アネモネ 第二章

『王の力』


静かな宮の一室、控えめに整えられたルルーシュの部屋の中でシュナイゼルは紅茶を飲んでいた。
ようやくほっと気が緩んだシュナイゼルを、ルルーシュは心配そうに見やる。


「お疲れ様です、殿下。」
シャワーを浴びてゆるい白のナイトドレスに着替えていたルルーシュを見て、シュナイゼルは手を伸ばした。
ルルーシュはゆるやかに笑うと、シュナイゼルの膝に腰掛ける。首に腕を回し、ルルーシュはシュナイゼルの頭を抱きこんだ。
ほのかに薫るボディーソープの匂いに、シュナイゼルは頬を緩める。

「今日、三人ほど追いやった。・・・あの状態でのパーティはしんどいね。」
「またご無理をなさったのですね?体にはどうかご自愛下さい。・・・倒れてもらっては困ります。」
抱き込まれた柔らかな腕がシュナイゼルの髪を梳く。肩が小刻みに震えているのを感じて、シュナイゼルはルルーシュの体を少し離すと、肩まで伸ばされた髪の毛に唇を寄せた。
「君が悲しむから、無理はあまりしないことにする。」
シュナイゼルは静かに微笑すると
ルルーシュを抱き上げて、のりの良く効いたベッドの、シーツの上に優しく下ろした。ルルーシュは大きな瞳を瞬かせたが、シュナイゼルを受け入れるために両腕を伸ばす。
スプリングが利いたベッドの上にシュナイゼルが乗り上げたとき、ルルーシュの部屋のドアがノックされた。


「「・・・。」」

コンコンコンッと素早く三回されたノックに、シュナイゼルは眉を顰めルルーシュの上から退いた。
ルルーシュはするりとベッドから下りてドアを開く。
「夜遅くにすいません!」
頭を下げ、跪いたカレンの顔が青ざめているのを見たルルーシュは直ぐに聞き返した。
「何があった?」
カレンの後ろに、ロイドとリヴァル、咲世子が来ている。
「すみません我が姫。悲しいことに緊急事態です。念の為直ぐにでも地下のシェルターにお逃げ下さい。」
ロイドがいつもの調子ではなく、緊張した面持ちで言った。
ルルーシュは振り返ってシュナイゼルを見ると、彼はカーテンを少し開いて外を見ていた。

「・・・殿下」

ルルーシュがシュナイゼルを呼ぶと、シュナイゼルは怒りの顔でルルーシュの後ろの四人を見た。
その視線にリヴァルがこわばる。





「――――随分と、なめられたものだ。」
シュナイゼルは上着を羽織ると、椅子にかけてあったルルーシュのショールを持ってきて、彼女の肩にかけた。
「宮を囲まれている。」
その言葉にルルーシュは眉をゆがめると、ショールを着込んだ。
「どなたか心当たりは。」
「ありすぎる。まず相手が誰かを見極めなくては。・・・君はシェルターにエルモアと一緒に避難してくれ。リヴァル君。」
「はい!」
リヴァルは呼ばれて返事をした。
「彼女と子どもと一緒にシェルターに。頼むよ。」
「Yes,your hightness!」
リヴァルはシュナイゼルに跪いて礼を取った。
「ロイド、ナイトメアフレームの起動は出来ているね?カレン、今すぐに配置に着け。ロイド、お前も出られるな?」
「Yes,my Lord.」
「生まれてきたことを後悔させてやれ。」
言って、自分も出ようとしたシュナイゼルをルルーシュは引き止めた。
「お待ち下さい殿下!」
引き止められたシュナイゼルは、ルルーシュを見て悲しく眉をゆがめる。
「私が行きま「駄目だ!」
「ですが!」
尚も行こうとするルルーシュを、シュナイゼルは強く抱きしめて言った。
「駄目だ、許さない。・・・君が外に出て行くことなど。それも、こんな状態で!」
細い肩の少女。力を入れたら簡単に壊れてしまいそうだ。・・・いや、確実に壊れる。そんな彼女が、“Elysion”を取り囲む屈強な男達に敵うはずがない。―――それに。艶やかな紫藍の瞳で見上げるルルーシュに、シュナイゼルは『絶対に行かせてなるか』と誓った。
誰が、誰が他の男の目になど触れさせるものか。彼女を見れば、男なら誰もが欲しがるに決まっている。あの、第六皇子の目を見ればそれは明らかだ。

やっと、やっと手に入れたのに!

「君は行かせない。・・・絶対だ

「ですが、即物的に武力行使に出るのは、貴方らしくありません。」
「話をして通じる相手ではなさそうだぞ?」
「ならば“王の力”と使うだけです!」

その言葉に、シュナイゼルの目が揺らいだ。彼はルルーシュの体を自分から引き離すと、弱い力で肩を掴む。
「君には、確かにそれが出来る。そのための力も。・・・だが、だがルルーシュ。君が命令を下す前にあの暴漢どもが君を撃ったら?この宮を囲んでいる時点で奴らは死を覚悟している。誰の差し金かは知らないが、君か、私を殺すためにいるのだ。もし君が出て行って撃たれたりでもしたら・・・君が、君がいなくなったら、エルモアは、この宮はどうなる。・・・私を、君は殺したいのかい?」
緩んだシュナイゼルの瞳が、ルルーシュを引き止める。
ルルーシュは、ゆっくりとシュナイゼルの頬に手を伸べた。
――――…自分はこの人になんと残酷なことを言ったのか。
ルルーシュは自責の念に駆られた。しかしここでシュナイゼルを出すわけにもいかない。狙われているのが自分かシュナイゼルか分からないからだ。
せめて、相手が分かれば・・・とルルーシュは思案する。
あの中の一人をとっ捕まえてそれから



「ルル、困ってる?」
リヴァルとロイドの後ろから、ひょこっと現れたのはマオだった。
マオは入り口にいる者たちの間をスルスルと抜けて、ルルーシュとシュナイゼルに向き合う。
「うるさいから来たんだ。だってルルの近くにいたら何も聞かなくて済むし。――――外、何であんなに煩いの?」
ルルーシュは目を大きく開くと、マオを凝視した。
「マオ、外の連中はなんていってる?」
「んー・・・ルルの近くだからちょっと分からないけど、でも君を殺すようにって誰かから命じられたっぽいよ。さっき兵士の一人が言ってた。・・・ルルを殺そうとするなんて、ホント万死に値するよ。シュナ、何で放っておくの?」
「私としても直ぐにでも動きたいのだが・・・ルルーシュが行かせてくれないんだよ。それでマオ君。・・・誰が命じたか分かるかい?」
マオは少し首をかしげた。
「ん・・・あ、ちょっと待って。・・・ミャー?ミア、ユーフェミア皇女って言ってる。」
マオの言葉に、カレンが床を殴りつけた。ダンッと大きな音が鳴って、駆け出そうとしたカレンをマオが止める。
「待ってカレン!ルルが悲しむ事しちゃダメだ!もう少ししたら、枢木スザクがこの宮の門戸を叩くから、君がナイトメアフレームに乗るのはその後でも十分だ!」
“枢木スザク”の名を聞いたルルーシュの肩がビクンッと大幅にゆれる。
シュナイゼルは、彼女の肩をぎゅっと抱きしめた。――――ルルーシュを際限なく、傷つける男。
煮え返る内心を綺麗に隠して、シュナイゼルはルルーシュに向き合った。
「君はエルモアとシェルターに。いいね?」
目蓋の上にキスを落とされ、それを受け入れながらルルーシュはゆっくりと首を縦に振った。

白い、荘厳な宮の玄関に枢木スザクは立っていた。
ユーフェミアの命令で“Elysion”に陣を敷いたが、この宮は不可解で、ガラスの壁から10メートルでナイトメアフレームが完全に停止してしまった。だから生身で“Elysion”に入らなくてはいけなくなり、それだったら、強襲しなくても話し合いでユーフェミアを入れてもらおう。とその荘厳な宮の戸を叩いた。
シュナイゼルならば、話し合いに応じてくれると思ったからだった。







「――――・・・愚かなことだよ。」
無用心に鍵がかかっていない戸を叩くと、白い騎士服を纏ったロイドが一人、佇んでいた。
ロイドの存在と、着ているその服装からスザクは驚いた。
『何故ロイドさんがここにいて、騎士服を着ているのか』
スザクは思案したが、分からなかった。ロイドはスザクを一瞥もせずに玄関ホールの白い支柱に寄り掛かかってただ空中を見、言葉を続けた。
「誰かのために作られたものを、自分のものにしようと強襲する。・・・ねぇ。そーゆーの、何ていうか知ってる?」
笑ったロイドに、スザクは腰に帯刀していた剣に手をかけた。
「何が言いたいんですか、ロイドさん。」
怒気を孕んだ声をロイドは軽く受け流し、「ねぇ、何て言うんだっけ?」と後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは緋色の髪の乙女――――カレンだった。
「決まってるじゃない、ロイド。我が君の平和を・・・安らぎを奪う行為。ねぇスザク。貴方は、家を追い出された女子供がブリタニアではどうなるか知ってる?」
クスクス笑いながらカレンはロイドの近くに置いてたった来客用のソファの上に腰掛けた。
カレンの出現に驚いていたスザクは、目を白黒させる。
「酷い話だよねぇ。特に皇室はそれが顕著だ。宮を追われた皇妃は良くて使用人に落とされ、悪ければ死だ。―――君はそこのところ解っているのかなぁ。
・・・君の主人が行っている行動はぁ、ただのオママゴトの延長線にある引越し作業~じゃない。完全な犯罪だよ?強盗罪。」
「何が慈愛の姫なんだか。頭のなかに花畑が広がってるだけじゃない。」
吐き捨てるように言ったカレンに、スザクは激昂した。


「お前達に何がわかるというんだ!」

・・・初めて受け入れてくれた。父親を手にかけた、と告白したとき。
自分を好きだと、好きになりなさいと言った。―――自分は彼女に、これ以上もなく救われた。民を守りたいといった言葉に感動して、この人とならば内部から一緒にブリタニアを変えていくことが出来ると確信した。
行政特区だって、上手く機能している。日本人を、日本人として見てくれた・・・大切な姫。

「彼女から“Elysion”を奪った、この宮に住む女こそ泥棒じゃないか!」

そうだ。優しかったユーフェミアからシュナイゼルを取った憎い女。彼女がこんなことをしてしまったのも、全てはその女の責任。

「第三皇女・ユーフェミア・リ・ブリタニア殿下からのご命令です。今すぐにこの宮を開放し、ユーフェミア様に明け渡しなさい。
これは、厳命であります。」

吐き捨てたスザクに、周囲の温度が低下した。

「―――・・・あー。本当、あの方来なくて良かったよ。」
ロイドがそう洩らす。
「シュナイゼル殿下ですか?それとも奥様ですか?」
「両方。でもこの場合は奥様かなぁ。」
「私は殿下に聞かれなくて良かったと思う。・・・奥様でも止められなかっただろうから。」
「あぁ、なるほどね。・・・良いかいスザク君。君の忠誠心は真にご立派だけれどね、君の認識は“全て”間違っているよ。
第一に、この宮の大体の機械設定作ったの僕だけど、紛うことなく現在のシュナイゼル殿下の妃、そのお方のためだけに作ったし、それ以外の妃は一切入居できないことになってる。
メイドも護衛も庭師も、この“Elysion”にいる人々・・・草木一本に至る全ては奥様のものだし、奥様のためだけに用意されたんだ。―――だって必要だったから。彼女の為の絶対安全な宮が。」
スザクはロイドを睨み付けた。
「だから何だって言うんです。それでも、もしそうだとしても、この宮に住むのはユーフェミア様こそ相応しい・・・そもそも、シュナイゼル殿下とユーフェミア様は生まれたときからの婚「それホント?」」
ロイドはスザクの言葉を途中で切って首をかしげた。
「それ、本当だって信じてるの?皇帝陛下は?ちゃんと許可を貰っているのかなぁ。・・・殿下の話だと確か“リ家の者を娶るな”と陛下から厳命をいただいたとか言ってたけど。
・・・そんな話、聞いたこともないよ。ねぇ、カレン君。」
「陛下の厳命がなくとも、婚約式を行っていませんからデマですよ、ソレ。」
「だぁよね~。あのコーネリア皇女殿下だって自らの思い込みを態々殿下に詫びられたのに。・・・失礼な話だよ、全く。」
こともなげに言ったロイドに、カッとなったスザクは剣を抜いてロイドに斬りかかった。
ロイドは目を細めると突進してくるスザクを見、片手で腰の剣を半分抜き、スザクの剣をいなした。
キンッという刃物がこすれる音がしてスザクは息を呑んだ。
「・・・!?」
いとも容易く止められた己の剣に驚いていると、今度は腹に衝撃が走った。
ドゴォッ!と音がして数メートル離れた床の上に叩き伏せられる。


蹴られたのだ。


「・・・本当、あの方来なくて良かったよ。」
みぞおちに受けた攻撃にスザクは呻き、床から立ち上がった。
「とてもじゃないけど、こんなところ、あの方が見たら悲しまれるからねぇ。」
「―――…偽善め。」
スザクは切れた口の中から血を吐き出すとそう言った。
「お前!」
カレンが攻撃しようとしたのを、ロイドが諌める。
「ダメだよカレン君。―――彼にはもっと苦しんでもらわないと。奥様の手を振り払って、奥様の愛を裏切って無に帰し、心お優しい奥様を侮辱した罪は、君の渾身の一撃でも全然足りないよ。
―――――枢木スザク。」
ロイドはそう言うと背中を支柱から離し、スザクを見据えた。
「彼女―――シュナイゼル殿下の妃殿下は争いが凄くお嫌いでね。今日も自分自ら出て来て話をするのだと、言ったのだよ。
宮を囲んでいる兵士は、皇族に剣を向けたことによって極刑は免れない。でも、ユーフェミア殿下の命令を拒めばそれも不敬罪で厳罰を食らう。
あの方は殿下に頼んで極刑は止めて欲しいと言っていたよ?命令した主は憎めど、兵自身は憎まない、とね。
・・・お優しい方だ。もちろんこの場に出てくることはシュナイゼル殿下がお許しにはならなかったけれど。
失うことに、酷く怯える方でね。だからこの“Elysion”が必要だった。だって彼女には守ってくれる人はいないんだよ、シュナイゼル殿下以外にはね。
―――人は愛しい。でも、過去の経験から容易に信じることが出来ない。その壁を乗り越えたとしても失うことを考えてしまう。…―もし、なくなってしまったら―…とね。
奪われることに慣れてしまった彼女はいつも見返りなんて求めないから、余計に殿下は愛おしくお思いになったんだろうねぇ。いつも妃殿下のことばかりお考えになっているよ。
求めないから、与えるものは最高を、最上をと何かしらプレゼントを与えては“お金の無駄だ”と怒られているけれど、とにかく彼女を幸せにしようと必死なんだよ。
ここに住む僕らだって同じようなこと考えてる。
それに、彼女を連れてきたのは殿下本人だ。何でもエリアに逃げていた妃殿下を意思も聞かず無理やり連れ戻してしまった、と言ったぐらいだから、さらってきたんだろう。まぁとにかく、
―――この宮から手を引け。でなければ、ユーフェミア第三皇女・・・違うな。第四皇女の宮をナイトメアフレームで攻撃する。」


その言葉に、スザクは目を見開いた。
「何故?!」
顔を蒼白に変えたスザクの問いにロイドは心底おかしそうに笑った。
「なぁ~ぜぇ~?おかしなことを言うね。“Elysion”を囲っているのは第四皇女の兵でしょ?」
「な!ソレとこれとは」
「話が違う?違わないよ、枢木スザク。ユーフェミア殿下がこの宮を襲うなら、シュナイゼル殿下は彼女の宮を襲う。当然でしょ?・・・まぁ、今はまだ妃殿下がお止めになっていらっしゃるから僕もカレンもここにいるけど、殿下は基本すっごく冷酷なんだよ。あのお方はやられたら三倍返しが基本だし。
そして最悪なことに今回は本気だ。あの方は妃殿下に危害を加える者は全部排除だからね。彼女がいなければ、殿下は何処までも冷酷無慈悲になれる。・・・それほど大切なんだよ。
彼女の外面美しいことさながら、誰よりもご聡明。ある分野に関しては殿下にも追随を許さない。そして清らかだ。・・・汚いものを見ないからではなく、見た後でそれを享受できるだけの広い懐をお持ちだ。彼女の本質は・・・優しさと慈愛で満ちている。―――素晴らしい方だ。
君だって会ったこと、あるでしょ?」

スザクはロイドをきつく睨んだ後、口を開いた。
「―――・・・そんな女は知らない。」
ロイドは酷薄に笑うと、スザクに一歩近づいた。
「本当~?絶対ウソだよ、ソレ。君が彼女のことを知らないはずがないもん。
神聖ブリタニア帝国第98代目皇帝陛下・・・シャルル・ジ・ブリタニア陛下の、第三番目の姫君。

――――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下をね。」


そう、欲しいものは全て手に入れる。私は私の力を持ってしてここまで上り詰めた。
今更誰に何を奪わせる気もない。
“ルルーシュ”君を絡め取ったのは、間違いなくギアスという鎖。
けれど私を絡めとったのは、間違いなく君の存在だ。それは、何よりも強い"王の力"だ。



*****


彼女を知っている―――。
肩を流れる黒絹の髪も、その白皙の肌も、煌めくアメジストも。
紡がれる言葉は全て魂を包み込む、玉響の音。
弱き者に差し伸ばされる腕は、常に悲しみと苦、そして血にまみれてはいるが、美しき彼女の本質が失われたことはない。

―――我が敬愛する妃殿下。


スザクは目をこれでもか、と開いてロイドを見た。ロイドは口端をクッと上げると、白の騎士を嘲笑する。
―――愚かな、おとこ。
「ね?知っていたでしょう?」
「嘘だッ!だってルルーシュは日本に・・・!」
「うん。いたよ?アッシュフォード公爵家が大切に守っていた。」
「・・・ロイドさん知って!」
「僕は殿下がエリア11に来るまで知らなかった。・・・本当に急でね?殿下がルルーシュ殿下を抱いてお連れになったときは、驚きよりも安堵の方が強かったもんだよ。殿下は、仕事に隙が出来れば彼女を探す手配をしていたから。まぁ、特派もその関係で手配されたようなもんだしね。・・・ご自分で捜しに行かれたこともあった。僕は彼の体が壊れてしまうことを心底心配したくらいだよ。
 ・・・愛していらっしゃるんだ、殿下は。誰よりも、何よりもルルーシュ殿下のことを。
奥様はそのことをご存知だったから、半ば無理やりエリアからこの皇帝宮に連れてこられても、しょうがないと、殿下をお許しになったんだよ。・・・今じゃお二人は皇帝宮でも珍しいほどの鴛鴦夫婦だよ。」
ロイドは目をスッと細めると、肩を小刻みに震わせ、床を睨むスザクを見遣った。
「・・・ど、して」
「彼女がエリア11のアッシュフォードにいるのかが分かったか?」
スザクは顔を上げると、小さく頷いた。
「まぁそれなりに色々理由があるけれど、一番の理由は君かな。」
「・・・ッ!」
スザクは顔に絶望を浮かべた。
「皇族の騎士になるって事は、大変なことなんだよ?その人物が何処の誰で、何を得意とし、どう主に仕えるのか。家から学歴・経歴を前もって調べ上げられるんだ。
・・・君の場合はすっごく特殊でね?名乗りを上げる前に皇族から指名がきちゃったから、君が彼女に忠誠を誓うまでの間身辺を調べるだけで済んでしまった。
指名した相手がユーフェミア様ってこともあるけど、これはとても不名誉なことなんだよ。・・・騎士を軽く見すぎている。そして君はそのことについて何も言わなかった。まぁ、上層部に掛け合ったところで“イレブン風情が”って一蹴されただろうけど。
それで、その身辺を調べているときに、ルルーシュ殿下が見つかったんだよ。
本当に危ない橋だった。君の身辺を調べたのがシュナイゼル殿下が直々に命令した宰相府の人間じゃなかったら、今頃彼女は棺の中白骨になっていただろうね。」
しみじみと言うロイドに、スザクは顔面を蒼白にさせる。そして再び下を向いた。
「・・・じゃあ、僕があのあと特派に行っても誰もいなかったのは・・・」
「だってエリア11の任務はルルーシュ殿下の生還で終わりだったもの。
君をランスロットから離したのはシュナイゼル殿下の管轄に無能が居たら困るって事と、ルルーシュ殿下を傷つける君を彼女の世界から追放するため。
君が彼女を傷つけない存在だったなら、殿下は君を“Elysion”に入れたかも知れないけれど、でもそうはならなかった。
・・・君はシュナイゼル殿下にとって邪魔にしかならなかった。そしてルルーシュ殿下にとってはかけがえのない友人だったけれど、信用に足る人物でもなかった。・・・だって君は彼女が女の方だって知らなかったみたいだしね。」
スザクは目をあちらこちらに向けて膝を床についた。ロイドは息をゆっくりと吐き出すとスザクに微笑みかけた。
「愚かな君が今から何をすべきか教えてあげる。
まずはこの宮を囲んでいる兵を撤退させること。ユーフェミア殿下に“こんなことは貴方らしくない”でもなんでも言って宥めたらいい。そしてこの宮には二度と手を出させないこと。
あの浅はかな女は殿下に嫌われることを良しとしないだろうから、殿下の名前を出すと効果的だよ。」
スザクは床を見つめる視線をロイドに移すと、死んだような目でロイドに言った。

「・・・ルルーシュに、あわせてください。」


一瞬の沈黙の後、ロイドは目を細めた。
「叶わない願いだよ、スザク君。」
ロイドは寄りかかっていた壁から背を放すと、スザクの目の前にしゃがんだ。
「―――君は奥様の手を何度も振り払ってる。・・・自覚はなくてもね。
君にはきつい言い方になるけれど、奥様はこの“Elysion”に来られてやっと安息と幸せを掴むことが出来たんだ。
そんな彼女にとって君は最早その幸せを壊す対象なんだよ。今日だって君の名前を出しただけで肩を震わせていたから。
・・・彼女の幸せを害するものを排除するのはこの宮に勤める者全ての義務だし、使命だ。それに、一介の騎士如きが国家宰相夫人ひいては後の皇后陛下に会うことは許されないよ。まぁ、殿下の率いるグランストンナイツと陛下直属の騎士団ラウンズナイツなら会えるかもしれないけれど。」
ロイドは立ち上がるとスザクを見下ろした。
「君の存在はもうこの宮にはいらないんだよ、枢木スザク。解ったなら帰ってお飾りの姫君殿下でも守っていたらいい。彼女のことは僕が守るから・・・そのための騎士だからね。」
スザクは上から容赦なく降り注ぐ言葉に、放心しながら言葉を吐き出した。
「・・・お願いします、ルルーシュに」
「妃殿下。呼び捨てなんて不敬だと問われても仕方ないよ?」
スザクは弾かれたように床に頭を擦り付けて叫んだ。
「お願いします!ルルーシュ妃殿下に・・・妃殿下に会わせてください!」
冷たい床の感触が額に伝わる。
ロイドは溜め息を漏らした。
「・・・シュナイゼル殿下にだったら取り次いであげてもいいよ。それから会うか死刑かは殿下が決めて下さる。
君が最優先でしなければいけないことは、宮を取り囲むあの者たちを退けることだ。殿下はああ見えてとても短気でいらっしゃるから、そろそろこっちも行かなきゃならない。宮を灰にされたくないでしょう?・・・ね?カレン。」
カレンは顔を上げるとロイドを見た。
「やるなら徹底的に、と申し付かってます。」
「だ、そうだよ?早く帰って自宮の護衛でも「陣を退いたら彼女に会わせてくださいますか?」」
ロイドの言葉を遮って吐かれた言葉に、ロイドは笑った。
「さっきも言ったけど、殿下が決めることだから、僕はあずかり知らないよ。」
スザクは大きく頷くと立ち上がった。
「・・・解りました。陣を退きますから、シュナイゼル殿下へのお取次ぎをお願いします。」
スザクはそういって頭を下げると、スタスタと宮を出て行った。
ソレを見たカレンはロイドを凝視した。
「―――ロイド、スザクが」
「大丈夫だよカレン君。」
ロイドはカレンと向き合うと、下がった眼鏡を中指でクイッと押し上げ、そして不敵に笑った。
「あの人が―――あの性悪がそう簡単に妃殿下に会わせると思う?僕はそうは思わないよ。」
「ですがもし、」
「杞憂だよ、カレン君。―――だって妃殿下の耳にはこのことは入らないんだから。全てはシュナイゼル殿下の御心のまま。ね?」


だってあの人から彼女を奪える筈がない。だって至上の姫君の全ては白の王のもの。
そのために彼は力を手に入れた。絶対的な力だ。
それは至上の姫君を守るための、姫君とはまた別の、“王の力”だ。



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