ギアス小話



「シャルル、シャルル、ねぇシャルルお願い。お願いだ。お願い・・・」
大きな瞳から大粒の涙を流し、すがるように伸ばされた手を一蔑して、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝は目を細めた。
先ほどから皇帝であるシャルルにひざまづき、『戦争を止めるよう』懇願している者を見、そして溜め息まじりに目を反らす。


・・・これが大臣の一人や、自らの子のうちの誰かだったならまだやりやすかった。前者は言い掛かりをつけて地位を剥奪し、後者はエリアに飛ばせば事は終わるからである。シャルルは正直、自分の意見と反する者を部下には置いておきたくない。駒は役目通り動けばこと足りるからである。
だがこの目の前に居る青年だけには逆らえない。


この国の絶対的弱者にして絶対的強者であるからだ。


・・・表向きは、貴族。子爵の位(高くもなければ低くもない)を持ち、皇帝をサポートする。民や他の大臣は気付いていない。むしろ、気付いてもらっては困る。
目の前の青年―――彼の真の値を見い出すのは、いつの時代も覇者のみと決まっているからだ。


「シャルル、シャルル。体が痛いんだ。もうこれ以上闘いたくない。お願い、お願い・・・」
うわ言のように紡がれ続ける言葉は無視して久しい。

“お前の為”と声高らかに言ったとしても、“こんな恐ろしいことを望んだわけじゃない”と返ってくる。白皙の肌は今やいたるところに包帯が巻かれ、つい先日美しい翡翠の双方の瞳のひとつを中華連邦に持っていかれた。

シャルルは、泣きながら懇願する青年に視線を戻すと、包帯が巻かれていない方の頬をゆっくりと擦った。
瞳を閉じてその手を甘受する青年に気を良くし、口角を上げた。
そしてこれからの侵略方を考える。
・・・まずは中華連邦からだ。青年の瞳を取り戻す。その次はいけすかないEU諸国。その中でも手に入れなくてはならないのは、大国の称号をその名に冠して久しい、自国の、いや自分の永遠の宿敵フランス。
思考の淵に沈みながら、シャルルは笑った。

「この戦いお前の為に勝ってやろう。」

手にすりよった青年の瞳にまた悲しい涙が浮かび上がるのを、シャルルは見てみぬ振りをした。



『やめて、そんな多くを望んだ訳じゃない。ねぇ、小さな幸せが欲しかったの。』



お願い、俺がお前を傷付ける前に俺をころして。・・・フランシス。

*****



世界には、一般の人々になかなか理解され難い生き物が存在する。
それは幽霊だとか、宇宙人だとか、妖精とか天女とか天使とかが主であるのだが・・・それらよりももっと身近に、確実に存在しているものがある。
多くの場合それらは“人間”の形をとっており、普通に人と会話をすることができる。一般の人々から見ると、彼らは普通の人間と変わらない印象を受けるが、だがある一部の、限られた者達にとって彼らはこの上もない至高の存在である。

一部の、限られた者達。時の覇者達にとっての至高の存在。それは



「寝ました?」
黒髪のさらさらした髪の毛にオリエンタルな衣装・・・着物を身に纏った小柄な青年が自身より遥かに身長の高いマフラーの男に話しかけた。
黒髪の青年は真新しい包帯と、ガーゼ、それから桶を手にしている。
大きなマフラーの男は首を縦に振ると、男の常らしくなく溜め息を吐いた。
「・・・ついさっきだよ、日本。」
黒髪の青年・・・『日本』と呼ばれた彼は眉を歪めると、マフラーの男に「やめて下さい。」と睨みつけた。
「その名前は今や使われていない。・・・あなたもそうでしょう?」
ロシアさん。
紡がれた名を懐かしく思いながらロシアは苦笑した。
「久しぶりだよ、そう呼ばれるの。」
「やめて下さい。相変わらず人が悪いですね。・・・彼が聞いたらなんとします。」
「・・・それは避けたいな。彼には余りにも酷だ。」
名前を奪った本人・・・現在満身創痍でベッドの上に眠っている元イギリス・・・神聖ブリタニア帝国を見下ろして二人は目をきつくした。

「あの男は、彼のこの姿をどう捉えているのでしょうね。」
「どうせもっと領地を増やせばいいとか思ってるんじゃないかな。」
「統治場所が増えることは確に国を広げる為にはよくする手段です。でも」
「そこで起きる全ての内乱は統治権を持つ国に全て返される。・・・負傷と言う形で。」
「彼の上司が統轄するエリアのほとんどが、彼を憎んでいる。エリアとなったからには、そこはもうブリタニア帝国の領地。そこに住む者は全て彼の国民。その国民から嫌われては国民を愛し、慈しみ、育むことを第一に考える彼にはあまりに、」
目を伏せた菊に、イヴァンは目を閉じた。
愛する国民に、「要らない」と言われる悲しみは嫌というほど知っている。
今、彼は世界中の批判をその細い体の全てで受けている。


ゴホゴホッと咳をする音が聞こえて、二人はベッドを見やった。
小さな背中が激しく上下する。
思わず、菊は桶を持ってベッドに駆け寄った。
「アーサーさん、大丈夫ですか!?」
駆け寄ったベッドを見て、菊は目を大きく見開いた。
真っ白のシーツが、真紅に染まっていたからだ。
ゆうるりとやってきたイヴァンがアーサー・・・神聖ブリタニア帝国の背中を撫でる。
「・・・酷いね。」
丸くなって咳を繰り返す彼の背は、彼の上司が新たな領地をつくればつくるほど細くなってしまう。
「き・・・く。」
ハッと我にかえった本田菊はアーサーの口許を柔らかいコットンで拭った。
「吐血・・・いつからですか?いつからこんな!」
外部の傷は仕方がないと諦めきれる。治療をして治らなくとも、それは一時的なものだからだ。
だが内部のものは違う。経済の赤字は高熱が出、中々治るまで時間がかかるが、吐血とまではいかない。


一体何が彼をここまでした?


背を撫でるイヴァンの顔がきつい。
菊は、恐ろしく思いながらロールケーキヘアーの彼の上司を思い浮かべた。
自分に力があれば、彼をこの様な状態から救えたかもしれない。
「き・・・く」
再度呼ばれて、菊は不安げに見つめる彼を見、穏やかに笑った。
「心配しないで下さい。すぐ綺麗にします。・・・大丈夫ですか?」
アーサーは自身の血にまみれた手を菊に伸ばした。
「き、く。・・・ごめ」
眉を歪め、泣く寸前の顔で必死に謝るアーサーを見て、菊は伸ばされた手をとった。
「何を仰います。何も謝ることなどないですよ。」
あなたには。

それでも謝り続けるアーサーの頭を、イヴァンが撫でた。
「早く全快しないと、嫌味のひとつも言えないんだから。謝るのはそれからにしてくれるかい?」
その手を甘受してアーサーはゆっくり頷いた。



『見ていろロールケーキ。今にぺしゃんこにしてやる!』


頼みましたよ、ゼロ!

*****



ダン、とテーブルを叩いてフランシスが立ち上がった。

「クソがっ!中華連邦がアーサーの右目持って行きやがった!」

拳を握りしめる男に、隣で頬杖をついていたアントーニョが溜め息を吐いてなだめる。

「そう焦らんどきボヌフォワ。こっちかてブリタニアにフェリちゃんらやられとんねやから。今回は三者三様に動いた結果や。」

「だからブリタニアには全力で対抗してる!だがそれとは別だ!・・・ゼロ、やってくれたな、俺を本気にさせるとは!」

「戦いに私怨を持ち込むなとは言ったはずだがな。」

ルートヴィッヒが世界地図を持って部屋に入って来て、椅子に座った。

「あのロールケーキの事だ。直ぐに右目くらい取り戻すだろう。」

「だが!」

いきり立つフランシスにルートヴィッヒは落胆の色を濃くし、ドアの向こうの部屋でうんうん唸るフェリとロマーノの事を思った。傍にはローデリヒが付いており、二人を看病している。
ルートヴィッヒはハッキリ言ってフランシスの言葉に呆れていた。自分たちはその相手と戦っているのだ。今現在も。いっそゼロと手を組んでもいいとすら思うというのに。

「――――・・・そんなに心配であるなら、貴様があの男を浚ってくればいい。フランシス。」

同じように見ていたバッシュが瞳を怒りで燃やして見つめた。
彼は愛すべき妹と、親愛なる極東の友人をかのロールケーキから取り戻そうと画策したことがあった。
・・・失敗に終わってしまったのだが。

「ブリタニアは現在瓦解寸前に有ると聞いた。この前、菊の目の前で血を吐いたらしい。」

こともなげに言うバッシュにフランシスが目を見開いた。

「おい、それをどこで!」

「エリア11の隠密からだ。篠崎咲世子という。―――酷いそうだぞ?恋人殿。」

目を見開いたフランシスがバッシュを殴ろうと拳を振り上げたのを、エリザベータがフライパンで阻止する。

「今は仲間割れをしているべきではないでしょう!何考えてるんですか!」

フランシスは拳を抑えると、ダンッと壁を殴りつけ、唇をかみしめた。そして部屋を出て行った。


『お前を奪う算段』


アントーニョも、ルートヴィッヒも、その姿を見て肩を透かした。
大きな音に隣の部屋からローデリヒが出てくる。「どうかしたのですか?」という言葉に、全体の空気が流れ始めた。

恋に狂った男ほど、何をしでかすかわからない。




******


ルルーシュは目の前に現れた男に首を傾げた。
彼は確か、天子の側に遣えていた側近ではなかっただろうか。
眉を最大限に歪められて手を組まれ、仁王立ちされていかにも『不機嫌です』という顔をされても、どうしてそうなのか解らない以上どうすることもできない。
リスクは低い方がいいので相手の動向は見ておくが、危険な感じはしないので良しとした。
危険な感じはしないが、胸を掻き立てる焦燥感を感じる。
それが何かわからなったが、そこに蓋をして相手の顔をルルーシュはじっと見た。




ちくたくちくたくと時計の音がする。あ、もうすぐ昼だなぁ、とルルーシュは呑気に考えていた時、目の前の・・・赤いチャイナ服に身を包んだ男が癇癪を起こした。

「もー我慢できねぇある!」

むきー!と怒り出した男に、ルルーシュは再び首を傾げた。一体何なのだろう。
「お前!もうちょっと我を労るよろし!お前の攻撃無茶苦茶過ぎある!こんな無茶するならお前に我の大事な大事な大事な大事な可愛い可愛い可愛い可愛い弟は渡せんある!自身の無茶さを悔いるよろし!そんな質じゃ国は直ぐ駄目になるある!以上!」
ぷいっとそっぽを向いてしまった男の言葉に、ルルーシュの頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。
無茶苦茶?弟?可愛い・・・大事。なるほど。


「弟さんが騎士団にいるのか?」


ぶちぃっと何か音がして、男に視線をやると、男は持っていたハンカチをただの布にしていた。
「お前・・・」
艶のある黒髪の毛は、神楽耶と同じだな。と見ていたルルーシュは、次の瞬間床に叩き伏せられた。

「は?」

見下ろすのは天子の側近。絞めあげられた首が苦しくて痛い。

「我は、誉れ高き世界の中心に位置する国ある。名はお前も知ってる通り、『中華連邦』ある。お前は、ブリタニアを壊したいと言った。だから我は従った。我は神聖ブリタニア帝国に大事な大事な弟を奪われた。名は『日本』という。」
真剣な眼差しで言う『中華連邦』に、ルルーシュは更に解らなくなった。
「解らなそうあるな。」
溜め息を吐いた『中華連邦』は、ルルーシュの上から退いた。
「この世界には“国”というものが存在してるある。」
「それは解るが・・・。」
「黙るよろし!国とは、お前が今踏んでる土地と、お前の目の前にいる我とでひとつの『国家』ある。つまり我は中華連邦を実体化させたものと考えるよろし。」
「・・・あぁ。」
少々ふにおちないが、本人が言うからにはそうなのだろう。
「お前達人間と、我ら国は似ているが違うある。我は今お前が踏んでる土地を傷付けなければ傷付かない。我が死ぬ時はイコール国家の死ある。」
「・・・ッじゃあ日本は!」
「まだ死んでねぇある!勝手に殺すなある!このスカポンタン、よくそんな恐ろしいこと言えんなある!・・・失礼な奴ある。」
ぷりぷりと怒る中華連邦に、ルルーシュは微笑んだ。
「それはすまない。・・・さっきの言葉だが、俺の立てた作戦で君をかなり傷付けたということになるのかな?」
「そうある。このスカポンタン!まぁ・・・気分の悪さはお前のおかげで治ったが、代わりに酷い怪我を貰ったある!知らなかったなら今のところは多目に見てやるが次はないある!・・・そりゃちょっとは必要かもだが、今回のはやりすぎある。そんなんじゃ繊細な日本にはすぐ嫌われるある!」
「・・・嫌われると、どうなる?」
「我だったら構わず殺す。でも日本は優しいから、土地から追い出す事だけで済むかもしれんが、でも日本に嫌われると、世界には好かれんある。・・・好くとしたらあのいけすかねぇマフラーくらいある。」
「マフラー?」
「北の大国!」
「あぁ。」
納得したように頷いたルルーシュを見、中華連邦は笑った。
「一般人には我らの存在は伏せるよろし。普段は真名で呼ぶなある。公では王 耀と名乗ってる。いいか、ルルーシュ・ヴィブリタニア。我を奪われたらそこでチェックある。ブリタニアのロールケーキは最低ある。日本は、菊・・・まぁ我と同じ国の実体を奪われたからさっさとエリアになったある。あの男は何よりもまず我を狙うある。」
「・・・了解した。」
ルルーシュは真名を呼ばれて驚いたが、この土地そのものだと言われて何ら不思議はないと確信した。
「むしろヤバイのはブリタニアある。」
眉を悲しげに歪めた王耀に、ルルーシュは目をパチパチと瞬かせた。
「・・・あの男、ブリタニアに酷いことしてるある。もしかしたら・・・」
首を横に振る中華連邦に、ルルーシュは口を開いた。
「悪いというのはどういうことだ?」
「我が国の隠密は奴が吐血したと言っていた。・・・内部が腐ってるせいある。右目はお前が持ち去った。内戦、テロ、汚職、何より辛いのは愛する国民に嫌われること。彼奴、満身創痍ある。」
「・・・チャンスなんじゃないのか?」
「お前、鬼あるな。でも人間とはそういうものかもしれんある。我とブリタニアは地繋がりある。消えれば、確かにブリタニアの属国は嬉しいある。
でも、消える瞬間、我は一度しか体験したことないが、それが例え小国でも、内臓を引き千切られたように痛くて、辛くて、苦しくて、悲しいある。我ら国は、喧嘩や戦争しても、皆が皆家族で、恋人で、友人ある。ブリタニア、お前見たことあるか?」
「・・・いや。」
「顔だけは大層可愛いあるよ。細っこくて、小さくて、白い。勝ち気な性格あるが、民には優しい奴ある。なのに、」
あのロールケーキが、優しい彼を貶めている。なんとしても、笑うブリタニアを取り戻さなければならない。



『そう、我らはもとはひとつだった。』


国を思わない上司なぞ、我らには必要ないある!






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