!」
菊には目の前の男が何を考えているか手に取るようにわかった。
「私はギアスにはかかりません。何故なら、私は大地と国家、そのものですから・・・ちなみに、黒の騎士団にもギアスはかかっていません。あのお方は自分に近しい人間ほど、ギアスはかけなかった。卑しくも貴方方は、貴方方自身を最も大切にし、愛し、守ってくれた存在に刃を向け、裏切って、殺したのです。
私から言わせれば、そんな非情な者にこの国の長が勤まるとは思えませんが、数多の国民が支持したのならば総裁と認めましょう。でも、私は一切関与いたしませんのでそのおつもりで。」

神楽耶が横で「そんな・・・」と小さな声で言ったが、菊にはどうでも良かった。再びサッと踵を返す。今度は男自身に止められた。

「君は、国じゃないのかい?」

言わんとすることは解る。国ならばルルーシュの元にいて彼を憎みはしなかったのか、とそういうことだろう。
菊は嘲笑した。
「私はあのお方の傍に半年もいなかったのにあのお方が如何に素晴らしい方かを十二分に知ることができましたよ。
・・・貴方は、二年も共にいてどうしてあのお方の言うことを信じることができなかったのです。私には、そのことがとても不思議です。」



項垂れた扇を見、今度こそ部屋を出る。
肺を満たす清々しい空気に菊は知らず溜め息を漏らした。本当は、もっと言ってやりたかったが、そんなことはもうどうでもいい。
だが菊の心には小さな棘が打たれていた。小さいそれはでも絶対の強制力を持っている。しかし菊は従う気にはなれなかった。・・・ルルーシュからの、お願いだった。
目を閉じ、両手を組み合わせて空に祈る。


『ごめんなさい、でも貴方の言うことは聞けません。』


『菊、俺が死んだあとの日本を頼むな。』


****



ぽつり、と零れ落ちた涙を袖で拭いもせずにフランシスは横たわった屍を抱き上げた。
奇異の目で見る民衆に、“これで満足か”と顔を歪め、抱きあげた体に腕の力を強める。
抱き上げた体はどこもかしこも細くて、貧弱。冷たい体は、フランシスの体を凍らせる。
でも、立ち止まれはしなかった。―――自分には未だやるべきことがあったからだ。



侵入したブリタニア宮殿の奥。非道な政治からアーサーを救いたくて乗り込んだその先に彼がいた。
想像していた横巻きロールケーキヘアーの皇帝の姿はなく、贅を懲らした皇妃の姿も、その傲慢な子ども達の姿もない、その空間には唯漆黒の髪を揺らす小柄な男が座しているだけだった。
自分が無遠慮に入ってきたことに対して、近くに居た唯一の騎士がフランシスに剣を向けたが、男は軽くいなして立ち上がった。

と、同時にフランシスは震撼する。――――何だ、この男!

立ち上がり、近寄った男はフランシスの目の前で騎士の様に跪いた。覚える違和感。
“違う、”と思ったときにはもう既にフランシスは彼の前に這い蹲って、そして彼の着ている服に口付けを落としていた。―――・・・まるで、母に許しを請う子どものように。

無意識での行動だった。

驚き、後ずさったフランシスに、彼の後ろから溜め息が漏れる。騎士のものだった。
「全く、こんな男を傅くとは君達ほんとおかしな存在だよね。」
フランシスは目を白黒させる。すると目の前の漆黒の髪の男が笑った。
「君がどういう存在かは知っている。こういうことをされたのも、実は初めてじゃないんだ。」
黒い髪の男は立ち上がって裾の汚れを払う。微笑みはとても穏やかだ。
フランシスにはその手がとても愛おしくまたとても尊く思えて、這い蹲った姿勢を正し、まるで慈悲を請う者のようにその手のひらを手に取って、口付けた。
彼に嫌われたくない、という焦りが先立つ。

こんな感情は初めてだった。

自国の上司には、その都度その都度でときめいたり、慕わしさを感じるときはままあった。でもそれでもそうなる人物は極稀にしか存在しなく、大抵は適当に任期が過ぎるのを待つだけだった。
例えそうなる人物が出ても、ここまではない。
こんな、自国の上司によりも慕わしさを感じて傅き、跪きたくなるような者など、今まで一度だって存在しなかった。

黒い髪の男―――多分、フランシスにとって最も尊い人間は、クスリと笑って熱心に口付けるフランシスの髪を、違う手でかきあげた。
「初めまして。君はいったい何処の国だ?」
向けられる眼差しが温かい。見上げた顔はまだとても幼くて、若い。紫色に煌めく瞳が自分を映していることに、フランシスは歓喜した。
緊張して声が詰まる。叱咤して、フランシスは黒髪の男の瞳を覗き込んだ。
「フランシス・ボヌフォア――――・・・フランス、だ。」
黒髪の男はフランスの顔を撫でると、膝を折ってフランスの額に口付けを落とした。

「ようこそ、フランス。我がブリタニア皇帝宮に。私はこの神聖ブリタニア帝国、第99代目皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。」

ルルーシュ、とフランスは黒髪の男の名を口で反芻する。・・・とても美しい響き。
微笑んだ先の温かい眼差しに包まれながら、フランスは「この人を守りたい」と強く思った。
―――それが、ちょうど半年前のこと。




「ルルーシュ」と彼の体を抱きしめ、呼ぶ。返事は返ってこない。
冷たくなった体がぬくもりを取り戻すことはもうない。大好きだったあの声が聞けない。
抱きながらフランスは歩き始める。歩みを止めることはもはや許されない。
何故なら、彼の死が無駄になってしまうからだ。
“悪逆王”を大切そうに抱えて歩く自分を、奇異な目で見て退く人々をフランスは嘲笑した。
後ろで彼の妹が「待ってください!」と叫んでいたが、足は止めなかった。
―――・・・止める必要もなかったが。
ジェレミアが用意した黒塗りの車に体を滑り込ませる。自分のシャツはもう彼の血で真っ赤に染まっていたが、フランスにとってそれは最高の名誉だった。
最期まで優しく微笑んだままのルルーシュの額をかきあげ、口付ける。何時ぞやとは逆に。
まるで愛しい者にするように口付けたフランスの頬を止まることない涙が溢れて、笑ったままのルルーシュの頬を濡らした。


『幸福な王様。』



でも貴方を喪った世界は、同時に色も消えうせた。


『フランシスの瞳は、綺麗な青色なんだな。』

******

『イタリア』と、呼んでくれる優しい声が好きだった。自分の甘えも、ダメなところも。全部包み込んでくれる、そんな温かい人だった。
そんなあの人が大好きで何度も困らせて。ダメな事をして。振り回した。でも結局は許してくれるそんな彼の魂が、何よりも大好きだった。ずっとずっと傍にいられたらいいなって思った。―――・・・それは、他のみんなもいっしょ。

でもどうして?

国に帰った自分を、彼じゃない上司が涙ながらに心配した。

『酷いことはされなかったか?どこかに閉じ込められていたんだろう。あぁ!あの皇帝のすることにいいことなんて一つもない!』

そんなことはない。彼じゃない上司は、本当の彼を知らない。だって彼は優しい人だったんだもの。俺にとっても優しくしてくれた。ちゃんとシエスタの時間もお絵描きの時間も、サッカーの時間だってあった。俺達のことをとっても気遣ってくれた。
でも、今の上司にそんなこと言っても信じてくれない。

『それは奴のギアスとかいう魔術だ。お前の記憶は書き換えられたんだ!』

どうして信じてくれないの。だってそんなこと、ありはしないんだよ。だって俺達“国”にあの力は効かないはずだし、彼はそんなのかけなかった。
とても優しい人。
おざなりな返事をした俺を見て、上司は気の毒そうな顔をした。


家に帰ってきて、お手伝いさんに挨拶をしたら、『どこもお加減は悪くないですか?』と聞かれた。『どうして?』と笑って答えたら、信じられない答えが返ってきた。

『拉致されていたと聞きました。あの悪逆皇帝は酷いことをなさったのでしょう?』

そこで俺は自分が拉致されていた、という周囲の誤解を知った。



・・・確かに最初は、今の上司と引き離されて心細くって、でもかなりの覚悟はしていた。
ご飯もないし、シエスタの時間も、外に出ることも、お絵描きの時間も、もうないかもしれないって。
でも連れてこられた部屋は気持ちのいいベランダ付きの二階で、ベッドは柔らかくってお日様の匂いがしたし、カーテンを開けたら庭が見渡せて、窓も自由に開け閉めができたし、ドアにも鍵なんてかかってなかった。何をするのも自由。ご飯もおいしい。
彼の騎士に呼ばれて彼に会った。あんなに緊張したのってあんまりなかったから、少しだけ自分に驚いて。
ルルは、初めて会った俺を震えて声も出なかった俺を抱きしめて、優しく名前を呼んでくれた。―――・・・まるで人間のお母さんみたいだった。
後ろでフランシス兄ちゃんが呆れながら笑っていたけど、でも、あの白い服を握り返すのに抵抗なんてなかった。もっと、もっとくっついていたかった。


ルルが世界でどういうポジションにいたのかは知ってる。沢山の人に酷いことをしたことも。でも彼はそれだけの人間じゃなかった。理由もなく人を殺すような人じゃない。
難しいことはよく分からないけど、でもきっとそう。そうでなければあんなことはしないはずなんだ。

『ルールー!何書いてるの?』
少し前のことだ。ずっとずっと机について何か書いてる彼が面白くなくって、背に乗っかって手元を見たことがある。分厚いノート、本のようなハードカバーの白紙の部分に、彼は沢山の人の名前を書いていた。
『・・・これって、人の名前?』
頷いた彼は、悲しげに笑った。
『あぁ。戦争で、フレイヤで亡くなった人たちの名だ。・・・俺が殺した。』
『・・・全員分、書くの?』
『勿論。これは、俺の役目だからな。―――せめて、弔ってあげたい。が、困ったことに一冊じゃ足りないな。』
おしゃべりをしている間でも止まらない手に俺は笑った。
『ルルは優しいね。』
彼は首を横に振ると、『俺は優しくなんてない。ただ、全てを壊していく破壊者であるだけだ』って言った。
彼が書き上げた本は、ブリタニアの大聖堂に納められた。沢山の人たちの名前が、彼の直筆で記されている。

『どうか彼らの旅路が、安らかでありますように。』

祈る彼を横に、俺は彼が消えてしまうんじゃないかって、とっても不安になった。
それから一ヶ月たたずに彼は死んだ。
全部、全部彼が仕組んだこと。彼の周りに居た数人と、俺を含めた国なら全員が知ってる。でも、他の人は知らない。優しい彼は、温かい彼は、世界中の理不尽を連れて逝ってしまった。
世界は彼の死を喜んで、彼の死の上に“優しい世界”を、彼が最も望んだ世界を築き上げる。
ルルの死を喜んだ人たちは真実を求めた人たちだったけれど、でも結局彼らはルルの偽りの部分しか見なかった。
多くの人たちが一つの目的を持って今を生きてる。戦争で亡くなった人を悼んで、これからの道を踏み出そうとしている。世界はやっと憎しみの連鎖から抜け出すことができた。でも、だからこそ、この世界を一番望んだ君だけがいない。


ねぇルル。あんなに世界を愛した君なのに、なくした人を悼んだ君なのに、世界はその真実をなかったことにして、君を愛さないし悲しみもしないんだよ。未だに世界の人は君を憎んでる。――――・・・でもそれってとっても理不尽だ。


『だから俺は世界中の誰がなんと言おうと「君は優しかった」って言おうと思うんだ。』



『フェリ。世界は俺を憎む。でも悲しいとは思わない。俺はこの心の中の愛さえあれば、充分幸せに死んで逝ける。』


******



見据えたその先にあった、凛とした彼の顔が忘れられない。

彼がきっと死をもってしてこの罪を償うだろうことは、出逢った当初から解っていた。
たった、数ヶ月だけの上司。それも史上最悪の暴君。従うつもりも、傅くつもりも、自分には毛頭なかった。ブリタニアに呑み込まれ同一させられた、その中にあったとしても、自分は最期の瞬間まで抗うつもりでいた。それが自分の矜持であり、誇りだった。
 もともとブリタニア・・・アーサーとは折り合いが悪かったし、友好国であった菊に酷いことをしたからその意識はさらに高かった。

私は私と言う確固たる存在のまま在りたかった。
だから、初めて彼に会ったとき、私は彼に言ったのだ。

『貴様に従うつもりは、毛頭無い。』

今考えればなんと自分は愚かだったのだろう。何故、あの時何の迷いなくああも言い切れたのだろう。ほとほと笑ってしまう。あの人を傅かないフランシスが膝を折った相手であったのに。
彼は言った。勢い良く真正面から睨み付けた自分を、その凪いだ瞳で映し出して微笑みながら、たった一言。

「―――・・・そうか。」

頷き、「自由にしていい」と暗に言う彼を前に浮かんだのは達成感でも、誇らしさでも、畏怖でもなくて、ただ大きな驚きだった。
この男は何と言う腰抜けなのだろう!
こんな奴が率いる国に、我が国が、我が国の誇る軍が負けたのだということを酷く恥ずかしく思った。何たる屈辱!我が国の誇る軍隊はこのように弱かったのか!?
疑問が生まれ、その真意を知りたくて自分は彼をことごとく観察した。だが、一日、一週間、一ヶ月、と過ぎれば過ぎるほど、彼が殊に優秀な人物であるということが伺えた。
なぜなら、押し寄せる何十万人のテロ集団を、たったの三万少しの軍隊で突破するのだ。
相手がどれだけ烏合の衆であったとしても数の暴力に負けるのは真理である。それを何の気なしにやってのけるのは、恐ろしいほどの戦略を持っていなければならない。

侮蔑の後で気づかされたのは彼への尊敬の念だった。あぁ、これならば負けても仕方ない。

観察を始めて一ヶ月と少し経った頃からだんだん彼を哀れに思うようになった。奪われた彼の青春は、彼を老人のような人物に仕立て上げる。彼は、物静かな男だった。
いつも窓辺にたたずみ町を見下ろして、政務に取り掛かる。それが終わると今度は分厚い本を取り出し、なにやらずっと書き続ける。
毎日決まったことを繰り返す彼に、いつの日からか思慕が高まった。あの男は浅はかな人間などではなかった。
 言葉に出して言うほどではなかった思慕の思いは、しかし口に出して言いたくなるくらい膨らんだ。彼と出会って二ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。
彼が眠っているのを、偶然見たときにソレは突如やってきた。猛烈な愛しさが自分を襲ったのだ。
椅子に掛けて疲れ果て、眠っている彼を見て自分ではありえない程動揺した。

 彼はまだ若く、そして儚かった。

未発達な体はどこもかしこも細くて貧弱で、頼りなく。けれどその肩には幾重もの重責を背負っていた。それでも立ち止まることなく死に向かって、果てしない自分の理想に向かって歩む姿は、ゴルゴタの丘の上に人々を救うためにひたすら十字架を背負って行った、彼の救世主のようだった。
―――・・・救世主。そうだ、彼は救世主だった。
その小さな背に背負うには、彼にとって世界は重すぎた。自分は眠る彼を見て、なんと愛しいのだと思った。なんと美しいのだろう、なんと優しいのだろう。
彼以外の人物が彼の立場に立ったのなら、とうの昔に逃げ出しているだろうに。彼にだって彼なりの幸せがあった筈だ。その幸せを追求をしても良かっただろうに。その生涯を全て世界に巣食う愚か者どもに捧げると言うのか。なぜそうも人を愛することができる?
理解ができなかった。
眠る彼に近づいて、見下ろす。彼の顔にははっきりと疲労の色が見て取れ、腹の上で組まれた手は、右手の中指に包帯が巻かれ、血がにじんでいた。
世界は、こんな子どもに全てを背負わせてしまった。




混濁した世界で生きることは難しい。正義を行ってもそれが正義と認められなければ、それは悪と同じなのである。彼を襲ったのはそんな理不尽だった。
―――彼は、世界に殺された。
絶対の略奪者だと言われた彼は、けれど世界から全ての真実と幸福を奪われた。彼の人となりという真実は、彼の周りのほんのわずかしか知らない。世界の方こそ略奪者だった。

「唯一の救いは、奴が逝く時に笑ったことだ。」

棺の中で眠る彼を見下ろしながらバッシュは呟いた。彼の艶が失せた髪の毛を撫でる。
サラサラと指をすり抜ける黒髪に初めて口付けた。周りで泣き伏せる他の同胞を見回し、バッシュは再びルルーシュに視線を落とした。
壇上の一番上で眠る彼から、三段下のフロアの床で、ゆっくりと跪く。

今までできっと誰に対しても行ったことが無い動作を取ったバッシュを見て、周囲は一瞬呼吸を忘れた。
バッシュはそれを綺麗に無視しながら、クッと顎を上げる。
見上げた壇上の上、横たわる棺に眠る彼。でもバッシュには、初めて対面した時の、玉座に座したルルーシュがこちらを見据えているように思えた。

凛とした姿、凪いだ紫の瞳。―――・・・そして、愛すべき微笑。

もう心は決まっている。バッシュは意を決したように、大きく口を開いた。


貴殿の、世界に対する愛情に敬意を表して

『我輩の体と、頭脳と、そして朽ちること無き誇りにかけて、貴殿に生涯の忠誠を誓う。』


貴殿以外に従うつもりはもう無い。



―――・・・そうか。




******



果てしなく広がる大空を見て、黒髪の男は口角を上げた。その男の動作を見ていた女は溜め息を吐きながら広がる緑の草原に寝転がった。

「―――・・・全く、お前という奴は本当にたいした男だよ、ルルーシュ。」

呼ばれた男は鮮やかに笑いながら草原に腰を下ろした。白いシャツと黒いスラックスという簡易な服に身を包んだ男をC.C.は見やる。

「俺は最後まで嘘吐き。・・・それでいいじゃないか。」

楽しそうに笑った男に、C.C.は「あいつらは全員この男の被害者だな」と思った。

「まさかお前があのときシャルルからコードを奪っていたとは思わなかったよ。」

地面に背を預けて伸びをしたC.C.にルルーシュは肩をすかした。
「おかげで生きていられた。・・・用意周到といってくれよ。」
「馬鹿、お前それは生きているとは言わんよ。」
「いいや、少なくとも生前よりは自由だ。・・・といっても、死んでないから生前じゃないな。」
「何が自由だ、このスカポンタン。おかげで貴様は死ねなくなった。」
「まぁ、お前と一緒だからそれでもいいさ。」
サラリといわれた言葉にC.C.はあきれ返った。馬鹿じゃないのか、この男は。
「ああそうかい。」
「ふむ、おれも晴れて化け物のお仲間というわけだ。」


あれからゆうに400年が経過した。世界は相変わらず愚かで、争いもすれば手を結んだりして。ブリタニア帝国はナナリー・ヴィ・ブリタニア女王の執政のもと大きく立て直したがそれでも皇統は次代には引き継がれず民主主義の議院内閣制をもってブリタニア合衆国が建国された。ブリタニア合衆国はエリアの解放を大きくすすめ、その規模を縮小し、サクラダイトの枯渇からナイトメアフレームは造られなくなった。立ち行かなくなったブリタニア合衆国は今からおよそ五年前に解体され新たにAEUが設立された。
世界はいまや三つの勢力に分散され、それぞれがにらみ合う状態が依然続いている。


「お前、どこかの国で昔“石油が枯れる”と言っていただろう。」
「ああ言った。」
スルスルと風になびく髪をそのままにルルーシュは頷いた。
「巷のテレビで、太陽光発電システムが提唱されたそうだ。AEUとUNION、人革は直ぐに太陽光発電システムの製造に着手する見通しだ。」
「あぁ―――・・・イオリア・シュヘンベルグか。」
「知っているのか?」
「一度会った。と言っても奴が子どものときだが。・・・なら、また戦争が始まりそうだな。」
「そろそろ移動するか?」
「ソラに?―――・・・それも良いだろう。あいつらの手を交わそうじゃないか。」
悪い顔をして笑ったルルーシュにC.C.は再び呆れる。
「お前は本当に人が悪いな。あいつらは必死だって言うのに。」
「直ぐにつかまったらつまらないじゃないか。」
ルルーシュは立ち上がってスラックスについた土を白い指で払った。そしてC.C.に向かって手を伸ばす。
「行くぞ、私の魔女。」
C.C.はその手を取って立ち上がった。
「いくところが存在するのならばな、我が魔王。」




AEUの軍事会議室でフランシスとルートヴィヒは溜め息を吐いて目の前のバッシュを見た。
「―――・・・お前、また逃がしただろう。」
「全く、何故毎回匿うのだ。」
バッシュは彼らを一瞥すると、さも面倒そうに「何故私が貴殿たちの意見を聞かねばならぬのだ。」と言った。フランシスは頭を抱える。
「あーもうまた人革とかUNIONとかに行くつもりだな!」
「そうカッカすんなてフランシス。」
頭をぐしゃぐしゃかき混ぜたフランシスにアントーニョが笑いながらコーヒーを入れる。
笑うアントーニョに全員がコクリと頷いた。
―――・・・そもそも、追いかけるから逃げるんだ・・・とアーサーは深く溜め息を吐いた。
「うん、バッシュ君が全国特殊パス発行しちゃったのがダメだったんだよね。」
後ろから氷のブリザードを背負ってイヴァンが微笑む。
「お馬鹿さん。彼に頼まれたことを、この場にいる誰が逆らえるというんです?」
と、ローデリヒは眼鏡を拭きながらイヴァンをたしなめた。
「菊は何て?」
聞いたフランシスにアーサーは首を横に振る。
「黙秘だそうだ。」
AEU諸国は約一国を除いてこぞって溜め息を吐いた。


『真相』


孤独な王様は生まれ変わって愉快な魔王様になってしまいました。そして今は世界中をぴょんぴょん飛び回って悪戯に世界を振り回しているそうです。

「そうだC.C.!いっそのこと正義の味方集団を作ってはどうだろうか。」
「や、止めておけ、余計あいつらが不憫だ。お前あいつらをなんだと思ってるんだ?!」
「ひまつぶし☆」

「・・・ルルーシュ!!!」




END.
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