君のオメガ
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季節が変わりかけ、暖かい日と寒い日が交互に来るような頃。長いこと連絡がなかった人からメッセージが届く。『2週後の土曜、空けられるかも』とあった。仕事を片付けるためだったのか、1ヶ月以上連絡がない状況だったのでいきなり来て驚いた。『その日なら大丈夫ですよ』と返事をする。すぐに既読と表示され『やった!』と子供のような返信が来る。思わず笑みが溢れた。
そうして数日が経ち、五条さんは確実に1日空けられることが分かった。そうなってくるとその日に着る服をどうするか、という問題が浮上してくる。これまでは仕事終わりだったので、スーツのままで食事をしていたが今回そうはいかない。
久々に会うし、折角だからと仕事終わりに服を見に行った。いつも行くような所より少し高い店に入って試着してみるものの、姿見に映る自分を見て違和感しかなかったので買うのをやめた。慣れない服装で行くよりも普段通りで行けばいいか、と思い直して当日を迎えた。
悩みに悩んだ挙句、私はパンツスタイルで集合場所まで向かった。約束していた時間の10分程前に到着した。場所へ近づくと女性が何やらヒステリックに言っているのが聞こえてくる。
「私との縁談を蹴って、誰と会う予定なのですか!?」
「……アルファのくせに余裕なさすぎない?」
「貴方が私の話を聞かないからでしょう!」
修羅場みたいだ。近寄って分かったが、五条さんが綺麗な身なりをした女性に絡まれている。その女性がアルファだと分かった時、どこか嫌な感じがした。それでもまだその場へ入っていこうとは思えない。
縁談だとか何とか言っているので、以前話に出ていた見合い相手の人だろうか。もっと別の人かもしれない。いずれにせよ、あまり関わり合いになりたくはないのだ。しばらく2人の様子を遠巻きに眺めていた。まともに取り合おうとしない五条さんに対して女性の怒りはヒートアップしていく。彼に掴みかかりそうなくらいになったところで私は間に割り込んでいった。
「すみません。五条さんは私と一緒に出かける予定なんです」
「は……? こんな、何の取り柄もないような人が……?」
女性から鋭く睨まれる。こんな美人に睨まれると結構怖いな。怯みそうになりながらも言葉を続ける。
「はい。なので早く帰ってください。でないと……五条さん、貴方に何するか分かりませんよ?」
頑張って平常心を保ちつつ笑顔を作る。どうしても心がざわめいているような感覚がして、意識していないと目の前の女性を威嚇してしまいそうな気がするのだ。それに加えて背後にいる五条さんの雰囲気が刺々しいものになってきているので、彼がやらかさない内に帰ってほしい。
女性は私の顔を見た後、その上に視線をやると顔を青ざめさせていく。そして、貴女みたいなベータはすぐ捨てられるわ! と捨て台詞を吐いて去っていった。五条さんの顔を見ても、どうしても何か私に言ってやりたかったみたいだ。
「ごめん、僕がちゃんとしないから嫌な事言われちゃったね」
「まあ、平凡なのは当たってますし。ベータじゃないんで最後のは何とも思ってませんよ」
「それならいいんだけど……ありがと、来てくれて」
「ちょっと嫌になったんですよ。五条さんが他のアルファと一緒にいるのが」
「え、」
「……じゃあ、行きましょうか」
口を開けたままの五条さんを置いて私は歩き始めた。少しだけ体温が上がっているような感覚をなんとかしたくて小走りになっていく。彼とは特別な関係でもないのに、独占欲みたいなのを出してしまって決まりの悪さを感じる。後ろから走るような足音が聞こえて、右手を絡め取られる。隣に並んだ彼を見ると顔を綻ばせていた。
「どこ行く?」
「あ、決めてなかったんですね」
「調べてたんだけどね、ナマエと行きたい所多すぎて決められなかったよ」
スマホで色々と調べるついでに時間を確認する。まだ10時過ぎだ。お腹が空いているわけでもない。日差しで暖められた風が吹いてきて、そういえばと思う。季節の変わり目なのだから、それに合わせた服を買いたい。
「服、買いたいんですけど……五条さんに付き合わせる感じになっちゃいますね」
「全然いいよ。何なら僕が選んであげる」
「じゃあ、お願いします」
「はーい」
すごくご機嫌な様子で応じてくれた。五条さんは何を着ても様になってしまうから、その服のセンスが私にも合うのか不安ではあったがかなり乗り気なので黙っておくことにした。
「疲れた……」
1時間が経った。数店舗見て回り、何着か服を確保できた。着せ替え人形のようになるところまでは良かったのだが、五条さんが「なんでも似合うから全部買っちゃう!」と言い始めてからは大変だった。第一、あまりスーツ以外着ないので最低限で良かったのだ。それに、当たり前のように五条さんが支払おうとしていたので説得するのも時間がかかった。押しに負けて全部支払われてしまったのだけど。
次はどこに行こうかと2人であてもなく歩いていると後ろから、あの、と声をかけられた。また五条さん絡みで女性が来たんだろう、と思って振り返ると今度は学生くらいのか弱そうな女の子がそこにいた。彼の知り合いかと思って様子を伺うも、五条さんは誰なのかよく分かっていない顔をしていた。
「少し前に助けて頂いたんですけど……」
「僕?」
「あ、いや、女性の方です」
「……私?」
どこかで会っただろうか。最近の記憶を辿ってみる。助けられた、と言っているので会社以外で出会っているんだろう。割と手助けみたいなことをしがちなので思い出すのに時間がかかる。そして小声で尋ねた。
「ああ、2週くらい前にシェルターまで連れて行った、」
「そうです! あの時は本当にありがとうございました」
往来の中で深々と頭を下げられ慌ててしまう。場所も場所だし、周囲の人からの視線が痛い。女の子の肩に手を置き、顔を上げてください、とお願いする。彼女はゆっくり顔を上げた。
「わざわざお礼を言いに来てくれたんですか?」
「はい……目が覚めてからはもう病院で、いなかったので……」
「まあ、その……私がいるとまずかったから……」
ヒートになっていたオメガをアルファが介抱していたのがバレたらどうなるか分からない。基本的にはアルファもあてられて暴走、となってしまうので一緒にいたとなったら確実に疑われるだろう。フェロモンに反応しなくても、それをちゃんと証明できないからだ。
「あの、それでですね……えっと、」
何か言いたげな様子で目を泳がせている。頬は少し色づいているし、もじもじしているのでどこか具合でも悪いんじゃないかと思う。ヒート……はこの前なってたから違うか。私があれでもない、これでもないと考えていると女の子は決心した表情になった。
「その、私と番になってほしくて……」
「は? この子は僕の恋人になる予定なんだけど?」
私が返事する前に、我慢ならないといった風に五条さんが声を上げた。私の腰を抱いて、女の子と距離を取る。そして威嚇するように屈んでから彼女と視線を合わせて言う。
「彼女の名前も知らないくせに番になりたいとか笑えるよ。てかさぁ、この子の性別分かってんの?」
「……アルファ、ですよね」
「アルファならヒートの奴の介抱できないでしょ」
「それは、でも……っ!」
女の子は目に涙を溜めている。小さくなって、今にも逃げてしまいそうな様子だ。肩も震えてしまっている。それもそうだ。大男に凄まれれば誰だって逃げ出したくなる。もう少し手加減してやればいいのに、と様子を見て思った。
何か手元でゴソゴソとしているのが見え、五条さんにそれを忠告しようとしたその時、女の子は私たちに向かって何かを噴射した。少し甘い匂いがする。そして、何かが地面に落ちたらしくカランと高い音がした。五条さんは冷たくて低い声で尋ねる。
「……君、何したの」
「なんで……じゃあやっぱり、」
震えた声でぶつぶつと呟いた後、女の子は走り去ってしまった。五条さんはその小さい背中を追おうとしたが、雑踏の中に消えてしまったので舌打ちをして置いていた荷物を持ち上げる。不機嫌さを隠そうともせず、行こうか、と彼は言った。
「今日は大変なことになっちゃいましたね」
「あの女……ナマエが僕と仲良さそうに見えなかったのかな」
「どうなんでしょう。なりふり構わないって感じでしたけど」
私と五条さんがどんな関係であったとしてもあの子は迫ってきそうだと思った。五条さんに凄まれてもすぐに逃げなかったから。その子の話をしている限りは五条さんの機嫌が直りそうになかったので、話題をお昼はどこで食べたいかなどに変えることにした。
「んー、このカフェとかどうですかね」
「あ……そうだね、そことか……いいかも」
しばらく歩いていると五条さんの話し方が吐息混じりになってきた。足取りがどこかふらふらしている上、歩くスピードも遅くなってきている。どうしたのか尋ねようとすると、五条さんはその場にしゃがみこんでしまった。おろおろしつつ私はその隣で膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
「あー、ちょっと……良くないかも」
顔を赤くして浅い息を繰り返している。ひとまず私はその背中をさすって呼吸を落ち着かせようとする。
ヒート中のオメガは大体こんな感じになるので、五条さんもそうなりかけているのだと思った。カフェを探して大通りから外れた場所にいるが、人通りはそれなりにある。このまま何もしなかったら騒動に繋がりかねないのは明白だった。
「分かりました、荷物持っててください」
「こうすればいい?」
抱えあげようとしたら五条さんとの間に隙間が生まれた。そのお陰で私よりも遥かに大きい彼を難なく抱えて移動することができる。誰も来なさそうな路地裏まで来て五条さんをゆっくり降ろした。
「ここならそう人も来ないと思うので……今どんな感じか教えてもらえますか?」
「ヒート、なりかけてる」
そして五条さんは服のポケットから小さなスプレー缶を取り出した。さっき噴射されたものがこれなのだろう。パッケージには『これで意中のアルファもイチコロ!』とある。成分表を見てもよく分からないが、これが五条さんに変な影響を与えてしまっていることだけは理解できた。
「これね……オメガのフェロモンと似た物質が入ってるみたいで……それに誘発されてヒートになりかけてる、かも」
「え、なんでそんな……」
「既成事実を作ろうとした……かな」
五条さんのその言葉に寒気がした。私がアルファであることを見抜いた上でそんな行動を取って、襲わせようとしたのだ。それで私が反応しなかったからパニックになっていた、というところだろうか。
「ホント、迷惑な話だよ……」
「……ですね。あの、五条さんって薬持ってないんですか?」
「持ち歩いてるやつはあったけど……さっき落としたみたい」
「えっ」
今日は状況が悪化し続ける日らしい。いくら私がフェロモンに反応しないとはいえ、ずっと一緒にいるのもまずい。どうにかしなければならないと必死に考えるが、まともな方法が思い浮かばず唸るだけ。そうやって時間を浪費しているうちに五条さんの息遣いがもっと荒くなっていく。
「病院……に行った方がいいですよね。薬も無いので」
「ヤダ、もっとナマエと一緒にいたい……」
「そんな事言ってる場合じゃ……!」
「だって、今日のためにずっと頑張ってきたんだよ……それなのに、こんなのってあんまりだよ」
顔を覆ってぐすぐすと鼻を鳴らす。情緒まで不安定になってきている。それを見て私はポケットからハンカチを取り出す。宥めるように背中を撫でつつ涙を拭いた。まだ瞳が濡れたままだが、彼は徐にスマホを取り出して誰かにメッセージを送る。しばらくして着信音が鳴った。
「もしもし、うん……ちょっとね」
「あー、それもそうだけど……一般人がそんな事するとは思わないじゃん」
「大体の場所は送ってるから、あとはよろしく」
一方的に電話口へ伝えて、五条さんは通話を切った。そして大きく息を吐く。誰に連絡を入れたかは分からないが、砕けたような話し方と声音からして協力的な人なんだろうと思った。
スマホをポケットに戻した彼は私の手を握ってきた。そしてその手を頬へと持っていく。触れたところ全てが熱くなっている。
「ナマエの手、冷たいね」
「五条さんが熱いだけだと思いますよ」
「ふふ、そうかも」
五条さんは静かに目を閉じる。そのまましていると近くで車が停まる音がした。誰かが走っているような足音も聞こえてくる。
「五条さん!」
「……伊地知」
眼鏡をかけたスーツ姿の男性がやってきた。伊地知と呼ばれた男性は息を切らしてこちらへ駆け寄ってくる。
「すみません、遅くなりました」
「いいよ。このまま高専に連れてってほしいんだけど」
「薬、持ってきてますよ?」
そう言って差し出されたパッケージを見て、五条さんは首を振る。それは効かない、と彼は言った。
「今は別の飲んでるから」
「……そうですか。では、高専まで行きましょう」
五条さんは壁に手をつきながら立ち上がった。いつ転んでしまってもおかしくなさそうな足取りで、伊地知さんが肩を貸してようやく歩けるくらいにまでなっていた。私がもっと早く判断できていれば、ここまでの状態にならなくて済んだのだと思うと申し訳ない気持ちになる。
私は自分の分と五条さんの荷物を持って2人の後ろをついていった。通りには五条さんに助けてもらった時に乗った車が停まっている。後部座席に座っている彼に荷物を渡そうとすると、強い力で手を引かれた。そのままドアが閉まり、腕の中で慌てているうちに車が動き出してしまう。
「あ、あの……」
「ナマエにも来てもらうよ」
「ええ……」
「既成事実を作りたいのはあのオメガだけじゃないの」
私にもたれかかって耳元で呟く。首に当たる息が熱い。運転席に座る伊地知さんへ視線を送ってみるも、もう諦めるしかない、と言いたげな表情をされただけだった。
そうして数日が経ち、五条さんは確実に1日空けられることが分かった。そうなってくるとその日に着る服をどうするか、という問題が浮上してくる。これまでは仕事終わりだったので、スーツのままで食事をしていたが今回そうはいかない。
久々に会うし、折角だからと仕事終わりに服を見に行った。いつも行くような所より少し高い店に入って試着してみるものの、姿見に映る自分を見て違和感しかなかったので買うのをやめた。慣れない服装で行くよりも普段通りで行けばいいか、と思い直して当日を迎えた。
悩みに悩んだ挙句、私はパンツスタイルで集合場所まで向かった。約束していた時間の10分程前に到着した。場所へ近づくと女性が何やらヒステリックに言っているのが聞こえてくる。
「私との縁談を蹴って、誰と会う予定なのですか!?」
「……アルファのくせに余裕なさすぎない?」
「貴方が私の話を聞かないからでしょう!」
修羅場みたいだ。近寄って分かったが、五条さんが綺麗な身なりをした女性に絡まれている。その女性がアルファだと分かった時、どこか嫌な感じがした。それでもまだその場へ入っていこうとは思えない。
縁談だとか何とか言っているので、以前話に出ていた見合い相手の人だろうか。もっと別の人かもしれない。いずれにせよ、あまり関わり合いになりたくはないのだ。しばらく2人の様子を遠巻きに眺めていた。まともに取り合おうとしない五条さんに対して女性の怒りはヒートアップしていく。彼に掴みかかりそうなくらいになったところで私は間に割り込んでいった。
「すみません。五条さんは私と一緒に出かける予定なんです」
「は……? こんな、何の取り柄もないような人が……?」
女性から鋭く睨まれる。こんな美人に睨まれると結構怖いな。怯みそうになりながらも言葉を続ける。
「はい。なので早く帰ってください。でないと……五条さん、貴方に何するか分かりませんよ?」
頑張って平常心を保ちつつ笑顔を作る。どうしても心がざわめいているような感覚がして、意識していないと目の前の女性を威嚇してしまいそうな気がするのだ。それに加えて背後にいる五条さんの雰囲気が刺々しいものになってきているので、彼がやらかさない内に帰ってほしい。
女性は私の顔を見た後、その上に視線をやると顔を青ざめさせていく。そして、貴女みたいなベータはすぐ捨てられるわ! と捨て台詞を吐いて去っていった。五条さんの顔を見ても、どうしても何か私に言ってやりたかったみたいだ。
「ごめん、僕がちゃんとしないから嫌な事言われちゃったね」
「まあ、平凡なのは当たってますし。ベータじゃないんで最後のは何とも思ってませんよ」
「それならいいんだけど……ありがと、来てくれて」
「ちょっと嫌になったんですよ。五条さんが他のアルファと一緒にいるのが」
「え、」
「……じゃあ、行きましょうか」
口を開けたままの五条さんを置いて私は歩き始めた。少しだけ体温が上がっているような感覚をなんとかしたくて小走りになっていく。彼とは特別な関係でもないのに、独占欲みたいなのを出してしまって決まりの悪さを感じる。後ろから走るような足音が聞こえて、右手を絡め取られる。隣に並んだ彼を見ると顔を綻ばせていた。
「どこ行く?」
「あ、決めてなかったんですね」
「調べてたんだけどね、ナマエと行きたい所多すぎて決められなかったよ」
スマホで色々と調べるついでに時間を確認する。まだ10時過ぎだ。お腹が空いているわけでもない。日差しで暖められた風が吹いてきて、そういえばと思う。季節の変わり目なのだから、それに合わせた服を買いたい。
「服、買いたいんですけど……五条さんに付き合わせる感じになっちゃいますね」
「全然いいよ。何なら僕が選んであげる」
「じゃあ、お願いします」
「はーい」
すごくご機嫌な様子で応じてくれた。五条さんは何を着ても様になってしまうから、その服のセンスが私にも合うのか不安ではあったがかなり乗り気なので黙っておくことにした。
「疲れた……」
1時間が経った。数店舗見て回り、何着か服を確保できた。着せ替え人形のようになるところまでは良かったのだが、五条さんが「なんでも似合うから全部買っちゃう!」と言い始めてからは大変だった。第一、あまりスーツ以外着ないので最低限で良かったのだ。それに、当たり前のように五条さんが支払おうとしていたので説得するのも時間がかかった。押しに負けて全部支払われてしまったのだけど。
次はどこに行こうかと2人であてもなく歩いていると後ろから、あの、と声をかけられた。また五条さん絡みで女性が来たんだろう、と思って振り返ると今度は学生くらいのか弱そうな女の子がそこにいた。彼の知り合いかと思って様子を伺うも、五条さんは誰なのかよく分かっていない顔をしていた。
「少し前に助けて頂いたんですけど……」
「僕?」
「あ、いや、女性の方です」
「……私?」
どこかで会っただろうか。最近の記憶を辿ってみる。助けられた、と言っているので会社以外で出会っているんだろう。割と手助けみたいなことをしがちなので思い出すのに時間がかかる。そして小声で尋ねた。
「ああ、2週くらい前にシェルターまで連れて行った、」
「そうです! あの時は本当にありがとうございました」
往来の中で深々と頭を下げられ慌ててしまう。場所も場所だし、周囲の人からの視線が痛い。女の子の肩に手を置き、顔を上げてください、とお願いする。彼女はゆっくり顔を上げた。
「わざわざお礼を言いに来てくれたんですか?」
「はい……目が覚めてからはもう病院で、いなかったので……」
「まあ、その……私がいるとまずかったから……」
ヒートになっていたオメガをアルファが介抱していたのがバレたらどうなるか分からない。基本的にはアルファもあてられて暴走、となってしまうので一緒にいたとなったら確実に疑われるだろう。フェロモンに反応しなくても、それをちゃんと証明できないからだ。
「あの、それでですね……えっと、」
何か言いたげな様子で目を泳がせている。頬は少し色づいているし、もじもじしているのでどこか具合でも悪いんじゃないかと思う。ヒート……はこの前なってたから違うか。私があれでもない、これでもないと考えていると女の子は決心した表情になった。
「その、私と番になってほしくて……」
「は? この子は僕の恋人になる予定なんだけど?」
私が返事する前に、我慢ならないといった風に五条さんが声を上げた。私の腰を抱いて、女の子と距離を取る。そして威嚇するように屈んでから彼女と視線を合わせて言う。
「彼女の名前も知らないくせに番になりたいとか笑えるよ。てかさぁ、この子の性別分かってんの?」
「……アルファ、ですよね」
「アルファならヒートの奴の介抱できないでしょ」
「それは、でも……っ!」
女の子は目に涙を溜めている。小さくなって、今にも逃げてしまいそうな様子だ。肩も震えてしまっている。それもそうだ。大男に凄まれれば誰だって逃げ出したくなる。もう少し手加減してやればいいのに、と様子を見て思った。
何か手元でゴソゴソとしているのが見え、五条さんにそれを忠告しようとしたその時、女の子は私たちに向かって何かを噴射した。少し甘い匂いがする。そして、何かが地面に落ちたらしくカランと高い音がした。五条さんは冷たくて低い声で尋ねる。
「……君、何したの」
「なんで……じゃあやっぱり、」
震えた声でぶつぶつと呟いた後、女の子は走り去ってしまった。五条さんはその小さい背中を追おうとしたが、雑踏の中に消えてしまったので舌打ちをして置いていた荷物を持ち上げる。不機嫌さを隠そうともせず、行こうか、と彼は言った。
「今日は大変なことになっちゃいましたね」
「あの女……ナマエが僕と仲良さそうに見えなかったのかな」
「どうなんでしょう。なりふり構わないって感じでしたけど」
私と五条さんがどんな関係であったとしてもあの子は迫ってきそうだと思った。五条さんに凄まれてもすぐに逃げなかったから。その子の話をしている限りは五条さんの機嫌が直りそうになかったので、話題をお昼はどこで食べたいかなどに変えることにした。
「んー、このカフェとかどうですかね」
「あ……そうだね、そことか……いいかも」
しばらく歩いていると五条さんの話し方が吐息混じりになってきた。足取りがどこかふらふらしている上、歩くスピードも遅くなってきている。どうしたのか尋ねようとすると、五条さんはその場にしゃがみこんでしまった。おろおろしつつ私はその隣で膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
「あー、ちょっと……良くないかも」
顔を赤くして浅い息を繰り返している。ひとまず私はその背中をさすって呼吸を落ち着かせようとする。
ヒート中のオメガは大体こんな感じになるので、五条さんもそうなりかけているのだと思った。カフェを探して大通りから外れた場所にいるが、人通りはそれなりにある。このまま何もしなかったら騒動に繋がりかねないのは明白だった。
「分かりました、荷物持っててください」
「こうすればいい?」
抱えあげようとしたら五条さんとの間に隙間が生まれた。そのお陰で私よりも遥かに大きい彼を難なく抱えて移動することができる。誰も来なさそうな路地裏まで来て五条さんをゆっくり降ろした。
「ここならそう人も来ないと思うので……今どんな感じか教えてもらえますか?」
「ヒート、なりかけてる」
そして五条さんは服のポケットから小さなスプレー缶を取り出した。さっき噴射されたものがこれなのだろう。パッケージには『これで意中のアルファもイチコロ!』とある。成分表を見てもよく分からないが、これが五条さんに変な影響を与えてしまっていることだけは理解できた。
「これね……オメガのフェロモンと似た物質が入ってるみたいで……それに誘発されてヒートになりかけてる、かも」
「え、なんでそんな……」
「既成事実を作ろうとした……かな」
五条さんのその言葉に寒気がした。私がアルファであることを見抜いた上でそんな行動を取って、襲わせようとしたのだ。それで私が反応しなかったからパニックになっていた、というところだろうか。
「ホント、迷惑な話だよ……」
「……ですね。あの、五条さんって薬持ってないんですか?」
「持ち歩いてるやつはあったけど……さっき落としたみたい」
「えっ」
今日は状況が悪化し続ける日らしい。いくら私がフェロモンに反応しないとはいえ、ずっと一緒にいるのもまずい。どうにかしなければならないと必死に考えるが、まともな方法が思い浮かばず唸るだけ。そうやって時間を浪費しているうちに五条さんの息遣いがもっと荒くなっていく。
「病院……に行った方がいいですよね。薬も無いので」
「ヤダ、もっとナマエと一緒にいたい……」
「そんな事言ってる場合じゃ……!」
「だって、今日のためにずっと頑張ってきたんだよ……それなのに、こんなのってあんまりだよ」
顔を覆ってぐすぐすと鼻を鳴らす。情緒まで不安定になってきている。それを見て私はポケットからハンカチを取り出す。宥めるように背中を撫でつつ涙を拭いた。まだ瞳が濡れたままだが、彼は徐にスマホを取り出して誰かにメッセージを送る。しばらくして着信音が鳴った。
「もしもし、うん……ちょっとね」
「あー、それもそうだけど……一般人がそんな事するとは思わないじゃん」
「大体の場所は送ってるから、あとはよろしく」
一方的に電話口へ伝えて、五条さんは通話を切った。そして大きく息を吐く。誰に連絡を入れたかは分からないが、砕けたような話し方と声音からして協力的な人なんだろうと思った。
スマホをポケットに戻した彼は私の手を握ってきた。そしてその手を頬へと持っていく。触れたところ全てが熱くなっている。
「ナマエの手、冷たいね」
「五条さんが熱いだけだと思いますよ」
「ふふ、そうかも」
五条さんは静かに目を閉じる。そのまましていると近くで車が停まる音がした。誰かが走っているような足音も聞こえてくる。
「五条さん!」
「……伊地知」
眼鏡をかけたスーツ姿の男性がやってきた。伊地知と呼ばれた男性は息を切らしてこちらへ駆け寄ってくる。
「すみません、遅くなりました」
「いいよ。このまま高専に連れてってほしいんだけど」
「薬、持ってきてますよ?」
そう言って差し出されたパッケージを見て、五条さんは首を振る。それは効かない、と彼は言った。
「今は別の飲んでるから」
「……そうですか。では、高専まで行きましょう」
五条さんは壁に手をつきながら立ち上がった。いつ転んでしまってもおかしくなさそうな足取りで、伊地知さんが肩を貸してようやく歩けるくらいにまでなっていた。私がもっと早く判断できていれば、ここまでの状態にならなくて済んだのだと思うと申し訳ない気持ちになる。
私は自分の分と五条さんの荷物を持って2人の後ろをついていった。通りには五条さんに助けてもらった時に乗った車が停まっている。後部座席に座っている彼に荷物を渡そうとすると、強い力で手を引かれた。そのままドアが閉まり、腕の中で慌てているうちに車が動き出してしまう。
「あ、あの……」
「ナマエにも来てもらうよ」
「ええ……」
「既成事実を作りたいのはあのオメガだけじゃないの」
私にもたれかかって耳元で呟く。首に当たる息が熱い。運転席に座る伊地知さんへ視線を送ってみるも、もう諦めるしかない、と言いたげな表情をされただけだった。
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