アネモネ 第二章


過ぎ行く月日の流れは、この地上全ての者に穏やかに腕をさしのべる。

とある場所では、テロリスト達が自国の人々を救わんと奔走し。

同じ場所では、独りの少女が無知故に仮染めの楽園を作り上げ。

少し離れた場所では、世紀の革命家がその奇妙な人生に幕を閉じた。



誰もが望んだ夢は、世紀の革命家の死と共に全世界を黒色に染め上げた。

誰にもゼロは糾弾できなかったのである。

―――――世紀の革命家“ゼロ”が遺した夢は、撃ち取った白き騎士によって厳かに紡がれた。
凛と澄んだ瞳の騎士は、革命家の言葉を噛み締め、嘆く。



希代の革命家“ゼロ”が望んだ唯一の夢。たったひとつ望んだこと。


―――誰にも脅かされず、弱き者が受け入れられ、虐げられることのない世界。それは・・・


“ただ優しい世界であれ”

“ゼロ”がこの世を去って、有に三年の月日が過ぎた。
エリア11の治安は、テロリスト達の奔走、白の皇子からの支援によって、ゲットーにも光が射し込む様になる。
他のエリアへと転属が決まったコーネリア・リ・ブリタニアの代わりとして総督位に立ったのは、彼女の妹、ユーフェミア・リ・ブリタニア。

彼女はエリア11を“行政特区”に指定し、騎士はそれを受け入れた。

穴だらけの政治は、けれどスムーズに可決され、“行政特区”はその機能を十分に発揮した。



その輝かしい光の陰に黒髪の少女の努力と揺るぎない思いがあったことは、歴史に記されはしないが、確固たる事実だった。



さて。物語は今この時から黒髪の少女を中心として語られる。



*****

煌めく正方形の防弾ガラスに覆われた広大な宮、「神々が愛した者の楽園」を意味する、絶対不落の城“Elysion”。
黒の姫君の為だけに作られたそこは、四年間の主の不在を経て、やわらかな光が射し込む優美な楽園へと姿を変える。
そして三年前。
溢れかえる光と、祝福とに包まれ“Elysion”は彼の姫君を大切に受け入れた。




「ただいま帰りました、お姉様。」
無事にエリア11の総督を終えたユーフェミア・リ・ブリタニアは、本国の姉のいる自分の宮に帰ってきていた。
やわらかなふわふわの贅の尽くされたピンクのドレスのすそを持ち上げ、姉に向かって優雅にお辞儀をする。
「お帰り、ユフィ。」
コーネリア・リ・ブリタニアは朗らかに笑うと、疲れたであろう妹をねぎらうために庭に出た。テラスには、ひとつの白いテーブルとテーブルとお揃いの椅子が二脚設置してある。
コーネリアはユーフェミアに椅子にかけるように促すと、メイドにお茶を二人分、と命じた。
心得たメイドは一度コーネリアにお辞儀をすると、テラスを出て行った。
「総督を無事にやってのけたのだな。お疲れ、だ。宮でゆっくりと休むと良い。父上も、兄上もたいそう褒めてらしたぞ。あの東洋の要エリア11を平定するとは。」
メイドが紅茶とお菓子を運んでくる。ユーフェミアは首を緩やかに振ると「いいえ、」と頬を染めた。
まとめた髪の毛に止められたルビーの髪飾りがキラキラと反射する。
「私だけの手柄ではありません。ダールトン将軍や、スザク。私の言葉を理解してくれたエリア11の人たちの協力があってこそです。」
「謙虚なことだ。行政特区日本、と言ったな。シュナイゼル兄上が、今度他の荒れているエリアでも試みようと言っていた。・・・アジア最大の反乱軍、黒の騎士団は壊滅した。これで亡き弟、クロヴィスの敵も取れたも同然だ。
・・・ゼロを撃ったのは枢木らしいな。」
「はい。スザクはよくやってくれました。サザーランドで、月下?でしたか?ゼロが乗っていたナイトメアフレームのコックピットを銃で撃ちぬいたんです。
あの後黒の騎士団はパニックに陥り、幹部を捕らえることはできませんでしたが、アジトを壊滅することができました。」
「枢木の騎士としての誇りとお前への絶対的な忠誠心がそうさせたのだ。・・・愚かなナンバーズとさげすんだが、撤回しよう。いい騎士を持ったな。黒の騎士団はゼロあってのテロリスト集団だ。そのゼロをお前の騎士が撃ち、お前は他のテロリストを許した。今後はこの様な無為なテロ活動は起こらぬだろう。
安心して第六皇子に任せる事が出来る。奴は制定されたエリアを正しい方向で活気付ける事が出来よう。」
「それは大丈夫だと安心しています。」
「一時は兄上の剣、第七世代ナイトメアフレーム、Lancelot・・・枢木の本機が特派と共に移動したことには痛手を負ったが、彼はよくやってくれた。賞賛に値する。」
「お褒めいただき光栄です、お姉様。スザクもきっと喜びます。・・・・・それでですね、お姉様。」
「何だい?ユフィ。」
ユーフェミアは、頬を紅色に染めて、もじもじと指を動かした。
妹の可愛らしい様子に、コーネリアは微笑んだ。
「私、今年で18歳になりますでしょう?皇室では立派な大人です。エリア11の総督も無事にやり遂げましたし・・・その、シュナイゼルお兄様との婚約を返上して、結婚式を挙げてもいいと、思うのですけれど・・・。」
恥ずかしそうに言ったユーフェミアに、コーネリアは朗らかに笑うと、大きく頷いた。
「18歳か。大きくなったものだ。そうだな、そろそろその話が持ち上がる頃だとは思っていたよ。私としては少しばかり寂しいが、兄上のことだ。お前を大切にしてくれるだろう。・・・だからか?最近の“Elysion”のごたごたは。
ルルーシュには悪いと思うが、兄上もやっとルルーシュの死を乗り越えたのだろう。エリア11はクロヴィスが死んだだけでなく、ルルーシュとナナリーの命をさえ奪った。お前が兄上の心を慰めることで、きっとルルーシュも天上でマリアンヌ様とナナリーと笑うことができる。」
「・・・はい。」
ユーフェミアはすみれ色の瞳から大粒の涙を流した。透明な雫は、真っ白い頬を伝って白雪のような美しい指に落ちる。
「明日にでもその話をしに、兄上の宮まで行こう。」
「はい。」
ユーフェミアはこぼれる雫を桃色のレースのハンカチでぬぐうと、天使のような微笑を浮かべテーブルに並んだケーキをフォークで一口、すくった。

彼女は今、幸福の絶頂にあった。

*****


「マジこれどーすっかなぁ。」
直射日光ではなく、ガラスでいくらか緩和された優しい太陽の光の中、リヴァル・カルデモンドは56にも及ぶ薔薇の鉢を見て対応に困っていた。
広大な庭にはたくさんの木々草花が植えられ、咲いてはいるが木に花が咲くものは少なく、「楽園ならば楽園らしく薔薇でも植えたらどうだ」というC.Cの嫌味にシュナイゼルが「それもそうだ」と冗談でなく本気で捕らえ、花屋に薔薇を注文したのがそもそもの始まりだった。
・・・何故、56鉢という微妙な数になったのかをここで追記しておく。


薔薇の注文の電話をかけていたシュナイゼルは、初め100鉢の薔薇を注文する気でいた。
いたのだが・・・そこに偶然居合わせたルルーシュが顔を真っ青にしてそれを止めたのだ。
“薔薇一鉢いくらすると思ってるんですか!そんなお金があるなら日本の資金に回してください!”
顔面蒼白でマントに縋りつかれたシュナイゼルは、可愛い可愛い妻の、悲願にも似た懇願を取り下げることが出来なかった。
三分間見つめあった末、結局ルルーシュにシュナイゼルが折れ、40鉢の薔薇を花屋へ注文した。(・・・それも多い、と不貞腐れたルルーシュだったがシュナイゼルは強引に無視した。)
それでも庭がさびしい・・・と呟いたシュナイゼルの言葉を聞いたロイドとラクシャータが「じゃあ、掛け合わせて姫様だけの薔薇を作る!」と研究バトルを開始。
作られた薔薇は16に及ぶ。
今のところ二人とも引けをとらない研究の成果を挙げているが、シュナイゼルのお眼鏡にかなった作品は無いので、未だに薔薇に“Lelouch”の名を冠するものは無い。ちなみに勝った側に研究資金上乗せ、という好条件であり、二人は研究の息抜きに研究をするという、何ともふしぎなことになっている。

――――話が逸れたが。リヴァルは虹色に咲き誇る薔薇を見て半ば放心していた。・・・科学者って凄い。
サワサワと草花がこすれる音がして、小路の向こうから贅沢な金色の頭がこちらに来るのが見える。

シュナイゼルだった。



リヴァルは、ここに来たときのことを思い出した。

今まで同じ男で、生徒会の仲間だと思っていたルルーシュが、実は女で、皇族だったことにリヴァルは心底驚いた。
そして何故ルルーシュがそんな嘘をつき通していたのか解らず、知りたくなった。
リヴァルは自らの情報網の全てを駆使し、ルルーシュの経歴を調べ上げる。
そして調べ上げた彼女は常にギリギリの人生を生きているようだった。
頭の良さ、姿かたちの美しさ、折られない矜持も、それに理由があると知ったときリヴァルは悲しさと同時に何故頼ってくれなかった、と悔しく思った。
・・・もう一度会いたいと思うのに時間はかからなかった。



アッシュフォードが公爵位を取り戻したと新聞で知ると、リヴァルはミレイに掛け合う。
そこで出会ったシャーリーと、結託してミレイに“ルルーシュにあわせて欲しい”と必死に頼み込んだ。
ミレイは一瞬驚いた顔を顔をするが、直ぐにいつもの笑顔になり、「大丈夫。貴方達ならあの宮に入れる。」と大きく頷き肩をぎゅっと掴んで言った。

 彼女に会うために出された試練は一年で農学部の大学を出ることで、首を傾げつつ取り組んだ科目履修は思ったよりもはるかに難しく、没頭しているうちに一年で単位をとってしまった。

・・・俺ってやる~。と卒業式でガッツポーズをしたのをリヴァルは絶対忘れない、という。

同じく一年間で家政科の単位をとってしまったシャーリーと一緒にブリタニアの本国に着いたときは疲れよりも嬉しさが勝っていた。



初めてブリタニア皇帝宮を見たときは腰が抜けそうになったが、その中の奥まった宮に案内され、天下の第二皇子・宰相シュナイゼルを前にしたときは、いつ心臓がショックを起こして死んでしまってもおかしくない状態だった。
後でシャーリーが同じようなことを言っていたので案外間違いではない。
そして彼女に再会することが許される。
初めて“Elysion”に通されたとき、そこは荒野だった。
ただ鳥かごの中央に真っ白な宮があり、周りを美しい湖が囲っているが、それだけだった。湖畔の端に日本を代表する花が植えられただけのそこは、見るからにさびしかった。

そこでリヴァルは何故自分が農学部に入れられたのかを理解した。
この宮は、自分が緑の宮に変えるのだと、決意した。


「リヴァル君」
呼ばれて、リヴァルはシュナイゼルに笑顔で振り返った。
「こんにちは。シュナイゼル殿下。」
挨拶を返すと、シュナイゼルは笑った。そして薔薇の群生を見て苦笑する。
「また、増えたね。」
ちょい、と花びらをはじくと、リヴァルは溜め息をついた。
「昨日違ったから植えといてって言われたんです。こんなに色の種類が多いと思ってなかったものですから、区分からあぶれてしまって。少し、困ってます。あ、ちなみに右がラクシャータさんので、左がロイド伯のです。」
「宮を中心にして、花が区分ごとに色分けされているのかい?」
「はい。大体九分割にして、いつの季節も見ごろになるように作ってるつもりです。黄色い花と白い花を基準に一色だけにならないように心がけてます。・・・自然な感じでよろしかったんですよね?」
聞くと、シュナイゼルは頷いた。
「そうだね。では、その薔薇はガラスの壁に沿って植えてくれ。多分もっと増えるだろうし・・・まさかのときもかねてね。」
考え込んだシュナイゼルにリヴァルは笑って頷いた。
「解りました。あ、殿下。」
行こうとするシュナイゼルを引きとめ、リヴァルは姿勢を正した。
「何だい?」
「・・・今の季節は東の園の“ライラック”が見ごろです。姫様は多分、そちらにいらっしゃるかと。」
リヴァルがそういうと、シュナイゼルは振り返って“ありがとう”と笑い、小路を東の園に向かって歩いていった。




“Elysion”で初めてルルーシュに会ったとき、リヴァルは凄く嬉しかった。
元来、工学的なことが好きだったリヴァルがいきなり農学部に道を変え、庭の畑仕事をし始めたとき、ルルーシュは本気で泣きながら怒った。
『好きなことを好きなだけすればいいのに!』
何度、出て行けと言われたかわからない。喧嘩をしたこともある。
だが、それでもリヴァルが出て行かなかったのは、その紡がれる言葉の全てが、自分の人生を慮ってのことだと十分に理解していたからである。

『・・・農学部に入った時点で自分の進路はもう決められていたんだけど、その進路を自分が踏み出したんだから、最後まできちんとしたい。』

湖の岸辺をやわらかな緑で覆ったあと、リヴァルはルルーシュにそういった。ルルーシュは最後まで渋ったが、結局は折れてリヴァルを正式な庭師として“Elysion”に据える。だが、表向き上は庭師でも、この楽園で働くものは全てルルーシュの友であり、職員達にとっては尊い同志だった。
全ての職員が、唯ひとりのためだけに遣え、そして守る。
ルルーシュの良い所はたくさんあるが、他人を思いやる心を持っていることだ。
良い例はリヴァルが無縁だと思っていた工学を、ルルーシュの配慮のもと、ロイドとラクシャータの下で学べるように手配されたこと。
それにより夢を断ち切らずに工学の最新技術を目の前で見ることが出来ている。

おかげでどちらにも強い人間になりそうだ、とリヴァルは笑った。
ルルーシュがそうやって楽園の住人達を真実友のように接するので、実質ここの宮では地位差別など皆無。
あのシュナイゼルでさえ、ルルーシュの前では単なる男に帰るのだから、ルルーシュの影響力はたいしたものだった。
・・・影響力で思い出したが、そういえばこの間、階段であわや転びそうになった彼女を見て、彼女を守るためなら、と近頃シャーリーが武術の訓練をはじめたのだが、なるほど必要かもしれない、と近頃思う。

なぜなら、あの白いお姫様が帰ってきたからだ。
C.Cからリヴァルはルルーシュの知られざる恋心を知っている。それに付随する行政のあれこれも。
武術か・・自分も始めようかな、とリヴァルは大きく伸びをした。


風にゆれる薔薇を見てリヴァルは微笑むと、それをトラックに乗せるべく動き出した。



願うのは、彼女の幸せだ。



一面淡い紫で彩られた庭園に建てられた天蓋つきの白いテーブルと椅子のセットの上に、その存在は眠っていた。
緩やかに広がったドレスの裾は、ふわふわと風になびく。
まるで雲の様に白いそれは、苛烈な少女を優美な乙女に見せていた。


あまり物事に頓着しないルルーシュが、寄せられたギャザーが繊細な動きを作るその真白のドレスに見入っていたのを、シュナイゼルが気付き、後の誕生日にプレゼントしたのだ。ボリュームがあるにしては軽く動きやすいそのドレスをルルーシュがいたく気に入っていることは、ミレイ、リヴァル、シャーリーも含め、周知の事実である。
シュナイゼルは眠るルルーシュに近づくと、その繊細な肩をゆすった。
「ルルーシュ。ルル。」
優しく体をゆすられて、眠っていたルルーシュはその紫藍の瞳を緩やかに開いた。
「・・・殿下?」
ややかすれた声で言われた名前にシュナイゼルは頷くと、ルルーシュの頬に唇を寄せた。
「こんなところで眠ると、体によくないよ。」
言うや否やシュナイゼルは小柄な妻の体を軽々と抱き上げ、今までルルーシュが座っていた椅子に腰掛けた。
ルルーシュは白い布で覆われた腕をシュナイゼルに回すと、首を傾げる。
「ご公務は?」
問われ、シュナイゼルはルルーシュの体を抱きしめた。
「先ほどで全て終わった。行政特区日本は様々なブリタニア人からの反感をかっていてね。」
ルルーシュは顔を右に向けて少し悲しい表情をした。そして少し考え込む。
「・・・反対論を言ってる人たちを、本国へ戻してはどうでしょう。」
「考えたのだがね、それでは彼らをあの場所に就かせた意味がなくなるんだよ。ユーフェミアの尻拭いができる良い人材だったはずなのだが、次の総督が第六皇子で“行政特区”をまたより良い違うものにしようと考えているらしい。
彼にはなまじその力があるから、フォローの必要性がなくなってしまってね。今まではユーフェミアの無理な願いをかなえることで保たれていた面子がつぶれてしまったようだ。だから、“行政特区”に反対し、同じようなまったく違うものを作り上げようとしている。」
「箱庭を水面下で解体して、鳥篭を作り上げる・・・テロにあったときは、鳥篭の住人は全て生きた人質とするつもりですね。」
「気付いたときにはもう、手遅れさ。」
「では、彼らをやはり本国に連れ戻して要職に就かせてはどうでしょう。それならば彼らの面子も保たれますし、エリア11からは体よく追い払えます。」
「・・・要職に?」
「はい。もともと、ユーフェミアと共に下ったのです。彼女と共に戻ってくるのは道理、でしょう?そしてそんな彼らが要職に就いたとして、その職務を全うできるものはごく僅か。
・・・貴方なら、簡単に潰せます。」
「・・・。怖いことを言う。やるなら徹底的に、だね。」
「はい。」
「私としては、あの場所でも十分に排除できると思ったが、ただでさえ復国資金がいる国で汚職騒動はまずいか。今エリア11を動かすのは危険すぎる。・・・そうか、解った。そうするよう、手配しよう。」
「そして、抜けた官僚のところは第六皇子殿下に直々に選ばせて差し上げたらいかがですか。」
「・・・考えておく。」

サワサワとゆれるライラックの花畑を見て、ルルーシュはシュナイゼルの膝から降りた。
風が、彼女のやや短い絹糸の黒髪を撫でる。
「ルルーシュ。そのドレス、とてもよく似合っているよ。」
シュナイゼルは、まるで眩しいものを見るように目を細めた。
「ありがとうございます。・・・先ほど来たロイドにも言われました。」
「それはそれは。一足遅かったな。」
「拗ねないでください。また薔薇を持ってきたんです。今度こそ、あなたの名前をつけるのにふさわしい、と豪語して。」
「ほう。それは楽しみだな。これで相応しくないものだったら、その薔薇をこの宮の隅っこに植えるよう、リヴァル君に頼んでおこう。・・・それで?何色だったんだい?」
「とても、ふしぎな色をしていました。全体は、白い薔薇なのですが、花びらの先が薄い青から紫に変わって、最終的に縁が黒くなるんです。」
「・・・・今、とても見たくなったよ。」
「何でも、今朝やっと咲いたらしいんです。その後来たセシル女史がつぼみが咲くまでじっと見てたって言っていたから、もしかしたら本当に自信作なのかも。」
シュナイゼルは考え込んだルルーシュの手をとってそこに口付けを落とした。
「後でロイドご自慢のそれを見に行くことにしよう。・・・それよりルルーシュ。」
「はい?」
「せっかく政務を終わらせて帰ってきたのに、君は薔薇とロイドの話かい?」

ルルーシュは口角を優雅に上げ手微笑むと、シュナイゼルの左頬に軽く口付けを落とした。
「お帰りなさいませ。殿下。」
「あぁ。ただいま。」


微笑みあった二人は、静かに宮に戻る道を歩き始めた。



“Elysion”はルルーシュのためだけに作られた宮である。
彼女を守るために、そしてアリエス宮の悲劇を繰り返さないために、庭を宮ごと防弾ガラスが30メートルの壁を築き、その壁からさらに10メートルの範囲でナイトメアフレームが起動しなくなるための結界がしかれている。


鳥籠を連想させるその防弾ガラスの壁の天上は鉄骨だけになっており吹き抜けで、その上にはコロイドシステムが常に発動している。

宮の中は上級庭師リヴァル・カルデモンドの苦心と粋を凝らした傑作で、花と木々が、中心となる湖の岸から隙間無く埋め尽くされ、穏やかな時間の流れる自然な庭となっている。

広大な屋敷の中には六人のメイドだけしか居らず、警備はシュナイゼルの配備したグランストンナイツとカレン・シュタットフェルト、そしてエリア11から着いてきていた黒の騎士団の少数、それからC.Cとマオ、特派だった。
屋敷が広大なのに対し、使用人が明らかに少ないこの宮は、シュナイゼルとルルーシュ、庭師のリヴァル、カレンの母親、それから先の者達、そしてもう一人。
シュナイゼルの養子が住んでいる。




「おかあさま。」
シュナイゼルと共にお茶を飲むために宮に帰ってきたルルーシュは、後ろから幼い声で呼ばれ、振り返った。
茶色い髪の毛に、青い瞳の4歳くらいの幼児が大きなくまのぬいぐるみを持って佇んでいる。
彼の名は、エルモア・ラ・ブリタニア。
亡きクロヴィスの忘れ形見で、ただ一人のラ家の継承者である。

母方のほうは身分が低い男爵家の出で、エルモアが生まれてまもなくして亡くなってしまう。
そこでクロヴィスが直々に可愛がっていたのだが、その直ぐ一ヶ月後に父親も不運の死を遂げてしまい、クロヴィスの母親が生まれたばかりのエルモアを虐待していたことから、シュナイゼルがクロヴィスの母親から連れ去って引き取った。




ルルーシュがエルモアに会ったのはまさにシュナイゼルがエルモアを攫ってきた直後だった。
生まれたばかりの乳飲み子の頬や体に付けられた醜い虐待の後に、ルルーシュの中にはただ後悔しかなかった。
その当時、引き取ったはいいが乳母の手配も出来ないほど忙しかったシュナイゼルに代わり、ルルーシュはエルモアを自らの手で育てることを決める。
シュナイゼルに頼み込んだときは、驚いた表情をされもしたがよく出来た夫はにこりと笑って“まかせる”とエルモアをルルーシュに渡した。
それから三年が経って、エルモアは毎日元気にすくすくと育っている。





「エルモア、どうした?」
先ほどまで部屋で眠っていた筈の幼子は、今は眉を悲しく歪め、ルルーシュの所まで駆けて来た。
ルルーシュは直ぐに屈んでその小さな体を受け止める。
ぎゅうぅ、としがみつく背をぽんぽん、と優しく叩いてやって、ルルーシュはエルモアを抱き上げた。
シュナイゼルは抱き上げられたエルモアのサラサラした髪を指に通す。するとエルモアが少し涙ぐんだ声で喋り始めた。

「・・・おき、たら」
「うん。」
「おかさまが、いなくてっ。」
「うん。」
「おゆめのように、もう、あえなくなっちゃう、って、おもって。」
ぎゅーっと更に抱きついてきた体をなだめていると、隣でシュナイゼルが笑った。
ルルーシュは、吹き出したシュナイゼルを恨みがましい目で見た。
「殿下。」
「・・・すまない、ルルーシュ。

更に笑い出すシュナイゼルは、ひとしきり笑った後、ルルーシュの腕の中からエルモアを抱き上げてかれの瞳をじっと見つめた。
青い瞳は涙で潤み、シュナイゼルを見上げる。

「やれやれ油断できないな。エルは私からお母様をとってしまうおつもりかい?」
「殿下!」
ルルーシュが慌てて言うと、シュナイゼルは大丈夫、と笑った。
「大丈夫。エル、お母様は君が大好きだから会えなくなるということは絶対に無いよ。」
「ほんとうですか?」
「あぁ。本当だ。」
エルモアは頷いたシュナイゼルを見た後、ゆっくりとルルーシュを振り返った。
不安そうな表情で伺われ、ルルーシュは優しく彼の頬を撫でた。
「本当です。私はエルモアを置いて行ったりはしないわ?」
「ほんとう?ぜったい?」
「もちろん。」
そうルルーシュが笑うと、エルモアは涙を袖で拭うと「ぜったいね。」と笑った。
シュナイゼルはその光景に満足し、手を二回叩いた。
「ほら、今からお茶の時間だから、手を洗いに行っておいで。今日はエルも好きなプリンだから。・・・早くしないと、ロイドに食べられてしまうかも知れないよ。」
シュナイゼルはそう言って、エルモアを腕から床に降ろした。
ルルーシュは、通りかかった咲世子に、お茶をもうひとつ、と追加をお願いした。
心得た咲世子は、ひとつ頷くと「かしこまりました」とキッチンへ下がっていった。
シュナイゼルは「早く早く!」と義母の手を引っ張って急かすエルモアに呆れたように息をつくと、どんどん先へ行ってしまう妻と子どもに幸せを噛み締めた。




コーネリアとユーフェミアがシュナイゼルの元に着いたのは、午後3時を40分過ぎたときだった。
・・・実は3時少し前に着く予定で宮を出て、そのまま“Elysion”に向かったのだが、どんなに車で“Elysion”の周囲を回っても門らしい門がなく、仕方なしに隣接して作られていたシュナイゼルの宮の叩いたのが、3時を10分ほど過ぎたところだった。
しかし時間が過ぎてしまったのは、これだけが原因ではない。
皇族であり、シュナイゼルには劣るがそう低くもない身分であるのに、一様に同じ白い制服を着た者達に取次ぎやら何やらで調べ上げられたのだ。その際、「私達は第二皇女と第三皇女である」と声を荒げたりもしたのだが、制服を着たものに、「規定ですから」の一言で一蹴され、時間がまざまざと過ぎるのをユーフェミアとともに待っていた。
・・・あの赤い髪の女は、しばらく記憶に残るだろう、とコーネリアは確信する。
そんなこんなで、全てが終わったときには、お茶の時間も終わりに近づいていた。


本がたくさん詰められたシュナイゼルの執務室に入室を許可されたコーネリアとユーフェミアは、机に着いて柔和に微笑むシュナイゼルに一気に気が抜けてしまった。
「やぁ、コーネリア。ずいぶんと遅かったね。」
シュナイゼルは立ち上がると、目の前の応接セットを指して後ろを向き、カーテンを開けた。
窓の向こうの景色にユーフェミアがほう、と溜め息を溢す。
少し傾いた太陽の下に浮かび上がったのは“Elysion”の広大な庭だった。
様々に、多様に植えられた草花が、優しく咲き誇るそこはまさに『楽園』だ。
「取次ぎに時間がかかりました。遅れたことをお詫びします、兄上。」
立ったままだったコーネリアが先に非礼を侘びると、ユーフェミアも頭を下げた。
「まぁ掛けたまえ。大丈夫、そんなに待ってないから。・・・私の騎士から話は聞いてるよ。すまなかったね。」
シュナイゼルが苦笑すると、コーネリアは、「では」と言って緩やかな動作でソファーに腰掛けた。
ユーフェミアもそれに習い座る。



「・・・取次ぎの使者達。あの者達は何なのですか?ブリタニア人とは思えませんが。」
難しい顔をして訊ねたコーネリアにシュナイゼルは朗らかに笑った。
「あぁ、彼らのことか。彼らが何かよくないことをしたのかい?」
「いえ・・・そういうわけではありませんが。」
「礼を欠いたことをしたのなら謝るよ。・・・彼らは私の間接的な騎士たちなのだ。まぁ、あの中に私の騎士もいるけれど。とても優秀な者達でね、私のことが大好きなんだよ。私を守ろうと一生懸命なんだ。・・・ほとんどがグランストンナイツに属している。」
「そうだったのですか。・・・兄上の正式な騎士がいらっしゃるので?」
「ああ。女だてらにランスロットを乗りこなし、剣術・体術・銃術も出来れば頭もよくてね。是非にと勧誘したのだよ。・・・彼女はブリタニア人で、美しい緋色の髪の色をしている。
もしかしたら会っているかも知れないなぁ。彼女には“Elysion”も含めて護衛の全てを任せてあるから。」
コーネリアは眉をしかめると、苦虫を噛み潰したような顔をした。

・・・・先ほどの女だ。

「そ、そうだったのですか。」
シュナイゼルは困った顔をすると手をこまねいた。
「彼女が何かしたんだね。・・・困った子だ。主一途なのはいいが、彼女はどうも踏み入る全ての人間を排除しにかかる。この間は第一皇子殿下、兄上にそうしてしまってね。すまなかった。きつく言っておこう。・・・今日のところは許してくれ。」
「はい。」

ガチャ、と扉が開いてメイドがお茶を運んでくる。
甘い茶色をしたストレートの髪の毛を頭の上で綺麗に結った彼女はコーネリアとユーフェミアを見て机に何も無いのを確認すると、紅茶を人数分並べて、それと同じだけのケーキを置くと、「失礼しました」と下がっていった。

香ばしい匂いが部屋に充満する。
出された紅茶を一口飲んで、コーネリアは再びシュナイゼルを見た。


「・・・宮の前に、アッシュフォードの車が停まっていたのですが?」
「あぁ、ロイドに会いに来ているんだ。結婚式が近いとか何とかで。」
シュナイゼルは紅茶を一口すすった。
「爵位返上と聞きました。」
「それはそうだ。かの公爵家の技術者がロイドと旧友でね、第七世代ナイトメアフレーム“Lancelot”の開発に力を貸してくれたのだよ。
アッシュフォードはそれ以外の研究にも熱を上げていて、ナイトメアフレームが強制的に起動できなくなるシステムを開発したんだ。
・・・科学者ではないからあまり詳しくは言えないが何でもウラン分子がどうとか。
それが我が国に有益だと評価されたのだよ。陛下がどのようにお考えになったのかは解らないが、エリア11のようにサクラダイトの産出国は、比較的他のエリアに比べてナイトメアフレームの開発が裏で進められているのが現状だ。
そんなエリアに総督府を置いても黒の騎士団のようにナイトメアフレームで攻め込まれると、被害は甚大だろう?私は、アッシュフォードの功績が素直に認められたのだと思うよ、コーネリア。その結果がただ爵位返上になったのだ。」
紅茶を手に話を聞いていたコーネリアは、納得がいったように頷いた。
「なる程。確かに、総督府にナイトメアフレームが侵入すればその地を治める兄弟姉妹は無傷ではありません。我が国への危険が減るのならば、当然でしょう。」
「だろう?」
シュナイゼルは、手を組んで朗らかに笑った。
「・・・それで?今日はどういった用件なのかな。こんな話をしに来たわけではないのだろう?」
紅茶を飲んでいたコーネリアは華やかに笑うと、ユーフェミアを見た。
「今日は、私情で参りました。ユフィ。」
ユーフェミアは今までの話に目を白黒させていたが、コーネリアに呼ばれて返事をした。
「お、お久しぶりです、シュナイゼルお兄様。」
挨拶をされたシュナイゼルはにこやかにユーフェミアを見た。
「やぁユフィ。エリア11元総督。任期完了おめでとう。行政特区は上手くいっているようだね。」
「はい。ご心配をおかけしました。」
はにかんで笑うユーフェミアに、ルルーシュの方が美しいな、とシュナイゼルは思った。
「・・・いや、構わないよ。特派を呼び戻したのは悪かった。あの時はエリア23の情勢がよくなくてね、辺鄙な土地なだけに兵を裂くわけにも行かなかったものだから、ランスロット無しでは平定できなかったのだ。許してくれ。」



――――嘘だった。
エリア23の平定には向かったが、平定に来たのがシュナイゼル・エル・ブリタニアだと知ると、エリア23の政府は早々に白旗を揚げたのだ。
そこにもっていくまでは、カレンが一人で抵抗勢力のほとんどをそぎ落とした。特派・・・特にロイドが諸手を挙げて喜んだのは、まだ記憶に新しい。
そして宰相職の忙しいシュナイゼルに代わって指揮を執ったのがルルーシュだった。
エリア23は、ルルーシュのことを『黒艶の慈悲深き姫』と呼び、平定されて二年になる今でも深く慕っている。
他のエリアに下されたような高圧的な支配ではなく、協定的な支配を受けたエリア23の住民達は国の名前は奪われはしたものの、比較的他のエリアよりもエリア色が薄いエリアになった。
現在はその地形を活用し、ブリタニア人向けに旅行・レジャーで国の生計を立てている。


「いえ、大丈夫です。」
笑ったユーフェミアに、シュナイゼルはお菓子を勧めた。
「よかった。それで?」
体をもじもじとさせて、黙りこくったユーフェミアにコーネリアがやわらかく笑った。
「兄上、ユフィも今年で18になります。そろそろ・・・」
バタバタバタッと部屋の外が騒がしくなり、コーネリアは「緊急か?」と言葉を切った。


『・・・殿下、ダメです!お父様は』

ガタンっと廊下に面した扉ではなく、シュナイゼルの執務室の奥、重厚な銀色のドアが自動的に開いた。
ドアの向こうに立っていたのはミレイ・アッシュフォードと、小さな影。
西日に金色に透ける髪の毛をした、男の子だった。
外の柔らかい空気が流れ込み、シュナイゼルは慌てて立ち上がった。


「―――――おとうさま!」


大きなぬいぐるみを背に駆け込んできた小さな存在をシュナイゼルはすばやく抱き上げた。ミレイがさっと頭を下げる。
「申し訳ありません、シュナイゼル殿下。エルモア殿下が走っていかれて・・・非礼をお許し下さい。」
「いや、いい。彼女は?」
問われたミレイは苦笑をすると、シュナイゼルの問いに答えた。
「それが、読書の合間に眠ってしまわれたようでして。」
それを聞いたシュナイゼルは、ふう、と溜め息をつくと「困った人だ」と呟いて、エルモアを撫でた。
「一人で出てきてしまってはダメだ、と言っただろう?この部屋に来るときはお母様も一緒に、とも。」
シュナイゼルが言うと、エルモアは泣きそうに顔をぎゅっとゆがめた。
「だって、だっておとうさま、エル、エルはさみしかったの。おかあさまは、ゆすっても起きてくださらないんですもの。」
しゃくりだした幼子をシュナイゼルは抱きしめて、ルルーシュがそうしたように背中をぽんぽん、とやさしく叩いた。
「・・・それは、お母様が悪いね。あとで言っておくよ。ほら、涙を拭いて。あまりに泣き虫だとお姉様たちに笑われてしまうよ?さあ、お姉様たちにご挨拶をしよう。エルはできるね?」
ごしごしごし、と袖で涙を拭うと、「はい。」と笑った。
シュナイゼルがエルモアを床に降ろすと、エルモアは小さく細い膝を少しだけ曲げ、頭を深く下げた。

「こんにちは。わたしのなまえは、エルモア・ラ・ブリタニアともうします。おねいさまたちに会えてうれしい、です。いごおみしりおきを。」
ググっと体を深く下げ、ゆっくりと体を起こしたエルモアはシュナイゼルを見た。
シュナイゼルは笑ってエルモアの頭を撫でた。
「よく出来たね、エルモア。お母様が聞いたら喜ぶよ。」
シュナイゼルはエルモアを抱き上げると、頬を摺り寄せた。エルモアは「キャー」と嬉しそうな声を上げた。
「ラ・ブリタニア。・・・ではクロヴィスの」
コーネリアはエルモアを見た。
シュナイゼルは頷くと再びソファーに掛けると、エルモアを膝に乗せた。
「エルモアの母方の家は男爵家でね、既に当主とその奥方が亡くなられた後を、クロヴィスの皇妃が一人で支えていたんだよ。後ろ盾も無くてね。
それでこの子が生まれたのだが、この子の生母は産後の日立ちがよくなくて生まれて直ぐに亡くなってしまったんだ。
・・・男爵家ながらに途絶えてしまったのだよ。
それでクロヴィスが可愛がっていたんだが、その一月後にあんなことになってしまって。
哀れに思って引き取ったのだ。
このように、とても利発で頭が良い。・・・エルは今年でいくつになるのかな?」
机の上に置かれたケーキに手を伸ばそうとしたエルモアは伸ばす手を引っ込めて「よっつ」と答えた。
ぷくぷくした指を四本立てた可愛らしい動作に、元来可愛いものが大好きなコーネリアがはにかむ。
「愛らしいですね。」
「そこはクロヴィスに似たらしい。・・・彼は誰からも愛されるおおらかさを持っていた。エルモアにも父親のそういうところが似ればいいな、と思っている。まぁ、おおらか過ぎるのも困りものだがね。」
にこやかに笑ったシュナイゼルの元に、今度はオレンジジュースが運ばれてきた。
ミレイが指示したようだ。先ほどから姿が見えない。
エルモアを膝に乗せて可愛がるシュナイゼルとコーネリアに、ティーカップを持ったまま黙り込んでいたユーフェミアが言葉を吐いた。


「“お母様”って誰ですか、シュナイゼルお兄様。」


エルモアにテーブルの上のオレンジジュースをとってやりながら、シュナイゼルはにこやかに笑った。


「私の“絶対無二”唯一の存在の名だ。」


その言葉を聞いたコーネリアは絶句し、兄であるシュナイゼルを凝視した。
ユーフェミアはカップをソーサーに戻すとシュナイゼルに目を向けた。
「お兄様は、ご冗談がお好きでしたかしら。」
小刻みに震える肩をみたシュナイゼルはうんざりした。

彼女以外―――ルルーシュ以外の女から好かれても面倒以外の何ものでもない。肩の震えは何のためだ?彼女の場合は他人の為だがこの女に限ってそれは無い。
どこまでも醜悪な、自愛の姫。


シュナイゼルはミレイに目配せをすると、エルモアを退出させた。
二人が“Elysion”への扉をくぐったことを確認してシュナイゼルは口を開いた。
「私がこういう冗談を好まないのは、近しい兄弟姉妹なら誰でも知っているはずだよ。」
シュナイゼルは一口冷めた紅茶を口に含むと“Elysion”を、窓の外を見た。
コーネリアが蒼白な顔で聞く。
「兄上、どういうことかお聞かせ下さい。ユフィとの婚約は」
「私は、ユーフェミア・リ・ブリタニアと婚約した覚えは無い。それはリ家の者達の妄想だ。」
ユーフェミアは立ち上がるとヒステリックに叫んだ。
「そんなハズは無いわ!だってお母様から聞きましたもの。シュナイゼルお兄様の奥様になるのは、ルルーシュではなく、この私だと!」
身を乗り出して言うユーフェミアに、シュナイゼルは酷薄に笑うと「では」と切り出した。
「それでは逆に聞くが、私がいつ君と婚約式を挙げた?兄上もクロヴィスもちゃんと婚約はしている。私は彼女と父君だけで挙げたから知らぬものも多いが、ちゃんとフレは出したのだよ?事後報告だったがね。エリア11にも書状は送った。」
「嘘よ!だって」
「嘘ではない。婚約式の日にダールトンから花束が届いた。ダールトンが持ってきたのだ。君のサインがあったからてっきり知っていたものだと思っていたよ。・・・・何も考えずにサインをしたね?」
ユーフェミアは下唇を噛んだ。
「ですが、正式な正妃は現皇帝の血が入っていないと・・・ですから」
「何を勘違いしているかは知らないが、彼女はちゃんと父君の血を受け継いでいるよ。れっきとした私の正妻だ。そしてエルモアを育てているのも彼女。後見もしっかりしている。公爵家、伯爵家、男爵家、だ。容姿端麗でありながら飾らず、賢くありながらでしゃばらず私を立て、聡く私に協力し、優しく私を受け入れ、癒す。
私は彼女以上は無いと思うし、実際いないだろう。
“Elysion”は心無い者達から彼女を守るために作った。そして美しく、優しく、聡い彼女を誰にも奪われないように、私のために作った。
だから、ユーフェミア。あの宮に君が住むこと、入ることはまずありえないんだよ。」


ユーフェミアは目を大きく見開き、すみれ色の瞳から涙を零した。
「・・・ならば、私の何処がいけないのかお教え下さい。」
シュナイゼルは溜め息をついてユーフェミアを見た。
「教えたところでどうするんだい?」
「なおします。」
シュナイゼルは立ち上がると、息を吐いた。
「・・・なおしようが無いと思うよ。
だってそういうのは自分で気付かなければなおらないからね。それに、君がいかに悪いところをなおそうが、私にはもう彼女しか要らない。だから君を妻に迎えることも無いのだよ?・・・用件がないのなら帰ってくれ。私はコーネリアと大切な話がある。」
ユーフェミアは真珠とダイヤモンドで煌めいていた小さな鞄を持つと、シュナイゼルに礼もせず泣きながら出て行った。
立ち上がって同じく出て行こうとしたコーネリアを、シュナイゼルが制す。
「ですがユフィが!」
「コーネリア。彼女はもう18歳なのだろう?もう立派な成人だ。・・・子どもでは無いのだから、もう庇護しなくてもいいだろう。今ここで彼女を追えば、それは後々彼女のためにはならないよ。・・・君のためにも。」
苦い言葉に、コーネリアの顔が歪む。
「それに枢木の仕事を取ってしまっては、彼に失礼だ。大丈夫、彼に任せよう。・・・それよりも、君に逢わせたい人がいるのだ。きっと懐かしい気持ちになると思うよ。」
コーネリアは兄の顔を見上げた。
「兄上、本当にユフィと結婚する気は無いのですか?」
「無い。・・・というより、出来ないんだ。陛下のお達しでね。」
「父上の・・・?」
「君達の母君と、私の母君は姉妹だ。つまり、私達は宮殿にいる全ての兄弟姉妹達よりも、ずっと近しい血縁関係にある。だから私がユーフェミアかコーネリアどちらと結婚しても子どもが生まれ難い。
それに、私もユフィや君のことは妹だとしか思えない。・・小さいときから見てきたからね。
 私は私の持つ濃い皇族の血から逃れることが出来ない。妃は、少しでもこの血が薄いほうが良い。だから、彼女を選んだ。私にとっては彼女が最上だった。父君の血が入っていながらこの宮の誰よりも薄く、私の理想そのものの彼女が。」
「ではそれが現在の」
「そうだ。・・・あってみるかい?と言うより、逢って欲しい。彼女もきっと喜ぶ。」
シュナイゼルは聞くと、コーネリアを見た。コーネリアはしばし迷ったあと、「はい。」と答えた。



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