アネモネ 第二章


ルルーシュは震撼した。目の前に突きつけられた物に全力で逃げ出したかった。だが自分は身重だ。そうするわけにもいかないので、一歩足を下げた。
「さっ咲世子さん、」
「何でしょう、ルルーシュさま。」


にこにこにこにこにこにこにこ。


無言の圧力とはこのことかっ!と再び一歩下がって、ルルーシュはまたしても咲世子に視線を向けた。
「あの・・・だな。」
「今回はブリタニアの作法に法りまして、首から上しか花嫁の露出はございません。首の部分は薄いレース生地を幾重にも重ねまして、これはシュナイゼル殿下たってのご希望です。
胸から下の素材につきましては、全体的に絹を使用し、通気性がよく、温かい最上級の物でできております。いいですね、王室御用達!」
「咲世子さん、あの・・・」
「さらに!全体にあしらってあるのはエーゲ海から取り寄せました真珠で、交差する流れるデザインはミレイさまがデザインなさいました・・・さすがミレイ様です。殿下の美しいポイントをわきまえておいでで・・・」
「咲世子さん、咲世子さん、」
「この広がった袖はシャーリーさんの傑作で、長いマリアベールはロイド伯の作で、靴は雨の中カレンさんが態々お店まで出向いて吟味して購入した物です。・・・私は僭越ながらこのドレスのパターンを引かせてなおかつ縫わせていただきました。
どうですか、ルルーシュさま。」


にこにこにこにこにこにこにこ。


ルルーシュは脱力したあと、「素晴らしいよ。」と答えた。
ごてごてした白いウエディングドレスは優雅なプリンセスラインを描いている。
・・・確かに姫のような憧れではあったが、これはやりすぎだ。
・・・・これは絶対着たくない。
「咲世子さん。」
「はいなんでしょう。」

笑顔が眩し過ぎて不満を言い出せる状況ではない。が・・・
「とても申し訳ないのだが、重いと、その・・・私は歩けなくなるんだ。もっと・・・その、シンプルなモノがいいのだが・・・。」
咲世子はアッという表情をしたあと、しゅーんとうなだれた。
「・・・すみません。ルルーシュ様が身重だということを失念しておりました。そうですね、お腹を締め付けるプリンセスラインはお体に負担がかかってしまう上に、転ぶ可能性だってありますものね。」
残念そうに笑う咲世子に、ルルーシュは朗らかに笑って首を横に振った。
「いや、咲世子さんや、ミレイ、シャーリー、カレン・・・ロイドや殿下の心使いはとてもうれしい。・・・またいつか着るから、大切にしまっといてくれ。」
「承知いたしました。」
咲世子は恭しく頭を下げた。
「すまないな。」
「いえ!・・・ですが、新しいデザインのものを考えなくては。」
「それなんだが、神楽耶が白無垢を贈ってくれてだな。」
「まぁ!」
「だが・・・着る機会がないと思っていたんだが、この際リメイクしてみてはどうだろう。あれも確か素材は・・・」
「絹ですわ。良い考えかと思います。そうですね、それならばシンプルでも美しいものができます。」
「ベールはロイドの?ものでいいと思うし、時間がないのが気になるが、頼めるか?」
「解りました!すぐにでも!」


すぐさま走り出した咲世子に、ルルーシュは苦笑すると、「白無垢はまだ渡していないが大丈夫なのだろうか?」と一人呟いた。そのまま椅子に座る。

「お母さまは中々大変だ。」
腹を撫でて声をかけると、「お母さま。」と声がした。
幼い声がする方を向くと、そこには案の定エルモアが立っていた。
「・・・どうした?エル。」
すたたたーと駆けてきたエルモアは、ルルーシュの目の前で急ブレーキをかけて止まった。
その動作をルルーシュは愛おしく思いながらエルモアに視線を合わせる。
彼はもじもじと体を左右によじったあと、決心したように頷くと手に持っていた、丸めてリボンがかけられた画用紙をルルーシュに手渡した。



「これを、私に?」
目をぱちくりするルルーシュに、エルモアははにかんで笑った。
「お父さまとお母さまはご結婚なさるのでしょう?・・・ずっと、一緒にいることだとさよこさんに教えてもらいました。だから・・・エルはお母さまがエルの誕生日を祝ってくださるように、おいわいをしてあげたかったのです。・・・お母さま、おめでとうございます。うけとってください。」
差し出された絵を、リボンがかかっているのを解いてゆっくり開くと、シュナイゼル思しき人物と、自分っぽい人物が丁寧に描かれていた。
ルルーシュは嬉しくなってソファから床に下りてエルモアを抱きしめた。
「ありがとう、エル。とても嬉しい。よく・・・描けてる。」
抱きしめられたエルは笑ってルルーシュにしがみついた。
「お母さま、あかちゃんいつ生まれるの?」
「秋の終わりか・・・冬の最初かな。」
「エルはとっても楽しみ!おとうとができたら、いっしょにあそんで、いもうとだったら絵を描いてあげるの!」
ルルーシュは微笑んでエルモアの頭を撫でた。
「弟でも妹でもエルはきっといいお兄ちゃんになれるよ。」
一旦エルモアを離して瞳を覗き込む。
「・・・お母さまが保障しよう。」
エルモアはにこっと笑うと、ルルーシュの膨らみつつあるお腹をポンポン、と撫でた。
「エルはおべんきょうがんばっていいお兄ちゃんになるから、だから待っててね、あかちゃん。」
ルルーシュは再びエルモアを抱きしめた。


着々と進む式典準備がひと段落ついた式典前日、ルルーシュはシュナイゼルに呼ばれてシュナイゼルの執務室に来ていた。
二人だけの部屋。
静寂が満ちる室内に、ドアの外から聞こえるロイドとカレンの“奥様自慢”の声が聞こえる。

「あの・・・殿下?」
執務室の革張りのソファに座らされたルルーシュは、顎に手を当てたままピクリとも動かない――――こういう言い方をするとなんだが――――気持ち悪いシュナイゼルを動かす方法を一生懸命に探していた。

そ、それとなく声をかけてみる・・・とか。いやダメだ無反応だった。
あ、何かモノを投げつけるとか。・・・灰皿?いやいや、打ち所が悪かったら死ぬ。―――それはやだ。やだやだ却下だ却下。
あー・・・両腕で揺さぶってみる、とか。でもなぁ。ここに来たときに座ってくれと涙目で言われたからなぁ。立ち上がるのはダメだ。・・・なんでなんだろう?そんなに太ってはいないと思うんだがな。

ルルーシュはふに、と二の腕を掴んでみる。

・・・あれ?落ちたか?なら理由はなんだろう。

彼女は気付いていない。只でさえ細身の体にぷくっと出たお腹で“Elysion”から歩いてきた彼女に、シュナイゼルがどう思ったのかなど。
いっそ自分が出向けばよかったと、彼女の夫は心底後悔したのだ。執務室のドアの前、深紅の絨毯の切り替わりのところ、そこであわや転びそうになったのを見た瞬間に。ロイドが手を引いてくれなければ確実に転倒していた。
ナイスロイド!グッジョブロイド!変態だ変人だ奇人だメカオタクだヒョロヒョロだのとプリンだのと思っていたが、感謝してやろう。お前は英雄だ!
ロイドに小さな声でそう告げたら、思いっきり嫌な顔をされたがシュナイゼルは構わなかった。
と言うわけで、ルルーシュは立っていると転びそうで怖いのでソファに座って貰うことにしたのだ。

まだブツブツと口に出して考えていたルルーシュは、当初の目的を思い出した。要は何故自分がソファに座らされたか、ではなく、シュナイゼルをどうやって動かすかだ。
や、やっぱり色仕掛けか・・・?
どこもかしこも足りはしないだろうが、それが一番効きそうな。殿下がロリコン趣味なのを願って太ももを少しくらい・・・。やわらかさは足りないがロリコンなら!・・・自分で考えて何だか凄く悲しくなってきたが、こ、これから大きくなる予定だし、柔らかくなるはずだ!―――・・・さらしが不味かったのだろうか。それとも

また思案の淵に入り込もうとしたルルーシュの耳に、シュナイゼルの声が届いた。
「・・・すまない、少し緊張してしまっていたようだ。ルルーシュ。」
「・・・っはい!」
「明日、神の前で誓う訳なのだが。」
シュナイゼルは皇族服ノ内ポケットに手を入れて深い青色のベルベット生地で作られた箱をルルーシュの目の前に差し出した。
「私は神を信じてはいないから、・・・今ここで私が一番信じられるものに宣誓をしようと思う。」
ルルーシュは差し出された小さな箱を受け取ってそっと開いた。
驚き、パッとシュナイゼルの方を向くと、シュナイゼルは穏やかに笑っている。
「私、シュナイゼル・エル・ブリタニアは、我がブリタニアが誇る戦姫“閃光のマリアンヌ”氏と揺らぐこと無き私自身の全てを懸けまして生涯、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア姫を愛することを誓います。」
言い終わったシュナイゼルは見上げたルルーシュの唇にキスを落として笑った。
ルルーシュは大きな瞳から涙をぽろぽろと流しながら何度も頷く。
「・・・順番が逆になってしまって悪かった。」
「いいえ、いいえ殿下。私はとても幸せです。・・・ありがとうございます、殿下。私も同じ気持ちです。」
何もかもが与えられない、と思っていた事で、でも今目の前の人物から与えられる大きな愛に、ルルーシュは只ひたすら涙を流した。
ルルーシュの零れ落ちる涙をシュナイゼルは親指で拭う。

窓の外に浮かぶ白い宮が口付ける二人をただ見守っていた。


******


「妃殿下に於かれましては本日は大変お慶びのこととお祝い申し上げます。つきましては、本日の式典での護衛の役を賜りたく、ナイト・オブ・ラウンズを代表いたしまして、ナイトオブ3・ジノ・ヴァインベルグが参上いたしました。
どうぞ妃殿下を護衛するという栄誉を私達にお許し下さい。」


「顔を御上げになって、ヴァインベルグ卿。大変重要な任務とのこと、ぜひにとお願い申し上げますわ。」


式典会場、妃殿下に与えられた控え室で、ジノ・ヴァインベルグは顔をゆるやかに上げ、目を見張った。
―――イスの上に美しい白い花が咲いている。
聖母の微笑を称えたルルーシュは驚いたように凝視するジノをみて、コトン、と首を傾げた。
傾けられて見える項が眩しい。

「私の顔に何かついていますか?」
ぼーっと見ていたジノはその言葉で正気に戻り、ボッと顔を赤らめた。
「し、失礼いたしました!妃殿下のお顔には何もついておりません
!」

花嫁、とはまさしく彼女のことを言うな、とジノは思い不躾を侘びて頭を下げると、後ろから声がかかった。

「何もついていなければ、我が妻はエリア11で言うところののっぺらぼうになってしまうよ、ジノ。」

「「殿下!」」


ジノは立ち上がって敬礼し、ルルーシュの前から退いた。同じく立ちあがろうとしたルルーシュを、シュナイゼルは手をかざしてとめた。
「あぁ、ルルーシュはそのままで。護衛の件で、ジノに話があってね。他のナイツに聞いたらここだと言われてきた。話があるから少しだけジノを借りるよ、ルルーシュ。」
ルルーシュは一つ頷くと花のように微笑んだ。
「解りました、殿下。では、ヴァインベルグ卿、また後ほど。」
シュナイゼルを見て微笑んだあと、ジノにも微笑んだルルーシュを見て、ジノの心拍数が上がる。
それを見ていたシュナイゼルは呆れたように笑った。

今日の彼女は(いつもそうだが)より一層美しいので、他の者が誉めそやしても、『それは仕方が無い』と寛大に許してやるつもりである。
『自分の為』の装いをしたルルーシュを、周りに見せびらかしたいと言うのが本音である。
シュナイゼルは、自分の心の狭さに少々左眉を吊り上げた。
C.C.曰く、“嫉妬深い男は嫌われるぞ”とのことらしい。
そんなことになっては嫌だ。絶対嫌だ。

シュナイゼルは妻に笑みを見せてジノを呼んだ。
「じゃあジノはついてきてくれ。」

ジノはルルーシュに向き直ると、再び跪いてその手をとり、口付けたあと、一礼してシュナイゼルの後に着いた。

「美しい方ですね。」
ジノは前を歩くシュナイゼルに声を掛ける。シュナイゼルは苦笑すると、自身に与えられた控え室に入った。
「・・・美しいからと言って手は出さないでくれよ。今日は多めに見るけれど・・・君は、優秀な人材なのだからね。」
ジノはその言葉に苦笑すると肩をすかして見せた。
「嫌ですよ!私はまだ死にたくない。白の皇子を敵に回して生き残った者は“いない”のでしょう?シュナイゼル殿下。」
「優秀なことだ。なら、私の言いたいことも理解できるだろう?」
ジノは溜め息をつくと、シュナイゼルに跪いた。顔を上げる。

「ナイト・オブ・7のことですか?」

シュナイゼルは出された名前に眉をしかめるとソファに深々と座った。
「先程私に頭を下げに来たが・・・不愉快だ。」
ジノはハハッと乾いた声で笑った。
「それはまた・・・彼は騎士として優秀な人材なんですが?」
「“体力面だけ”な。騎士の誇りも忠誠もあの男にあったものではない。
ジノ、妻を狙う男を生かしてやってるだけでも今の私は寛大だと思うよ。これが五年前だったら間違いなく言葉を発する前に殺している。生きていることも認識したくないものを、最悪会場を護衛する一人に加えてやってもいいが、彼女に近づくことまでは許せない。
解るね?」
足を組んで平然と命のやり取りを話すシュナイゼルに、ジノの背筋を冷たい汗が伝う。
「・・・Yes,Your hightness.」
「他のラウンズは中央に配置。アレは、会場端に。彼女の視界に入らぬよう、見張っててもらいたい。」
「解りました。そのように手配します、閣下。」
ジノは立ち上がると、シュナイゼルに一礼して踵を返した。

控え室のドアの前に立って、後ろ手にドアが閉まる音を聞き、ジノは一息吐いた。

「あいつも嫌われたもんだ。」
だがしかし、妃殿下を見たあとならばそれでも納得がいく。
傾城の美女だった。
だが国を傾けはしない、聡明な瞳。美しい、とも可愛らしい、ともいえるような人。
――――流石は天下の第二皇子。女を見る目は持っていたか。

軽快に歩きながらジノは人々が行き交う会場に入っていった。









「聞いた?カレン君。」
「あーもう、ほんと何なのかしらね、あの男。」
「殿下は式場の端での護衛を命じたみたい。」
「当然でしょ?」
二人の騎士・・・ロイドとカレンは式典会場をぐうるりと見渡した。今日は二人とも白い騎士服を着ている。
「ロイド、知ってる奴居る?」
「しーらぁない。興味ないし。知ってるのは第二皇女殿下とその妹ぐらい。」
「よねぇ。・・・今日はエルは?」
「ミレイがこの会場に来るから、マオ君と咲世子さんと一緒に“Elysion”・・・今日はお母さんもこっちなんだよねぇ?」
「そうなのよ!ディスプレイの花を活け終わったら帰る予定。奥様の控え室の隣の部屋で作業してる。
こっちに持ってくるのは、リヴァルとシャーリーの役目。」
「ははん、粗雑な君は選ばれなかったわけだ。」
「煩いわね!」
「でも、正しい判断だね。外に出ると口さがない低能な連中がお母さんを傷つけかねないからねぇ。咲世子さんもそういった意図でだろう。大方、奥様の案?」
「そう。今日ぐらい自分の心配すりゃいいのに。」

ブツブツと小言を言うカレンを見て、ロイドはにんまあと口を歪めた。

「ねね、カレン君。奥さま見ぃた?」
今まで考え事をしていたカレンもにんまぁと口と眉を歪め、頭を二度縦に上下した。足が、今にも走り出しそうにうずうずして、足踏みしている。
「―――うん!」
ロイドもカレンの真似をして足踏みをする。二人して足をバタバタさせながら手を握った。それもぶんぶんと上下に動かす。
「あれ、何て生地?僕らが作ったのとは違ってシンプルだったけど、でもすっごくお綺麗だった!!それに僕の編んだヴェール!!」
「うん。うん!私たちが作ったのは、奥様のお腹を締め付けるからダメになったんだって。でも、超綺麗だった!生地は、日本の花嫁衣裳をリメイクしたのなんだって!白無垢って言ってね!」
「すっごく綺麗だった!殿下なんかのべ三分くらい声が出なかったほどだよ!」
「してやったりじゃない!」
「うふふ。」
「あはは。」

「「・・・はぁ~・・・」」

二人は恍惚と溜め息をついた。しかし、次の瞬間お互いをきつく睨んで頷いた。―――・・・そう、だからこそ今日は手を抜いてはいけない。ルルーシュの安全のため、そしてこれからの未来のために。
「じゃ、私はあっち行くから、ロイドはそっち頼んだわよ。」
「了解。怪しいのがいたら叩き出すよ!・・・カレン君、ラウンズには気をつけて。」
「―――うん。そっちこそ。」
再び頷きあった二人は剣の帯刀を許されている。
ロイドは見上げたチャペルのガラスがすこしかげるのを見た。
「・・・降るかな。」
空が少しずつ翳ってきて、風が立てる木々の擦れる音が次第に強くなり始めていた。


*****



ズルリ、ズルリ、と重い布を引きずる音が誰も居ない暗い廊下に不気味に響く。
外はもう既に大粒の雨が降っていた。式典が始まるまであと少し。
ピシャーンと光とともに落ちてくる轟音は重い布・・・真っ白のドレスを引きずる彼女―――ユーフェミアが時折洩らす笑い声を掻き消した。

スザクが彼女の元から去って有に2週間が経過している。その間ユーフェミアはありとあらゆる誹謗中傷を受けた。最早、“慈愛の姫”の名が久しくなってしまうほどに。
『お飾りの皇女』『騎士に愛想をつかされた』『父君に騎士を盗られるお間抜け』『シュナイゼル殿下の奥方に、など甚だしい』
今まで優しく接してくれた者たちからの誹謗中傷は、ユーフェミアの心を砕き、どん底にまで押しやった。彼女の心には最早『兄と結婚する』という暗い喜びだけが支えていた。


優雅に広がるレース生地にダイヤモンドが散りばめられた白いウエディングドレスを見て、ユーフェミアは静かに微笑んだ。今日の日の為に準備したものだった。
初めて母親や姉に黙って注文をしたとき、業者は良い顔をしなかったが、それでも自分が微笑んで頼めば承諾してくれた。
エリア11の行政特区だって上手く機能している。スザクのことについては・・・お父様の騎士にと請われたから仕方が無いわ。他の皆は、きっとイレブンのスザクがナイト・オブ・ラウンズになったことが悔しいから私を蔑むのよ。だってお父様直々の騎士に文句は言えないですもの。首をはねられたくないものね。
 だから、私の行いが悪かったせいじゃないわ。全部スザクのせい。私が悪く言われるのは、全部スザクが悪いの。でも、

「もう騎士なんていらないわ。必要ないもの。」

結婚式が終われば、自分は“Elysion”に迎え入れられる。あそこにはもうシュナイゼルお兄様の騎士たちが配属されているのですもの。もう、スザクなんて要らないのよ。

ユーフェミアは、窓の外に聳え立つ今日の結婚式会場のチャペルを見た。
そう。今日の為に何もかもを準備してきた。全てはお兄様のお后様になるため。ルルーシュのような黒い髪が好きなお兄様の為に、髪の毛をストレートにして真っ黒に染めた。白いドレスが似合うように、ダイエットもした。お姉様とのお茶会で出されるケーキはとても美味しそうだったけれど、我慢した。

・・・全ては今日の日の為に

クスクスクス、とユーフェミアは笑う。
「お兄様、喜んでくれるかしら。ええ、きっと喜んでくれるわ。」
雨足が激しくなる外。ユーフェミアは自分に酔ったように笑いながらまた一歩、また一歩と歩を進めていく。

ズルリ、ズルリと重い布を引きずる音が、再び廊下に響いていった。



*****

小さなテレビ画面の前に、黒の騎士団団員は集まっていた。朝からトウキョウ租界では『シュナイゼル・エル・ブリタニア殿下御成婚』との情報が、テレビ番組や新聞・雑誌・インターネットで行き交っており賑やかなお祝いムードで占められている。


ユーフェミア第四皇女に代わってエリア11に来た新しい総督は、中々のキレ者で、ルルーシュの力によって光が入るようになったゲットーに新設の病院や、道路や建物の補正・復興に現在力を入れている。彼の功績によって、“反ブリタニア思想”が薄まり、ほとんどの日本人が、皇帝タイプがブリタニア人の全てではないことを知った。
新総督、ジェイル・ディ・ブリタニア第六皇子は、初めての演説会のときに“ナンバーズとブリタニア人を差別しない・エリアも大切なブリタニア領地であること・エリアの衰退はそれ即ちブリタニアの衰退である”と述べ、ナンバーズは名誉・非名誉に関わらずブリタニア国民であると説いた。これには賛否両論が挙げられたが第六皇子は一蹴し、力なき執政者には相応の地位を。力ある者には優遇して昇進をさせた。・・・かくしてエリア11の上層部に巣食っていた汚職の連鎖は打ち破られ、ジェイル・ディ・ブリタニア第六皇子は確固たる総督の地位を築き上げた。

そしてこの世間に名高い第二皇子殿下の慶事である。

現在の総督をエリア11に、と派遣命令を出した皇子の結婚。しかも相手はこのエリア11で失踪していた皇族の一人。全くメディアに顔を出さなかった皇女との結婚に、ブリタニア人はもちろん、日本人も沸きあがった。


「んなぁ、いつ式典が始まんだ?」
椅子にどっかりと座ってポテチを貪る玉城に、扇は呆れた顔をしてため息をついた。
「11時からだそうだ。」
あと5分じゃねーか、という環の言葉を無視して、扇は玉城の隣にあった椅子に腰掛け、テレビ画面を見つめた。中継は式典会場のものらしく生放送で記者が興奮気味にわめいている。
今まで沈黙していた藤堂が何日も前の新聞記事を開いて扇の後ろに投げた。
「・・・藤堂さん?」
バサ、と紙が落ちる気配を感じた扇が藤堂を振り返る。相も変わらず畳の上で正座している藤堂を見、藤堂の視線の先にある新聞記事を、扇は目で追った。
「これは・・・?」
椅子から立ち上がって新聞を取り上げてその内容を見た扇は目を見開いた。
「藤堂さん!これはっ!」
声を荒げた扇に、藤堂は頷く。新聞記事にはユーフェミアの笑った写真が載せられており、横には“騎士に捨てられた皇女”と銘打たれていた。
「二週間前のものだ。」
第四皇女の騎士は、異例にもナンバーズから選ばれた。枢木スザクという少年である。エリア11出身の彼は、しかし名誉ブリタニア人であることを選び祖国と敵対する道を選んだ。彼は自分と志を同じくする第四皇女・ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士となって内部からブリタニアを変えるのだと主張した。であるのに、どういうことだ。
「枢木スザクが皇帝直属の騎士だって?」
「加えて今日の記事だ。」
藤堂は胸ポケットから本日の新聞の切り抜きを扇に渡した。扇は「信じられない」という顔つきでそれを受け取る。
「・・・本日のシュナイゼル第二皇子殿下の結婚披露宴式典には神聖ブリタニア帝国皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニア陛下、並びに陛下直属の騎士であるナイト・オブ・ラウンズも出席予定。なおラウンズナイツには陛下が直々に式典会場の護衛を命令する等、大変な式典であることが伺える。・・・じゃあ!」
「姫が危ないかもしれない。私は事が起きたときのためにすぐにでも彼女が帰ってきてもいいように、今から京都の桐原公と神楽耶殿のところに行くつもりだ。何も起こらなければいいが、先月の第四皇女の件もある。アッシュフォードと連絡は既に取っている。向こうでの護衛にはロイド氏とカレンがついてはいるが、何が起こるかわからないから警備の人員を増やすように言っておいた。ルーベン氏は昨日のうちに人員を増やしてくれたようだ。」
「藤堂さん・・・」
「他の団員には言っていない、だが幹部には知ってもらいたかった。私たちは、姫が無事に帰ってこられるようにここで祈ろう。・・・それしかできない。」
扇は眉を顰めたあと、拳をぎゅっと握り締めた。

・・・どうか無事で、ゼロ。

「式典が始まった。」
低い声の玉城のその言葉に、扇は慌ててテレビの前に駆け寄った。
「では扇。」
振り返った扇に藤堂は「後の事は頼んだ」と頷いた。
「ええ、頼みました藤堂さん。」
足早に部屋を出て行く藤堂と入れ替わるようにして他の団員が集まり始める。

「本当に美人なんすか?井上さん。」
団員の声に、井上はにやっと笑った。
「本当!傾城よ傾城!でももう人妻になるけど!」


*****



会場の一歩手前、レッドカーペットがまっすぐ伸びる扉の前で、シュナイゼルは緊張した面持ちで横に立つルルーシュを見、目を細めた。
結い上げられた艶やかな髪。緩やかなドレープはシンプルで華美ではないのに、ルルーシュが着ると華やかに見える。まさに清廉潔白の百合、といったところだ。
「・・・殿下?」
肩にかかった薄い繊細なレースがしゃらりと音を立てる。
「何かおかしなところでもおありですか?」
自分を見回って首をかしげるルルーシュに、シュナイゼルは「そうじゃないよ」と笑った。
「あんまり綺麗だから、本当に人なのかを疑っていたんだ。」
「残念ながら私は人間でしてよ?」
「残念などではないよ。伝説上の天の乙女は夫を置いて去っていくようだからね。そうならなくて安心した。・・・まだ、実感がわかないんだ。」
「ふふっ。困った方。」
目じりを赤く染めて笑うルルーシュにシュナイゼルも笑うと、「お時間です」と従者がシュナイゼルに声を掛けた。
「じゃあルルーシュ。陛下の前で。」
「はい殿下。」
シュナイゼルが先に皇帝の前に行き口上を述べ、その後からルルーシュが皇帝の前に参じ、二人で結婚を神と皇帝に誓う、ということになっている。子どもまでいるのに今更ヴァージンロードは無いだろう、と言ったのだが、過去にも前例が何件かある為に避けて通れなかった。扉の前から退いて、堂々と赤い絨毯の上を歩くシュナイゼルを見送ると、ルルーシュは途端に不安になる。
「転びはしないだろうな?」
転んだらただではすまない。何せこの体は一人の体ではないからだ。
有難いことにドレスは当初のものよりも軽くできている。大丈夫だ、と自分に言い聞かせたところで先ほどシュナイゼルに声を掛けた従者の一人が「お時間です」とルルーシュの肩を叩いた。

ギィ、と重い音を立てて両サイドで扉が開けられる。ざわざわしていた会場は一瞬にして静まり返った。赤い絨毯の先に鎮座するのは皇帝 シャルル・ジ・ブリタニアその人である。
ルルーシュは紫電の瞳を緩やかに伏せ、そして遥かな壇上を見据えた。
一歩進むごとにドレスの裾が音も無く擦れる。頭上のティアラがシャランと音を立てたが気にしない。微笑を湛え、視線はただまっすぐに。
ルルーシュが一歩進むたびに感嘆の溜め息が周囲から漏れる。白き麗人を前にしてほとんどの男は目を見開いた。


静かに広まっていくざわめきを遠くで聞きながらスザクは溜息を漏らす。
「遠いな・・・ルルーシュ。花嫁衣裳は僕の為に着て欲しかったよ。」
スザクはルルーシュを肉眼で見ることの出来ないくらい遠い位置に立っている。彼は式典会場の外、それも式典に来た貴族の車の誘導を言付かっている。見ることは愚か、近づくことさえ許されていない。溜め息を吐いてスザクは会場を睨み付けた。
「シュナイゼル・エル・ブリタニア・・・」
いつかはその座を奪ってやる。


シュナイゼルの隣まで行き着いたルルーシュは皇帝の前で跪いた。跪いた二人を見下ろして皇帝は口を開いた。

「人は皆、平等ではない。競争せずして得た人生など空言である。人は競争してのみ、その価値が芽生え、競争してこそ人たりえる。・・・シュナイゼル・エル・ブリタニア。」
「はっ。」
シュナイゼルはクッと顔だけ皇帝に向けた。
「そこに選んだ者は、貴様を間違いなく帝位に押しやる者であるか?」
会場にどよめきが広がる。シュナイゼルはそのどよめきを意に介さず、口角だけ上げて笑って見せた。
「もちろんです、陛下。」
その言葉に更にどよめきが広がったが、皇帝は手を翳すことで静めた。
「アッハハハハハハハ!そうか。皇后たりえる者であるか!ならば!」
皇帝は玉座から立ち上がって大きく笑った。
「貴様が帝位を簒奪する日を楽しみに待っていよう!我が数多なる皇子皇女よ!他と争え!ただ強さだけを求めよ!」
ルルーシュが拳を握るのを、シュナイゼルは見やり、そっとその手を自分の手で覆った。
「終わりは必ず来る。ルルーシュ。」
小声で囁かれて、ルルーシュははにかんで笑った。屹立を許され、跪いた状態から立ち上がると台と紙が用意された。
金箔が押されている被羊紙は、ブリタニア皇室の結婚宣誓書である。直ぐに羽ペンが手渡され、シュナイゼルが先に名前を書き、ルルーシュにペンを渡したところで会場入り口・・・先ほどルルーシュが居たところが騒がしくなり、ルルーシュは振り返った。それと同時に会場の扉がバターンッと大きな音を立てて開かれた。
 出席者が多くそちらを見る。ルルーシュは入り口付近を見て目を大きく見開いた。そこには白いドレスを着た女が立っていた。先ほどの従者は倒れ、血にまみれている。
ズルリ、ズルリ、と一歩ずつ近づく白いドレスを着た不気味な女は歩を進めていく。そのドレスの色を遠巻きに見ながら誰もが眉を顰めた。その色は今日に限ってタブーだったからだ。
にこにこと笑いながら歩を進める女は、シュナイゼルを目にとめると花がほころぶように微笑んだ。
「お兄様ったら。せっかちさん。私が来るのが待てなかったのですか?」
その声を聞いたコーネリアが目を最大限に開いて声を放った。

「ユフィ!」



ユーフェミア皇女殿下?とざわめきが広がる。彼女の桃色の髪の毛は黒く染め上げられパサパサで、白いドレスには所々血痕がついている。豪勢なドレスは確かに美しいが、それよりも美しいものを会場の参列者たちはもう既に見ていた。というよりも、その色は今日禁色だ。花嫁にしか許されていない。
「遅れてすみません、陛下。今日もご機嫌麗しく存じます。」
にこやかに笑うユフィに皇帝はただ黙して上から睨み付けた。
「どれにサインすれば?ペンはどこです。」
あたりを見回したユーフェミアに、シュナイゼルは口を開いた。
「そのドレスの色は今日禁色だと知っているかな・・・?」
ユーフェミアは首をかしげると、朗らかに笑った。
「禁色ではありませんわ。・・・だって、私とお兄様の結婚披露宴式典ですもの。」
「違う、と言ったら?」
「違いませんわ。ねぇ、お兄様。私、お兄様に好きになってもらえないと言うことを自分なりに考えてみたのです。それで解ったの。
・・・お兄様はルルーシュが居なくなって寂しかったのでしょう?」
「ユーフェミ」
「えぇ解っています、お可哀想なお兄様。みなまで口に出さずとも、ユフィにはお見通しです。だから黒い髪の女にはつい甘くしてしまうのですよね。だから間違いを起こしてしまった。でも、それも今日で終わりですわ。これからはユフィがルルーシュとしてお傍にいます。政務のことはお兄様について勉強いたします。でも困難な行政特区が上手くいっていますから、そう勉強することも無いと思うのですけれども。だから今日はユフィとお兄様の結婚式ですわ。」

会場が一気に静まり返った。

「でも、先ほどの扉の番人さんはおかしなことを言っていたの。“こちらからのご入場は新郎新婦のみとなっています”って。でも私以外の新婦なんて存在しないでしょう?ええ、存在してはいけないのよ。だってお兄様と結婚するのはこの私なんですもの。私でなければいけないの・・・なら。」
ユーフェミアは暗い微笑みをルルーシュに向けた。
「禁色を纏ってお兄様の隣に立つ、あなたはいったい何者なの?」



ロイドとカレンは会場端から全速力でルルーシュに近づこうとしていた。
「なんなのよ、なんなのよあの女!」
「もうイッちゃってるね彼女。カレン、人ごみが邪魔で前に進めない!余計に時間を食うことになる!」
「じゃあどうしろって!?」
「回って、殿下たちの登場ゲートから!そのほうが近い!」
「わかった!」
二人は大きく方向転換して再び走り出した。回って、従者が運ばれていくのを見やり、彼が倒れこんでいた扉の前に二人がたどり着こうとしたとき、大きな叫び声が二人の耳に入った。ロイドとカレンは青ざめて床を蹴った。



「違う!違うわ!お兄様の花嫁は私!あんたじゃないのよ!下がりなさい!」
ユーフェミアは喚いてルルーシュに詰め寄った。
「いくらルルーシュに似ていても、所詮は下賤の身の上なんでしょう?エリアでお育ちになったって・・・そんな素性の判らない者がお兄様の伴侶になれるはずがありませんわ!私は第三皇女なのよ!私がお兄様と結婚するの!」
ユーフェミアはルルーシュの体をまじまじと見た。
「下賤なだけに、貧相な体つき。あら?・・・あなた、お腹だけ不自然に膨れているわね。ダイエットを怠ったの?・・・・・ま、まさか!」
ユーフェミアは目をカッと開くとルルーシュを突き飛ばした。ルルーシュは咄嗟に自らの胎を庇う。ドン、と鈍い音が響く。
「ルルーシュ!」
シュナイゼルが叫び、赤い絨毯の上でルルーシュはユーフェミアを睨み付けた。
「私はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア以外の誰でもない!」
「そうやってお兄様を陥落したのね!だってルルーシュであるはずが無いんだもの!彼女はエリア11で死んだのよ!」
「ユフィ!私は」
「煩い煩い煩い!例えお前が本物でも、もう必要ないの!だって今日から私がルルーシュなんですもの!私以外みんな偽者。っだから、偽者は要らない!必要ないわ!」


ユーフェミアは先ほど従者を血まみれにした凶器・・・銃を持ち出してルルーシュに照準を合わせた。支配するのは暗い感情だ。私の欲しいものをこの女は持っているという焦り、そして自分こそが、というプライド。
 この卑しい女には相応の罰を与えなければ。自分からシュナイゼルを盗ろうとしたことについての。でも今ここで殺してしまうのは面白くない。ならば
ユーフェミアは照準をルルーシュからはずすと、その胎に照準を合わせた。いつ発砲するのかわからないのでシュナイゼルとコーネリアは近づけない。ユーフェミアは銃のセーフティをはずしている。
ルルーシュは照準が自分の胎に合わせられたことに絶望を覚えた。撃ち抜かれたなら、幼い命は確実に助からない。ユーフェミアは口角を上げて笑うと、必死に胎を庇うルルーシュに向けて言った。


「ごめんあそばせ。でもあなたが悪いのよ?」


トリガーに手を掛けたユーフェミアに、そんなことは構っていられないとシュナイゼルとコーネリアが飛び掛る。駆けつけたロイドとカレンがユーフェミアを取り押さえようとしたが、彼女はトリガーを引いた。バァン!と銃声が会場内に響き渡り、銃弾は逃れようとしたルルーシュを捉え彼女の左腹の下を打ち抜いた。

「「ルルーシュ!」」

シュナイゼルとコーネリアが叫んだ。
焼けるような痛みに、ルルーシュが蹲る。顔面蒼白になったロイドがルルーシュに駆け寄り、抱き上げた。ラウンズの一人が担架を持ってくるよう、支持する。
「殿下!直ぐに担架が来ます!しっかり!」
「痛い・・・痛っ!ロイ・・ド。子どもが、子どもが・・・」
「落ち着いてください。きっと助かります!」
白いドレスが瞬く間に鮮血に染まっていく。カレンは唇をグッとかみ締めると、自分が今取り押さえている皇女の手から銃を奪い取り、そしてユーフェミアの左腹に押し付けた。
「・・・っこの!」
トリガーを引こうとしたカレンを、ルルーシュが一喝した。
「カレン、駄目だ!」
ルルーシュはロイドの腕でカレンに叫んだ。
「ですがっ!」
「お願いだ・・痛っ・・・」
「殿下!殿下!」
ロイドが揺さぶるも、ルルーシュの意識は途切れた。慌てるロイドの目の前にガラガラと担架が運ばれて来た。その上にルルーシュが乗せられる。運ばれていくルルーシュを、会場にいる全員が見送った。
赤く染まった騎士服をそのままに、ロイドはすぐさまシュナイゼルを振り返る。
「シュナイゼル殿下。」
「許す。・・・カレンも行け!」
カレンは床をダンっと殴ると、ロイドの後に続いて会場を後にした。シュナイゼルはユーフェミアに近寄った。ユーフェミアは極上の笑みを浮かべる。
「お兄様・・・」
「ユーフェミア・リ・ブリタニア。一月の詮議のあと、刑を執行する。君の顔はもう金輪際見たくない。つれてゆけ。」
ユーフェミアの笑顔が凍りつく。「待ってください!」と言うも、シュナイゼルは振り向かない。腕を兵に持ち上げられ、きつく縛り上げられる。
「なんなのですか!?あなたたち!私を誰だと思っているのです!私は」
「ユーフェミア。」
名を呼ばれ振り向くとそこにはドレスを着たコーネリアが立っていた。
「お姉様からも言ってやってください。この者たちは」
パン!と大きな音を立ててコーネリアがユーフェミアを殴る。赤く腫れ上がった頬をさすりながらユーフェミアは絶望に目を開いた。
「お、お姉様・・・?」
「兵士。」
コーネリアは近くにいた、ユーフェミアの腕を持ち上げていた兵士に言った。
「ハッ!」
「・・・この者を、東の監獄に輸送しろ。言われた言葉は全て無視していい。」
「ハッ!」
引きずられるユーフェミアに、コーネリアは涙を浮かべた瞳できつく言い放った。


「お前は、ユーフェミア・リ・ブリタニア以外の何者にもなれはしない。」


会場から連れ出されるユーフェミアが大きく喚き声を上げたが、コーネリアは徹底して無視を決め込んだ。



混濁した意識の中で、ルルーシュは幼い声を聞いた。次第に遠くなるその声に、ルルーシュは懸命に指を伸ばす。

「だめ・・・いや・・・いかないで・・・」

運ばれる担架の上で頼りなく伸ばされた手を、ロイドは硬く握った。そうだ、必ず助からなければいけない。
彼女から奪われるものがあってはならない!

ガラガラガラと進む担架は、手術室へと入っていった。ランプが点灯するのを見て、ロイドは静かに息を吐いた。カレンは暗い表情で拳を握り締めた。
「カレン、日本に連絡を。直ぐそっちに行くって。」
「ロイド・・・?」
「手術が終わったら日本に。ここよりも日本の方が安全だ。多分シュナイゼル殿下もそう仰るだろう。・・・病院にいる限り、奥様は暗殺されかねない。」
ユーフェミア皇女の一派に。
そう続けられた言葉に、カレンは目を見開くと、ゆっくりと頷いた。
「わかった。」


雨の音が無機質な廊下に響く。シュナイゼルは空に光る雷を見て口角を上げた。


私を怒らせたこと、骨の髄まで後悔させてあげよう。ユーフェミア。


君には死よりも辛い刑罰を。


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