SS(呪夢)
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「このまま術師目指すつもり? オマエ雑魚だから死ぬよ」
初対面でこんな事が言えるのは後にも先にも五条さんくらいしかいないだろうと思う。
私は当時京都校に所属しており、交流会では何があるだろうと年相応にワクワクしていた矢先の出来事だった。ごもっともな意見をとんでもなく整った顔面からぶつけられた私はそれ以降の記憶がない。強いて挙げるなら不機嫌そうに揺れていたふわふわの尻尾くらい。
それからは何となくで選んでいた進路をちゃんと考え、自分の適性なんかも加味して補助監督になろうと決めた。それは正解だったらしく、これまで生きてこれたのだ。
しかし、東京校が人手不足だとかいう理由で私は京都から飛ばされてしまった。そんな事を言ってしまえば京都だって人手不足だ。何か別の理由があることは分かったが、それに抗おうと思うほど京都校に思い入れも無かった。頼れる先輩と離れてしまうのが辛いところではあったけれど、それだけ。そうして今はたまに五条さんの補助をさせられている。未だ苦手意識はあるものの、態度は学生の頃より柔らかくなったので接しやすくなったとは思う。
そんな中、出先で五条さんが先祖返りしたと聞かされた。実際に見たことがなくて知識でしか知らないが、例えば猫の獣人は猫そのものになる上、言葉も通じず、本能に忠実なようになるのだとか。五条さんは雪豹の獣人だと聞いている。そうなってくると扱いが厄介なんじゃないか。
本当に面倒なことになっていた。間が悪い事に、夏油さんは数日戻らないそうだし、家入さんは一日不在になっているらしい。誰も手がつけられない事態になってきている、というのは同僚の様子を見て理解した。やけにボロボロな身なりの人がいたり、引っかき傷が手の甲にある人がいたりしたのだ。傷はそう大きいものでなかったから、少しは手加減しているのではと推測する。
「……何ですか、これ」
つなぎのような服に着替えさせられ、生肉の載ったトレーを持たされる。近くにいた同僚は何も語りたくない、という様子で首を横に振った。まあ、状況から察するに連れて行かれる先には五条さんがいるのだろう。私だって無事に帰ってこられるのか分からないのに、もう私くらいしか面倒を見られる人がいない、みたいな雰囲気を出すのをやめてほしい。ボロボロになったつなぎに見送られながら部屋を後にした。
「失礼します……」
五条さんがいるという職員寮内の部屋のドアを静かに開ける。荒れた部屋の真ん中で特大サイズの雪豹が眠っていた。元の身長のまま先祖返りするらしい。彼は綿のはみ出たクッションを枕にしている。そこから離れた場所にあった机の上にトレーを置き、私は腰を下ろす。
しばらくすると同僚から何やらメッセージが届く。中身は動画だった。目の前で眠っている雪豹が暴れていた時のもので、低い唸り声を上げつつ飛びかかったところで動画は終わる。まるでパニック系のホラーのような動画に苦笑する。動画は2つあったが、そのどちらも食べ物を与えた時に怒らせたように見えた。
部屋に入ってからしばらく経つ。すぐ駄目になることはないだろうが、生肉をずっと常温に置いておくのも気が引けてきた。動画を見て、いくら雪豹そのものになったとしても五条さんは五条さんなのだから、生肉を食べさせられるのに抵抗があるんじゃないかとなんとなく感じた。だから与えられた時に暴れて食べさせられまいと抵抗した。人としての意識があれば、私なら火くらい通してほしいと思う。
「あ、すみません。ちょっとお願いがあるんですけど——」
待機している補助監督に連絡を入れる。私の話す声で目を覚ましたのか、雪豹の耳が小刻みに揺れた。持たされた肉を焼いてほしい、と一言伝えて通話を切る。スマホを机に置くと、五条さんがおもむろに近寄ってきた。スマホの横にある肉を睨んでいるようだ。
「その肉は焼いてもらいますよ」
もう少ししたら回収してもらうことを伝えると、納得したのか私の隣でごろんと横になった。撫でてしまいたくなるような毛並みに手を伸ばしかける。けれど理性がそれを止めた。もしかしたら噛まれてしまうかも、なんて考えが頭をよぎったのだ。
「……そういえば、言葉、分かるんですね」
元は人間なのだから当たり前といえば当たり前である。でも、これまでの人たちは問答無用で襲われていたような。声かけくらいはしていたのに。五条さんは顔を上げて、短く唸った。恐らく肯定している。
少しして同僚が焼いた肉を持ってきた。私に持たされていた分と交換する形になる。新たに貰った分は切られていない。五条さんは育ちがいいから、ステーキ肉をそのまま食べるようなことはしないんじゃないか。補助監督たちは五条さんのことをただの肉食動物としか見ていないのかもしれない。同僚にナイフとフォークを持ってくるよう頼んで、皿を机の上に置く。
「お肉、切ったほうがいいですよね?」
五条さんは焼いた肉を見て、そして私を見て首を上下させる。人としての意識はありそうだ。
ナイフが届いてすぐに肉を切り分けた。少し時間を置いたから程よく冷えている。フォークで一切れ与えると、大きく口を開けてぱくりと食べた。口の周りを汚さないようにしているのだろうか。まだくれ、と頭を擦り付けてきたので流れ作業のように肉を与えていく。
肉を平らげて満足したのか、五条さんは水を飲んでいる。私の仕事は終えた。同僚に連絡をした後、皿を持って部屋を出ようとする。ドアノブに手をかけた時、足の辺りを後ろから引っ張られるような感覚がした。視線を足元へやると五条さんがつなぎに爪を立てていた。服が破れないよう前足をゆっくりどけてやる。そうするとなぜか手を噛まれた。歯も立てていないし、力加減を頑張った甘噛みなのだろうけれど、ちょっと怖い。小さく唸っている頭を恐る恐る撫でると離してくれた。
「……私、ここにいた方がいいんですか?」
そう尋ねれば、五条さんは足の辺りにすりすりと頭を擦りつけてくる。引き止めたいのだと思う。多分。
身動きが取れないまま同僚にありのままを伝えるとなぜかすぐに理解を示された。私の夕食とともに寝具も運ばれてきたのだ。五条さんが元に戻るまで私は出ていけないのかもしれない。
私が夕食を食べている隣で五条さんは横になり、ごろごろと喉を鳴らしている。雪豹も喉が鳴るのだな、とぼんやり思いながら豪勢な弁当を口に運ぶ。
食後のお菓子を食べようとして、五条さんからの視線をひしひしと感じて一旦机に置く。そこへ前足を伸ばして袋の上から触ろうとするのを止める。低く唸られたけど、これもどんな影響が出るか分からないから。
「元に戻ってからたくさん食べればいいじゃないですか」
普段からよく食べているのだから、今日くらい食べなくてもいいだろう。机に頭を乗せ、聞いたことがないような高い声を出してこちらを見ているけれど、それを無視して食べ進めていく。可愛く見せているつもりなのだろうか。
夕食を食べて一息つく。横になった私に密着する形で五条さんも隣で伸びる。彼は私が来てからほとんどの時間を隣で過ごしていた。先祖返りすると人恋しくなるのかもしれない。手を伸ばせば擦り寄ってくる。そのままわしゃわしゃ撫でると毛が舞った。換毛期なのかも。
「ブラッシング、します?」
横になったまま尋ねると、五条さんはすっと起き上がってどこかへ行った。少しした後ブラシを咥えて戻ってくる。ぽと、と床に落とされたそれはそれなりに使われてきたように見える。普段は尻尾のブラッシングにでも使っているんだと思う。ブラシを拾ったのを見てすぐにごろんと横になり、ブラッシング待ちの体勢をとった。私は生き物にブラッシングをしてあげた経験がないから、五条さんを満足させられるかは分からない。でも、私からやるって言ったからとりあえずやってみるしかない。
「痛かったら教えてください」
首の辺りから毛の流れに沿ってブラシを動かしていく。1度頭から尻尾まで梳かすだけでかなりの量の毛が取れた。これは骨が折れそうだ。……でも気持ちいいようで、ブラッシングを始めてからひっきりなしに喉が鳴っている音が聞こえてくる。それに気を良くした私は色々な所を撫でながら櫛を動かし続けるのだった。
1時間くらいが経つ。五条さんの隣には抜けた毛がこんもりと積まれている。ブラッシングの途中でふと、この抜けた毛は元の五条さんでいうとどこにあたるのだろうかと思ってしまったが何も言わないでおいた。尻尾がほっそりするくらいになると思いたい。
毛まみれになったので、着替えも兼ねてシャワーを浴びたいと思って移動しようとする。引き止められるのは分かっていたので、先にシャワーを浴びに行くことを伝えると逆効果だったらしく乗り気でついてきてしまった。なぜかご機嫌そうな足取りで隣を歩いている。五条さんもお風呂に入りたいのだろうか。
「さ、流石に五条さんはここまでです……」
シャワー室の前で待機していた同僚から着替えを受け取って、更衣室へ入ろうとすると五条さんも入って当たり前かのような顔で後をついてきた。それを同僚が止めると彼は低く唸る。もしかしたらお風呂に入りたいのかもしれない。
「ミョウジさんからも何か言ってくださいよ」
「あ……うん、多分五条さんもお風呂に入ってスッキリしたいんだと思います」
ですよね? と本人に確認すると、耳をぺたんとさせ小さく頷く。さっきまでの威勢がなくなってしまったのに首を傾げながらも、五条さんを同僚に任せて更衣室へ向かう。どこかもの悲しげな鳴き声が背後から聞こえてきたような気がした。
シャワーを浴びて部屋へ戻る。戻ってすぐに五条さんが飛びかかってきた。特大の雪豹を支えられなくて、そのまま床に押し倒される。食べられてしまうんじゃないかという恐怖が一瞬よぎったものの、耳元で特大のごろごろ音がして抵抗はしないでおいた。そこかしこに頭を擦り付けてくるので、何かに甘えたいスイッチが入ってしまったのだと思う。
「……でも、なんで私なんだろ」
初対面は最悪だったし、補助監督として関わる時だって必要最小限のやり取りしかしない。それなのに、今日は私には攻撃しないどころかこうして甘えてくる。誰でもいいなら適当な人間に甘えると思う。
いや、でも、なんで、と繰り返して考えていく内、五条さんの体温も相まって段々眠気がやってくる。床の上で寝落ちしたくないと思うけれど、五条さんが私の上から動きそうな気配がしなくて動けない。最後にふわふわの頭をひと撫でして意識を失った。
隣で何かモゾモゾと動く感覚。昨日は床の上で眠ってしまったような記憶が朧げにあるけれど、今はちゃんと柔らかいものの上で横になっている気がする。割と寝心地が良くて、浅いところにある意識がまた深く落ちていきそうだ。しかし、ふわっとした何かが足に触れてくすぐったさで目を覚ます。
「おはよ♡」
「お…はよ、ございます」
真横には恐ろしいほどに整った顔。それに加えて甘ったるい声で呼びかけられ言葉に詰まった。雪豹から元に戻っているのなら、と一瞬洋服のことを心配したがちゃんと着ている。ほっとしたのも束の間、五条さんに添い寝してもらっている姿勢になっているのに気付き慌てて距離を取る。
「どうして離れちゃうの。昨日はあんなになでなでしてくれたじゃん」
「え、と……昨日は人に甘えたいのかなーと思ってしてただけで……」
「今は甘えさせてくれないの?」
「わ、私以外に適任がいると思うので、」
「適任? そんなのナマエ以外いないよ」
ほら、と腕を広げて私を待っている。柔らかい笑みを浮かべているのに目は爛々としていて怖い。そこに飛び込んでしまえば逃げられなくなるのは分かっているが、このまま逃げたとしても無事ではいられなさそうな未来しか見えない。私は色々と諦めて、顔を見ないようにして逞しい腕の中へ身を委ねた。
「ナマエが僕の面倒見てくれて嬉しかったよ」
「あ……はい。それはよかったです……」
「甘えさせてくれたからストレス解消にもなって戻れたし」
ストレスが溜まって先祖返りしていたらしい。普段はそうならないよう夏油さんや家入さんがストレス発散に付き合わせているけれど、今回はスケジュールが合わなくてそのまま……ということだそう。うまく予定を管理できなかった私たちの側にも責任はある。あまり五条さんが疲れているところを見ないから、それに甘えてしまっていたのだ。
「スケジュールの件、次からは気を付けますね」
「え? 別にそのままでもいいよ。ナマエが癒してくれるなら」
「……あの、なんで私なんですか?」
私に世話係が回ってきたのもよく分からないし、その上五条さんからここまでの事を言われる覚えがない。一番の疑問を彼に投げかけると、きょとんとした顔を見せた。そして、好きだからに決まってるじゃん、と一言。
「そんな、嘘ですよね」
「なんで嘘つく必要があんの」
信じられないでそのまま言葉に出すと、五条さんの纏う雰囲気がピリついたものへ変化する。それに焦った私は、初対面の時のことや最近の五条さんがそういう感じに見えなかったことなど、洗いざらい話した。
「初対面……初対面ねぇ」
「あれ…なんだったんですか。……あのおかげで術師にならなかったんですけど」
「番にしたい子が死なないようにって思ったからだったんだけど……言い方が悪かったのは僕も分かるよ」
理解は示したものの、若気の至りってやつだから許して、とあまり悪びれていない様子。でも、そんな風に言われたからこそ今の私があるから何とも複雑な気分。
「——で? 返事は?」
「……え」
「僕の番になってくれるの?」
この、有無を言わさぬ声の圧。私は腕の中で頷くしかなかった。
初対面でこんな事が言えるのは後にも先にも五条さんくらいしかいないだろうと思う。
私は当時京都校に所属しており、交流会では何があるだろうと年相応にワクワクしていた矢先の出来事だった。ごもっともな意見をとんでもなく整った顔面からぶつけられた私はそれ以降の記憶がない。強いて挙げるなら不機嫌そうに揺れていたふわふわの尻尾くらい。
それからは何となくで選んでいた進路をちゃんと考え、自分の適性なんかも加味して補助監督になろうと決めた。それは正解だったらしく、これまで生きてこれたのだ。
しかし、東京校が人手不足だとかいう理由で私は京都から飛ばされてしまった。そんな事を言ってしまえば京都だって人手不足だ。何か別の理由があることは分かったが、それに抗おうと思うほど京都校に思い入れも無かった。頼れる先輩と離れてしまうのが辛いところではあったけれど、それだけ。そうして今はたまに五条さんの補助をさせられている。未だ苦手意識はあるものの、態度は学生の頃より柔らかくなったので接しやすくなったとは思う。
そんな中、出先で五条さんが先祖返りしたと聞かされた。実際に見たことがなくて知識でしか知らないが、例えば猫の獣人は猫そのものになる上、言葉も通じず、本能に忠実なようになるのだとか。五条さんは雪豹の獣人だと聞いている。そうなってくると扱いが厄介なんじゃないか。
本当に面倒なことになっていた。間が悪い事に、夏油さんは数日戻らないそうだし、家入さんは一日不在になっているらしい。誰も手がつけられない事態になってきている、というのは同僚の様子を見て理解した。やけにボロボロな身なりの人がいたり、引っかき傷が手の甲にある人がいたりしたのだ。傷はそう大きいものでなかったから、少しは手加減しているのではと推測する。
「……何ですか、これ」
つなぎのような服に着替えさせられ、生肉の載ったトレーを持たされる。近くにいた同僚は何も語りたくない、という様子で首を横に振った。まあ、状況から察するに連れて行かれる先には五条さんがいるのだろう。私だって無事に帰ってこられるのか分からないのに、もう私くらいしか面倒を見られる人がいない、みたいな雰囲気を出すのをやめてほしい。ボロボロになったつなぎに見送られながら部屋を後にした。
「失礼します……」
五条さんがいるという職員寮内の部屋のドアを静かに開ける。荒れた部屋の真ん中で特大サイズの雪豹が眠っていた。元の身長のまま先祖返りするらしい。彼は綿のはみ出たクッションを枕にしている。そこから離れた場所にあった机の上にトレーを置き、私は腰を下ろす。
しばらくすると同僚から何やらメッセージが届く。中身は動画だった。目の前で眠っている雪豹が暴れていた時のもので、低い唸り声を上げつつ飛びかかったところで動画は終わる。まるでパニック系のホラーのような動画に苦笑する。動画は2つあったが、そのどちらも食べ物を与えた時に怒らせたように見えた。
部屋に入ってからしばらく経つ。すぐ駄目になることはないだろうが、生肉をずっと常温に置いておくのも気が引けてきた。動画を見て、いくら雪豹そのものになったとしても五条さんは五条さんなのだから、生肉を食べさせられるのに抵抗があるんじゃないかとなんとなく感じた。だから与えられた時に暴れて食べさせられまいと抵抗した。人としての意識があれば、私なら火くらい通してほしいと思う。
「あ、すみません。ちょっとお願いがあるんですけど——」
待機している補助監督に連絡を入れる。私の話す声で目を覚ましたのか、雪豹の耳が小刻みに揺れた。持たされた肉を焼いてほしい、と一言伝えて通話を切る。スマホを机に置くと、五条さんがおもむろに近寄ってきた。スマホの横にある肉を睨んでいるようだ。
「その肉は焼いてもらいますよ」
もう少ししたら回収してもらうことを伝えると、納得したのか私の隣でごろんと横になった。撫でてしまいたくなるような毛並みに手を伸ばしかける。けれど理性がそれを止めた。もしかしたら噛まれてしまうかも、なんて考えが頭をよぎったのだ。
「……そういえば、言葉、分かるんですね」
元は人間なのだから当たり前といえば当たり前である。でも、これまでの人たちは問答無用で襲われていたような。声かけくらいはしていたのに。五条さんは顔を上げて、短く唸った。恐らく肯定している。
少しして同僚が焼いた肉を持ってきた。私に持たされていた分と交換する形になる。新たに貰った分は切られていない。五条さんは育ちがいいから、ステーキ肉をそのまま食べるようなことはしないんじゃないか。補助監督たちは五条さんのことをただの肉食動物としか見ていないのかもしれない。同僚にナイフとフォークを持ってくるよう頼んで、皿を机の上に置く。
「お肉、切ったほうがいいですよね?」
五条さんは焼いた肉を見て、そして私を見て首を上下させる。人としての意識はありそうだ。
ナイフが届いてすぐに肉を切り分けた。少し時間を置いたから程よく冷えている。フォークで一切れ与えると、大きく口を開けてぱくりと食べた。口の周りを汚さないようにしているのだろうか。まだくれ、と頭を擦り付けてきたので流れ作業のように肉を与えていく。
肉を平らげて満足したのか、五条さんは水を飲んでいる。私の仕事は終えた。同僚に連絡をした後、皿を持って部屋を出ようとする。ドアノブに手をかけた時、足の辺りを後ろから引っ張られるような感覚がした。視線を足元へやると五条さんがつなぎに爪を立てていた。服が破れないよう前足をゆっくりどけてやる。そうするとなぜか手を噛まれた。歯も立てていないし、力加減を頑張った甘噛みなのだろうけれど、ちょっと怖い。小さく唸っている頭を恐る恐る撫でると離してくれた。
「……私、ここにいた方がいいんですか?」
そう尋ねれば、五条さんは足の辺りにすりすりと頭を擦りつけてくる。引き止めたいのだと思う。多分。
身動きが取れないまま同僚にありのままを伝えるとなぜかすぐに理解を示された。私の夕食とともに寝具も運ばれてきたのだ。五条さんが元に戻るまで私は出ていけないのかもしれない。
私が夕食を食べている隣で五条さんは横になり、ごろごろと喉を鳴らしている。雪豹も喉が鳴るのだな、とぼんやり思いながら豪勢な弁当を口に運ぶ。
食後のお菓子を食べようとして、五条さんからの視線をひしひしと感じて一旦机に置く。そこへ前足を伸ばして袋の上から触ろうとするのを止める。低く唸られたけど、これもどんな影響が出るか分からないから。
「元に戻ってからたくさん食べればいいじゃないですか」
普段からよく食べているのだから、今日くらい食べなくてもいいだろう。机に頭を乗せ、聞いたことがないような高い声を出してこちらを見ているけれど、それを無視して食べ進めていく。可愛く見せているつもりなのだろうか。
夕食を食べて一息つく。横になった私に密着する形で五条さんも隣で伸びる。彼は私が来てからほとんどの時間を隣で過ごしていた。先祖返りすると人恋しくなるのかもしれない。手を伸ばせば擦り寄ってくる。そのままわしゃわしゃ撫でると毛が舞った。換毛期なのかも。
「ブラッシング、します?」
横になったまま尋ねると、五条さんはすっと起き上がってどこかへ行った。少しした後ブラシを咥えて戻ってくる。ぽと、と床に落とされたそれはそれなりに使われてきたように見える。普段は尻尾のブラッシングにでも使っているんだと思う。ブラシを拾ったのを見てすぐにごろんと横になり、ブラッシング待ちの体勢をとった。私は生き物にブラッシングをしてあげた経験がないから、五条さんを満足させられるかは分からない。でも、私からやるって言ったからとりあえずやってみるしかない。
「痛かったら教えてください」
首の辺りから毛の流れに沿ってブラシを動かしていく。1度頭から尻尾まで梳かすだけでかなりの量の毛が取れた。これは骨が折れそうだ。……でも気持ちいいようで、ブラッシングを始めてからひっきりなしに喉が鳴っている音が聞こえてくる。それに気を良くした私は色々な所を撫でながら櫛を動かし続けるのだった。
1時間くらいが経つ。五条さんの隣には抜けた毛がこんもりと積まれている。ブラッシングの途中でふと、この抜けた毛は元の五条さんでいうとどこにあたるのだろうかと思ってしまったが何も言わないでおいた。尻尾がほっそりするくらいになると思いたい。
毛まみれになったので、着替えも兼ねてシャワーを浴びたいと思って移動しようとする。引き止められるのは分かっていたので、先にシャワーを浴びに行くことを伝えると逆効果だったらしく乗り気でついてきてしまった。なぜかご機嫌そうな足取りで隣を歩いている。五条さんもお風呂に入りたいのだろうか。
「さ、流石に五条さんはここまでです……」
シャワー室の前で待機していた同僚から着替えを受け取って、更衣室へ入ろうとすると五条さんも入って当たり前かのような顔で後をついてきた。それを同僚が止めると彼は低く唸る。もしかしたらお風呂に入りたいのかもしれない。
「ミョウジさんからも何か言ってくださいよ」
「あ……うん、多分五条さんもお風呂に入ってスッキリしたいんだと思います」
ですよね? と本人に確認すると、耳をぺたんとさせ小さく頷く。さっきまでの威勢がなくなってしまったのに首を傾げながらも、五条さんを同僚に任せて更衣室へ向かう。どこかもの悲しげな鳴き声が背後から聞こえてきたような気がした。
シャワーを浴びて部屋へ戻る。戻ってすぐに五条さんが飛びかかってきた。特大の雪豹を支えられなくて、そのまま床に押し倒される。食べられてしまうんじゃないかという恐怖が一瞬よぎったものの、耳元で特大のごろごろ音がして抵抗はしないでおいた。そこかしこに頭を擦り付けてくるので、何かに甘えたいスイッチが入ってしまったのだと思う。
「……でも、なんで私なんだろ」
初対面は最悪だったし、補助監督として関わる時だって必要最小限のやり取りしかしない。それなのに、今日は私には攻撃しないどころかこうして甘えてくる。誰でもいいなら適当な人間に甘えると思う。
いや、でも、なんで、と繰り返して考えていく内、五条さんの体温も相まって段々眠気がやってくる。床の上で寝落ちしたくないと思うけれど、五条さんが私の上から動きそうな気配がしなくて動けない。最後にふわふわの頭をひと撫でして意識を失った。
隣で何かモゾモゾと動く感覚。昨日は床の上で眠ってしまったような記憶が朧げにあるけれど、今はちゃんと柔らかいものの上で横になっている気がする。割と寝心地が良くて、浅いところにある意識がまた深く落ちていきそうだ。しかし、ふわっとした何かが足に触れてくすぐったさで目を覚ます。
「おはよ♡」
「お…はよ、ございます」
真横には恐ろしいほどに整った顔。それに加えて甘ったるい声で呼びかけられ言葉に詰まった。雪豹から元に戻っているのなら、と一瞬洋服のことを心配したがちゃんと着ている。ほっとしたのも束の間、五条さんに添い寝してもらっている姿勢になっているのに気付き慌てて距離を取る。
「どうして離れちゃうの。昨日はあんなになでなでしてくれたじゃん」
「え、と……昨日は人に甘えたいのかなーと思ってしてただけで……」
「今は甘えさせてくれないの?」
「わ、私以外に適任がいると思うので、」
「適任? そんなのナマエ以外いないよ」
ほら、と腕を広げて私を待っている。柔らかい笑みを浮かべているのに目は爛々としていて怖い。そこに飛び込んでしまえば逃げられなくなるのは分かっているが、このまま逃げたとしても無事ではいられなさそうな未来しか見えない。私は色々と諦めて、顔を見ないようにして逞しい腕の中へ身を委ねた。
「ナマエが僕の面倒見てくれて嬉しかったよ」
「あ……はい。それはよかったです……」
「甘えさせてくれたからストレス解消にもなって戻れたし」
ストレスが溜まって先祖返りしていたらしい。普段はそうならないよう夏油さんや家入さんがストレス発散に付き合わせているけれど、今回はスケジュールが合わなくてそのまま……ということだそう。うまく予定を管理できなかった私たちの側にも責任はある。あまり五条さんが疲れているところを見ないから、それに甘えてしまっていたのだ。
「スケジュールの件、次からは気を付けますね」
「え? 別にそのままでもいいよ。ナマエが癒してくれるなら」
「……あの、なんで私なんですか?」
私に世話係が回ってきたのもよく分からないし、その上五条さんからここまでの事を言われる覚えがない。一番の疑問を彼に投げかけると、きょとんとした顔を見せた。そして、好きだからに決まってるじゃん、と一言。
「そんな、嘘ですよね」
「なんで嘘つく必要があんの」
信じられないでそのまま言葉に出すと、五条さんの纏う雰囲気がピリついたものへ変化する。それに焦った私は、初対面の時のことや最近の五条さんがそういう感じに見えなかったことなど、洗いざらい話した。
「初対面……初対面ねぇ」
「あれ…なんだったんですか。……あのおかげで術師にならなかったんですけど」
「番にしたい子が死なないようにって思ったからだったんだけど……言い方が悪かったのは僕も分かるよ」
理解は示したものの、若気の至りってやつだから許して、とあまり悪びれていない様子。でも、そんな風に言われたからこそ今の私があるから何とも複雑な気分。
「——で? 返事は?」
「……え」
「僕の番になってくれるの?」
この、有無を言わさぬ声の圧。私は腕の中で頷くしかなかった。