晴間


 その日はずっと曇っていた空が久しぶりに青く澄み渡った良い春の日でしたので、二人は庭に出て一緒に本を読んでいました。もっと正しくいえば、オルフェウスがアリスに読み聞かせをしているのでした。庭には紫色のクロッカスやら、黄色の水仙やら、春の花々が咲き誇っていました。午後の暖かいお日さまの光はオルフェウスの指の輪郭を白く浮かび上がらせていました。その指はというと、濃い緑の栞紐を弄んでいました。ぐるぐる指にまきつけたり、それを解いたり、ときにはぴんと伸ばしたり、つめにひっかけたりしていかにもおもしろく遊んでいたのです。アリスはその様子をじっと見つめていました。すると、その指の向こうにひらひら飛ぶ蝶の姿が映りました。蝶も一様に輪郭を白くきらきら光らせて、右往左往しながらもだんだん大きくなり、ついには彼の指に留まったのです。
 蝶が静かにその羽を一度上下させたとき、初めてアリスは声を上げました。
「あっ」
「もしかして、聞いてなかったでしょ?」
「えへへ、うん。ごめんなさい、せっかく読んでくれていたのに」
蝶はいつのまにか飛び立っていて、色とりどりの花の上を舞っているのが見えました。
「良いんだ。どこから読み直そう」
「えっと、えっとね、猫さんが王さまにウサギをあげたところまでは覚えてるわ」
「じゃあ、そこから読もうね」
「ありがとう、オルフィー」
アリスはそう言ってほほえむと、すぐ横に座っているオルフェウスに抱きつきました。不意の事だったのでオルフェウスは驚いて本を取り落としてしまいました。それを狙っていたのでしょうか、アリスはさっと本をその手で受け止めて言いました。
「でもね、今度はわたしが読むのよ!──『これはよいウサギであるな。だれがこれを私にくれるのだ?』王さまが威厳をもって問うと、猫はうやうやしくこう答えました。『わが主人、カラバ侯爵が献上するのでございます。』……」

 オルフェウスは帽子を深く被り直しました。また、アリスが一生懸命に、丁寧に童話を読み上げる声を聴きながら、庭に咲く花々、そしてその向こうの真っ青な空を眺めました。白いキャンバスに絵の具をそのまま塗ったような、鮮やかな色彩を、です。ついさっきの蝶は、花の上に留まって蜜を吸っているのでした。耳を澄ますと、アリスの母がピアノを弾いているのがわかりました。短いフレーズを奏でては、少し止まり、今度は違ったフレーズを奏でる──新しい曲です。
 心地良い日でした。
 その後雨が降ってくるまで、二人はそうしていたようです。
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