ふたりが付き合うまでを書きたい
SPKが発足して二週間ほどが経った。本部のメインルームの上階には、ニアの私室が用意されていた。
初めはどこかにニアの家を借りる案もあったが、本部に私室を設ける方が彼も身動きがとりやすかったし、警備上も安全だろうということで上階に部屋が用意された。
ニアが私室に戻ったのは職員のほとんどが帰宅した後、午後8時を過ぎた頃だった。
部屋に戻ると彼は自分のために用意させた玩具を床一面に広げて遊びだした。本当はメインルームにも玩具を持ち込みたかったが、FBI長官のメイスン氏に止められている。
顔合わせの翌日から業務は本格的にスタートしたが、ニアがメインルームに玩具を持ち込んだため、職員達は眉をひそめた。メイスン長官に忠告を受け、それからは持ち込まないようにしている。
しかしこの日はズボンのポケットにミニカーを入れ、手持ち無沙汰の折りに取り出しては遊んでいた。あの日と同様に眉をひそめた者もいたが、「ニアの私室は玩具であふれ返っている」という噂を耳にしていた者は、その噂は本当なのだろうと確信し、無視を決め込むことにしたようだった。
午後10時を過ぎた頃、ニアは今日遊んでいたミニカーをメインルームに置いてきた事に気がついた。
特別思い入れがあるわけでもないが、明日の朝それを見つけた誰かが処分してしまうかもしれない。それはあまり気分がよくない。仕方なくニアはミニカーを取りに戻ることにした。
メインルームに入ってようやく、ニアは中に人がいることに気がついた。照明が消されていたため、外からは気がつけなかった。
彼はパソコンの明かりと、側に設置された間接照明だけで作業をしていた。
「ジェバンニ」
男は振り返って少し驚いた顔をした。
「ニア……」
「まだ作業をしていたんですか?」
「ええ、まぁ……」
ニアの質問に、ジェバンニは少し苦笑いを返した。
「この二週間で起きたキラ事件の概要を纏めていたんですが、思ったよりも時間がかかってしまって……。でもあと30分ほどで型が付きそうなので安心してください」
「……そうですか」ニアは興味なさげに言った。
あ! と、思い出したようにジェバンニが声をあげた。
「そういえばミニカーが落ちていましたよ。ニアが今日持ち込んでいたものでしょう?」
そう言ってジェバンニは机の上に置かれていたミニカーをニアの方に差し出した。
ニアは少し驚き、それから「ありがとうございます」と小さな声で答え、ミニカーを受け取った。
運良くジェバンニが拾ってくれていたようだ。
ニアは初めて玩具を持ち込んだ日の事を思い出した。あの日は多くの者がニアに眉をひそめたが、三人だけ様子が違っていた。レスターとリドナー、それとジェバンニだ。
ニアとレスターは他の職員より一日早く会っていた。その時も玩具を抱えており、少し困ったような、驚いたような顔をしていたが、決して嫌な顔はしなかった。ニアが玩具を持ち込んだ日は、周りの冷めた様子にニアを気遣う様子すら見せた。ニアは父親というものを知らないが、父親というものは彼のような感じなのかもしれないな……なんてことが頭を過った。
リドナーはニアに無関心だった。彼女は志願してSPKに入っている。捜査には人一倍熱心だったが、周りの者にはさして興味を示していない様子だった。他者への関心のなさという点ではニアも似たようなものだったが、彼女は周りの者と円滑なコミュニケーションを取っている。そこが明らかにニアとは違っていた。
そしてジェバンニは、あの日ニアを興味深そうに見ていた。その様子に内心ニアは戸惑った。レスターのように気遣う訳でもない。不躾な視線だった。そして他の者のように不快感を示している訳でもない。純粋に興味があるという感じだった。いっそリドナーのように無関心であれば、この得たいの知れない気持ち悪さもなかっただろうに。幸いにして、翌日にはその視線もなくなり、この事はすっかり忘れていたのだった。
「まさかまた玩具を持ち込むなんて思いませんでした。メイスン長官に玩具を持ち込まないように言われたんでしょう?」
ジェバンニは興味深そうにニアを伺っていたが、ニアは何も答えなかった。
「……あ、すみません。私はFBIにいたから長官とは以前から面識があって……それで少し話を聞いたんです」ジェバンニは慌てるように付け加えた。
なるほど。だとすれば「ニアの私室は玩具であふれ返っている」という噂は恐らくジェバンニから広まったのだろう。ニアの私室を見たことがあるのはメイスンとレスターの二人だけで、二人が意図的に広めたとは思えない。
「余計な噂を流したのはあなたですね?」
「……ニアの私室の話ですか? あれは私じゃないですよ。元FBIの人間は他にもいますから……そう……うん。広めたのが誰かは分からないけど」
ジェバンニはその誰かに心当たりがあるようだった。同僚思いなのか何なのか、話すつもりもないようだ。
「……メイスン長官には『組織の士気が下がるから玩具を持ち込むのはやめた方がいい』と言われました」ニアがぽつりと呟いた。
「ははは! 私はあれを見て面白い人だなって思いましたけどね」
ジェバンニは目を細め笑った。ニアは少し面食らった。
「……そんな風に言われたのは初めてです」
「そうなんですか?」
「はい、昔からあまり人に好かれません」
ニアは髪をくるくる弄りながらぶっきらぼうに答えた。
元より人に好かれたいとも思っていない。だから施設の仲間に遊びに誘われようとも、一人で玩具遊びに耽っていられたのだ。他者に合わせる必要性も感じなかった。とはいえ、組織の士気に関わると言われてしまえば止めざるを得なかった。
「……ニアはLの後継者候補を集めた施設で育ったんですよね?」
「はい」
「あまり好かれていなかったんですか?」
「……同じことを二度も言わせないでください」
ニアはジェバンニを睨むように見た。
「すみません……その……。子供は子供で色々ありますよね」
ジェバンニの物言いにニアは少し顔をしかめた。自分は彼の上司だ。突然子供扱いをされていい気分はしなかった。
言い返そうとニアが口を開くより先に、ジェバンニが口を開いた。
「ここまで捜査を進めたのはニアおひとりでだと伺っています。こういう環境は……あまり慣れていないでしょう?お力になれることがあるかは分かりませんが、何かあれば言ってくださいね」
労るような視線を向けられ、ニアは開きかけていた口を閉じた。
「……」
「……ニア?」
「……お気持ちは、受け取っておきます」
ジェバンニが微笑んだような気がしたが、ニアは視線をぷいと逸らしたのでよく分からなかった。
「そういえばニアはどうしてこちらに?」不意にジェバンニが言った。
そうだ、自分はミニカーを取りに来たのだ。随分と無駄話をしてしまった気がする。
「これを取りに来たんです」
ニアは先ほど受け取ったミニカーをジェバンニに見せた。
「お気に入りなんですか?」
「いえ、特には」
ニアの答えにジェバンニは少し不思議そうな顔をしたが「そうなんですね」とだけ言い、視線を時計に向けた。
「すみません。引き留めてしまいましたね」
「大丈夫です。これも回収できたので私はもう戻ります」
「……上まで送りましょうか?」
「……結構です」
ジェバンニはくすくす笑った。からかわれた気がして、ニアは少しむくれて足早に出入り口に向かった。
途中でニアの足が止まった。振り返りジェバンニの方を見る。まだこちらを見ていた彼と目が合った。
「……おやすみなさい」ニアが言った。
ジェバンニは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで「おやすみなさい」と返してくれた。
部屋を出て、来た道を戻る。握りしめていたミニカーに目をやった。自然と足も止まり、メインルームの扉の方を振り返っていた。
「……変な男だ」髪をくるくると弄りながらニアはひとりごちた。
再び部屋に戻る足取りは軽かった。
初めはどこかにニアの家を借りる案もあったが、本部に私室を設ける方が彼も身動きがとりやすかったし、警備上も安全だろうということで上階に部屋が用意された。
ニアが私室に戻ったのは職員のほとんどが帰宅した後、午後8時を過ぎた頃だった。
部屋に戻ると彼は自分のために用意させた玩具を床一面に広げて遊びだした。本当はメインルームにも玩具を持ち込みたかったが、FBI長官のメイスン氏に止められている。
顔合わせの翌日から業務は本格的にスタートしたが、ニアがメインルームに玩具を持ち込んだため、職員達は眉をひそめた。メイスン長官に忠告を受け、それからは持ち込まないようにしている。
しかしこの日はズボンのポケットにミニカーを入れ、手持ち無沙汰の折りに取り出しては遊んでいた。あの日と同様に眉をひそめた者もいたが、「ニアの私室は玩具であふれ返っている」という噂を耳にしていた者は、その噂は本当なのだろうと確信し、無視を決め込むことにしたようだった。
午後10時を過ぎた頃、ニアは今日遊んでいたミニカーをメインルームに置いてきた事に気がついた。
特別思い入れがあるわけでもないが、明日の朝それを見つけた誰かが処分してしまうかもしれない。それはあまり気分がよくない。仕方なくニアはミニカーを取りに戻ることにした。
メインルームに入ってようやく、ニアは中に人がいることに気がついた。照明が消されていたため、外からは気がつけなかった。
彼はパソコンの明かりと、側に設置された間接照明だけで作業をしていた。
「ジェバンニ」
男は振り返って少し驚いた顔をした。
「ニア……」
「まだ作業をしていたんですか?」
「ええ、まぁ……」
ニアの質問に、ジェバンニは少し苦笑いを返した。
「この二週間で起きたキラ事件の概要を纏めていたんですが、思ったよりも時間がかかってしまって……。でもあと30分ほどで型が付きそうなので安心してください」
「……そうですか」ニアは興味なさげに言った。
あ! と、思い出したようにジェバンニが声をあげた。
「そういえばミニカーが落ちていましたよ。ニアが今日持ち込んでいたものでしょう?」
そう言ってジェバンニは机の上に置かれていたミニカーをニアの方に差し出した。
ニアは少し驚き、それから「ありがとうございます」と小さな声で答え、ミニカーを受け取った。
運良くジェバンニが拾ってくれていたようだ。
ニアは初めて玩具を持ち込んだ日の事を思い出した。あの日は多くの者がニアに眉をひそめたが、三人だけ様子が違っていた。レスターとリドナー、それとジェバンニだ。
ニアとレスターは他の職員より一日早く会っていた。その時も玩具を抱えており、少し困ったような、驚いたような顔をしていたが、決して嫌な顔はしなかった。ニアが玩具を持ち込んだ日は、周りの冷めた様子にニアを気遣う様子すら見せた。ニアは父親というものを知らないが、父親というものは彼のような感じなのかもしれないな……なんてことが頭を過った。
リドナーはニアに無関心だった。彼女は志願してSPKに入っている。捜査には人一倍熱心だったが、周りの者にはさして興味を示していない様子だった。他者への関心のなさという点ではニアも似たようなものだったが、彼女は周りの者と円滑なコミュニケーションを取っている。そこが明らかにニアとは違っていた。
そしてジェバンニは、あの日ニアを興味深そうに見ていた。その様子に内心ニアは戸惑った。レスターのように気遣う訳でもない。不躾な視線だった。そして他の者のように不快感を示している訳でもない。純粋に興味があるという感じだった。いっそリドナーのように無関心であれば、この得たいの知れない気持ち悪さもなかっただろうに。幸いにして、翌日にはその視線もなくなり、この事はすっかり忘れていたのだった。
「まさかまた玩具を持ち込むなんて思いませんでした。メイスン長官に玩具を持ち込まないように言われたんでしょう?」
ジェバンニは興味深そうにニアを伺っていたが、ニアは何も答えなかった。
「……あ、すみません。私はFBIにいたから長官とは以前から面識があって……それで少し話を聞いたんです」ジェバンニは慌てるように付け加えた。
なるほど。だとすれば「ニアの私室は玩具であふれ返っている」という噂は恐らくジェバンニから広まったのだろう。ニアの私室を見たことがあるのはメイスンとレスターの二人だけで、二人が意図的に広めたとは思えない。
「余計な噂を流したのはあなたですね?」
「……ニアの私室の話ですか? あれは私じゃないですよ。元FBIの人間は他にもいますから……そう……うん。広めたのが誰かは分からないけど」
ジェバンニはその誰かに心当たりがあるようだった。同僚思いなのか何なのか、話すつもりもないようだ。
「……メイスン長官には『組織の士気が下がるから玩具を持ち込むのはやめた方がいい』と言われました」ニアがぽつりと呟いた。
「ははは! 私はあれを見て面白い人だなって思いましたけどね」
ジェバンニは目を細め笑った。ニアは少し面食らった。
「……そんな風に言われたのは初めてです」
「そうなんですか?」
「はい、昔からあまり人に好かれません」
ニアは髪をくるくる弄りながらぶっきらぼうに答えた。
元より人に好かれたいとも思っていない。だから施設の仲間に遊びに誘われようとも、一人で玩具遊びに耽っていられたのだ。他者に合わせる必要性も感じなかった。とはいえ、組織の士気に関わると言われてしまえば止めざるを得なかった。
「……ニアはLの後継者候補を集めた施設で育ったんですよね?」
「はい」
「あまり好かれていなかったんですか?」
「……同じことを二度も言わせないでください」
ニアはジェバンニを睨むように見た。
「すみません……その……。子供は子供で色々ありますよね」
ジェバンニの物言いにニアは少し顔をしかめた。自分は彼の上司だ。突然子供扱いをされていい気分はしなかった。
言い返そうとニアが口を開くより先に、ジェバンニが口を開いた。
「ここまで捜査を進めたのはニアおひとりでだと伺っています。こういう環境は……あまり慣れていないでしょう?お力になれることがあるかは分かりませんが、何かあれば言ってくださいね」
労るような視線を向けられ、ニアは開きかけていた口を閉じた。
「……」
「……ニア?」
「……お気持ちは、受け取っておきます」
ジェバンニが微笑んだような気がしたが、ニアは視線をぷいと逸らしたのでよく分からなかった。
「そういえばニアはどうしてこちらに?」不意にジェバンニが言った。
そうだ、自分はミニカーを取りに来たのだ。随分と無駄話をしてしまった気がする。
「これを取りに来たんです」
ニアは先ほど受け取ったミニカーをジェバンニに見せた。
「お気に入りなんですか?」
「いえ、特には」
ニアの答えにジェバンニは少し不思議そうな顔をしたが「そうなんですね」とだけ言い、視線を時計に向けた。
「すみません。引き留めてしまいましたね」
「大丈夫です。これも回収できたので私はもう戻ります」
「……上まで送りましょうか?」
「……結構です」
ジェバンニはくすくす笑った。からかわれた気がして、ニアは少しむくれて足早に出入り口に向かった。
途中でニアの足が止まった。振り返りジェバンニの方を見る。まだこちらを見ていた彼と目が合った。
「……おやすみなさい」ニアが言った。
ジェバンニは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで「おやすみなさい」と返してくれた。
部屋を出て、来た道を戻る。握りしめていたミニカーに目をやった。自然と足も止まり、メインルームの扉の方を振り返っていた。
「……変な男だ」髪をくるくると弄りながらニアはひとりごちた。
再び部屋に戻る足取りは軽かった。
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