恋人は白衣の鬼!?

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主人公


しばらく経ったある日。



私はいつものように石神さんの家で、パン生地を捏ねていた。

今まで何度も石神さんに、

「足りない。まだ自分で捏ね具合を判断できないのか」

と怒られてきたけれど。


最近はもう、一度のチェックでOKを出してもらえるようになっている。


次に、私は生地をボウルに入れ、発酵させる準備をした。


ただ、発酵…私がお腹に抱え込んで温めるのは変わらない。


でも ……


『あの、この発酵のやり方…なんとかなりませんか?』


「不満か?」


『だって、発酵するまで じっとしているしかないのに、テレビも見させてもらえないし』


「生地の変化を観察する事は大事だ。だいたい、テレビに気を取られていたら、生地が過発酵しても気付かないだろう?」


『う………』


「まぁ、悠紀さんがボウルを熱心に抱え込んでいる様子を見るのは、なかなか面白かったんだがな。」


石神さんは、眼鏡をくいっと上げ、ニヤリと笑った。



『ええっ、そんなぁ! 石神さんはいつも、離れた所で本を読んでるし…せっかく好きな人の家に居るのになんでって……あ。』


……言っちゃっ……た……


「…………!!」


石神さんが、目を見開いて固まっている。



『…………………………////』




数秒間の沈黙の後。


「フッ……………」


石神さんは、私の手からボウルを取り上げると、おもむろにそれを冷蔵庫の上に置いた。


「生地の発酵に適した温度は?」


『…30~32℃ぐらいです。』


冷蔵庫の側面や上は、放熱していて温かい。


『あっ……!! あの…もっと早く、こうすれば良かったんじゃ……』



「…都合が良かった。」


『…………え?都合???』


話が見えてこない。



「いつか、俺は悠紀さんにパン作りを基礎から教えようと、以前から準備だけはしていた。」


確かに、ここにあるイーストは、プロ用の生イーストではなく、家庭用のインスタント…ドライイーストだ。

パンを作りたければ店で用が足りる石神さんには必要無い物。

わざわざ、パン作りの知識・経験共にゼロの私の為に…


「準備はしたものの、なかなか言い出せなかったが、そのうちに、悠紀さんの方からここを訪ねてきた。」


『ずっと前から私の為に…… ありがとうございます。』



「しかし、密かに想いを寄せる女性を、男の一人住まいに招き入れる事には……葛藤があった。」



『えっ……?』


石神さんが想いを寄せるって…私のこと…?


『あっ……………////』


石神さんは、遠慮がちに、私を抱きしめた。

まるで私が、生地が入ったボウルを抱えて温める時のように。

でもその腕は、あの厳しくてぶっきらぼうな石神さんとはとても思えないほど優しい。



「ずっと、こうしたかった。」



『石神さん……』



「衝動を抑えるには、邪魔物が必要だったんだ。」


石神さんは、そう自嘲気味に言うと、冷蔵庫の上をチラリと見た。


「今まで、よく頑張ったな。」


石神さんが、耳元で囁く。


『そんな…もう終わりみたいな言い方しないで下さい。』


「基礎講座は、これで終わりだ。……早朝出勤は できるか?」


『あ……はい!…でも、これからも ここへ来てもいいですか?』



「まったく…男の部屋に上がり込むとは どういう事か、わかっていないようだな、悠紀……」



『………!!』



そういえば今も、冷蔵庫の前で抱きしめられたまま会話を交わしている。


石神さんの声の掠れに、思わずその顔を見上げると……


『んっ………////』


お互いの唇が柔らかく触れ合った。


その先を待っていると…


「さぁ、邪魔物を焼いて食うぞ。」


石神さんが離れてしまった。


『きょ、今日は何をつけて食べましょうか?』


私は、先を期待してしまった恥ずかしさをごまかそうと、いそいそと動き回った。


今日は、不思議な形の食パンを食べる最後の日かもしれない。

それは ちょっと淋しい気もするけれど。

でも、次のステップに進む最初の日でもあるから、嬉しい日。




パン作り………と、恋の。




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