アネモネ 第三章


『あっは!私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下の筆頭騎士、ロイド・アスプルンドでございまぁす。頭上より失礼いたしまぁす。殿下をお迎えに上がりました、返答次第では総督府が灰になりまぁす!あっは、灰ですっておっかしー。』
ひゃっほーい、という言葉を聞いてルルーシュは頭を抱えた。

「・・・ッ、あの馬鹿が!」

窓の外に見えるあの黒い物体がアヴァロンだと思いたくない。しかもあの男、巨大ステレオで自分の騎士だと言いやがった。メカオタクだの変態だのマッドサイエンティストだの、まぁそれでもいいかなと思っていた自分を殴り飛ばしたい。何故ミレイは止めなかった。シュナイゼルは。っていうか、何だその巨大ステレオは!お前は歌でも歌うつもりかっ!その前に!
「灰になるって何をするつもりだ!」
扉を開いたイルダがたまたまルルーシュの叫びを聞いてしまった。
ルルーシュは顔を真っ赤にして机に突っ伏した。アヴァロンである。つまりはシュナイゼルの所有している艦。世界広しといえど、空を飛ぶ船はこれくらいなものだ。

バタバタバタ、と人が駆けつける音がして、バーン、と盛大に扉が開かれた。

「殿下、イエリア様!」

イルダが跪くのと、ジェイルがルルーシュの前に来るのは同時だった。
「貴方が呼び寄せたのか?」
厳しい顔で聞くジェイルに、ルルーシュは目を細めた。そして窓の外を見る。
ジェイルとは絶対に口を利かない、というルルーシュの言葉をイルダは思い出していた。
「どうなのです。貴女は、私よりもあの冷酷非道の代名詞であるシュナイゼルの方がいいのですか!?」
悲痛な声で肩を掴まれ、上下に揺すられる。
それでもルルーシュは一言も話さない。
「お前、何か言葉を」
イエリアが乱暴な言葉を使おうとしたとき、空中に浮くアヴァロンのスピーカーがジジッと音を立てた。

『聞こえるかな、ジェイル。』

穏やかな声に、ルルーシュは少しだけ肩の力を抜く。―――約半年ぶりにシュナイゼルの声を聞いた。
大きく息を吐くルルーシュを見て、イエリアは大きく目を見開いた。
再びスピーカーからシュナイゼルの声が響く。

『私が存外狭量な男であるということは、結構有名な話だと思っていたのだがね。』

ルルーシュの肩に触れていた手を、ジェイルはパッと離した。相手が知っていることから話して、恐怖を植え付けるのはシュナイゼルの常套手段だ。

『本当に、残念だ。』

震え上がる一同に、ルルーシュはシュナイゼルに踊らされているなと感じた。あの男は自分が絡むと容赦しないらしい。ルルーシュは溜め息を吐いた。



「貴女は、あの人を愛しているんですか?」

シュナイゼルから幾つかの条件を突きつけられたジェイルは、ルルーシュのアメジストに煌めく瞳を見てそう尋ねた。
ルルーシュはため息を吐くと、立ち上がって今まで黒い物体が浮いていた上空を見つめる。
イエリアが動こうとしたが、その前に口を開いた。

「あの人の怖さは、十二分に知っているつもりだ。」

妃殿下らしくない物言いに、イルダが眉をひそめるが、ジェイルは初めてこのエリア11で聞いたルルーシュの声に目を輝かせた。
「では、貴女は」
一抹の希望を持ってジェイルが口にしたその言葉に、ルルーシュは彼に背を向けたまま首を横に振った。
「それでもそれを愛しい、と思ってしまったのはもう四年も前のこと。場所は、このエリア11。
あの人は、性別を偽り公に姿を見せず鬼籍に名を連ねたまま、宮廷を頑なに拒んだ私の手を取って―――父にさえ“死んでいる”と言われた私の手を取って、『私が必要なのだ』と、そう説いた。」
ルルーシュはジェイルを見ずにそのまま椅子に深く腰掛けた。
「あの時の私は、世界の全てが信じられなかったし、明日自分が死んだとしても惜しくなかった。―――それが敗者の生き様なのだと。」
イエリアは静かに息を呑んだ。
この穏やかだと評判の皇女が、そんな辛酸を舐めていたとは知らなかった。
「最初はやはり信じられなかった。私もあの人の駒の一つに過ぎないのではないか、と。でもあの人は私をこの四年、大切にしてくれた。喪うことに恐怖する私の為に、あの人は最先端の後宮を造り、私の身の回りは私が信頼している人物に配置を委ねた。その人をさえ後見人に巻き込んで。他にはとても厳しい人。全てを灰に戻し、彼が踏んだ土地には花は咲かないとまで言われた“白の皇子”。でも私やあの城の住民にとっては頼りになるご主人さまで、大切な夫。
愛しているか、と聞かれたら間違いなくYES、と答える。」
ジェイルに向きなおったルルーシュはその青い瞳をじっと見つめた。

「私を、シュナイゼルの所へ帰してほしい。」

真摯な瞳に見つめられてジェイルは困惑した。だが、自分がこの人だ!と思ったのはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアただ一人なのだ。
「シュナイゼルは怖い男だ。このままでは関係ない総督府に勤める者たちや租界の住人まで巻き込んでしまう。あの人ならやってしまう。シュナイゼルとはそういう男だ。牙を剥いたシュナイゼルには、ジェイル殿下。貴方は絶対勝てない。被害が出る前に私をあの人の元へ帰してほしい。」
お願い、とルルーシュは年下の弟頭をゆっくりと撫でた。その瞬間、グイッと腰を引かれ、ルルーシュはジェイルの胸に囲われる。
「何を!」
「・・・・渡さない。租界などどうなってもいい。貴方だけは、貴方だけは渡さない!」
「離しなさい!離せ!」
ドンドンッとジェイルの胸を叩くが効果をなさない。
激しく抵抗するルルーシュに、イエリアが手刀を落とした。
「ッう!」
力無く垂れ下った体を見て、イエリアは跪いた。
「殿下、今のうちです。」
ジェイルは一つ頷くと、そのままルルーシュの足についていた鎖を落として抱きかかえる。そしてそのまま踵を返し、ルルーシュが今まで囲われていた部屋から出て行った。


******


コンクリートで作られた部屋の中、柔らかいラグの上でルルーシュは目を覚ました。
足枷が着いていないことに安堵し、あたりを見渡すと、如何やらそこは倉庫のようなところだった。
コンクリートの部屋は人が眠れる大きさのラグが一つと、出入り口であるドアが一つだけである。

「また隠されたか。」

部屋の四隅を歩き回り監視カメラや盗聴器がないことを確認し、とりあえずドアを開けようと試みる。が、がっちりと鍵がかかっていてびくともしない。ドンドン、とドアを叩いてみるが向こう側からの反応はない。耳を澄ましてみると倉庫が密集している場所なのか、人の気配は全く感じられなかった。
「不用心だな。まぁ、出られはしないが。」
溜め息をついて再び部屋の端に置かれたラグの上に腰を下ろした。
胸元のネックレスの下、小さく揺れるダイアモンドの横からコードを引っ張り、少し丸くなっている飾りの部分をルルーシュは口元に持って行った。

「―――ロイド。」

此処にはいない騎士の名を呼ぶと、胸元のダイヤモンド横から音声が流れた。
『お久しぶりです、我が主。今どの辺にいるかお分かりになります?』
「いいや、さっぱりわからない。倉庫みたいなところだ。」
『こっちはジェイル殿下が徹底抗戦を宣言してきましたよ。』
「思いがけず馬鹿な男だ。わざわざ殿下を敵に回すなんて。」
『それだけ妃殿下が欲しいのでしょう。傾城ですね、ルルーシュ様。』
「嬉しくないぞ、ロイド。・・・カレンやラクシャータはB1にいるとジェイルから聞いた。黒の騎士団に連絡は」
『取れてまっす!っていうか、今から奇襲掛けようかって言ってたところだったんですよ。』
「四聖剣と騎士団員は健在か?」
『ええ、皆お元気ですよ。』
「良かった。ここから指示を出して二人を助けたいんだが、何分情報が足りない。今どこに何がいるのかを少し調べてもらいたいんだが・・・。」
『解りました。』
「頼んだ。」
回線を切ると、ルルーシュはラグの上に転がった。
「B1か。どう突破するかな。」
戦略を考えていると、コツコツ、という靴音が聞こえて扉の前で音が途切れた。上半身だけ体を起して警戒していると、ビーという音がして、硬いドアの鍵の部分が切断された。

ドーンという音がして、開かれた扉の先に立っていたのは小柄な男だった。逆光で見えないが、幼いだろうということが伺える。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下でいらっしゃいますね?」

良く通る朗らかなアルトの声で自身を言い当てられたルルーシュは一瞬何の確信もなくほっとしてしまう。が、すぐに我に返り、扉から動かない相手を睨みつけた。状況が解らない。まるでこちらの事を始めから解っていたかのような口だ。ジェイルの下の者ならば自分がここにいるということは筒抜けなので、そうではないと確信する。かといってシュナイゼルの下の者であれば気絶していた時間が少しわからないが、とにかく早すぎる。
 ―――…他の手のものか、と当たりをつけて「どこの手の者だ」と問おうと口を開いた瞬間に扉に立っていた男は静かに跪いた。

「ご無礼を承知で御名を申し上げましたこと、謝罪いたします。しかし緊急でしたのでお許しいただけると嬉しいです。申し遅れましたが、僕はブリアニア帝国宰相であられるシュナイゼル・エル・ブリタニア殿下にお仕えする宰相府の者で、ロロ・ランペルージと申します。直接お会いしたことはございませんが、貴女を固める後見人の一人ということになります。詳しい話はまた後ほど。」
ゆっくり立ち上がった少年は、自身が持っていた携帯をかけた。

「―――ロイド伯。」

スピーカーをオンにされた小さな機械からロイドの素っ頓狂な声が響いた。
『―――ロロ君!?』
「現在はB5の倉庫前にいます。無事にルルーシュ殿下を発見いたしました。殿下はご無事です。」
『ありがとう!それなら話は早いね。とにかくB1まで行けたらカレンたちと合流できるんだけど、なかなか総督府は難しい抵抗をしてくれているよ。』
「ではこのままB1まで直で向かいます。」
『君も妃殿下も無理をしないでね。』
「了解。」

ロロは通信を切ってルルーシュに近づく。
ロイドの声を聴いたルルーシュは大きく息を吐いた。
「信用いただけましたでしょうか。これからはロイド伯の言うとおり、B1まで上がります。それからカレンやラクシャータ達と合流後、脱出を試みます。」
優しく差し出された手を取ってルルーシュは立ち上がった。すすめられるままに廊下に出る。暗いところから明るいところに出て、ルルーシュはまぶしさに目を閉じた。
「ここは総督府の地下五階になります。倉庫が重点的に置かれている階です。他は武器庫でしょう。上に行くには通行許可証が必要です。でなければここに来ることも、また出ることもかないません。僕はもともとこの階の上に捕縛されていました。僕以外の人間は、おそらく、殺害されたでしょう。」
「・・・宰相府の人間だからか?」
「そうです。―――彼らは、ジェイル殿下は、僕らに銃を向けました。」
ルルーシュは目を暫し開けたり閉じたりしていたが、目がようやく明るさに慣れたころ、自分の手を引いているシュナイゼルの部下を見やって、驚きに目を見開いた。
「僕が生き残れたのは」
言いながらロロはルルーシュを見てその異変に気付いた。
「殿下?」
首を傾げ、大きな菫色の瞳を開けて不思議そうに見たロロに、ルルーシュは瞳を涙で覆った。
眉を寄せて泣くことを拒むルルーシュに、ロロは朗らかに笑う。

「似て、いますか?」

ナナリー皇女殿下に。耐えきれなくなったルルーシュはひとつ頷くと、自身よりも背の低い彼の頭を抱きしめた。
同色の柔らかな少しくねった髪も、大きな菫色の瞳も、笑った顔すら在りし日のナナリーと瓜二つである。
ロロは少し困った顔をしたが、それに気付いたルルーシュは素直に彼を離した。
「すまない。」
彼が何者であるのか、そんなことは生きていればまた後で聞くことができる。ルルーシュは涙をドレスの袖で乱雑に拭った。今はまだやるべきことがある。

「状況を確認したい。ここがB5なのは解った。容易にここに来ることができないことも。先ほどの言葉の続きが聞きたい。お前はどうやってここに来た?」
ロロはゆっくり頷くと、口をひらいた。

「僕があの部屋から脱出できたのは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。貴女と同じ、ギアス能力者だからです。」

廊下に響いた言葉に、ルルーシュは今度こそ面食らった。

「王の力・・・何故?」
目を丸くして問うルルーシュに、ロロは再び朗らかに笑った。
「C.C.さんから頂きました。願いをかなえる、その代価に。―――そしてその願いは僕の願いでもあったので。貴女の力には到底かなわないのですが、効力はあります。生物の体感する時間を、ほんの少しだけ止めることができるんです。」
「―――C.C.から、か。」
「貴女のお役に立ちたいのです。チェックするポイントとしては五か所です。この総督府は全階がエレベーターで直結しています。階段は地下から最上階の庭園までつながっているのですが、残念なことに地下にはつながっていません。その代り、地下は軍のナイトメアフレーム格納庫と隣接しており、シェルターを突破すれば地上へと続く非常階段と、ナイトメアフレームを地上に上げるための巨大エレベーターを使って外に出ることができます。」
「つまり、エレベーター前で捕らえられるか、横に滑れば軍施設で捕らえられるか、どっちに転んでもだめってことだな。」
「申し訳ないです。」
「いや、面白い。」
口角を上げて笑ったルルーシュに、ロロは首を傾げた。
「殿下?」
「―――まずは、カレンたちが捕まっているB1に行くことが先決だな。ロロ、携帯している武器は?」
「先ほど使ったサーベルと、銃がひとつだけです。」
「十分だ。」
「―――・・・何をするおつもりですか?」
ルルーシュは印象的に笑った後、唇に人差し指を当てた。


「私を内部に入れたことを後悔させてやろう。」








ピーという電子音に、シュナイゼルは顔を上げた。ロイドも顔を上げるとルルーシュに渡した通信システムが受信という文字を出している。慌ててとったロイドに、ルルーシュは笑った。

「殿下!?」
『連絡が遅れてすまない。今はロロと一緒にいるから安心しろ。』
「もったいないお言葉でございます、ロロ君には貴女を守るように言ってあります。」
『本人からもそれをきいた。』
「ロロ君の事は、後ほどシュナイゼル殿下からお聞きになってください。―――現在の情報ですが、ナイトメアフレーム数十機がアヴァロンに取り付こうとしてますが、薙ぎ払ってる状態です。流石にあの不躾なラウンズナイツは出てきはしてませんがね。」
『・・・なるべく死傷者が出ないように、と殿下に申し上げてくれ。』
「できうる限り止めて見せます。」
『ロイド、今からで申し訳ないが何分パソコンが手元にないからお前に頼む。今から総督府のメインコンピューターに行ってもらいたい。軍の格納庫のメインシステムを少しいじってくれればいい。できるか?』
「やってみましょう。どういった風にいじればいいんでしょう?」
『格納庫のエレベーターの停止、ナイトメアフレーム全機のエネルギーバッテリーへの充電を打ち切ってほしい。そうすれば、まずナイトメアフレームで戦おうという者はいなくなる。ソカイは守られる。』
「ルルーシュ殿下はどうやって脱出を?」
『私はカレンたちを救出したら最上階を目指す。・・・C.C.に迎えに来てくれるよう、頼んでくれ。』
「了解いたしました。」
『ついでに地下シェルターの扉の電源も切ってくれると嬉しい。』
「軍人が外に出ないため、ですね?」
『無理言ってすまない。それから・・・』
「それから?」
『シュナイゼル殿下はそちらに?』
「いらっしゃいますよ。」
ロイドはシュナイゼルにくりん、と向き直ると、通信機をシュナイゼルに渡した。


「・・・ルルーシュ。」
『殿下。申し訳ありません、このようなことを招いてしまったのは私の責任です。』
声が少し震えているのを聞きとったシュナイゼルは苦しげに眉を寄せた。
「泣かないでくれ。―――全てはジェイルがしたことだ。」
『ですが、』
「ルルが無事でよかった。」
安堵した声でそう告げたシュナイゼルに、ルルーシュの声の震え方が大きくなる。
「とにかく総督府から安全に逃げることを考えてくれ。君の力に頼ってしまうふがいない夫ですまない。」
『いいえ、いいえ。殿下、必ず帰ります。ですから、だから・・・』
「待っているよ。こちらとしても民に迷惑をかけないよう努力する。いいかい、ルル。絶対に無理はしないでほしい。」
『はい。』
最後の肯定の言葉がしっかりしていることにシュナイゼルは満足してロイドに通信機を渡した。

「では殿下、また後ほど。」
『解った。なにか動きがあったら伝えてくれ。』
「イエス、マイロード!」

ロイドと通信を切ったルルーシュは、安堵の息を漏らすと、近くにいたロロを見て頷いた。
「殿下。」
「ああ、ロイドが上手くやってくれる。これなら市街地には大きな被害は出ないだろう。ロロ、少数というのは逃げるとき結構有利なんだ。俊敏に動くことができるし、被害も少数ですむ。」
「ですがこれで突破口は絞られました。」
「簡単なことだ。堂々とエレベーターに乗ってやる。」
「・・・どうやってですか?」
「まずはこの階のエレベーターの監視員の服を奪おう。」
「奴らになり済ますんですね。」
「スパイなら、常套手段だろ?おいそれと気づかれないようにB1に行く。階を通過するときは一瞬だから、中に自分たちと同じ服を着た人間が乗っていたらまず疑わない。ジェイルの下の者ならなおさらだ。ここの監視員には私のギアスにしたがってもらうが、監視カメラはロロが持っている銃で壊してほしい。―――できるか?」
「やってみます。」
「問題は、B1の見張りだな。」
「あそこは地下の犯罪者たちの拘留所になっていますから、他の階に比べて軍人もたくさんいるでしょう。」
「どうにかしてカレンたちを上に連れて行けないかな・・・。」
「上、ですか?」
首を傾げるロロに、ルルーシュは微笑んだ。
「地下にいて拘束され、警備兵がいっぱいいるよりは、地上の階で拘束されている方が助けやすいと思わないか?」
「逃げやすさを重点におけばそうですね。」
「ならば監視カメラの人間に協力してもらおう。」
「ですが、メディアを通してギアスは使えませんよ?」
「いいや、ギアスを使うまでもないさ。」
楽しそうに目を伏せたルルーシュに、ロロは不可解だと息を吐いた。


*****


「申し上げます!」
バタバタと駆け込んできた兵士に、ジェイル・ディ・ブリタニアは立ち上がった。
「何事だ!」
側近とナイトオブセブン、並びに騎士であるイエリアも駆け込んできた兵士を見やる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア宰相妃殿下が地下五階の倉庫から抜け出しました。どうやら電子サーベルを所持していたようでして、現在総督府全エリアを捜索中です。」
駆け込んできた兵士の言葉にイエリアとジェイルの顔から血の気が引く。
「あの方は逃げたのか!?」
「解りません。」
ダンッと机を叩いたジェイルに、ナイトオブセブン、枢木スザクは口角を上げた。そうだ、自分に何も言わず彼女を隠していたのが間違いだったのだ。
いい気味だと嘲笑したスザクを見ていたイエリアは唇の端を強く噛んだ。何が楽しくてこんなイレブンに自分の主が馬鹿にされなくてはならないのか。憤るイエリアに気付かず、ジェイルは次の手を考える。
 あの情に厚い妃殿下が部下を見捨てて去るはずがないのだということは知っている。ならばその部下を自分の目の届くところに隔離していればいいのだ。

突如窓の外を睨みつけたジェイルに、イエリアは自分の思考を取り戻す。そうだ、まだ見つかっていないだけでシュナイゼルを愛しているとか言う風変わりな皇女は彼女の夫の元へ走ったわけではないのだ。
 あの第二皇子に有効なカードはまだ手元に残っている。

ジェイルは枢木スザクを見ると、一言言葉を発した。

「クルルギ卿、申し訳ないが地下の妃殿下の部下をこちらまで連れてきてはくれないだろうか。」


アヴァロンから下を見下ろしてロイドはつぶやいた。
「それにしたって、妃殿下には末恐ろしい何かが見えますよ、殿下。」
シュナイゼルは指揮官の席に座りながらロイドを見上げて口角を上げる。
「・・・それは誉め言葉として受け取っておくよ。」
あの後の通信で言われた事柄は、
1、騎士団を動かすのは最終手段。
2、自分たちが直接屋上庭園まですすむ。
3、ラクシャータたちも自力で何とかするから手は出すな。
というものだった。一応ルルーシュは控えめにそう伝えたのだが、要約するとつまりこういうことである。
「皇妃として優秀なのは大変ありがたいのだが、あの子はもう少し他を頼っていいと思うのだけどね。夫の身としては大変不甲斐ない。」
「まぁそれも今更でしょう?甘えるようになったと思うだけまだましですよ。妃殿下は与えるばっかりの方だったですから。」
「まぁ、あの頃に比べたら幾分ましではあるね。しかもそれに気づいていないあたりが重傷だった。―――だからこそ、彼女がそうならないように色々苦労したのだけれど、横から掻っ攫われては意味がない。せっかくここまで来たというのに。」
「怒らないで下さいよ。」
「何のために何ヶ月も彼女に会えないような選択を私がしたと思うのだろうね、あの愚かな弟は。ユーフェミアの件がなければ今頃は幸せの絶頂だったというのに。あの女がルルーシュを撃ったからこうして療養のためにエリア11に遣ったというのに。これでは療養の意味がない。本国であの男の派閥を根こそぎ削いで悪さができないようにしてやったというのに、まさか『経済特区』を使ってここまでするとは思っていなかったよ。――――やはり、あの男の総督就任パーティになどルルーシュを来させるのではなかった。こうなるとユーフェミアの呪いとしか言いようがないね。」
「あぁ、あの時の第四皇女は呪いの赤でしたからねぇ。ですがユーフェミア皇女殿下はまだ亡くなっておりませんから、呪いというのは語弊があるでしょう。それにしても、派閥?ジェイル殿下に派閥なんてあったんですか?僕聞いたことないんですけど。」
「早く鬼籍に入って貰いたいよ彼女には。でなければ一生軟禁か。あぁ、言ってなかったかな?誰もが一度は聞いたことがあるくだらない派閥さ。“帝都純血派”という名の。」
「“帝都純血派”ってあれ、代々初代皇帝直系しか皇族と認めない面倒な純血派ですよね。」
「ああそうだ。ロイヤルアメジストの継承、煌めく金髪の信者。愚かな弟がルルーシュを強く望むのはあの稀有に色濃く出たロイヤルアメジストのせいだろう。」
「妃殿下の瞳、綺麗ですからねぇ。でもジェイル殿下はどちらも受け継いでいないようですが?」
「母君のほうに似たのだよ。だから自分が皇帝に立とうという時には、金髪でアメジストを引き継いだ妻が欲しい。だが、」
「同じ年ごろの皇女の中には金髪紫眼がいない。ユーフェミア皇女殿下を、と思っていたら彼女はシュナイゼル殿下に夢中で、コーネリア殿下は結婚の意思がない。ギネヴィア殿下もカロリーヌ殿下も自分より高位だから名乗り出ることができない。だからルルーシュ殿下、ですか?」
「もうひとつ。愚かな弟は『私の妻』と世間に認められたルルーシュに恋をしたのだよ。」
「・・・・。愚かですね。」
「今更だよ、本当にね。」
溜息を吐いたシュナイゼルを見て、ロイドは彼のイスの前に跪いた。
「それでは、妃殿下奪還に行ってまいります。」
「―――許可しよう。C.C.は?」
「もう待機しているとのことです。」
「あまり派手にはしないでくれよ。私がルルーシュに叱られてしまう。―――ユーフェミアの件は既に手を打った。誰が言ったのかは知らないが、そうとう錯乱しているようだ。そのままお帰りいただくことにした。」
「誰が言ったか、なんて解りきっているでしょうに。貴方も大概鬼畜ですよねぇ。―――第四皇女をあの廃れた宮に返すって言うんですから。」
「コーネリアの決心が早くてよかった。了承してくれたよ、快くね。」
「ま、裁判の判決でもそうなってるんですから当然ですが。」
「―――ロイド。」
「はい?」
「ルルーシュと、カレン、ラクシャータを頼んだ。」
「Yes,my load.」


******



引きずられてきたカレンとラクシャータに、ジェイル・ディ・ブリタニアは満足げな顔をしてスザクに礼を述べた。執務のイスから立ち上がり、ロープで縛られたカレンの赤い髪の毛を鷲掴みにしてニヤリと笑う。

「あのシュナイゼルの騎士、か。随分簡単に連れてこられたな。」
「・・・」

髪の毛を掴まれても表情を崩さないカレンを、ジェイルは殴る。
「褐色の肌と紅の髪とは、シュナイゼルもなぜこんな者を傍に置くのだろうな。私には想像もつかない。」
クス、と後ろでイエリアとイルダが鼻で笑う。スザクは感情の読めない顔で目を伏せた。
カレンは窓の外に見える黒い飛行艇に空色の瞳を向けた。まだルルーシュが助けられていないことが分かる。『命のやり取りはしない、絶対に生きて“Elysion”に戻る』というのが自分自身との約束だった。自分が死んでしまえばルルーシュから自分を奪うということだ。そんなことになれば彼女が傷付く。彼女から奪われるものがあってはもういけないのだ。
先ほど拘束されたときに意味もなく殴られた頬が痛い。大きく腫れた彼女の頬は、見るも無残だ。だが大丈夫、自分は生きている。
殴られるくらいどうってことはない。
ラクシャータと目を合わせると、再び、今度はジェイルに頬を殴られた。
「皇女殿下がこちらに来るまでお前たちにはここにいてもらおう。」
『お前たちは人質だ』と実質言ったジェイルに、カレンは内心『この下種が』と吐き捨てる。この世の中は何人下種がいれば気が済むのか。枢木スザクが下種の筆頭だと思っていたが、この男も大層な下種だ。もういっそ下種という言葉がもったいないくらいの愚かさだ。
第一、ルルーシュを捕えてどうするつもりなのか。まぁそんなことはシュナイゼル殿下がいることで憶に一もないだろうが。
そんなことをカレンが考えていると、一気に照明が落ちた。

「何事だ!」

回答を求めるジェイルの元に、兵士の一人が駆け込む。
「申し上げます!電力の供給がストップいたしております!直ぐに直発電への切り替えを行い、2~3分で元に戻ります。しばらくお待ちください!」
駆け込んだ兵士がそう言い、引き返そうとした瞬間、扉の前で倒れ込む。それと同時に照明が点いた。


立っていたのは桃色のドレスに身を包んだルルーシュだった。
ジェイルとカレンとラクシャータは目を大きく見開く。ルルーシュの姿を認めたスザクが彼女の元に走ろうとしたが、我に返ったカレンが彼の足にしがみつく。
ダンッと音がして、スザクが床に転び、カレンに向かって怒声を上げた。

「離せ!」
「嫌よ!絶対に嫌!」

「チッ」と舌打ちしたスザクが銃を取り出し、カレンに向けてトリガーを弾こうとした瞬間、窓ガラスが窓枠ごと派手にぶち破られ、黒いナイトメアフレームの手が差し出された。
それに一瞬気を取られたスザクの手にある銃を、ラクシャータがスザクの手ごと足で蹴り飛ばす。パンッという音を出しながら床に転がる銃。ルルーシュはそのままカレンとラクシャータのいるところへと走った。ロロが携帯していた電子サーベルでカレンの縄を解く。
スザクは転がった銃を一瞬見やり、我に返ってルルーシュを掴もうと手を伸ばしたところで、ロロの放った銃弾に遮られた。

「汚い手で妃殿下に触れるな!」

イエリアが縄の解かれたカレンに襲いかかる。ルルーシュを拘束しようとしたジェイルは縄の解かれたラクシャータにその手を叩き落とされる。
「この下種が!」
「カレン!ラクシャータ!ロロ!早くナイトメアフレームに!」
頷いた三人は窓に駆け出す。
スザクは窓に向かう四人を走って追い、都市部の風に靡いていたルルーシュの髪を掴み、引っ張った。

「「「妃殿下!!!!」」」

悲痛に三人が叫び、ロロが心臓に手を遣ろうとしたのを見てルルーシュは持っていたままの電子サーベルを髪に当てた。
ざっくりと切られ、はらはらとスザクの手から毀れおちる艶やかな黒髪に、ジェイルとスザク、イエリアが目を呆然と見開いた。ルルーシュはそれを見ること無くナイトメアフレームの手に跳び乗った。


窓から脱出したルルーシュにジェイルがダンッと床に拳をぶつける。イエリアはカレンとやりあったときに足を負傷し、先ほどから動けない。
スザクは残された真っ直ぐの黒髪をギュッと握りしめてその場に座り込んだ。黒髪に口づけを落とす。

「まだ、聞いたわけじゃない。」

“いらない”と、本人から聞いたわけじゃないと自らに言い聞かせて髪の毛を握ったまま立ち上がった。
「ジェイル殿下。任務終了により、本国に帰還いたします。」
「お前・・・!」
憎々しげな目でスザクを睨みつけるジェイルに、スザクは一笑した。

「色々とお世話になりました。」

踵を返すスザクにジェイルは何も言えずに唇を噛み締めた。

******

長い廊下をひたすら走りながら、ルルーシュは自分に向かって来る捕らえようとする腕を払った。
ギアスは使わなかった。否、使うことを忘れていた。それほどまでに必死に走った。
額を汗が伝っても、長い髪の毛がくちゃくちゃになっても、それでもあの腕の中に帰りたかった。あの腕の中だけが居場所だと知っていた。
ロロは一番初め、エレベーターに乗る前にギアスを使ったが、ルルーシュはそれを見て“もう使わない方がいい”と感覚で知った。
―――彼がギアスを使う際、心臓に手をやるのを見てしまったからだ。

怖い、と思った。

例え今は平気でも、後から死に至らしめるような何かがあるのではないかと恐怖を抱いた。だからエレベーターに入っている時に言ったのだ。


「ロロ、お願いがある。」
「・・・何でしょう?」
目をぱちりとさせたロロに、ルルーシュは眉を悲しげに歪ませて口を開いた。
「ロロ、お前のギアスはあまり使わない方がいい。」
「それは・・・」
「良くない気がする。いや、確実に悪いと思う。心臓は・・・危険だ。」
大きな菫色の瞳を見つめながら、髪の毛をゆっくりと撫でる。
感触は失ってしまったあの子のようだった。もう、失いたくはない。
「お願い、だ。」
驚きに彩られた瞳が穏やかに緩められて、ロロはゆっくりと頷いた。
「解りました。ですが、貴方に危害が加わるようなことが万が一あれば、僕はきっと真っ先に使うと思います。それだけはお許しください。」
少々腑に落ちないが、そうなれば自分が何とかすればいいとルルーシュは頷いた。










ロイドにマザーコンピューターに入ってもらい、総督府の電気供給を断ち切ってもらった。
狙った通りにジェイルは動いてくれ、沈黙した電気に慌てていた側近の一人が彼らの部屋へ案内してくれる。―――彼らにそのつもりは塵ほどもないだろうが。
乱れた呼吸を殺して後を付け、その扉を開いた。

一番先に目に入ったのは、カレンの紅い髪の毛だった。

足がとても痛かったが、そうは言っていられない。ロロからもらっていたサーベルを持って彼女に突進した。他など見えなかった。
スザクが自分を見て手を伸ばすのを見て恐怖を覚えた。
しかし後ろに居たロロがスザクに向かう。カレンの拘束具を外して、ラクシャータの拘束具を外したところで、外からナイトメアフレームが突っ込む。
手を伸ばした“ガウェイン”は、確実に自分に安堵感をもたらした。

「カレン!ラクシャータ!ロロ!」

名前を叫んでナイトメアフレームに乗ることを促す。もう、自分には彼の腕の中に帰ることしか頭に無い。
『待っている』と言ってくれた、あの人の元へ。
三人が乗ったのを見はからって自分もガウェインに走ったが、伸びてきたスザクの腕に黒髪を掴まれる。
ロロがとっさに心臓に手を遣ったのが見える。


―――貴方に危害が加わるようなことがあれば―――


体はとっさに動いた。ざっくりと切った髪の毛は彼がほめてくれたものだったが、ロロが死ぬよりはマシだった。
髪の毛はいずれ伸びるのだから。
サーベルごと放ってガウェインに乗り込む。
大きな黒い機体は、四人を大きな指で包み込んでアヴァロンへと帰還した。


「ルルーシュ様!」
ゆっくりと格納庫に下ろされた自分にハッチを開けたロイドが涙を溜めた目でそう呼んだ。
「ロイド・・・。」
傷一つないことにホッとして、ロイドがガウェインから下りてくるのを見る。ヒールで走り続けた足が痛かったので、その場に腰を下ろすと、ラクシャータとカレンが駆け寄った。
「「大丈夫!?」」
「・・・あぁ心配ない、靴ずれだ。」
笑顔で答えると、ロロが悲しい顔をして黒髪に触れる。

「・・・申し訳ありません、」

貴方の髪が、と続けるロロに笑って大丈夫だ、と伝えると後ろから「無理はしないように、といった筈なのだがね。」という低い声を聞いた。


「――――シュナイゼル殿下。」


後ろを振り向く前に抱き上げられた。
「きゃっ」
思わず首に腕を回すと、呆れたようにシュナイゼルが溜め息を吐いた。
やっとたどり着いたロイドは涙をぽろぽろ流しながら「御髪が・・・御髪が」と震えている。

「随分、短くなったね。」

シュナイゼルがルルーシュの短くなった髪に触れた。そのままスルリ、とルルーシュの頭を撫でる。

「・・・お帰り、ルルーシュ。」

言われた言葉に、ルルーシュは目を見開いた。そんなこと、ここ数年言われたことがなかった。―――ナナリーが、いなくなって、から。
堰を切ったかのようにぽろぽろと零れ落ちるルルーシュの涙を、シュナイゼルは指先で受け止めた。

「お帰り、ルルーシュ。」

痩せてしまったルルーシュの体を、シュナイゼルは横抱きにしたまま力強く抱きしめた。ルルーシュは何度も頷き、自分の居場所はやはりここだったと再確認した。



ジェイルに囚われていた時、扱いは鎖を足にまかれた以外は“Elysion”にいるときとほぼ変わらなかった。
しかしずっと窮屈で、息苦しくて仕方がなかった。外がとても恋しかった。この腕の中に帰りたかった。
付きまとうのはシュナイゼルが居ないという違和感で、食も細くなってしまった。
だって食べていても少しも美味しいと感じないのだ。早く皆で囲った食卓に戻りたかった。

致命的だったのは、夜に眠れなくなったことだ。

自分が立てるシーツの音で目が覚めてしまうのだ。安眠など程遠かった。

「ただいま、戻りました。」

冷えた体が急激に温かくなるのが解る。まるでお湯を体の中に注がれるようだと、ルルーシュは思った。
安心しきったルルーシュは、シュナイゼルの首に自身の腕を巻きつけたまま瞳を閉じた。



「ルルーシュ?ルル?駄目だ、寝てしまっているみたいだね。」
「妃殿下にしたら結構な運動量でしたからね。……早く、お助けしたかった。」
ロイドは零れた涙を拭いながら答えた。
「どうせその馬鹿は寝れてないんだろう。意外と繊細だからな。」
操縦を途中で放棄したロイドに代わってガウェインを格納庫に入れてから降りたC.C.が呆れたように笑った。
「とにかく、ルルーシュ様が寝ている間に精密検査したいんだけどいい?無理をしたのにも程がある。」
気になるわ、とラクシャータが眉をひそめる。
確かにそうだと一同が納得する。何かあっては大変だ。
「私はこれから本国に連絡を済ませる。その間、ルルーシュをラクシャータ、頼みたい。ロイドはこのアヴァロンの操舵についてくれ。ロロ、君はゆっくりと休養を執ることだ。ルルーシュに付いていてもかまわない、許可しよう。カレンは・・・その怪我を治すこと。・・・誰に、いや、愚問だな。」
カレンの紫色に腫れた頬を、シュナイゼルは優しく撫でた。
「大丈夫です、ラクシャータに診てもらいます。」
「両目は?大事ないだろうか。」
「はい、ちゃんと見えてます。」
「よかった。」
気遣ってくれる主にカレンはこの方が主で良かった、と感じた。
「騎士団には私から連絡を入れよう。一旦は本国に帰るのだろう?」
C.C.はシュナイゼルに確認を取る。
「ああ。団員には申し訳ないが、ルルーシュの体の事もある。あまり無理はさせたくない。」
「あいつ等も解ってくれるさ。」
「後ほどお礼を渡そう。」
「感謝する。」


遠くで微かに響く皆の声を、ルルーシュは夢現で聞いていた。
「失いたくない」と指を伸ばして傍らにあった存在にしがみつく。すると何か大きな温かいものでその指を包まれた。
『大丈夫、ここにいるよ。』
聞こえた声は穏やかな夫の声で、それだけで満足して体から力を抜いた。

この時間がずっと続けばいいのに、とルルーシュはこのとき切に願った。




鳥籠に入れて愛してくれるのが貴方ならば、その場所に舞い戻りましょう。
貴方ならば、貴方であったのなら。


END

<第三部後編完結>
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