アネモネ 第四章



その一報が入ったのは、第六皇妃がお気に入りの男たちとティーパーティーをしている時だった。

ラウンズナイツと宰相府の重鎮の来館を告げた執事の男の顔は蒼白だった。

取り乱した様子の執事とは裏腹に、宰相府の重鎮であり、シュナイゼルの右腕でもあるカノンは同じく書状を携えて来ていたロロの手からその書状を受け取り、第六皇妃とその仲間達の前で『皇帝陛下からの勅令』を堂々と読み上げた。

「第六皇妃へ皇帝陛下からの勅令です。

これから私どもが申し上げることは既に決定事項と捉えてください。
また陛下の勅命により、皇帝陛下のお持ちになられる権限の中で宰相府はこの度『帝国憲法3条皇族・皇妃の権限における法律』のうち、『後宮内政執務』代行を仰せつかっております。

これにより、私ども宰相府の人間に危害を加えたり、言葉を遮る等の行為をされますと、皇帝陛下への不敬罪が即適応されますので、ご了承下さい。
それでは皇帝陛下からの勅命を読ませていただきます。

1つ、帝国皇帝の勅命を不履行という不敬罪
1つ、前皇帝のラウンズナイツ第三席、後の第十七皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃殿下暗殺幇助の疑い
1つ、第六皇妃宮の悪質管理
1つ、上記による悪質管理において、ユーフェミア・リ・ブリタニア第四皇女の皇位継承の疑問
1つ、現帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアの妃、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア妃殿下の殺害幇助の疑い
また、ユーフェミア・リ・ブリタニア殿下の逃走幇助の疑いもあります。
1つ、禁止薬物の入手並びに使用
・・・その他も公金の横領や、ドレステイラー、宝石商への無理難題の要求、貴族間での賄賂の強要、実家である公爵家への高位の職の斡旋、後宮資金の不当請求、王宮侍女への過剰な折檻など帝国法に触れること百余りと本当に色々とございますが、今は割愛いたします。
以上のことから、第六皇妃及びユーフェミア殿下は後宮からの即時退去。
お二人はこの時を持ちましてお持ちである皇位継承権と、皇室権限の全てを剥奪致します。
以下、第六皇妃はフリューゲル嬢、ユーフェミア殿下はユーフェミアと名前を改めさせて頂きます。
お二人の罪の連座ですが、フリューゲル嬢のご実家の公爵家はこれまで皇妃権限を過剰に享受していたとみなされました。
これにより、隠居されていたフリューゲル嬢のお父上は、領地での隠居から帝国裁判所への出頭が義務付けられました。これからは貴女の罪と、ご自身の罪と向き合っていただきます。
兄であるフリューゲル公爵には公爵位返上及び領地没収。囲われていた愛妾とその子どもは禁固刑に、今回の件と関係がないかを調べた後に放逐となります。関係性が1つでも認められた場合は、罪に応じた裁判が開かれます。
公爵本人も帝国裁判所への出頭が命じられており、多くの裁判の後に刑の執行になるか、俗世を捨てて神に奉仕していただくことが帝国議会で決定しています。
兄である公爵の奥方であるクリスティーナ様は婚家での不当な扱いを鑑み、また状況から今回のフリューゲル嬢の罪の連座とは全くの無関係という事実確認が早々にとれております。
またクリスティーナ様より、フリューゲル公爵との結婚生活は破綻していると申し出がなされ、結婚自体の白紙撤回が陛下より許可されました。
クリスティーナ様はお生まれになった領地の修道院へ入ると言われていましたが、結婚の白紙撤回を連絡したご実家から、修道院ではなく、義理のお兄様がいらっしゃる辺境伯城へのお帰りが決定致しました。
フリューゲル公爵のお二人のご子息は本人が望めば平民となり、自由に人生を送って頂けますが、ご子息が平民を望まれない場合はそのまま神殿に帰依することが決まっています。
母親であるクリスティーナ様は、お二人のご子息に対し、「これまで私を居ない者として過ごしてきた二人が、今更私を母として領地へ来てまで貴族籍に入りたいとは思わないでしょう。
それに、散々田舎だの土臭いだの、野蛮だの言われてきた私の育った優しい領地へ、あの二人を入れたくはない。
私は、彼らを産んだときに、彼らは死んだものと思っています。二人の母親は、あの妾です。」と、親権を破棄されました。
貴方の甥のお二人は貴族籍に名前が連なることは永遠に許されず、平民か、神の子として一生を送っていただきます。
これにともない、フリューゲル公爵のご子息二人の婚約は解消の運びとなりました。
第二皇子妃であるルルーシュ妃殿下を銃で撃った貴女の残忍な娘、ユーフェミアは、あのときルルーシュ皇妃殿下のお腹にいた時期皇位継承権のある御子を弑したというその罪深さから、情状酌量の余地はないとし、見つかり次第拘束、取り調べを受け裁判への運びとなります。
裁判の後は貴女と共に帝国最北端に位置する北の離宮での無期限の謹慎となります。まぁ、刑罰を受けてからの話になりますがね。

本来ならばこのまますぐに身分剥奪の上、平民としてお過ごし頂くのですが、色々な面から平民のお二人には破格となる離宮での謹慎という扱いとなりました。
逃走中のユーフェミアに関しては、現在捜査中です。
また第二皇女であらせられる、コーネリア・リ・ブリタニア殿下につきましては、陛下とのDNA検査により親子関係が立証されております。

結果が出るまで、当初はお二方と同様離宮での謹慎の予定でしたが、軍部の熱望により地位はそのまま降嫁していただくことが先日陛下と議会との間で決定しました。
降嫁先はダールトン家を筆頭とし、ギルフォード家、アッシュフォード家より手が上がっておりますので、お二方と離宮へは行かれません。

コーネリア殿下におかれましては、フリューゲル嬢との親子関係解消の申し出があり、それが陛下により受理されましたので、今後お二方の後見人とはなりえませんのでご理解を。

また即時退去に関しまして、メイドやバトラー、フットマンの付き添いはありません。騎士は騎士自身が望めば随行も可能ですが、望まない場合は騎士の付き添いもありません。
異例中の異例ではありますがお二方の騎士は陛下より直々に解任の通達がなされ、解任を希望した騎士はこちらも受理され、シュナイゼル宰相の管轄であるグランストンナイツに名を連ねることが決まっています。
後宮費用の一部は一括で返済していただきます。お金は兄である公爵閣下に支払っていただく予定です。これまで購入した宝飾品や高価なドレス、公爵家に代々伝わる宝石などはオークションに出され、その費用も返済金に当てていただきます。
離宮に行くに辺り、必要なものは皇后陛下の許可を得てから送らせて頂きますので、北の離宮へは当座必要な物だけお持ちください。
今日はこのままこの宮でお過ごしいただき、明日の8時にこの場所に馬車を付けます。
これからこの宮はラウンズナイツの監視対象となり、明日の朝までは何人たりともお会いになることはできません。もし規則を破られた場合は、厳罰をもって処する・・・と陛下よりの勅命です。」

ワナワナと唇を震わせる第六皇妃は、今聞いたことをほとんど理解できないでいた。

なぜ私が!?
生まれたときより皇帝陛下の妻にと望まれ、誰よりも高貴に育ち、なるべくして皇帝の妻となった。
はっきり言ってこの自分より遥かに下の身分の人間にこんな口をきかれて良い存在ではない。
それなのに、『父の呼び出し』『兄の失脚』『皇位継承権の剥奪』『平民女殺害の罪』『北の離宮での謹慎』
それはつまり、どれをとっても自分の地位の失墜に他ならない。

ユーフェミアはこの宮にはいないというのになぜ私がユーフェミアと共謀したことになっているのか。
そもそも私とユーフェミアの皇位継承権が無いなんておかしい。誰の子かなんて関係ないわ。元第二皇女を母に持つ私が産んだ子どもだもの。結局誰の子でも帝国の血は濃く引いているし、陛下の妻の私が産んだのだからあの娘は陛下との子どもであるべきなのに。

陛下がユーフェミアを娘と言えないと、そう言ったというの?なんてこと!
そもそもがあのマリアンヌ。
あの平民女を殺した事がなぜこんな扱いに繋がるというのか。
アレを殺すことは、後宮の秩序を守ることそのものだった。
あの女が図々しくも陛下に媚び、二人も、それも歳が近い子どもを生んだことは後宮の秩序全体を脅かす愚行であったというのに。誰から見ても明らかだったのに!
またあの女が私から幸せを奪うというのね?
今度はシュナイゼルに取り入って…!

混乱する頭で考えたところで、どうすることもできない。既に皇帝の言葉として伝えられた。シュナイゼルの手の内に私はいる。ならば…!

「カノン宰相補佐官。陛下に、陛下に一目会えないでしょうか?此度の事を謝りたいのです。そして」
「陛下との謁見はできません。平民である貴女方に陛下が会う時間などありません。
まして現在陛下は、皇帝位の譲渡にて動かれており、その陛下の采配の全てをシュナイゼル第二皇子殿下に委任されています。またこれに伴い後宮自体の解体も進めておりますし、貴女方は裁判もあるので、明日の移動時刻までこの宮で大人しくしておいて下さい。」

「皇太子が決まったというの!?」

「皇太子の期間は置かずに、そのまま譲位となるでしょう。が、フリューゲル嬢には関係ない話でしょう。ここからは、帝国議会での話になりますので。」

冷たくいい放つカノンに、第六皇妃だった女は今度こそ膝から崩れ落ちた。

「最後に皇帝陛下から私的に受けております。

自ら堕落し後宮も整えられもしない、ふしだらな女は消えるが良い。
お前は強い者ではなく、私の権威を使うだけの弱い者であった。もう少し頭が良いかと思っていたが、それは買いかぶりだったようだ。
マリアンヌを殺そうと図ったことは彼女も私も知っていたが、あの閃光のマリアンヌがわざわざ貴様に殺されてくれたのは、私から何としても逃げたかったからだ。私がマリアンヌにそれを許したのは彼女との賭けに負けたからだった。
貴様が謀をしたせいで私は彼女を失った。これにより貴様は私の不興を永遠に買っている。早く去ね。

とのことです。」

汚い叫び声を上げながら髪の毛を振り乱す女を、カノンの冷徹な目が蔑むように細められた。

崩壊の足音はここから始まった。

******


ある日突然。

まさかそんな、晴天の霹靂など、物事に対する突発的事項に対する呼び方は多々ある。
ユーフェミアを襲ったのは、まさにそんな言葉である。

あの化け物・・・なぜかはよく解らないが自分の心の声を聞くことのできる男から逃げ出し、何とかこのElysionを囲い込むガラスの壁まで来て外に向かって話したというのに、助けてくれるはずの騎士は自分を見て嗤ったのだ。

『ルルーシュ様の、まがい物にもならない、お飾りですね』

と。辛辣な声で。
この宮に連れてきたときは、あんなに優しい声で自分をいざなったというのに、皇族に向けて刃を抜いたかと思えば、黒く染めていた自分の髪の毛を根元からざっくり切り落としたのだ。

許せない。ぐちゃぐちゃに切り落とされた髪の毛を持ち、自身の部屋へ帰ろうとしたときに、初めて咲夜子以外のナンバーズではないメイドと、その隣で侍従の服を着ている男に出会ったのだった。

「部屋に帰るから、そこからお退きなさい。わたくしは、ユーフェミア・リ・ブリタニアです」

皇族として、自分はルルーシュと違って淑女教育を長年に渡り受けてきた。
所作は美しいと教育係には何度もほめらてきた。
メイドと侍従に行く手を阻まれることなど頭にはない。なのに、その一言を聞いて、従僕であるはずの2人は嗤ったのだ。
先ほどのロイド・アスプルンドと同様の嗤い。

「そんな水浸しで宮にはいるなんて、これだから温室育ちの世間知らずの我儘女はこれだから。」
「おいおい、シャーリー。本当のことを言ってやるなって。カレンもだけど、お前の顔がこんな女のせいで悪い顔になるの、俺は好きじゃないなぁ。笑っててよ。
それに、シュナイゼル殿下からも言われてるだろ?さっさと片付けないと、奥様がお戻りになられるんだから。ゴミがいたら困るじゃない。」
「ありがとうリヴァル。でも、一言だけでも言ったって罰は当たらないと思うのよ。これだって可愛いほうでしょ?」
「まぁ怒り心頭でついうっかり、髪の毛をそぎ落としちゃったロイドさんよりはましか。あのあと、ミレイ先輩が荒れるロイドさんを慰めに行ったけど火に油を注ぎそうだしねぇ。」
「あ、それは無理。二倍になること請け合いね。」
「だろ?」
「私たちのやることは・・・」
「そーそー。この女をほっぽりだすことです!」
びしっと手を上げた男は、そのままユーフェミアをニヤッと嗤って見つめた。

「先ほどの叫びの通り、お望み通りあんたをあんたの宮にかえしてあげるよ。」

黒い瞳のその向こうは、嗤っていない。

「あーあーかわいそー。この宮は天国だったって、そう思える日がくるよ。」

リヴァルが嗤ったと同時に、首に力が加わって意識が遠のいた。
それが、シュナイゼルの宮Elysionでの記憶の最後だった。









頬を打つ雨に意識が戻ったのは、辺りが暗くなってからだった。
自分の体を確かめるために起き上がると、土にこすれたビーズが目に入った。
シュナイゼルの結婚式に自分で選んで着たあのウエディングドレスだ。
嘘でしょ、とサーっと血の気が引くのがわかった。もう見たくもないドレスだった。
白いドレス生地は水を吸って膨らみ、白故に泥で汚れており、それよりもところどころ血しぶきがついているのが近くの照明のせいで鮮明にわかる。
泥をはじいている部分は、無理を言ってつけさせた3カラットのダイヤモンドを含んだビーズの刺繍だと気づき、それが照明に照らされて光るのが気持ち悪く、悍ましいと感じた。
不快感がこみ上げ、あの時は気分が高揚していたから気づかなかったが、3人も人を撃ったのだという自覚がやっと芽生えた。

「ヴェェ」

草むらに吐きながら涙が止まらない。
足も丁寧にあの日履いていたヒールが履かされており、それが地面にこすれて歩きにくい。
「どうして、どうしてなの。」
髪の毛を掻き上げようとして、もうないことに気付く。
ズルズルとドレスを引きずりながらしばらく歩きながら自分の不幸を誰何する。
脱ぎたくてしょうがないドレスも、皇女である自分一人では脱ぎ着もできないことを痛感させられ、「こんなはずではなかった」としきりに爪を噛む。
へとへとになりながらも見知った道に出て、そして見慣れた第六皇妃宮を見つけ、やっと我が家に帰れると安堵したのも束の間のことだった。
屋敷の様子がおかしい。いつも明かりがついているのに真っ暗で、宮の後ろ側から焦げ臭い匂いがあがっている。
恐る恐る近づくと、騎士の姿が見える。

「いたぞ!」

声とともに、第六皇妃宮の前にいたラウンズナイツに囲まれる。
ユーフェミアは、騎士が来てくれたのだ、自分を探してくれていたと思った。安心して安堵の微笑みを騎士に向けながら手の甲にキスを許すために右手を上げた瞬間、ラウンズナイツから銃口を向けられる。

「ユーフェミア!数々の第六皇妃宮の帝国法不履行により、裁判所への出廷を命令されているにも関わらず、逃亡!その身柄は今日は第六皇妃宮にて預からせてもらうが、明日以降は裁判所での決定に従ってもらう!」

連れて行け、との声で何が何だか、わけもわからないまま手首に手錠がかけられ、ナイトオブスリーであるジノに胴から乱雑に持ち上げられた。
彼らは自分を探していたが、保護するためではなかったのだとその時にようやく理解した。分からぬまま目が合った自分の騎士であった枢木スザクに声を荒げた。

「どうして!?どういうことなの!?私は今まで監禁されていたのよ!?スザク、あなたは皇女である私が騎士に取り立てたでしょう?私がどうなってもいいの?シュナイゼルお兄様には連絡を取ったの?私は、」

なおも言いつのろうとする自分に対して、スザクは感情のない瞳を向けた。

「ユフィ。」

スザクの口から歪んで苦々しい一言が告げられる。

「俺はもう君の何を信じていいのかわからない。」

遠くない昔に、ユーフェミアの騎士であった男の言いように回りの空気が凍った。

「君は、嘘ばかりだ。
ルルーシュは死んだから可哀想だ。君は俺を好きだと言ったのに同じ口でシュナイゼル殿下を好きだという。シュナイゼル殿下とは生まれた時からの婚約者だとも。
それで?今度は監禁されていて、自分は無関係だって?誰が信じるの、そんな嘘。だって君は、皇女じゃないのに。」

今まで優しかったスザクの目は暗く濁り、自分は信じられない言葉を耳にしている。
呆然となったままジノに抱えられた状態で、第六皇妃宮の玄関に転がされた。手足の拘束は解かれたが、手首に外れない電子器具をつけられた。

「ユーフェミアさん、とりあえず拘束は解くけど、逃げようなんて考えないほうがいいよ。あんたたちが逃げようとしたら、撃っていいって、陛下から許可が下りてる。
この腕輪はGPS。皇帝宮から少しでも離れると爆発するから気を付けて。
明日は、8時に北の離宮へあんたの母親と一緒に送られることになってるけど、あんたと母親は皇族としての身分を剥奪されているから、平民と一緒。それだけわかっといてね。」

ドアが閉められる音と一緒に、鍵がかけられる音もした。
第六皇妃宮のドアは特に重く作られている。シモーネ領の娘と結婚した叔父が、妻の領地からとれる稀少な宝石をこれでもかと使って作った贅沢な一品だからだ。宝石を埋め込むために金属の板を使用しているためだった。

自分では開け閉めもできないのに、逃げられるはずもないと感じながらも、レッドカーペットの敷かれた廊下を進む。
カーペットはドレスのせいで水や泥で汚れてしまうが、メイドが何とかするだろうとして自室に帰ろうとした時に、暗い廊下にたたずむ赤いドレスの女を見つけた。

母親だった。

母親は常にないほど静かにたたずんでいた。
「お、お母様・・・?」
「ユーフェミア。」
応答があったことに少しほっとするも、母親はユーフェミアをゆっくりと見上げ、ニィっと口の端を上げた。まるで先程のロイド伯のようだった。

「おまえ、なんてことをしてくれたの・・・?」

首をガクンっと横に曲げて、歩み寄るその仕草が恐ろしいものに見えて自然と一歩、二歩と下がる。

「お前のせいで、お兄様が失脚してしまったじゃない。なぜ、ルルーシュをあの時殺してしまわなかったの?腹ではなく、頭を狙えばよかったのに!
私の計画は全て無駄。お前がいけないのよ…?」
「お、お母さま・・・?」
「領地も家宝も、今お前が着ている忌々しいドレスを買った金と、あの女、お兄様の妻になっていながら離縁するとうるさいあの女の、慰謝料にしないといけないなど。
今まで我が公爵家の持つ力を散々利用しながら、あの男…!皇帝!
私に対して不興を買っていると…!
私は第三皇女の母を持つの。皇位継承権だって持っているのに!なぜ!なぜ!なぜ汚らわしい平民にならなければいけないの!それもこれも全部、しくじったお前のせいよ!」


「この役立たず!」


支離滅裂なことを叫びながら母親は近くにあった、派手な瓶を振りかぶって投げつけた。
ユーフェミアの後ろでガッシャーンと大きな音がして陶器が割れる。

「あの平民女、マリアンヌ!あいつだって私が手配して消してやったのだ!これ以上あの平民女から汚らわしい赤ん坊が生まれないように!
皇族の血を守るためにしたことでなぜ罪に問われないといけない?
なぜ陛下は私を見てくれない!私が輿入れしたのは18よ!?皇帝宮の女の中で一番高貴で美しかったのだから、皇帝は私のところに毎日通い、私が一番愛されるのが当然でしょう!それをあの女、あの女、年増のマリアンヌ!お前が私の言うことを素直に聞いて、シュナイゼルに薬を盛れば良かったのに!そうすればお前を皇后位につけたのに!」

兄に毒を盛るという恐ろしく信じられない告白と一緒に、ユーフェミアは母親に愛されていなかったことを知った。自分は駒だったのだ。

「マリアンヌ!私の方が早く子どもを産んだというのに!女だったせいで!
シュナイゼルと同じ年に産んだ子、あの出来損ない。
アレが、コーネリアが男なら今頃は私が国母だったのに…!
今度こそと思って子どもを作ったのに、また女!また女!また女!
お前に私の絶望がわかる?それでも私はお前を使って皇帝の義理の祖母で手を打ってやろうと思ったのに…!役立たず、この役立たずが!」
「そんな、お母さま・・・。だって」
「お前がシュナイゼルの心を留められなかったから、私が今こんなに苦しい思いをしている!謝れ!お前は私に謝れ!」

謝れ!と体を押されて尻もちをついたユーフェミアの体に頭はそのまま強く蹴られた。そしてその頭に容赦なくハイヒールの踵が食い込む。

「ユーフェミア!申し訳ございませんでしたって言いなさい!私を不快にさせて、真に申し訳ありませんでしたって!」
「イヤーぁぁぁぁ!痛い痛い痛いの!」
踏まれたヒールが頭に刺さって痛い。血が出るほど踏まれているが、力が弱まることはない。強くなり、こめかみを血がしたたった。
「ほら言え!」
「も、申し訳ございません、」
足蹴にされていた頭を蹴り上げられる。目の前に宝石のついた靴がかすり、目が燃えるように痛くなった。顔面を蹴られたのだ。

「うううう・・・!たす、けて」

母親から逃げるように背中を向けると今度はウエディングドレスのむき出しの背中にヒールが刺さる。
「誰がどこに逃げてよいといったの?まさか、一回きりの謝罪で良いと思ったの?これしき、私の苦しみにくらべたら、まだまだ足りなくてよ!」
髪の毛をつかまれて後ろを向かされる。長さのない髪の毛はギリギリと締め上げられ、何本かがブチブチと千切れる音がした。
「やめて・・・」
「誰に物を言っているの。お前は罰を受けるべきよ。
私は、第三皇女を母に持ち、現第六皇妃で、この宮で2人も子どもを産んだ敬愛されるべき高貴な女。
お前ごとき、帝位が転がり込んできただけの皇帝の第四皇女じゃない。
いえ、お前は皇帝の子ではないと認められたのだったわ。種が違うから皇女じゃないんですって!
だからお前は私に服従しなければいけないのよ、ユーフェミア。
お前は、汚い平民なんだもの。」

「・・・え?」

「可哀想に、ユーフェミア。皆から持ち上げられた皇女は実は皇帝の種じゃない。
笑ってしまうわ。私が皇位継承権を持っているから、かろうじてお前も皇族の血族の末端にいるけど、お前自身の浅はかな行動で…ねぇ。あっはははは!
お前は罪に問われるわ。だって種が違うから!皇族を騙るなんて、そんな恐ろしいことは、私にはできないわ。流石、『血染めの娘』ねぇ。」

初めて聞く内容に、ユーフェミアは言葉も出なかった。
背中を靴で押さえつけられながら、眩暈と耳鳴りがした。
自分は皇帝の子どもではないですって・・・?それは。それは。

私のせいなの・・・?

「第六皇妃殿下」
「なによ。」
「それは私のせいではなく、貴方のせいなのではないの?」
「何を言うのよ。」
「皇位継承権を持っていたとしても、皇帝の子どもより高い皇位継承権なんてないわ。」
「気が触れたのね、ユーフェミア。
でもお前はそれを長年騙ってきたのよ。皇帝の娘だと。私より皇位継承権が高いはずないわ。お前は間違った娘なんだもの。
だから、罪に問われたくなかったら、これからの裁判では、私の言うことをきちんと聞くのよ。お前は私を逃がすことを第一に考えなきゃねぇ。
ねぇ、ユーフェミア。
私は高貴な女なの。皆から大切にされるのが筋なのよ。他はどうなっても、私は助からなきゃ。ね?」

急に優しい声で頬を撫でる女に、ユーフェミアはぞっとした。
恐怖で自分を支配しようとしている。
そうして、皇妃自身は逃げおおせようとしている。
ユーフェミアは明日あるという裁判で、この女の事実を話そうと心に決めた。きっと、自分の罪状は変わらない。もうどうでも良くなった。きっと、処刑されるのだから。

「・・・。」
「わかってくれたらいいのよ。これからは私に敬意をもって接するように。明日行く離宮にはメイドはいないのよ。あなたが何でもするの。平民女の、お前がね。」

手をぐっと握りしめてユーフェミアは奈落の底に落ちていく感覚を知った。

優しいと思っていた母親は幻覚だったのだと、思い知った。

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