今回の出張は、どう頑張っても明日いっぱいまでは掛かるだろうと思っていた。


だが、妙なところで気を利かせる黒澤のおかげで、急遽、予想より丸一日早く帰宅できることになった。


まぁ、黒澤には感謝しなくてはな。


すぐに悠紀に連絡すべきだっただろうか。

石神（明日はどうするか……ん？）



俺は自宅マンションのドアを開けて驚いた。

玄関には女性の…悠紀の靴。

そして、室内に漂う甘い香り。


明るいリビングのソファでは、悠紀がぐっすりと眠っていた。



石神「フッ…」


俺は寝室からタオルケットを持って来て、悠紀にそっと掛けた。



石神（喉が渇いたな）


キッチンへ行くと、カウンターの上に見慣れないレシピ本が置いてある。
ヘルシー系のスイーツか。
彼女の気遣いが、素直に嬉しい。


何を作ったのか。
本の真ん中辺りに栞のような紙が挟んである。

”明日のお楽しみ“にしておくべきだろうが、つい好奇心で開いてみる。


『豆腐のチーズケーキ』


石神「ほぅ……」


だが、俺がつい声を漏らしたのは、スイーツの事ではない。


『中神 秀樹』


栞代わりの名刺の名前だった。

俺と一文字違いか。

俺は本を閉じ、元の場所に置いて…

今度はその表紙を二度見した。

さっきは気付かなかったが、著者名が

『石原 秀樹』


こちらも一文字違いだ。

別に俺の名前は珍しくないが、面白い偶然もあるものだ。

いや、それとも彼女が？





悠紀「うぅ～ん……あれっ？えっ？」


石神「起こしてしまいましたね。」


悠紀「石神さん！…え？私、何時間寝てたんだろう？」


石神「フッ…大丈夫、まだ9日ではありません。もうすぐですが。」


悠紀「…と、いうことは…出張が早く終わったんですね！電話は…？」


石神「まさか、もう貴女がここにいるとは…サプライズ失敗ですね」


悠紀「私も…まさか急に帰ってくるなんて…」


石神「つまり双方、サプライズ失敗か…ククッ」

悠紀「ふふっ！」