手を引かれるままに立ち上がると、何を思ったのか彼女が僕に抱きついてきたのだ。

女性に抱きしめられるのはあまりにも久々で、心臓が飛び出しそうなくらいドクドクとうるさい。

何をしてるんだ。
こんな薄着な彼女と僕が真っ暗なこの場所で抱き合っているとは何事だ。


「...へへっ...温かいね」
「人間の体温は人間に適した温かさだからね」
「拓哉くん真面目すぎ！」


抱きついたまま顔をこちらに向けた彼女の目にもう涙はなくて、何かを吹っ切ったように笑っていた。

僕の好きな笑顔で。

あと3日で僕はここを去る。
こんな小さな恋だったけど、君の手に触れた瞬間思ったんだ。

僕のものにしたい、君が欲しい、と。


「ちょっとちょっと...！拓哉くん？」
「しーっ、静かにして」
「んっ...」


彼女の頭をぐっと固定すると、そのまま無理やり彼女の唇に自分の唇を押し付けた。

ふと我に返って、彼女の顔を見たけれど「もう...」なんて言いながらも全然嫌そうではなかった。

そのまま調子に乗って、彼女の肩を優しく押して畳に彼女を押し倒した。

なんでそんなに可愛い顔をするんだろう。
なんでこんなに好きになってしまったんだろう。


「...ごめん。調子に乗りました」
「ふふっ...襲われちゃうかと思ったよ。拓哉くん結構力強いね」
「僕も男ですから」


押し倒したままぎゅっと彼女に抱きつくと「ごめんね」と彼女は呟いた。

ザーザーと響く波の音と2人の体温の温もりが心地よかった。



あの「ごめんね」の意味がなんなのか。

実家に帰った今でも僕は考えている。

あの日と同じ、困らせてごめんねなのか。
僕の恋心に気づいていて、気持ちに答えてあげられなくてごめんねなのか。

連絡先を交換したわけでもなく、4回生の彼女はもうきっと海の家のアルバイトをすることもないし、僕らは多分もう会えないだろう。


たとえあの2週間が幻だったとしても、僕は幸せだった。

彼女のいない地元の海で儚く消える泡沫を僕はひたすら見つめていた。