恋人は白衣の鬼!?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
次の日。
私は少し気まずい思いをしつつ、お店に出勤した。
石神さんは、いつもと何一つ変わらない。
ただ、伊東さんの様子だけは違った。
意味深な笑顔を浮かべ、石神さんと私を見比べている。
「悠紀ちゃん、諦めちゃ駄目よ!」
『…はい?』
「一度口に合わなかったのなら、何度でも作り直せばいいの。きっと石神さんは悠紀ちゃんの努力を認めてくれる。もしかしたら、パン作りだって教えてもらえるかもしれないよ?」
『本当ですか?!』
「愛の力は偉大だからね!」
『なるほど…って、ええ?!』
━━そっか。
いくら料理を食べてもらえなかったからって、あんなに強いショックを受けたのは初めてのこと。
石神さんはパン職人として尊敬の対象…とだけ思っていたつもり。
なかなか自分では認められなかったけど。
自覚してしまった。
私……石神さんが、好き。
一気に顔が熱くなるのがわかる。
「ねぇヒデちゃん、そうでしょう?」
『わわ!伊東さんっ!』
「???」
幸い、石神さんに今の会話は聞こえていなかったみたいだ。
ほっ………
伊東さんの計らいで、いつもより早く仕事を上がった私は、早速リベンジに取りかかった。
辛いのが苦手なら、辛さをかなり抑えた甘辛に。
もっと味が深くなるように、仕上げに鰹節で和えて。
“レンコンのきんぴら改良版”を容器に詰め、私は石神さんの家を訪れた。
石神さんの家は、店のすぐ裏手にある。
私は、震える指で玄関のインターホンを押した。
「…!…悠紀さん?」
『あの…これ、作り直してきました。食べて下さいっ!』
深々と頭を下げて、両手で容器を差し出す。
受け取ってもらって、初めて顔を上げると…
石神さんは、洗いざらしの真っ白なリネンシャツに濃い藍色のデニムパンツ姿。
目を丸くして、私を見ている。
(か…カッコいいっ!!)
もちろん、普段の白いコックコートだって似合っている。
でもこの服装は、スラリとした石神さんの体型を更に引き立てているし、何より、カジュアルなのに凄く上品だ。
私は、見とれて ついその場で固まってしまった。
「………………」
石神さんは、そんな私の様子を見て、評価を急かされていると思ったのか、その場でレンコンのきんぴらを一口食べてくれた。
「美味いな。わざわざ ありがとう。」
『……え?あ…良かったです。じゃあこれで失礼します。お邪魔しました!』
「……悠紀さん。」
『はい?』
「俺が今度こそ完食するか、見届けないのか?…上がっていきなさい。」
石神さんは、少し微笑んでいる。
『い、いいんですか?…じゃあ、お邪魔します…///』
まさかの展開……
石神さんの家の中は片付いていて、私が一人暮らしをしているアパートの部屋よりはるかに綺麗だ。
とても独身男性の部屋とは思えない。
ご両親は もういないし。
と、すると。
『綺麗なお部屋ですね。彼女さんが掃除してくれるんですか?』
つい、訊いてしまった。
「そんな物好きは いない。」
……彼女いないんだ。
確かに、この部屋には 女性が出入りしている気配…どころか、生活感もない。
石神さんに彼女がいないのが判って、嬉しくて顔がニヤケそうだけど…
「時間は有るか?」
『え?はい、大丈夫ですけど……』
すると石神さんは、キッチンで何やら準備を始めた。
ステンレスのボウルに小麦粉、それから……
「パンを作りたいんだろう?まず、ぬるま湯に砂糖とイーストを混ぜて」
『あ…はいっ!(やったぁ!)』
まさか、石神さんにパン作りを教えてもらえるなんて。
私は、少しおめかしした服装で来たのを後悔しながら、小麦粉などを混ぜた。
まとまってくると、生地を捏ねるのは結構大変だ。
『この位で…』
「まだだ。」
こんなやりとりを何度か繰り返して捏ね続けた後、ようやくOKが出た。
次は…
「これをしばらく抱えていなさい。」
ボウルに入れ、ラップを掛けた生地を渡された。
『え?抱える?』
「30~32℃ぐらいが発酵の適温だからな。しばらく離さないように。」
『わかりました。』
私はソファに腰かけ、膝に乗せたボウルを抱えて ひたすら温めた。
……他に何もできない。
その間、石神さんは離れた椅子に座って本を読んでいた。
━━少し時間が経ち、生地が程良く発酵すると、その後は石神さんの指導で生地をガス抜きして休めたり、再び丸めたり…
幾つかの工程を経て、やっと焼くところまで来た。
「生地をここへ。」
『はい…って、これ、炊飯器ですよね?!』
生地を焼く為に登場したのは、なんと、ごく普通の5合炊きの炊飯器。
もちろん、パンを焼く専用の機能なんて付いていない。
「家で食べる分には、これで充分だ。」
石神さんは、お構いなしに炊飯器のスイッチを押した。
パンが焼き上がる(炊き上がる?)までの間、石神さんは本の続きを読んでいる。
今度は私も、石神さんからパンに関する本を借りて読むことにした。
静かな時間が流れる。
けれど、石神さんの家で二人っきりだと思うと、本の内容が全然頭に入ってこない。
ならば。
(何か…話さなきゃ!)
私は、石神さんの方を何度もチラ見しては、恥ずかしくてためらい……
『あ、あの……』
“ピーッ ピーッ ピーッ!”
パンが焼き上がったようだ。
石神さんが炊飯器の内釜を外し、パンを取り出してくれた。
『わぁ、ちゃんと焼き色がついてる!』
内釜の形そのまんまの、何と呼べばいいのか わからない大きなパンは、美味しそうな香りを放ってテーブルに鎮座している。
「初めてにしては、上出来か。…悠紀さんも、どうぞ。」
石神さんは、パンの横に、私が持ってきたレンコンのきんぴら炒めを置いた。
「いただきます。」
『……いただきます。』
外は ちょうど日が沈むところで、これが少し早い夕食になった。
パンは、形はともかく、味・食感は食パンそのもので、とても美味しかった。
レンコンのきんぴら炒めも完食してもらえたし。
『ごちそうさまでした!…あの、急に押しかけて、すみませんでした。』
「こちらこそ、急に引き留めて悪かったな。だが、店でパン作りをしたいのなら、もう少し生地に慣れる必要がある。しばらくここへ練習に来るがいい。」
『いいんですか?ありがとうございます!』
「ただ……この件は、伊東さんには内密にな。騒がれると やりづらい。」
石神さんは、そう言って視線を逸らした。
『わかりました。じゃあ、また!』
それ以来、顔がニヤケないようにするのは大変だったけど…
私は この事は誰にも話さず、伊東さんの探りもどうにかごまかしつつ、パン作りの練習を続けた。