アネモネ 第三章


エリア11総督である第六皇子、ジェイル・ディ・ブリタニアはトウキョウ租界と、その外側にまで広がった美しい町並みを見て口角を上げた。
彼の騎士である、イエリア・ヴェルヴィスティエはそんな主を見やる。
窓の外に広がる風景は、ブリタニア臣民であるならば許してはいけない暴挙である。だがそれを許可しているのは目の前の主人であるのでイエリアはそっと目を伏せた。

「イエリア、あの計画の準備は整ったか?」
町並みを見下ろしながら言ったジェイルにイエリアは仰々しく溜め息をつく。
「ほぼ。全く、私は心底ブリタニア皇室というものが恐ろしくてなりません、殿下。―――なぜ、このような愚行を?」
カカッと快活に笑ったジェイルはくるっとイエリアを振り向いた。
「お前も、愚行と言うのか?」
「当たり前です。」
イエリアは綺麗に切りそろえた前髪を払った。長い髪の毛は美しい群青色である。前髪の上のほうだけ色を抜いており、それはジェイルと同じ銀色であった。イエリアは彼に絶対の忠誠を誓った際にその髪の毛を忠誠の証としてジェイルと同じ銀髪にしてもらったのだ。
ジェイルの瞳を見ながらイエリアは肩をすくめた。
ジェイルはニッと笑う。
「あの思い上がった第二皇子を失墜させるためならば俺はなんだってするさ。―――あの人を自分のものにしたい。」
ジェイルは持っていたリモコンをイエリアの後ろの機器に向けてスイッチを押した。三方向から同時に光が放たれて、そこには等身大の立体映像が現れた。

イエリアは映った人物に眉を寄せる。ジェイルは恍惚とした瞳をその人物に向けた。




「――――・・・美しい。」



総督執務室の中央フロアに現れた立体映像の人物は、紛れもなく現宰相妃の姿であった。
ジェイルは感嘆の息を漏らす。
「俺は今まで様々な女を見ては来たが、ここまで完璧に美しい人は見たことがない。・・・あぁ、美しい。何故あの男よりも早く出逢わなかったんだろうな。出逢っていたら、母君の暴挙も止めたのに。私の・・・薔薇姫。」
イエリアは呆れたように溜め息をついた。
「恋呆けも宜しいですが、だからと言って貴方まであの男と同じく失墜する理由はないでしょう。」
ジェイルはリモコンのスイッチを再び押して映像を切った後、執政者の瞳でイエリアを見つめた。

「本国でシュナイゼルを悪く思うものは沢山いる。」

再び口角をいやらしく上げたジェイルに、イエリアは息を飲む。
「ま・・・さか、あなたは!」
「全てをあの男に被せればむしろ俺はその者たちに王として担がれるだろうな。・・・幸運なことに、シュナイゼルは俺が“帝都純血派”の過激派だとは知らない。まぁ、帝都にいなければ単なる純血派に過ぎないが。」
「それで今回の策ですか!?」
「あぁ。―――手に入れる。例え、どんなことをしても。」


ジェイルは微笑んだまま、日本の空を見つめた。

******



ひとしきり泣き終わった神楽耶の肩をルルーシュは優しく包んだ。
「神楽耶、」
神楽耶はその瞳をキッと上げて頷いた。
「―――日本の、情勢ですわね。」
袖で涙を拭い、ルルーシュを見た神楽耶にルルーシュは頷く。
「ブリタニアの、国是は知っているな。あの、忌まわしい。」
「“弱者はただ弱者であれ”ですわね。」
「―――そうだ。」
ルルーシュは眉を寄せて奥歯をきつく噛み締めた。
「現在の、エリアの中で一番劣悪な状態の我が国です。ゲットー地区にむやみに戦を仕掛けなくなったことだけはジェイル・ディ・ブリタニアに感謝をしております。・・・しかし」
「裏で、何かしていたのだな。」
「―――・・・その通りです。」
カレンはエッ?と伏せたままの顔を上げた。
「そしてそれは特区の人間に関係している・・・違うか?」
神楽耶は真剣に見つめるルルーシュを見た。彼女は数瞬だけ示唆した後、大きな瞳を伏せる。ルルーシュにはそれだけで充分だった。

「―――ブリタニア皇族のしそうなことだ!」

ルルーシュはそう言い捨てる。
神楽耶は言い捨てたルルーシュに顔を向け、「ルルーシュ様の瞳は千里眼ですのね」と苦笑した。
「・・・何処までご存知なのですか?」
悲しげに寄せられたルルーシュの眉を見て、神楽耶はそうルルーシュに問うた。ルルーシュは苦笑して答える。
「あくまで推測の域を出ないのだが、それでも構わないか?」
「構いません。」
神楽耶は頷くと、ルルーシュの紫に煌めく瞳をじっと見つめた。


「ブリタニア人は、何でも差異をつけることが好きだ。同じブリタニア人でも、ナンバーズにおいても。ジェイル・ディ・ブリタニアはまさにそれの典型的タイプの人間だろう。」
「・・・つまり、私たち日本人を何通りかのパターンで区分していると、そういうことですか?」
顎に手を当てて考えるようにそのことを口にした神楽耶に、ルルーシュは頷く。
「ああそうだ。日本人の場合は、三つだな。一つ目は行政特区日本の人間、二つ目は租界周辺に住む人間、三つ目はその他に住む人間だ。」
「地域で分けているのですか?」
「でないとこの論理が成り立たないんだ。
彼の計画は、租界周辺のゲットーを整備することから始まる。」

ルルーシュは神楽耶だけでなく、後ろを振り返ってその場にいる全員を見渡した。
立ち上がり、ゆるやかに踵を返す。歩くたびに彼女が今日着ているスカートがシャラン、と音を立てた。元居た椅子に腰掛けると、ずっと壁に背中を預けていたC.C.がひざ掛けを持ってくる。
そのことに驚きつつもお礼を言うと、桐原翁が「続きを」と促した。

「あぁ、すまない。
租界周辺のゲットーを整備することには、二つ理由があるんだ。」
ルルーシュは息を吐いた。
「一つ目は、ゲットーを整備することによって近隣に住むテロリスト達に不満を抱かせないこと。“今までと違う執政”という感想を抱かせれば反発は起きにくくなる。酷いことをしたとしても“前よりは”と思うようになるんだ。まぁ・・・こういう言い方はしたくないが、テロリスト達を飼いならすためだな。」
周囲が一気にざわつく。
「もう一つは、そのテロリスト達に、『全国がそうなった』もしくは『全国がそうなる』と錯覚をさせることにある。―――・・・ちょうど、カレンがそう思ったように。」
微笑みながら向けられた視線に、カレンは恥ずかしげに顔を伏せた。
「だが、この整備には莫大なお金が掛かる。しかし先程神楽耶が言ったように、ブリタニアは弱き者には辛辣に当たる。つまり、エリアの予算の中に、エリア周辺のゲットーの整備費は組み込まれないんだ。
何故そうと解るか。ここまでゲットーを整備しながらもジェイル
・ディ・ブリタニアはまだ総督をしているからだ。現ブリタニア皇帝は弱き者は排除する。ゲットーの整備費がもし予算に組み込まれていれば、それは重大な国是違反だ。そうなったら当の昔にジェイル・ディ・ブリタニアという男は皇帝によって失脚させられ鬼籍に入っているだろうからな。
―――・・・なら、この租界周辺の莫大な整備費は何処から出ているのか。」

ざわついていた謁見の間はルルーシュの一呼吸で水を打ったように静まり返った。

「皇子の私費?貴族の援助。そんなものは『ありえない。』
本当に、上手く考えたものだ。ブリタニア側にも、日本側にもいい顔を見せながら奴は日本独自の普通じゃ考えられない方法を見つけ出した。
奴が、ジェイル・ディ・ブリタニアが目をつけたのは―――“行政特区日本”」



周囲にひかえていた者たちが一斉に顔を上げてルルーシュの方を見た。

「絶対の治安と、ブリタニアから脅かされない生命の安全、それさえ約束してやれば、例え重い税金を課しても、“行政特区日本”に住む以前のことを考えれば文句は出ない。」
神楽耶は信じられない、と目を大きく見開いた。
「だが私から言わせれば、そんなものは生まれながらに皆が皆持っていて当たり前の権利だ。ユーフェミアが提示した行政特区だが、ブリタニアの意思で自分たちの毎日が決まってしまう箱庭に入れられた日本人は、それはあってはならないと思う。それは親切を笠に着た差別だ。人には人の感情と言うものがあり、個々の思想は誰かに決められるものではなく、自分が持たなくてはいけないものだからだ。・・・・すまない、話が逸れた。つまり、明日の命がブリタニアに委ねられている行政特区に住む者達は、昨日・今日・明日とブリタニアから命を買い取っている、と言っても過言ではないんだ。
重税を払ってまで欲しいのは自分と、そしてほんの僅かな家族の平穏。しかし、税金が払えなくなれば、日本側から切り離され、ブリタニアに囚われた特区だ。ブリタニア側にとっては全員を人質とすることも、大量虐殺することも、もってこいの場所になる。」
神楽耶は目を両腕で覆った。そして口を開いた。
「そして、日本人のほとんどが経済特区に住む人間を、名誉ブリタニア人を良く思っていない。こちら側に情報が入ってこなくても、なんとも思いませんわ!」
ルルーシュは一旦息を吐いた。
「彼らは―――・・・第六皇子に良い様に利用されたんだ。」
神楽耶を見て桐原翁はルルーシュを見据えた。
「ならば“行政特区日本”は。」
ルルーシュは桐原を睨み付けた。
「実質上、終わっているとみて間違いないでしょう。だが、ここまで日本側にいいように見せる第六皇子の意図が私にはわからないんだ。」
神楽耶は大きな溜め息を吐くと、ルルーシュを見つめた。
「私が、それとなく特区について探りを入れてみます。―――桐原。」
呼ばれた桐原は腰を曲げて頭を垂れた。
「貴方は第六皇子の真意を探ってみて下さい。」
「御意に。」
考えに沈むルルーシュを見て、神楽耶はルルーシュを呼んだ。
「ルルーシュ様。」
思考の淵に沈んでいたルルーシュは神楽耶の声で浮上する。
「・・・?」
「これからこの日本がどう動くかはわかりませんが、ルルーシュ様はまずお体の回復を第一にお考えになってください。」
「神楽耶・・・・」
「滞在場所はこの富士。桐原の別邸です。情報は流しますので、どうか決して無茶なことはなさらないでください。・・・でないと、私がシュナイゼル殿下に叱られてしまいます。」

少女らしくぷくぅと頬を膨らませた神楽耶に、ルルーシュは在りし日のナナリーを思い出して笑って素直に頷いた。


*****


暗い翠の瞳をゆっくりと瞬かせて枢木スザクは懐かしい故郷に降り立った。
ユーフェミアが事件を起こしてから三ヶ月が経った頃だった。



枢木スザク、ラウンズナイツの第7席に着任した男は、秘密裏にルルーシュの行動を探っていた。
目的はただ一つ。彼女を冷酷非道の第二皇子から引き離すためである。
そんな彼が掴んだものは、今をもってしても彼女が“Elysion”にいるという陳腐な情報だったが、スザクとしては『それだけはない』と確信していた。


―――・・・根拠は、一ヶ月前に遡る。


ブリタニア帝国首都で一ヶ月前にとある騒動が勃発した。
帝都純血派が“ユーフェミア第四皇女が囚われているのは不当”として彼女が幽閉されていた東の監獄を襲撃したのだ。
帝都純血派の言い分はこうだった。

『ルルーシュは庶民出の妃であるマリアンヌ皇妃の第一子ではあるが、その血に陛下の血が半分流れていることも疑わしい。先の皇帝の姪であり、現皇帝の妃である第六皇妃は、血筋もはっきりしているし、そのお子であるユーフェミア殿下は皇女としてシュナイゼル第二皇子殿下にふさわしく、また血筋もはっきりしている。ルルーシュはその血筋がはっきりしないために皇女とは認められない、よって庶民に不敬罪として銃を向けたユーフェミアには何の落ち度もない』

と。だが問題は単なる牢破りでは済まなかった。
東の監獄を襲撃した帝都純血派は信じられないものを目にする。

 打ち破った、彼女が居るとされていた監獄にはユーフェミア・リ・ブリタニアの姿は何処にも存在しなかったのである。
混乱に陥った純血派は、牢破りの暴挙を行った現行犯として駆けつけたシュナイゼルの兵に討ち取られた。
自らの妃をこの上もなく批判され、貶められたブリタニア帝国宰相は、帝都純血派の目の前で不敵に嗤ったのだという。


『―――・・・これで満足か?』


尋常ならざるその声に、何人もの帝都純血派は震え上がり、命乞いをしたが彼らの努力は一笑に付された。
そこからはシュナイゼルの独壇場であった。

政治にほとんど感心が失せた父親に代わって、シュナイゼルは帝都純血派・・・捕らえた者は貴族としての全ての権利を「ルルーシュに対する不敬罪」の名で剥奪し、一族ごと糾弾の後根絶やしにした。
剥奪したのは、貴族としての特権・全財産・屋敷・敷地・エリアでの居住区等々。
事件の発案者に至っては何時出るとも知れない牢獄の中に追いやり、現在はその罪状確認のために大々的に裁判にかけている。
集められた財産や土地は全て国に返上され、昨日までは血筋もしっかりとした誇り高い貴族だった者たちは彼らが貶めた庶民の中で生きることを余儀なくされた。


中には「厳しすぎる」との声をあげた者もいたが、シュナイゼルは一蹴した。彼は「厳しい」と言った者に厳しい視線で言ったのだという。
『では、逆に考えて私の妻がユーフェミアで、ルルーシュが彼女を撃った場合でも、貴方は同じようにそう仰るか。』
見つめるシュナイゼルに、その貴族の男は終ぞ言い返すことができず、シュナイゼルはその男に、向こう一月の減給処分を言い渡した。


『皇族たる条件は、皇帝宮に召し上げられた女性が皇帝陛下の子どもを産むこと。その時点でその女性も子どもも、ブリタニア姓が与えられる。ブリタニア姓が与えられれば、その者は他の者が何と言おうと皇帝陛下の名の下に、皇族であるということが保障される。
即ち、これを覆すことは立派な反逆罪である。』

シュナイゼルは、多くの家を潰した後での朝議の席でこう述べたという。




スザクは久々に感じる日本の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
彼は今ナリタの空から降り立ったところだ。
窓越しに広がる空を見て口角を上げる。
ユーフェミアが監獄に居なかったことでスザクの迷いは消えた。
彼女―――・・・ルルーシュは日本に居るのだと。

「本当にすっごい狸だ、あの男。」

シュナイゼルの情報網をもってして、帝都純血派が動くことが解らないはずがないのだ。あの男はわざと帝都純血派・・・ルルーシュを害する者を一掃するためだけに動いた。
ならばその渦中にルルーシュをおいておくはずがない。ルルーシュの安全を考えるのならば尚のことだ。
だから本国にルルーシュは居ない。シュナイゼルがそうさせない。ならば向かう場所はただひとつだ。
エリアの中でルルーシュを優しく受け入れ、拒まない。実際スザクにはここしか考えられなかった。

彼女がかつて“ゼロ”という名を背負って民のために尽力し、共に戦った――――・・・日本国以外には。


スザクは手元のキャリーケースを引き摺りながらマントを翻した。
今度こそ彼女と会って、そしてシュナイゼルから引き離す。それだけを思って。


*****



ジェイル・ディ・ブリタニアは一枚の手紙をグシャリと握りつぶした。
「してやられた!」
怒鳴って、その手紙をテーブルに叩きつける。
心配そうに見るイエリアを視界に入れず、ジェイルはドスンと重い音を立てて大仰に執務室の椅子に深く座った。
「殿下・・・?」
イエリアは眉を寄せてジェイルを見つめる。ジェイルは大きく溜め息を吐き、大きな手で整えられた髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「・・・帝都純血派の3分の2の貴族がシュナイゼルによって更迭された。残っている帝都純血派はここにいる者たちだけだ。
―――あの男、とんでもない食わせ者だ!」
ドンッと机を殴りつけるジェイルにイエリアの顔は蒼白になった。
「どういうことですの!?」
頭を抱えるジェイルはぐしゃぐしゃと更に髪をかきむしる。
「今回の策にユーフェミアは有力な駒だったんだ。奪ってくると奴らは言っていて・・・放っておいた俺が馬鹿だった!計画は共倒れ、しかも肝心のユーフェミアは行方知らずだ。」
「えっ?」
「攻め込んだ牢獄に居なかったそうだ!」
ジェイルは戸惑うイエリアに顔を向けた。
「あの男、帝都純血派が動くことを読んでいたのさ。それで罠を仕掛けた。・・・いかにもあの男のしそうなことだ!クソッ。」
ダンッと再び机を打ち付けたジェイルは「だが・・・」と呻った。
「俺はあいつらも許せない。薔薇姫のことを“皇女でない”と言いやがった。・・・あのお方が皇女で無い筈がないんだ。イエリア、お前は知っているだろう・・・?
あの、煌めくアメジストを。」
まくし立てるジェイルに、それでもイエリアはゆっくりと頷いた。
「確かに、あのお方の母君は庶民出でいらっしゃる。ですがそれ故に皇帝陛下のお血筋が他に影響されること無く受け継がれた。至尊の血の一人であることは絶対です。その証拠に、ブリタニア皇室の中であのお方以上に濃いアメジストをお持ちの方はいらっしゃらない。」
「あぁそうだ。この私でさえ目に至尊は宿らなかった。至上に美しい、―――私の、薔薇姫。」
うっとりと言葉を漏らすジェイルに、イエリアは少し考えた後、声をかけた。

「・・・ジェイル殿下。」
「何だ。」
「少し考えたのですが、ルルーシュ殿下は今どちらに?」
ジェイルは「なんだ」と呆れたように笑って椅子に腰掛けた。
机に肘をついて首を傾げる。
「―――“Elysion”ではなかったか?それがどうした。」
イエリアは納得しないように手を口元に持っていった。それが彼女の考えるときの仕草だと知っているジェイルは訊ねる。
「何か、思うところが?」
訊かれたイエリアは真っ直ぐにジェイルを見返した。
「いえ、大層なことではなくて。あくまで推測の域を出ないのですが―――・・・ルルーシュ殿下は“Elysion”にはいらっしゃらず、どこか他の土地へ行っているのではないかと思うのです。」
「・・・何か根拠は?」
はい、とイエリアは返事をした。
「―――もし、ですよ。もしシュナイゼル殿下が、帝都純血派が動くことを知っていたら、このような話題を奥方に聞かせるだろうか、と考えたのです。
ですがあのお方は奥方をこの上なく大切にしていらっしゃいます。ですから、あの第二皇子殿下が療養中の奥方にこのようにストレスのたまる報を聞かせるとは、私は到底思えないのです。
ですがこれがどこかのエリアなら、話は別です。エリアなら情報はある程度シャットされて入りにくいですし、更に奥方をお守りする組織―――もしくは、騎士が居れば情報操作は容易いでしょう。ですから、他のエリアに殿下の薔薇姫様がいらっしゃるのではないかと。」
イエリアは真摯な瞳でジェイルを見つめた。

「なるほど。いかにもあの男がやりそうなことだ。で?彼女がいそうなエリアは?もう目星がついているんだろう?」
笑うジェイルにホッとしながらイエリアは頷いた。
「―――そうですね。薔薇姫様自身で平定されたエリア23、19。そして・・・このエリア11です。」




ジェイルは目を見開いて机から身をのりだした。
「馬鹿な!何でこのエリア11が彼女を匿うという。」
「このエリア11は、長年あの皇女殿下を匿ってきた国です。そしてかのアッシュフォードが根をおろした国でもある。更に彼女がこの国に初めて留学した折は京都六家の桐原と、そして枢木の保護下にありました。知人・友人が居てもおかしくはありません。どちらかと言うと、前述の二つよりは確率が高いです。」
ジェイルは頷いて立ち上がった。
「今から桐原の元へ。だがその二つのエリアに偵察体を送ることも吟味しよう。」
外を見ながら熱くこぶしを握ったジェイルに、イエリアは笑った。
そして早速手配すべく動こうとしたところで来客を告げる軽いノックの音が部屋に響いた。

「入れ。」

ジェイルが入るように促し、メイドが戸をあけると、そこには深翠のマントを着たナイトオブセブン、世に名高い裏切りの騎士が立っていた。

一瞬驚いた二人だが、イエリアは何も言わずにスザクに向かって跪いた。
内心、「こんな男に膝を折らなくてはならないなど」と毒づく。
ジェイルは口元だけで笑ってみせ、目の前の男を見据えた。

「これはこれは枢木卿。ラウンズ就任おめでとうございます。・・・何ゆえこのエリア11にお越しか。」
嫌味が含まれた言葉にもスザクは動じずに綺麗に跪いて見せた。
口を開く。



「陛下から勅命を受けて参上しました。この私に、エリア11全土を飛び回り、探しまわることと、見つけたものを本国へ持ち帰る権限をお許し願いたい。」

ジェイルはスザクの言葉に眉をよせて溜め息をついた。―――まったく、話が読めない。
「見つけたもの、とは?」
スザクは無表情な顔を上げて、ジェイルを見つめると、口を開いた。

「―――・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア宰相妃殿下です。」

スザクの言葉にジェイルとイエリアは一斉に顔を見合わせた。

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