アネモネ 第二章


シュナイゼルは、目の前に現れた男を冷たく睨みつけた。
――――かつて、ルルーシュが愛した男。イスの上から見下ろす男は、先程から床に頭を擦り付けて懇願していた。・・・叶えてやるつもりは毛頭ないが。

「君が、何を勘違いしているのかは知らないが、そう簡単に私が君と妻を会わせると思っているのかな?」
スザクは、床に更に額を擦り付けた。
「お願いします、あわせてください。」
シュナイゼルは大きく溜め息をつく。
「君は、自分が我が妻に何をしたか解っているのかい?私の宮を・・・妻の住まう宮を、侵略しようとしたのだよ?」
スザクはパッと頭を上げた。
「ですがそれはッ!」
「失敗に終わったから、結果的に侵略しなかったから、侵略行為はなかったことに出来るとでも―――?ロイドが妻の名前を出さなければ、君は確実にユーフェミアの命令を強行していただろう。そんな危険分子を、私が。この宮の者達が“至上”と戴く彼女を『はいわかった』と、簡単に会わせられると思うのかい?・・・例えルルーシュ本人が君に会いたいと言ったとしても、私は彼女と君を会わせたりはしない。―――彼女が傷付くのが目に見えるからね。
・・・そんな顔をさせる為に彼女をこの宮に連れてきたのではない。彼女の悲しい顔は金輪際見たくない。分かったら帰りたまえ。
カレン、ロイド。」
「はい!」
「なんでしょ~お。」
シュナイゼルはスザクの意見も聞かずにロイドとカレンを見て、命令を下した。


「客人のお帰りだ。」


素早く立ち上がると、シュナイゼルは高みからスザクを更に睨み付けた。
「言い忘れたが、ユーフェミアに『次などないと思え。今回は彼女が私を止めたからお前に攻撃はしなかったが、今度このようなことをしたらお前の宮を灰に返す』とね。・・・次はどんなに彼女が止めようが私は強行する。連れて行け。」
シュナイゼルから吐かれた言葉にスザクは顔を蒼白にし、叫んだ。
「待ってください!殿下とユーフェミア様は!」
スザクの言葉を途中で切って、シュナイゼルはうんざりした顔で言った。
「私の妻はルルーシュ唯一人だ。」
ロイドとカレンがスザクの両脇を持って立たせた。スザクは二人の腕に抗い、もがく。
「ですが彼女は貴方のことを!」
「そんなことは知ったことではない。私の女はルルーシュ一人。後にも先にもだ。」
ズルズルと大理石の上を引き摺られながらも、スザクはシュナイゼルに意見した。
「貴方は酷い人だ!ユーフェミア殿下をないがしろにし」
バタバタバタっと人の駆けて来る音にスザクの声は遮られ、大袈裟に部屋の扉が開いた。

扉を開けたのはシャーリーとリヴァルで、息を切らして扉に手をついたリヴァルを横目にシャーリーが叫んだ。
「ご無礼をお許し下さい殿下!ですが奥様が・・・奥様がっ!」
シャーリーの大きな瞳から涙が零れ落ちる。それと同時にスザクの隣で風が巻き上がり、左腕を拘束していた力が無くなった。
礼も取らずに素早く駆けて行ったロイドを非難せず、シュナイゼルは涙を零すシャーリーの後ろのリヴァルに問いかけた。


何故シャーリーとリヴァルがここにいるのかと、放心していたスザクはシュナイゼルの言葉に顔を上げた。
「・・・兵が退いて行ったのを見ていた奥様が、急に倒れてしまったんです。」
「彼女はシェルターには?」
「申し訳ございません。」
頭を下げたリヴァルに、シュナイゼルは悲しく笑った。
「謝らなくていい。彼女は聞かなかったんだろう?」
「・・・はい。殿下、直ぐに」
「あぁ、行こう。」
シュナイゼルは素早く立ち上がってスザクの横をすり抜けた。
そして扉の前でスザクを振り返った。
「―――枢木。ルルーシュに会いたいなどと思うな。彼女はもう私のものだ。あの臆病な子がやっと差し出した手を、お前は無神経に振り払ったんだからな。」
言ったシュナイゼルは早足で部屋を出た。
その後をリヴァルとシャーリーが付いて行く。呆然と見送ったスザクの、もう片方の腕の拘束が解かれた。
カレンは立ち上がってスザクを睨みつける。
「・・・さっさと帰ることね。」
駆け足で部屋を出て行った紅蓮の騎士の言葉に、スザクは拳を握り締めそれを床に叩き付けた。


頭を、下げたのにルルーシュに会わせては貰えなかった。どうして、何故!
自分を学園で独りにした二人が何故ここにいるのか。
ロイドはルルーシュの何なのだろう。どうして自分をあんなに糾弾する。自分はただ、ルルーシュのために『優しい世界』を作りたかっただけなのに!





スザクの耳に、先ほどロイドが言った言葉がこだまする。




“君の存在は、もうこの宮にはいらないんだよ、枢木スザク。”



****




ルルーシュの部屋についたシュナイゼルが中に入ると、ラクシャータがルルーシュの体を診ていた。
離れた位置でも、真っ青な顔をしているルルーシュを見て、シュナイゼルは悲しく眉を寄せた。
足音をさせずに近づいてきたシュナイゼルに、ラクシャータは苦笑した。


「心配しなくても大丈夫よ。・・・そんな、たいしたことないから。」
シュナイゼルが声をかける前に声を発したラクシャータに、ルルーシュの手を握っていたロイドがホッと息をついた。
「だが」
悲しげな表情で言ったシュナイゼルに、ラクシャータは笑った。
「辛そうだと思うんなら、手でも握ってやんなさいよ。―――貧血だから、ソレ。」
シュナイゼルはロイドとは逆の位置に回ってルルーシュの手を取る。そしてぎゅっとルルーシュの手を握り締めた。

・・・随分、冷たい。

むき出しになった腕をさすっていると、ゆるゆるとルルーシュが目を開けた。
「・・・すみません。」
汗がにじんだ髪がするりと枕を伝う。
「大事無くてよかった。・・・ラクシャータ、すまないありがとう。」
ルルーシュを労わるシュナイゼルを横目に、ラクシャータは快活に笑った。
「いいのよ、まぁ姫さんの体調が悪くなるのも頷けるってもんだから。」
眉をしかめたシュナイゼルに、ルルーシュは赤面する。
ロイドが首を傾げ、咲世子は朗らかに笑った。
リヴァルとシャーリーはお互いを見た。
あっはははは、とラクシャータは笑うと備え付けの椅子の上にドカッと座った。
「そんな怖い顔しないでよ、宰相さま。パパになるんだから。」


部屋を沈黙が支配する。


「・・・ほう、やっとか。」
今までピザの雑誌を読んでいたC.C.が顔を上げた。
「まぁ、今まで良く出来なかったと思うがな。」
我に返ったシュナイゼルはルルーシュを覗き込んだ。
「ほ、本当かい?」
ラクシャータは眉をしかめると、椅子から立ち上がってシュナイゼルの頭を持っていた煙管でビシビシビシッと叩いた。
「なぁに?信じられないとか言ったらボコるわよ?」
“もう既に遠慮なくボコってますよ”というリヴァルの突っ込みは、ラクシャータに綺麗に無視された。
ずうぅぅん、といじけだしたロイドに、咲世子が近くにあった花瓶を投げつけた。
「待って咲世子さん、その花瓶高・・・」
たまたま見たルルーシュが止めようと声を出すも時既に遅し。
ガッシャーンと大きな音がして、ロイドが床にのびた。

「花瓶が」とゆっくり体を起こそうとしたルルーシュをシュナイゼルは緩く抱きしめた。
ルルーシュは怪訝に思って後ろを振り向いた。
「・・・殿下?」
「どう、する?君はどうしたい?私は君の一存に任せたい。あの時の約束は守ろう―――三年前の。」


“私は君が欲しい。子どもを生む道具としてではなく、血のためでも、帝位のためでもなく、ただ支え共に生きる伴侶として。君という人の思想が、心が欲しい”

「だが、もし。もし君が」
シュナイゼルの言葉を遮って、ルルーシュは華やかに笑った。
「私は、貴方との子どもを生んでもいいのですね?」
シュナイゼル第二皇子殿下の皇妃として。正式な伴侶として。

シュナイゼルを見上げたルルーシュは彼の光るアメジストを覗き込んだ。シュナイゼルは首を横に振って感極まったようにルルーシュを強く抱きしめた。
「私が、反対するとでも?そんなことは絶対にありえないよ、ルルーシュ。生んで欲しい、私達の子どもを」
「・・・はい。」
腹を撫で、泣きながら答えたルルーシュにシュナイゼルは頬に口付けを落とした。
その光景を見ていたラクシャータが「姫さんが潰れちゃうでしょー」と再び煙管でシュナイゼルをビシビシ叩いた。
シュナイゼルが慌ててルルーシュを離すと、ルルーシュの涙に濡れた瞳を見て、その目蓋の上に唇を落とした。
「一生涯、共にいてくれるかい?」
ルルーシュは、シュナイゼルの瞳をじっと見たあと、ふっと笑った。
「―――はい。置いて逝かれない限りは。」
悪戯っぽく答えたルルーシュを、シュナイゼルはやんわりと抱きとめた。


カレンが部屋に入ってきたときには、部屋が祝福ムードで満ちていた。
扉付近にいたリヴァルをとっ捕まえて理由を聞き、ルルーシュに近づき、ありったけの笑顔と握手で『おめでとうございます!』と言った。



笑った宰相夫妻は、素直に祝福する紅蓮の騎士に、お互いの顔を見遣ったあと同時に『ありがとう』と礼を述べた。
起き上がった白い騎士は、しぶしぶ二人の前に跪くと、ルルーシュの手を取って泣き出したがカレンが鳩尾に蹴りを入れて薄れていく意識の中でやっと『おめでとうございます』と言った。
ルルーシュは困った表情をしたが、シュナイゼルは腹を抱えて笑った。



願わくば、天においては比翼の鳥に、地においては連理の枝でありますように。
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