アネモネ 第三章


ギシっと縄が締め上げられる感触でカレンは起きた。目の前にある緑の瞳に吐き気を覚えて顔を反らす。
「起きろ。」
見下ろした男―――枢木スザクはカレンの顎をつかみ上げた。
「随分、偉くなったみたいじゃない。見違えたわ。」
ニヒルに口角を上げたカレンに、スザクは目を細めた。
「何故お前がここにいる。」
「観光?」
バシッと音がしてカレンの頬がひっぱたかれる。意味のない暴力をされたカレンは男に向かって唾を吐きかけた。
「こんなことをしていいと思ってるのか。」
「ラウンズだから、何?あんた本当に皇帝に仕える気があるならいいけどないんでしょう?なら、騎士じゃないわ。騎士じゃないってことは、ラウンズにはなりえない。こんな奴が私や、ロイドと同じ職業だと思うと虫唾が走る。」
言い返したカレンに、スザクはカレンの紅い髪を引っ張った。
「痛った!」
「ルルーシュはどこだ。」
「不敬罪に問われるわよ。」
「ルルーシュはどこにいる!」
首を強く掴まれて前後に揺すられる。カレンは、短く息を吐きながら「そんなの私が知りたいわよ!」と声を荒げた。
「・・・知らないのか?」
手を止めたスザクに、カレンはそうよ、と頷く。癪だが、命のやり取りはしたくない。自分が殺されたと知ったらルルーシュはきっと己を責めてしまう。
「知らないわ。」
「だが、エリア11には来ているんだろう。」
「・・・さぁ?」
また頬を叩かれて口の中が切れる。
「まぁいい。お前がいるということは、ルルーシュがいるということだ。隈なく探す。それだけだ。」
マントを翻して出て行こうとするスザクに、カレンは笑った。会ってどうしようというのだろう。この男は。
「会って、どうするつもりよ。」
「俺のもとに帰ってきてもらう。」
カレンは目を見開いた。
「―――奥様が嫌だって言ったら?」
「嫌なんて言う筈がない。」
「本当に?本当にそう思うの?知らなかったとはいえ、奥様の宮を兵で取り囲んで、あんたの前の主人が奥様と殿下の子供を殺したのに?」
「それは関係ない」
「差し出した手を全否定しておきながら・・・?今更むしが良すぎるんじゃない?あんたがどうなろうと知ったこっちゃないわよ。奥様があんたと居て本当に幸せになれると、本気で思っているの?」
「なれるさ。今の方がよっぽど不幸だからな。」
カレンは呆れて声も出ない。何だこの男。
「奥様は十分幸せよ。これ以上に無いってくらい。だから、その中にあんたは必要ないわ!要らないの!」
スザクは牢獄の窓ガラスをガンッと叩いた。
「それはルルーシュ本人の口から聞く。」
一言だけ残して、スザクは扉をバタンっと閉めた。

「くっそ!!」

カレンは床に拳を叩きつけた。奴がルルーシュに会う前に、何とかして抜け出し本国に帰らなくては。出ないと・・・
「奥様を危険が襲う。」
最悪の事態だけは防がなくては、とカレンは拳を強く握った。
「どうか、奥様が無事でありますように。」
ロイド、あなたしかいないのよ。とカレンは塞がれた空に向かって祈った。



******



うぇぇん、と力無く泣くエルモアを抱きしめて、マオは大きく溜め息を吐いた。
北側に何がいるのかはもうとっくの昔に解っている。大好きなシュナイゼルが懲らしめるためだと言っていたけれど、マオは納得していない。
余りに長い母親の不在に、エルモアは情緒不安定になっており、笑っていたかと思うといきなり泣き出してしまったりする。その精神は心の声まで聞き分けることのできるマオにとっては分かりやすいので、今のところマオが気づいてあやせるが、それももうあまり効かなくなってきている。
縋り付く小さな背をとんとん、と叩いてゆっくり揺らすとぐずぐず泣いていたエルモアは大きく息を吐きだした。
シャーリーが心配だという顔をしてホットミルクを差し出す。それにマオは首を振った。
「まだいいと思うよ。」
とんとん、と背を叩いているうちに、エルモアの体から力が抜ける。こういうとき頼りになるロイドは今はエリア11に行っている。
それも含めて、一人また一人と自分が見ている視界の外へ行ってしまうことがこの小さな皇子さまには怖くて仕方がないらしい。もうこれ以上、人員がいなくならないようにしなくちゃ、とマオはシャーリーを見た。
「マオ、」
「大丈夫、シャーリー。心配しないで?皇子さまは眠っちゃったから。しばらくは安全。」
眉に皺が寄ったままのシャーリーを見て、マオは「美人が台無しだ」と優しく笑った。コンコンと部屋がノックされる音を聞いて、はい、とシャーリーが立ち上がる。
扉を開いた先にいたのはこの城の主だ。時計を見て、今が午後二時ということをマオは確認する。エルモアがこうなってしまってから、いつもはロイドが夜に迎えに来てシュナイゼルの所に連れていくのに。
首を傾げたマオに、シュナイゼルは苦笑した。
「今日は少しだけ時間が空いたんだ。様子を見に来たんだが、どうやらまたやらかしてしまったみたいだね。」
心配そうな顔のシャーリーと、ひっついたままのエルモアをあやしているマオを見ればどうなったのかがわかる。
心配で仕方がない、と言ったシュナイゼルの優しい心の声を聞きとったマオはシュナイゼルに向かって笑みを浮かべた。
「お父さんは心配だね、シュナ。」
「・・・あぁ。」
手を伸ばされたので、腕の中の存在をシュナイゼルに渡すと、シュナイゼルはエルモアの顔を見て眉間に皺を寄せた。
「隈ができてる。」
良く眠れていないね、と自分の胸にエルモアを凭れ掛ければ、シャーリーが、「あの」と声をかけた。
「こちらにいる時から夜中に泣かれることがありました。奥様の不在を気にされていて。殿下、申し訳ないのですが本日は一緒に寝てあげてください。」
お願いします、と頭を下げたシャーリーに、シュナイゼルは「そのつもりだ。」と笑った。

「しかしこの子はみんなから愛されているね。」

しみじみと言ったシュナイゼルの言葉に、マオも、シャーリーも笑ってしまった。





C.C.は、結局こうなるのかと準備万端な黒の騎士団のメンバーを見て溜息を吐いた。
「だってよ、カレンやラクシャータまで捕まってんだろ?そりゃ行くよ。」
「姫だって大変な状態だって言うじゃないか。」
玉城と扇の言葉はもっともだが、せめてロイドが到着するまで待ってほしい、とC.C.は思った。この猪突猛進のメンバーをよくまとめられたなルルーシュ。と今は囚われの身となったお姫様のことを思い出し、C.C.は感心する。お前ってやっぱり偉大だよ。
「そうです!もうこの際ブリタニアなんぞにはルルーシュ様を任せてはおけません!黒の騎士団の皆さん!ルルーシュ様奪取に全力を尽くしましょう!おー!!」
一人で盛り上がっている神楽耶を見て頭痛が増す。お前、それは私怨ではないのか?まぁ気持はわからんでもないが。
久々の出陣に浮かれているのか、何なのか。この場にシュナイゼルがいたらさぞ恐ろしいことになっていただろうな、と思う。
あの男はルルーシュが絡むと変に狭量になる。この浮足立ったメンバーに触発されてあははと笑いながら「そうだね、じゃあ○○でも使おうか」とか何とか言って、新型兵器だの、無慈悲作戦だの冷酷非道な手段でもって完膚なきまでにジェイルをぶっ潰しに行くだろう。
そうなれば、ルルーシュが止めるしかないのだが、今回はそのルルーシュを取り戻すものなのでそれも望めない。・・・攻撃を受けた総督府が灰になるのは血を見るより明らかだ。
…総督府だけで済めば御の字だ。

「あの男、本当に来なくて良かったな。」

しみじみ呟いて胸をそっと撫でおろすと、目の前に青い瞳があった。
「・・・ロイド。もっと普通の登場の仕方をしないと、ルルーシュだったら腰を抜かして悲鳴をあげているところだぞ。」
「つまんなぁい。C.C.ってばちっとも驚かないんだもんね。」
ぶーと口を尖らせたロイドに、「お前がやったところで可愛くないぞ」と付け加える。
なんだなんだ、とロイドを見る騎士団のメンバーに、朝比奈がげぇ!と声を上げた。


「お久しぶり!黒の騎士団の皆様。お変わりなく何より!今回はちょっと任務が難しくなるけど、奥様奪取のため全力で!全力で参りましょう!」


C.C.は、「お前もか」と大仰な溜息を吐いた。・・・すまん、ルルーシュ。私には止められんよ。と心の中で思いながら。



だいたい、何故『全力』を強調する!





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