アネモネ 第二章
『皇帝』
欲しかったものは唯ひとつだった。
父王の騎士。
至高の紫よりも澄んだ気高き鮮烈な蒼。
風を切って歩くかかとは小さく、しかし力強く。柔らかく艶やかなウェーブの黒髪は、彼女を見る全ての男の憧れだった。
“愛”と言うよりは崇拝に近かった。
「何をお考えですか。」
自分のことなど、当にわかっている男が尋ねる。この男は外見こそ似ていないものの、中身は自分に瓜二つだ、と皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは思った。
ゆるやかな動作で振り向く。刺さった視線と殺気は意図的であることを知っている。愚かな―――・・・全てを手に入れようとしている男。いや、実際に帝位以外のものは全て手中に収めてしまっている。
「私が何を考えようが、貴様には関係なかろう。・・・ルルーシュはどうした。」
「今は私の宮にいます。」
シャルルは右の口角をゆっくりと上げ、見上げる男シュナイゼル・エル・ブリタニアを見た。
「・・・奪われることが怖いか?」
シュナイゼルは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「奪われることは怖くはありません。奪われれば取り返しに行けばいいだけのこと。
失うことが怖いのですよ・・・そう、貴方のように永遠に。」
「・・・失うのは世の常だ。
奪われ、奪った。それが力ある者のすることだ。失うまで奪ったものをどうするかなど、私の勝手だ。結果がどう出るかなど、知ったことではない。何人死のうが構わぬ。貴様もそうだろう?
他者から奪われ、奪い去った。何もかもやったことは私と同じ。」
「意味的には違います。」
「・・・喰えぬ男よ。だが、それでいい。力無き王など単なる人形に過ぎぬ。その点お前は私に良く似ている。期は熟した。私の願いは叶いつつある。」
シュナイゼルは王座に座る皇帝を睨む。
「貴方が一体何を考え、願っているのかはわかりませんが、我が妻に何か仕掛けましたら直ぐにでも帝位を奪ってやりますよ。」
シャルルは静かに嘲笑した後、イスから立ち上がった。
「お前では無理だ。シュナイゼル・エル・ブリタニア。お前ではな・・・」
シュナイゼルは黒く笑ったあと、父王に跪いた。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく・・・失礼。」
サッと立ち上がり、踵を返す息子を、シャルルは咳払いで引きとめた。
「式典までにアレと話がしたい。都合をつけておけ。」
シュナイゼルは振り返った状態で一笑する。
「――――・・・ご冗談を。」
シャルルはそのまま出て行く男を見、バタンと扉が閉まったところで大きく息を吐いた。
「やはり私に似ている―――なぁ、マリアンヌ。」
誰もいない王の部屋。溜め息だけが大きく響く。
帝位を手に入れた頃は、『王』がこんなに孤独だとは思わなかった。――――彼女が、いつも傍にいるのだと。
だが所詮、彼女にとって、自分は駒の一つに過ぎなかった。
「これで満足か、マリアンヌ。」
あの男は間違いなく自分から帝位を簒奪するつもりだ。・・・自分がそうしたように。
シャルル・ジ・ブリタニアはイスに腰掛けると、肩の力を大きく抜いた。
彼女に出会ったのは本当に偶然だった。父王に呼ばれ、その宮に行ったときのことだ。
顔を上げることを許され、上げて見たのは豊かな黒髪だった。
あの時の高揚感は今でも忘れることが出来ない。自分の体に衝撃が走ったのだ。
薄い肩、しかし凛と立つ姿は、今まで色褪せていた日々に鮮やかな色を持たせた。
―――マリアンヌという女はそういう女だった。
父王の騎士に、庶民出の若い女が加わったことは知っていたが、こんな女だとは知らなかった。
低い身長、しかしスッと伸ばされた背。何者にも折れぬ気高い瞳、醸し出す高い矜持は自分だけでなく、見る者全てを魅了した。
――――なんと誇り高く、美しい女。
他の女と結婚をしていた私だが、彼女と出会ってからは全ての女と彼女を比較し、またその女達の中から彼女に似ているところを探した。
まるで中毒者のように、四六時中
彼女のことを考えた。どう動けば手に入るのか。彼女に好かれたい。
思い、行動するが、しかし彼女は私を拒んだ。
『このようなことはもうなさらないでください。お手紙もプレゼントも私には不要です。私は陛下の騎士ですから、貴方の妻になることは不可能です。お引取りください。』
『だがマリアンヌ。私はそ』
『シャルル殿下。私は一生涯誰かに嫁ぐ気はございません。―――失礼。』
マリアンヌという女は鮮烈な女だった。だが、それと同時に苛烈な女でもあった。
“閃光”そのものであった。
常に圧倒的高みに存在し、私を際限なく苛む。・・・まるで女神そのもの。
私はただ、彼女に愛されることを望んだ。
父王が倒れ、政権争いに拍車がかかる。別に帝位には興味が無かったが、ある時第三皇子が言った言葉を境に政権争いに加わった。
他の兄弟達との争いは熾烈を極め、物理的に殺されそうになったとき、その存在に出会った。
『死にたくない?でもお前死にそうだよ?』
膝を折ってつまらなそうな顔で聞く金髪の子どもは後にV.V.と名乗る。
『僕を楽しませてくれたら、助けてあげる。そうしたら君は帝位だ。―――どうする?』
浮かぶマリアンヌの横顔。第三皇子の発言“庶民出の女でも高級娼婦にくらいには出来るだろう”賛同した他の兄弟達。
守りたいと、思った。全ての思惑、陰謀から。彼女は関係ないのだと。
気高い女―――我がブリタニアの女神。
愚かな男に汚されるわけにはいかぬ、“私の閃光”
―――ならば、答えは一つだった。
『良かろう。結んでやる、その契約!』
“孤独”の真の意味など知りはしなかった。時空の挟間で気が狂うかと思った。だが、彼女を思うと強くあれた。
―――与えられたギアスという力。絶対尊守の、王の力。
あれだけ熾烈を極めた争いは、唯一言で終結する。
父王は自分を皇太子と認めた後逝った。
初めて玉座に時のことは今でも覚えている。傅く騎士たち、膝を折る妻達・・・そして、毅然と横に立つ私の女神。
何もかもが前日と違って見えた。彼女を守ることが出来たことを、居もしない神に深く感謝した。
王として立って一年目の夜に、マリアンヌは私に謁見を申し出た。
月が美しい晩だった。
彼女は静まり返ったホールの中央で跪き、私を見据えた。
『即位一年、おめでとうございます、陛下。』
鈴のような声。微笑み、立ち上がる。黒々とした髪が、彼女の動作に従ってゆるやかに動く。
『そなたから謁見を申し込んでくるとは珍しい。・・・何があった?』
彼女は一瞬示唆した後、口を開いた。
『・・・お暇を、貰いに参りました。』
『暇?』
『宮殿を辞したいと考えております。』
聞いた言葉を理解できずに、私の目の前は真っ白になった。
何故!一体どうして。訳がわからぬうちにも、彼女は騎士を辞したいと述べる。
『何故だ、マリアンヌ。我がブリタニアの戦姫。―――何故。」
『私は戦姫というたいそうなものではございません。―――只の、女です。』
『なれど、そなたは誰のものにもならぬのだろう?』
皮肉で言った言葉だった。自分は彼女を諦め切れない。だが、彼女は苦笑した後、思いもよらない言葉を口にした。
『・・・そのつもりでした。』
一瞬の静寂。自分の鼓動の音が耳から聞こえる。―――嫌な予感がした。
『どういうことだ。』
手に汗を握って問う。どうか何も言わないでくれ、と切に願った。
『―――想う、相手が出来たのです。』
笑った彼女の顔は、恋をする女の顔だった。
私はカッと目を見開く。マリアンヌは気付いて下を向いた。
『・・・相手は誰だ。』
私の声が怖かったのか、彼女は私を見上げた。
『相手を殺さない、とお約束下さい。』
『・・・約束しよう。』
私は玉座で足を組んだ。汗が額から滑り落ちる。悪い夢を見ているようだった。
『・・・ジャン、ジャン・アッシュフォード様です。』
聞いたことがあった。アッシュフォード公爵家のルーベンの次男。マリアンヌの本機ナイトメアフレーム“ガニメデ”の開発者。私は怒りに染まった瞳で彼女に言った。
『―――許さぬ。』
『陛下!』
悲痛な顔で訴えるマリアンヌに胸が少し痛んだが、それよりも憎しみが表立った。
『まがりなりにもそなたは騎士だ。ナイト・オブ・ラウンズの一人でもある。宮殿を辞すことは許さん。私は例外を作る気はない。』
『ですが私は亡き先王陛下の騎士。引継ぎをと思って一年おりましたが、本来なら先王陛下が亡くなられた時にいなくならなければならない存在!もう私は新たなラウンズナイツには不要な存在なのです。私を除く先王の騎士達は既に暇を許された者が多数。
・・・お願いです陛下私を』
『ならぬ!それだけは許さぬ!』
『何故ですか!?』
『何故!?そなたがそれを聞くかっ!』
私は立ち上がり、壇上から素早く下りて彼女に詰め寄った。
『私はそなたが欲しい、と。愛しいのだと言わなかったか!?願わくば妻に、と!そなたには通じなかったと!?』
彼女の細い首を掴んで上を向かせる。彼女は目を大きく開いて首を振った。
『身分が・・・違いすぎます。私は多くを望んでいるわけではない。陛下、一時の恋情で国を傾けるおつもりですか?貴方には素晴らしい奥方と、優秀なご子息がいらっしゃるではありませんか。どうか私のことは野の花と・・・下賤のものよとお捨て置き下さい!』
父王の葬儀でも一滴の涙も零さなかった彼女が瞳に沢山涙を浮かべて懇願した。
それでも私は彼女の願いを聞き届けることは出来なかった。
私は必死に私の腕から逃れようとする彼女の腕を引っつかんで後宮へと引き摺った。
彼女は嫌がって何度も抵抗しようとしたが、構わず後宮の一室に押し込み、外から鍵をかけた。
『忘れることなどできぬ。そうさせたのはそなた自身なのだぞ。』
『開けて下さい陛下!私はこのようなことを望んではいない!』
『そこで頭を冷やすといい。』
『陛下!』
ドンドンドン、と木製のドアからけたたましい音が鳴ったが、私は無視して近くにいた者に『アッシュフォードの次男を呼べ』と命じた。
窓から見える月が、星々が憎くて仕方が無かった。
*****
ジャン・アッシュフォードという男は“実直”を絵に描いたような人物だった。
煌めく金色の髪の毛を短く切り、後ろに撫で付けていて、がっしりとした体格は長身だということもあって研究者と言うよりは軍人に近かった。
『陛下に置かれましてはご機嫌麗しく、また』
口上を述べる男の声が低く、酷くイラつく。
『口上はよい。単刀直入に聞くが、お前はマリアンヌについてどう思うか。』
男は片眉だけ器用に上げると私の目を見返した。
『お聞きになる陛下の意図は解りませんが、・・・マリアンヌについては愛おしく思っております。』
えらく、淡白な受け答えに私は笑った。では、マリアンヌの片思いかと。だがそれは続いた男の言葉で違うことが知れた。
『―――私の女神、です。』
冷静に答えた男。自分の女神だと言った。
『私が彼女を皇妃に、と望んでいることは知っているか。』
ジャン・アッシュフォードは、翠色の目を細めると、ゆるやかに首を縦に振った。
『存じております。』
直感がささやいた。この男は本気であると。・・・私と同じように、本気でマリアンヌを思っているのだと。
マリアンヌがジャンに恋心を持っている時点で、立場的には私の方が遥かに弱かった。
そしてこの男はちょっとやそっとでは意見を覆さないこともこの状況下で冷静に受け答えをしていることから考えてわかっている。
そして何より本気だ。・・・私と同じように、一人の男として。
この男は引き下がらないと悟った。
殺すことは出来ない。マリアンヌとの約束を破ることは出来ない。
どうするかを考えて、手立てを思いついた。―――ギアス。絶対尊守の、王の力。
目の前にいるのは厄介な相手。
使わない手は無かった。
『シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。ジャン・アッシュフォード、お前は』
“マリアンヌに関する記憶を全て消去せよ!”
私はマリアンヌから多くのモノを奪った。
恋を、足を、自由を、何もかもを。
私は自らの過ちに蓋をし、身勝手な行動を取り続け、そして手に入れたのは望みもしない孤独と空虚だった。
アリエス宮に訪れる私を、彼女は笑って迎えてくれたが、その真意は未だにわからない。
ただ、彼女は産んだ子どもを大変に慈しんだ。そのことだけが救いだ。
ダンダンダン、と戸を三回叩く音がして、シャルルは我にかえった。
「入れ。」
謁見の許可を出し、大きく息を吐くと、前を見据える。見えたのは白と金の騎士服。―――彼女のものとは正反対の。
「―――ユーフェミアの騎士が私に何の用だ。」
嘲笑して、見下す。この男の考えていることなど、手に取るように解る。シュナイゼルの宮を攻撃したときから。
矛盾に満ちた男・・・枢木スザクは、赤い絨毯が伸びるホールの中央に立ち、そのまま跪いた。
「ルルーシュに、そんなに会いたいか。」
ホールに静寂が落ちた。
*****
枢木スザクは見下される視線をそのままに立ち上がった。皇帝からかけられる威圧は肩に重くのしかかる。息もできないような緊張で背が強張るが、気の遠くなるような沈黙の後、口を開く。
「陛下におかれましては」
スザクが言おうとした言葉を遮って皇帝は言った。
「・・・私は強き者は好きだが、強き者に媚びる輩は・・・弱き者は世界から消えればよいと思っている。そのことをお前は知っているな、ユーフェミアの騎士。」
スザクは床を睨み付けると、ぐっと拳を握る。頭の中を皇帝の言葉が浮かんでは消えた。
「今更だ枢木スザク。お前にで来ることなど何もない。あの男の宮を考えも無く襲ったのが裏目に出たな。
話に応じてくれると思ったのだろうが、あの男は元来、優しくできてはいない。ルルーシュよりも私に“近い”存在だ。お前はあの男の逆鱗に触れてしまった。
今本気になったあの男を止められるものは、ルルーシュくらいだろう。ユーフェミアの騎士。宮が灰にならず良かったな。」
“あの男”という言葉で浮かんだシュナイゼルの冷たい目を振り払って、スザクは顔を上げる。
「奏上することを、お許しください。」
スザクの間に宿った野心に、シャルルはしばし考えたあと、首を縦に振った。
「私を、陛下の騎士に入れてください。」
その言葉を聞いたシャルルは目を大きく開き笑った。なんとおろかなこと!
「アッハハハハハハハハハ!」
突然笑い出した皇帝に、スザクは驚く。
「愚かな男よ!私の騎士になったとて、ルルーシュには会えぬぞ!私すらあの男は退けようとしているのだからな!」
「ですが今よりはっ!」
「何ゆえユーフェミアを捨てる。数多の衆人環視の中、お前はユーフェミアの騎士となったのではないのか?何故あの時誓った!何故ルルーシュが差し出した手を取らなかった!――――お前には矛盾が多すぎる!」
言われた“矛盾”の単語にスザクは眉を寄せる。
―――まただ。自分の何が矛盾しているというのだろう。それから・・
「自分としては意味が解らないのですが、ルルーシュ・・・妃殿下が手を差し伸ばしたのを取らなかったというのはどういうことなんでしょう。」
皇帝はにやりと口角を上げ、玉座で足を組んだ。至極楽しそうな皇帝は顎に手を当ててスザクを見下ろす。
「そのままの意味だ。あの娘はお前を望んだ。遠くから見ていたシュナイゼルがそう気づいたのだ。よほどの馬鹿でなければ気づく。
ルルーシュこそ―――ゼロである!」
スザクは衝撃に目を剥いた。
何だって?!彼女が・・・彼女がゼロ?!そんな馬鹿な!だってゼロは自分がこの手で!
「哀れなあの娘は、我がブリタニアから恋しい男の故郷を取り戻そうとしたが、その男はあっさり故郷と自分を捨てて手を振り払い、他の女・・・ユーフェミアの手を取った。
あの娘はそのお前を見て、心に果てしない傷を負ったのだよ。そこにシュナイゼルは手を差し伸べた。あの男はよくやりよる。
今、数多の我が娘たちの中で、ルルーシュほど皇后の地位に相応しい者はおらぬだろう。―――既に帝位は確定したも同然。秋の終わりに第一子が生まれる予定だ。」
「こ・・・ども?」
スザクはショックだという顔つきをして床に膝をついた。ロイドの言っていたことは本当だったのか。
「これでルルーシュの地位は確立する。シュナイゼルの立ち居地もな。会うことは、夫の許可無くば父たる私をも退けられる。
言葉を交わすことなど、例えナイト・オブ・ラウンズでもできはせぬ。――――さあどうする?」
スザクはショックから抜け出せない。ゼロが、ルルーシュだったこと、シュナイゼルとルルーシュとの結婚、そしてルルーシュの妊娠。―――もう二度と会えないかもしれない事実。
耳から入ってくる情報が自分を揺さぶる。・・・自分はルルーシュの為に父親を殺したのに!
思考がままならない。なんという酷い裏切り。彼女と結ばれるのは自分でなくてはいけなかったのに!
全身に怒りが駆け巡り、そして鮮明にルルーシュのことを思い出す。・・・苛烈な人。でも誰よりも鮮やかでまるで風のような。
皮肉った笑みじゃない、微笑んだ顔を見たのはスザクが来てからだと、シャーリーが言っていたがそんな彼女も今や“Elysion”の住人。
このままでは一生彼女に会えなくなる。・・・会って、シュナイゼルから、あの冷酷な第二皇子から取り戻さなくては。兄妹で結ばれるだなんてそんなことあってはならない!きっと優しいルルーシュのこと、あの男に騙されているに違いない。ゼロのことは・・・ちゃんと罪を償ってもらって、それから彼女に“愛してる”を言おう。そうだ、自分は彼女を誰よりも愛しているのだ。・・・あの男よりも!
スザクは顔を上げると、再び跪いた。
「・・・答えが出たか?」
皇帝は玉座に深く座っていて、跪いたスザクを見下ろしている。
―――・・・この国の、頂点にいる男。
「自分を陛下の騎士にしてください!」
頭を下げ、請う。
頭上から皇帝が笑う声が聞こえ、スザクは顔を上げた。
「よかろう、ただし一つだけ条件がある。」
「・・・何なりと。」
「ルルーシュと、あの娘と言葉を交わしたら、お前はこの皇帝宮を永遠に去ることだ。」
「何故!」
声を上げたスザクに、皇帝はさも当然という顔つきで言った。
「お前はブリタニアの騎士の誇りを最大に汚した。・・・由々しき事態だ。騎士としての誇りを持たぬ騎士など、このナイトオブラウンズには不用。
貴様はかのユーフェミアと共に世界を変えたいというが、その資格は当に無い。
騎士は、その資質を有するものに皇族がその資格を与える。お前は自分からその栄誉を投げたのだ。
―――当然であろう?“ブリタニアの白き死神”さぁ、選べ。」
皇帝は目を細める。スザクは動揺を隠せない表情を数分間続けた後、やはり皇帝に頭を垂れた。
「自分を、ナイト・オブ・ラウンズに入れてください。」
シャルルは口角を上げて笑った。
「よかろう。―――枢木スザク。我が騎士に任ずる。」
スザクは目を伏せて頷いた。
「Yes,YourHighness.」
ユーフェミアの宮に帰ったスザクは、帰った早々コーネリアに引っ叩かれた。乾いた音が鳴って、顔が熱を持つ。
「私の言いたいことが解るか?」
般若のような顔で睨むコーネリアに、スザクはひとつ、頷いた。
「Yes,MyLoard.」
「貴様はユフィの顔に二度と落ちぬ泥を塗ったのだぞ!」
「・・・申し訳ないと思っております。」
パンッと再び音がして、スザクはまた叩かれた。
「貴様は騎士ならざる者だ。素早くこの宮から立ち去れ。そして二度と私たちの前に姿を現すな。言いたいことはそれだけだ。
――――ラウンズナイツ、就任おめでとう。」
吐き捨てて去っていくコーネリアの足音を聞きながら、スザクは赤く腫れた頬をなでた。
もう、取り返しがつかない。
欲しかったものは唯ひとつだった。
父王の騎士。
至高の紫よりも澄んだ気高き鮮烈な蒼。
風を切って歩くかかとは小さく、しかし力強く。柔らかく艶やかなウェーブの黒髪は、彼女を見る全ての男の憧れだった。
“愛”と言うよりは崇拝に近かった。
「何をお考えですか。」
自分のことなど、当にわかっている男が尋ねる。この男は外見こそ似ていないものの、中身は自分に瓜二つだ、と皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは思った。
ゆるやかな動作で振り向く。刺さった視線と殺気は意図的であることを知っている。愚かな―――・・・全てを手に入れようとしている男。いや、実際に帝位以外のものは全て手中に収めてしまっている。
「私が何を考えようが、貴様には関係なかろう。・・・ルルーシュはどうした。」
「今は私の宮にいます。」
シャルルは右の口角をゆっくりと上げ、見上げる男シュナイゼル・エル・ブリタニアを見た。
「・・・奪われることが怖いか?」
シュナイゼルは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「奪われることは怖くはありません。奪われれば取り返しに行けばいいだけのこと。
失うことが怖いのですよ・・・そう、貴方のように永遠に。」
「・・・失うのは世の常だ。
奪われ、奪った。それが力ある者のすることだ。失うまで奪ったものをどうするかなど、私の勝手だ。結果がどう出るかなど、知ったことではない。何人死のうが構わぬ。貴様もそうだろう?
他者から奪われ、奪い去った。何もかもやったことは私と同じ。」
「意味的には違います。」
「・・・喰えぬ男よ。だが、それでいい。力無き王など単なる人形に過ぎぬ。その点お前は私に良く似ている。期は熟した。私の願いは叶いつつある。」
シュナイゼルは王座に座る皇帝を睨む。
「貴方が一体何を考え、願っているのかはわかりませんが、我が妻に何か仕掛けましたら直ぐにでも帝位を奪ってやりますよ。」
シャルルは静かに嘲笑した後、イスから立ち上がった。
「お前では無理だ。シュナイゼル・エル・ブリタニア。お前ではな・・・」
シュナイゼルは黒く笑ったあと、父王に跪いた。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく・・・失礼。」
サッと立ち上がり、踵を返す息子を、シャルルは咳払いで引きとめた。
「式典までにアレと話がしたい。都合をつけておけ。」
シュナイゼルは振り返った状態で一笑する。
「――――・・・ご冗談を。」
シャルルはそのまま出て行く男を見、バタンと扉が閉まったところで大きく息を吐いた。
「やはり私に似ている―――なぁ、マリアンヌ。」
誰もいない王の部屋。溜め息だけが大きく響く。
帝位を手に入れた頃は、『王』がこんなに孤独だとは思わなかった。――――彼女が、いつも傍にいるのだと。
だが所詮、彼女にとって、自分は駒の一つに過ぎなかった。
「これで満足か、マリアンヌ。」
あの男は間違いなく自分から帝位を簒奪するつもりだ。・・・自分がそうしたように。
シャルル・ジ・ブリタニアはイスに腰掛けると、肩の力を大きく抜いた。
彼女に出会ったのは本当に偶然だった。父王に呼ばれ、その宮に行ったときのことだ。
顔を上げることを許され、上げて見たのは豊かな黒髪だった。
あの時の高揚感は今でも忘れることが出来ない。自分の体に衝撃が走ったのだ。
薄い肩、しかし凛と立つ姿は、今まで色褪せていた日々に鮮やかな色を持たせた。
―――マリアンヌという女はそういう女だった。
父王の騎士に、庶民出の若い女が加わったことは知っていたが、こんな女だとは知らなかった。
低い身長、しかしスッと伸ばされた背。何者にも折れぬ気高い瞳、醸し出す高い矜持は自分だけでなく、見る者全てを魅了した。
――――なんと誇り高く、美しい女。
他の女と結婚をしていた私だが、彼女と出会ってからは全ての女と彼女を比較し、またその女達の中から彼女に似ているところを探した。
まるで中毒者のように、四六時中
彼女のことを考えた。どう動けば手に入るのか。彼女に好かれたい。
思い、行動するが、しかし彼女は私を拒んだ。
『このようなことはもうなさらないでください。お手紙もプレゼントも私には不要です。私は陛下の騎士ですから、貴方の妻になることは不可能です。お引取りください。』
『だがマリアンヌ。私はそ』
『シャルル殿下。私は一生涯誰かに嫁ぐ気はございません。―――失礼。』
マリアンヌという女は鮮烈な女だった。だが、それと同時に苛烈な女でもあった。
“閃光”そのものであった。
常に圧倒的高みに存在し、私を際限なく苛む。・・・まるで女神そのもの。
私はただ、彼女に愛されることを望んだ。
父王が倒れ、政権争いに拍車がかかる。別に帝位には興味が無かったが、ある時第三皇子が言った言葉を境に政権争いに加わった。
他の兄弟達との争いは熾烈を極め、物理的に殺されそうになったとき、その存在に出会った。
『死にたくない?でもお前死にそうだよ?』
膝を折ってつまらなそうな顔で聞く金髪の子どもは後にV.V.と名乗る。
『僕を楽しませてくれたら、助けてあげる。そうしたら君は帝位だ。―――どうする?』
浮かぶマリアンヌの横顔。第三皇子の発言“庶民出の女でも高級娼婦にくらいには出来るだろう”賛同した他の兄弟達。
守りたいと、思った。全ての思惑、陰謀から。彼女は関係ないのだと。
気高い女―――我がブリタニアの女神。
愚かな男に汚されるわけにはいかぬ、“私の閃光”
―――ならば、答えは一つだった。
『良かろう。結んでやる、その契約!』
“孤独”の真の意味など知りはしなかった。時空の挟間で気が狂うかと思った。だが、彼女を思うと強くあれた。
―――与えられたギアスという力。絶対尊守の、王の力。
あれだけ熾烈を極めた争いは、唯一言で終結する。
父王は自分を皇太子と認めた後逝った。
初めて玉座に時のことは今でも覚えている。傅く騎士たち、膝を折る妻達・・・そして、毅然と横に立つ私の女神。
何もかもが前日と違って見えた。彼女を守ることが出来たことを、居もしない神に深く感謝した。
王として立って一年目の夜に、マリアンヌは私に謁見を申し出た。
月が美しい晩だった。
彼女は静まり返ったホールの中央で跪き、私を見据えた。
『即位一年、おめでとうございます、陛下。』
鈴のような声。微笑み、立ち上がる。黒々とした髪が、彼女の動作に従ってゆるやかに動く。
『そなたから謁見を申し込んでくるとは珍しい。・・・何があった?』
彼女は一瞬示唆した後、口を開いた。
『・・・お暇を、貰いに参りました。』
『暇?』
『宮殿を辞したいと考えております。』
聞いた言葉を理解できずに、私の目の前は真っ白になった。
何故!一体どうして。訳がわからぬうちにも、彼女は騎士を辞したいと述べる。
『何故だ、マリアンヌ。我がブリタニアの戦姫。―――何故。」
『私は戦姫というたいそうなものではございません。―――只の、女です。』
『なれど、そなたは誰のものにもならぬのだろう?』
皮肉で言った言葉だった。自分は彼女を諦め切れない。だが、彼女は苦笑した後、思いもよらない言葉を口にした。
『・・・そのつもりでした。』
一瞬の静寂。自分の鼓動の音が耳から聞こえる。―――嫌な予感がした。
『どういうことだ。』
手に汗を握って問う。どうか何も言わないでくれ、と切に願った。
『―――想う、相手が出来たのです。』
笑った彼女の顔は、恋をする女の顔だった。
私はカッと目を見開く。マリアンヌは気付いて下を向いた。
『・・・相手は誰だ。』
私の声が怖かったのか、彼女は私を見上げた。
『相手を殺さない、とお約束下さい。』
『・・・約束しよう。』
私は玉座で足を組んだ。汗が額から滑り落ちる。悪い夢を見ているようだった。
『・・・ジャン、ジャン・アッシュフォード様です。』
聞いたことがあった。アッシュフォード公爵家のルーベンの次男。マリアンヌの本機ナイトメアフレーム“ガニメデ”の開発者。私は怒りに染まった瞳で彼女に言った。
『―――許さぬ。』
『陛下!』
悲痛な顔で訴えるマリアンヌに胸が少し痛んだが、それよりも憎しみが表立った。
『まがりなりにもそなたは騎士だ。ナイト・オブ・ラウンズの一人でもある。宮殿を辞すことは許さん。私は例外を作る気はない。』
『ですが私は亡き先王陛下の騎士。引継ぎをと思って一年おりましたが、本来なら先王陛下が亡くなられた時にいなくならなければならない存在!もう私は新たなラウンズナイツには不要な存在なのです。私を除く先王の騎士達は既に暇を許された者が多数。
・・・お願いです陛下私を』
『ならぬ!それだけは許さぬ!』
『何故ですか!?』
『何故!?そなたがそれを聞くかっ!』
私は立ち上がり、壇上から素早く下りて彼女に詰め寄った。
『私はそなたが欲しい、と。愛しいのだと言わなかったか!?願わくば妻に、と!そなたには通じなかったと!?』
彼女の細い首を掴んで上を向かせる。彼女は目を大きく開いて首を振った。
『身分が・・・違いすぎます。私は多くを望んでいるわけではない。陛下、一時の恋情で国を傾けるおつもりですか?貴方には素晴らしい奥方と、優秀なご子息がいらっしゃるではありませんか。どうか私のことは野の花と・・・下賤のものよとお捨て置き下さい!』
父王の葬儀でも一滴の涙も零さなかった彼女が瞳に沢山涙を浮かべて懇願した。
それでも私は彼女の願いを聞き届けることは出来なかった。
私は必死に私の腕から逃れようとする彼女の腕を引っつかんで後宮へと引き摺った。
彼女は嫌がって何度も抵抗しようとしたが、構わず後宮の一室に押し込み、外から鍵をかけた。
『忘れることなどできぬ。そうさせたのはそなた自身なのだぞ。』
『開けて下さい陛下!私はこのようなことを望んではいない!』
『そこで頭を冷やすといい。』
『陛下!』
ドンドンドン、と木製のドアからけたたましい音が鳴ったが、私は無視して近くにいた者に『アッシュフォードの次男を呼べ』と命じた。
窓から見える月が、星々が憎くて仕方が無かった。
*****
ジャン・アッシュフォードという男は“実直”を絵に描いたような人物だった。
煌めく金色の髪の毛を短く切り、後ろに撫で付けていて、がっしりとした体格は長身だということもあって研究者と言うよりは軍人に近かった。
『陛下に置かれましてはご機嫌麗しく、また』
口上を述べる男の声が低く、酷くイラつく。
『口上はよい。単刀直入に聞くが、お前はマリアンヌについてどう思うか。』
男は片眉だけ器用に上げると私の目を見返した。
『お聞きになる陛下の意図は解りませんが、・・・マリアンヌについては愛おしく思っております。』
えらく、淡白な受け答えに私は笑った。では、マリアンヌの片思いかと。だがそれは続いた男の言葉で違うことが知れた。
『―――私の女神、です。』
冷静に答えた男。自分の女神だと言った。
『私が彼女を皇妃に、と望んでいることは知っているか。』
ジャン・アッシュフォードは、翠色の目を細めると、ゆるやかに首を縦に振った。
『存じております。』
直感がささやいた。この男は本気であると。・・・私と同じように、本気でマリアンヌを思っているのだと。
マリアンヌがジャンに恋心を持っている時点で、立場的には私の方が遥かに弱かった。
そしてこの男はちょっとやそっとでは意見を覆さないこともこの状況下で冷静に受け答えをしていることから考えてわかっている。
そして何より本気だ。・・・私と同じように、一人の男として。
この男は引き下がらないと悟った。
殺すことは出来ない。マリアンヌとの約束を破ることは出来ない。
どうするかを考えて、手立てを思いついた。―――ギアス。絶対尊守の、王の力。
目の前にいるのは厄介な相手。
使わない手は無かった。
『シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。ジャン・アッシュフォード、お前は』
“マリアンヌに関する記憶を全て消去せよ!”
私はマリアンヌから多くのモノを奪った。
恋を、足を、自由を、何もかもを。
私は自らの過ちに蓋をし、身勝手な行動を取り続け、そして手に入れたのは望みもしない孤独と空虚だった。
アリエス宮に訪れる私を、彼女は笑って迎えてくれたが、その真意は未だにわからない。
ただ、彼女は産んだ子どもを大変に慈しんだ。そのことだけが救いだ。
ダンダンダン、と戸を三回叩く音がして、シャルルは我にかえった。
「入れ。」
謁見の許可を出し、大きく息を吐くと、前を見据える。見えたのは白と金の騎士服。―――彼女のものとは正反対の。
「―――ユーフェミアの騎士が私に何の用だ。」
嘲笑して、見下す。この男の考えていることなど、手に取るように解る。シュナイゼルの宮を攻撃したときから。
矛盾に満ちた男・・・枢木スザクは、赤い絨毯が伸びるホールの中央に立ち、そのまま跪いた。
「ルルーシュに、そんなに会いたいか。」
ホールに静寂が落ちた。
*****
枢木スザクは見下される視線をそのままに立ち上がった。皇帝からかけられる威圧は肩に重くのしかかる。息もできないような緊張で背が強張るが、気の遠くなるような沈黙の後、口を開く。
「陛下におかれましては」
スザクが言おうとした言葉を遮って皇帝は言った。
「・・・私は強き者は好きだが、強き者に媚びる輩は・・・弱き者は世界から消えればよいと思っている。そのことをお前は知っているな、ユーフェミアの騎士。」
スザクは床を睨み付けると、ぐっと拳を握る。頭の中を皇帝の言葉が浮かんでは消えた。
「今更だ枢木スザク。お前にで来ることなど何もない。あの男の宮を考えも無く襲ったのが裏目に出たな。
話に応じてくれると思ったのだろうが、あの男は元来、優しくできてはいない。ルルーシュよりも私に“近い”存在だ。お前はあの男の逆鱗に触れてしまった。
今本気になったあの男を止められるものは、ルルーシュくらいだろう。ユーフェミアの騎士。宮が灰にならず良かったな。」
“あの男”という言葉で浮かんだシュナイゼルの冷たい目を振り払って、スザクは顔を上げる。
「奏上することを、お許しください。」
スザクの間に宿った野心に、シャルルはしばし考えたあと、首を縦に振った。
「私を、陛下の騎士に入れてください。」
その言葉を聞いたシャルルは目を大きく開き笑った。なんとおろかなこと!
「アッハハハハハハハハハ!」
突然笑い出した皇帝に、スザクは驚く。
「愚かな男よ!私の騎士になったとて、ルルーシュには会えぬぞ!私すらあの男は退けようとしているのだからな!」
「ですが今よりはっ!」
「何ゆえユーフェミアを捨てる。数多の衆人環視の中、お前はユーフェミアの騎士となったのではないのか?何故あの時誓った!何故ルルーシュが差し出した手を取らなかった!――――お前には矛盾が多すぎる!」
言われた“矛盾”の単語にスザクは眉を寄せる。
―――まただ。自分の何が矛盾しているというのだろう。それから・・
「自分としては意味が解らないのですが、ルルーシュ・・・妃殿下が手を差し伸ばしたのを取らなかったというのはどういうことなんでしょう。」
皇帝はにやりと口角を上げ、玉座で足を組んだ。至極楽しそうな皇帝は顎に手を当ててスザクを見下ろす。
「そのままの意味だ。あの娘はお前を望んだ。遠くから見ていたシュナイゼルがそう気づいたのだ。よほどの馬鹿でなければ気づく。
ルルーシュこそ―――ゼロである!」
スザクは衝撃に目を剥いた。
何だって?!彼女が・・・彼女がゼロ?!そんな馬鹿な!だってゼロは自分がこの手で!
「哀れなあの娘は、我がブリタニアから恋しい男の故郷を取り戻そうとしたが、その男はあっさり故郷と自分を捨てて手を振り払い、他の女・・・ユーフェミアの手を取った。
あの娘はそのお前を見て、心に果てしない傷を負ったのだよ。そこにシュナイゼルは手を差し伸べた。あの男はよくやりよる。
今、数多の我が娘たちの中で、ルルーシュほど皇后の地位に相応しい者はおらぬだろう。―――既に帝位は確定したも同然。秋の終わりに第一子が生まれる予定だ。」
「こ・・・ども?」
スザクはショックだという顔つきをして床に膝をついた。ロイドの言っていたことは本当だったのか。
「これでルルーシュの地位は確立する。シュナイゼルの立ち居地もな。会うことは、夫の許可無くば父たる私をも退けられる。
言葉を交わすことなど、例えナイト・オブ・ラウンズでもできはせぬ。――――さあどうする?」
スザクはショックから抜け出せない。ゼロが、ルルーシュだったこと、シュナイゼルとルルーシュとの結婚、そしてルルーシュの妊娠。―――もう二度と会えないかもしれない事実。
耳から入ってくる情報が自分を揺さぶる。・・・自分はルルーシュの為に父親を殺したのに!
思考がままならない。なんという酷い裏切り。彼女と結ばれるのは自分でなくてはいけなかったのに!
全身に怒りが駆け巡り、そして鮮明にルルーシュのことを思い出す。・・・苛烈な人。でも誰よりも鮮やかでまるで風のような。
皮肉った笑みじゃない、微笑んだ顔を見たのはスザクが来てからだと、シャーリーが言っていたがそんな彼女も今や“Elysion”の住人。
このままでは一生彼女に会えなくなる。・・・会って、シュナイゼルから、あの冷酷な第二皇子から取り戻さなくては。兄妹で結ばれるだなんてそんなことあってはならない!きっと優しいルルーシュのこと、あの男に騙されているに違いない。ゼロのことは・・・ちゃんと罪を償ってもらって、それから彼女に“愛してる”を言おう。そうだ、自分は彼女を誰よりも愛しているのだ。・・・あの男よりも!
スザクは顔を上げると、再び跪いた。
「・・・答えが出たか?」
皇帝は玉座に深く座っていて、跪いたスザクを見下ろしている。
―――・・・この国の、頂点にいる男。
「自分を陛下の騎士にしてください!」
頭を下げ、請う。
頭上から皇帝が笑う声が聞こえ、スザクは顔を上げた。
「よかろう、ただし一つだけ条件がある。」
「・・・何なりと。」
「ルルーシュと、あの娘と言葉を交わしたら、お前はこの皇帝宮を永遠に去ることだ。」
「何故!」
声を上げたスザクに、皇帝はさも当然という顔つきで言った。
「お前はブリタニアの騎士の誇りを最大に汚した。・・・由々しき事態だ。騎士としての誇りを持たぬ騎士など、このナイトオブラウンズには不用。
貴様はかのユーフェミアと共に世界を変えたいというが、その資格は当に無い。
騎士は、その資質を有するものに皇族がその資格を与える。お前は自分からその栄誉を投げたのだ。
―――当然であろう?“ブリタニアの白き死神”さぁ、選べ。」
皇帝は目を細める。スザクは動揺を隠せない表情を数分間続けた後、やはり皇帝に頭を垂れた。
「自分を、ナイト・オブ・ラウンズに入れてください。」
シャルルは口角を上げて笑った。
「よかろう。―――枢木スザク。我が騎士に任ずる。」
スザクは目を伏せて頷いた。
「Yes,YourHighness.」
ユーフェミアの宮に帰ったスザクは、帰った早々コーネリアに引っ叩かれた。乾いた音が鳴って、顔が熱を持つ。
「私の言いたいことが解るか?」
般若のような顔で睨むコーネリアに、スザクはひとつ、頷いた。
「Yes,MyLoard.」
「貴様はユフィの顔に二度と落ちぬ泥を塗ったのだぞ!」
「・・・申し訳ないと思っております。」
パンッと再び音がして、スザクはまた叩かれた。
「貴様は騎士ならざる者だ。素早くこの宮から立ち去れ。そして二度と私たちの前に姿を現すな。言いたいことはそれだけだ。
――――ラウンズナイツ、就任おめでとう。」
吐き捨てて去っていくコーネリアの足音を聞きながら、スザクは赤く腫れた頬をなでた。
もう、取り返しがつかない。