SS(呪夢)
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呪術師は基本的にどこかがイカれている。まともそうに見える人でも何か普通の人とは違う感じがするのだ。呪術師がイカれなのではなく、イカれた人間が呪術師になるのかもしれない。
私はイカれた人間にはなれなかった。けれど、一般人として生きていくには必要のない経験をしすぎた。呪術師にもなれず、普通の人間にもなれなかった私は補助監督になる道を選んだ。仕事として選んでいるとはいえ、命の危険がある場所へと赴く彼らを私は尊敬の気持ちを持って接した。そのお陰か変なトラブルが起きたことはなく、良好な関係を築けてきた人も数多い。こうして、波風の立たない生活を送っていけるものだと思っていた。
「五条術師……ですか」
「はい。ミョウジさんには今日1日五条さんについて頂きたくて」
「他にいないんですか?」
私がそう尋ねれば、伊地知さんは端末を操作し始める。できることならあの嵐のような人とは関わりたくはないのだ。五条悟本人の扱いにくさは言わずもがな、それに関わったと知られてしまえば他の補助監督との関係性の悪化が確定してしまう。できれば他の人に頼んでほしいところ。今日の予定を確認し終えた伊地知さんは頭を抱えた。
「……ミョウジさんぐらいしか空いている人がいません」
「本当に?」
「厳密にはいます。ですが、その、女性ばかりで……」
私はいいのか、と思うが喜んで引き受けようとしないから選ばれたのだろう。以前に五条悟へ好意を抱いている補助監督がついたことでトラブルが起きたこともあった。
伊地知さんにも予定があり、その時間が迫っている。私は両手を挙げた。
「分かりました。ボーナスとか出ますかね?」
「……どうでしょう」
「冗談ですよ。私の端末に情報送ってくださいね」
そう伊地知さんに告げて私はその場を足早に去る。カツカツと踵を鳴らしながら歩く間にも色んな見知った顔とすれ違う。今日は誰につくかという質問を適当にいなしていく。私は特定の術師につかないため、皆誰でも良さそうな反応をしていた。
車に乗り込んでから端末を確認する。私が去ってからすぐに情報を送ってくれたらしく、今日行くべき任務先の一覧が表示される。流石特級と言うべきか、普通の術師の倍以上の場所を回る予定が組まれている。今日はどれも近場だから、効率良く回ることができれば……と考え始めて、時計に視線をやる。そろそろお迎えに行かなければならない。
車を走らせ高専の出入り口付近で五条悟を待つ。待つ間に今日のプランを練っていく。交通状況なんかも考慮して、一筆書きで回れるようなルートを考える。こういったシミュレーションをするのは割と楽しくやれるのだ。やがて後部座席のドアが開き、屈んだ姿勢の男が不機嫌さを隠そうとせずに乗り込んでくる。足を組み、目隠しをしたまま私の方を見る。そしてため息。
「本日同行するミョウジです。出発しますね」
簡単に自己紹介を済ませ、シートベルト着けてくださいとお願いする。カチ、とベルトが刺さった音を聞いた上で車を走らせた。道中は気味が悪いくらいに車内が静まり返っていて、普段ラジオをつけない私ですら気まずくて音楽の番組にチャンネルを合わせた。信号で止まったタイミングになって端末を手渡す。
「今日回る順番です。他に用事があればそこにも寄りますよ」
「用はないけど……これ、君が考えたの?」
「はい。何か不都合でもありましたか」
「いや、無いよ。聞いただけ」
それきり、五条悟は端末を手に押し黙る。車内の空気がさらに重くなったような感覚。青に変わったので私はアクセルを踏む。もう運転している間はこの男の様子なんか見ない。そう決意して街中を走った。
高専を出て30分も経たないくらいで1ヶ所目の目的地に到着する。我先にと車を降りて歩き出す大きな背中を追いかけて、私は帳を下ろす。そして事が終わるまで近くで待機。
5分もしない内に目隠し男は帳から出てきた。1級程度の呪霊と見積もられてはいたが、いくらなんでも早すぎないか。念の為確認してみると跡形も無くなっているのが見える。消し飛んでもいいような場所だったから良かった。しかし、これ以上不機嫌にしてしまったら次は私がこんな風になってしまうかもしれないと感じた。静かに震えながら私は運転席に座る。
2カ所目、3カ所目と巡っていき、最後の場所へと辿り着いた。それもまた5分足らずで処理を終えてしまう。もう私は車で待機していた。大きな人影が歩いてくるのを確認して、すぐに出発できるよう準備をする。後部座席にどかっと座ってくる五条悟。流石に数をこなしてきたせいか、目隠し越しでも疲労の色が見えた。私は助手席に置いていたラムネの袋を手渡す。
「疲れている時は糖分だと聞いていますので、良かったらどうぞ」
「僕、全部食べちゃうけどいいの」
「いいですよ。ストックがありますから」
なかったとしてもそこまで高いものでもないから、また新しく買えばいいだけのことだ。対して関係性のない私からもらったものを食べるのだろうかと思っていると、パッケージを開ける音が聞こえてきて安心した。そうして漸く車を発進させる。このまま帰れば正午くらいには高専に着くだろう。
ふと、私は思いついてこんな提案をした。
「明日の分もできる限り今日やっておきますか?」
「急に何?」
「いえ。かなり時間に余裕があるので、どうせやるなら今日やってもいいんじゃないかと思って」
「あー、なるほどね。明日は稽古つけてやるって約束してるし……お昼食べたら行こうよ」
割と乗り気で驚いた。しかも、稽古をつける約束をするなんて、教師らしいこともしているのだと失礼な感想を抱く。私は了承の返事をして、目的地を変更した。
適当に昼食を済ませてから、伊地知さんに連絡をする。明日五条悟が処理する予定の任務をある程度教えて欲しい、とメッセージを送った。すぐに返信があって、何件か情報が送られてきた。きっと本人も知っているだろうが、話しかけにくい上、確実な情報とは限らないから距離が近い先輩を選んだ。
明日に組み込まれていた任務も難なく終え、私たちは帰路についていた。少し遠方での討伐だったため、処理を終えて車に乗った頃には結構日が傾いていた。運転を始めてすぐ、ミラー越しに後部座席で首がこくこくと揺れているのが見えてラジオの音量を下げる。補助監督も大概だが、五条悟は何連勤しているか分からないくらい労働が続いていると聞いた事があった。それがあって、移動中くらいは休めたらいいと思って普段より丁寧な運転を心がける。後部座席にいるのが五条悟でなくともする対応だった。
「到着しましたよ」
後ろを向いて声をかけてみるものの、起きていそうな気配はない。目隠しのせいでどんな状態か分からなくて迂闊に近付くこともできなかった。困り果ててとりあえず車を駐車場へと動かすことにした。そこへ着いても起きない。
私は鞄から紙とペンを取り出す。書き置きと、車の鍵を置いて……あとブランケットを膝に掛けて車を後にした。
報告書を提出すれば伊地知さんに拝み倒された。明日の分まで任務をこなしたのが効いているみたいだ、と他人事のように思う。ボーナスが出るよう掛け合います、とまで言われた時は流石に止めた。別にそこまでお金には困っていないから。
「あ、いた! ずっと探してたんだけど」
五条悟に初めて同行してから1週間後。出勤した私は早々に大男から絡まれていた。手には何やら高級そうな紙袋を持っている。
「あの後出張がありまして……それで、五条術師がこんな所に何のご用でしょうか」
「その呼び方嫌なんだけど」
私は急に馴れ馴れしくなった貴方から嫌な感じがします、とは口が裂けても言えない。道行く同性の補助監督やら術師やらの視線が痛い。少しでも線引きをしていますよ、というパフォーマンスのために五条術師呼びはやめられないのだ。
「まあいいや。これ、あげるよ」
「焼き菓子……ですか。ありがとうございます」
スイーツに疎い私には分からないが、多分有名店のものなんだろう。手渡された紙袋からそんな雰囲気が醸し出されている。
私はあまり食べないから、五条悟からの差し入れとして補助監督の事務室にでも置いておくか。高い位置にある顔を眺めつつそんな事を考える。目隠しをしていても顔が整っているのが何となく分かるのが恐ろしい。私が何も言わないでいると、戸惑ったような様子で目隠しを下ろす。美しい蒼が私を捉えた。
「それ、この前のお礼みたいなものだから」
「お礼……」
私がしたことといえば、ラムネを渡したり、睡眠時間が取れるようにそっとしておいたりした事くらい。それがこんなに高そうな物になってしまうのか。1回でそこまで行くなんて、どんなわらしべ長者なのだと突っ込みたくなる。
「じゃあね。感想楽しみにしてるよ」
「は、はあ……」
甘ったるくそう言われて、私は気の抜けたような声で返事をするしかなかった。目隠しを元に戻してご機嫌そうな様子で去ろうとする背中に呼びかける。少し先で五条悟は立ち止まり、こちらを振り向く。
「いってらっしゃい。お気を付けて」
口元しか見えないから、どんな感情になったかは分かりにくい。ただ、特に何も言わず片手を上げて去っていったから、嫌な気持ちにさせてはいないと思いたい。
五条悟が去ってから、私は事務室のお菓子置き場に紙袋の中身を置いた。念の為1つだけは自分の分を確保しておく。「五条術師から差し入れです」と書き置きでもしておけばすぐに無くなるだろう。そんな事を考えながら事務仕事をしていると、あっという間に補助監督が集まり焼き菓子をそれぞれ持っていく様子が見えた。皆、礼を言ったり言わなかったりで各々の仕事へ戻っていく。
私も休憩のタイミングでコーヒーのお供として焼き菓子を食べた。あまりスイーツを食べない私でも美味しいと感じるくらいのものだった。思わず頬を緩ませる。
「珍しいですね、ミョウジさんが甘い物を食べるなんて」
「ああ、五条術師から貰ったんですよ」
私と同じく休憩に入ったらしい伊地知さんから話しかけられる。私は何気なく言葉を返し、焼き菓子とコーヒーの相性を楽しむ。こんなに美味しいのなら、あと1つくらいは余分に取っておけば良かったと後悔する。
「……五条さんが?」
「はい。なんか沢山あったので差し入れとして配りました」
「ええ……」
「どうかしました?」
私が尋ねれば、伊地知さんは頭を抱えてしまう。そして、絞り出したような声で言葉を発した。
「それ、五条さんがミョウジさんの為だけに用意したものだと思うんですよ……」
「えっ」
20個近く焼き菓子があったのに、それが全て私の為に用意されたという。その個数はいくらスイーツ好きの人間でも1人で食べ切れるか微妙な所だと思うのだが。本当にそうなのか問いただしてみたかったが、伊地知さんはそんなしょうもない嘘を言うような人ではない事はこれまでの付き合いで分かっている。
「ミョウジさんがいない間に、五条さんと洋菓子店に行ったことがあって……てっきり生徒さんにだと思っていましたが、今思えば選ぶ時の表情が違いましたね……」
「その、私の分と生徒さんの分を間違えたとか……」
「いえ。購入していたのは1セットで、私に女性はどのようなものを好むか聞いてきました」
私の為にわざわざこんな物を買うのかと混乱に陥る。ここまでされるような事を私はしただろうか。何1つ見当がつかなくて、無意識に焼き菓子を握りしめた。
「あの……畳み掛けるようで申し訳ないですけど、来週から週に1度ほど五条さんについて頂くことになりました」
「勘弁してください」
「ですが……ミョウジさんが担当した後、割と機嫌が良くて」
「ひぇぇ」
思わず私は情けない声を上げた。五条悟は気分屋な所が難点であると聞いている。それをある程度丸め込めて、仕事をしてもらうことができる人間に任せたい、と思うのは当然だと思う。しかし、私が知らない内にその話を進めていたのは良くないとも思うのだ。
「その気持ちも分かります。ですが、五条さんを止められることができず……ボーナスは出ますので」
五条悟が言ったのなら仕方がない。ボーナスも出ることで、私は受け入れるしかなかった。
こうして私は、五条悟という厄介な人間と関わりあってしまうこととなったのだった。
私はイカれた人間にはなれなかった。けれど、一般人として生きていくには必要のない経験をしすぎた。呪術師にもなれず、普通の人間にもなれなかった私は補助監督になる道を選んだ。仕事として選んでいるとはいえ、命の危険がある場所へと赴く彼らを私は尊敬の気持ちを持って接した。そのお陰か変なトラブルが起きたことはなく、良好な関係を築けてきた人も数多い。こうして、波風の立たない生活を送っていけるものだと思っていた。
「五条術師……ですか」
「はい。ミョウジさんには今日1日五条さんについて頂きたくて」
「他にいないんですか?」
私がそう尋ねれば、伊地知さんは端末を操作し始める。できることならあの嵐のような人とは関わりたくはないのだ。五条悟本人の扱いにくさは言わずもがな、それに関わったと知られてしまえば他の補助監督との関係性の悪化が確定してしまう。できれば他の人に頼んでほしいところ。今日の予定を確認し終えた伊地知さんは頭を抱えた。
「……ミョウジさんぐらいしか空いている人がいません」
「本当に?」
「厳密にはいます。ですが、その、女性ばかりで……」
私はいいのか、と思うが喜んで引き受けようとしないから選ばれたのだろう。以前に五条悟へ好意を抱いている補助監督がついたことでトラブルが起きたこともあった。
伊地知さんにも予定があり、その時間が迫っている。私は両手を挙げた。
「分かりました。ボーナスとか出ますかね?」
「……どうでしょう」
「冗談ですよ。私の端末に情報送ってくださいね」
そう伊地知さんに告げて私はその場を足早に去る。カツカツと踵を鳴らしながら歩く間にも色んな見知った顔とすれ違う。今日は誰につくかという質問を適当にいなしていく。私は特定の術師につかないため、皆誰でも良さそうな反応をしていた。
車に乗り込んでから端末を確認する。私が去ってからすぐに情報を送ってくれたらしく、今日行くべき任務先の一覧が表示される。流石特級と言うべきか、普通の術師の倍以上の場所を回る予定が組まれている。今日はどれも近場だから、効率良く回ることができれば……と考え始めて、時計に視線をやる。そろそろお迎えに行かなければならない。
車を走らせ高専の出入り口付近で五条悟を待つ。待つ間に今日のプランを練っていく。交通状況なんかも考慮して、一筆書きで回れるようなルートを考える。こういったシミュレーションをするのは割と楽しくやれるのだ。やがて後部座席のドアが開き、屈んだ姿勢の男が不機嫌さを隠そうとせずに乗り込んでくる。足を組み、目隠しをしたまま私の方を見る。そしてため息。
「本日同行するミョウジです。出発しますね」
簡単に自己紹介を済ませ、シートベルト着けてくださいとお願いする。カチ、とベルトが刺さった音を聞いた上で車を走らせた。道中は気味が悪いくらいに車内が静まり返っていて、普段ラジオをつけない私ですら気まずくて音楽の番組にチャンネルを合わせた。信号で止まったタイミングになって端末を手渡す。
「今日回る順番です。他に用事があればそこにも寄りますよ」
「用はないけど……これ、君が考えたの?」
「はい。何か不都合でもありましたか」
「いや、無いよ。聞いただけ」
それきり、五条悟は端末を手に押し黙る。車内の空気がさらに重くなったような感覚。青に変わったので私はアクセルを踏む。もう運転している間はこの男の様子なんか見ない。そう決意して街中を走った。
高専を出て30分も経たないくらいで1ヶ所目の目的地に到着する。我先にと車を降りて歩き出す大きな背中を追いかけて、私は帳を下ろす。そして事が終わるまで近くで待機。
5分もしない内に目隠し男は帳から出てきた。1級程度の呪霊と見積もられてはいたが、いくらなんでも早すぎないか。念の為確認してみると跡形も無くなっているのが見える。消し飛んでもいいような場所だったから良かった。しかし、これ以上不機嫌にしてしまったら次は私がこんな風になってしまうかもしれないと感じた。静かに震えながら私は運転席に座る。
2カ所目、3カ所目と巡っていき、最後の場所へと辿り着いた。それもまた5分足らずで処理を終えてしまう。もう私は車で待機していた。大きな人影が歩いてくるのを確認して、すぐに出発できるよう準備をする。後部座席にどかっと座ってくる五条悟。流石に数をこなしてきたせいか、目隠し越しでも疲労の色が見えた。私は助手席に置いていたラムネの袋を手渡す。
「疲れている時は糖分だと聞いていますので、良かったらどうぞ」
「僕、全部食べちゃうけどいいの」
「いいですよ。ストックがありますから」
なかったとしてもそこまで高いものでもないから、また新しく買えばいいだけのことだ。対して関係性のない私からもらったものを食べるのだろうかと思っていると、パッケージを開ける音が聞こえてきて安心した。そうして漸く車を発進させる。このまま帰れば正午くらいには高専に着くだろう。
ふと、私は思いついてこんな提案をした。
「明日の分もできる限り今日やっておきますか?」
「急に何?」
「いえ。かなり時間に余裕があるので、どうせやるなら今日やってもいいんじゃないかと思って」
「あー、なるほどね。明日は稽古つけてやるって約束してるし……お昼食べたら行こうよ」
割と乗り気で驚いた。しかも、稽古をつける約束をするなんて、教師らしいこともしているのだと失礼な感想を抱く。私は了承の返事をして、目的地を変更した。
適当に昼食を済ませてから、伊地知さんに連絡をする。明日五条悟が処理する予定の任務をある程度教えて欲しい、とメッセージを送った。すぐに返信があって、何件か情報が送られてきた。きっと本人も知っているだろうが、話しかけにくい上、確実な情報とは限らないから距離が近い先輩を選んだ。
明日に組み込まれていた任務も難なく終え、私たちは帰路についていた。少し遠方での討伐だったため、処理を終えて車に乗った頃には結構日が傾いていた。運転を始めてすぐ、ミラー越しに後部座席で首がこくこくと揺れているのが見えてラジオの音量を下げる。補助監督も大概だが、五条悟は何連勤しているか分からないくらい労働が続いていると聞いた事があった。それがあって、移動中くらいは休めたらいいと思って普段より丁寧な運転を心がける。後部座席にいるのが五条悟でなくともする対応だった。
「到着しましたよ」
後ろを向いて声をかけてみるものの、起きていそうな気配はない。目隠しのせいでどんな状態か分からなくて迂闊に近付くこともできなかった。困り果ててとりあえず車を駐車場へと動かすことにした。そこへ着いても起きない。
私は鞄から紙とペンを取り出す。書き置きと、車の鍵を置いて……あとブランケットを膝に掛けて車を後にした。
報告書を提出すれば伊地知さんに拝み倒された。明日の分まで任務をこなしたのが効いているみたいだ、と他人事のように思う。ボーナスが出るよう掛け合います、とまで言われた時は流石に止めた。別にそこまでお金には困っていないから。
「あ、いた! ずっと探してたんだけど」
五条悟に初めて同行してから1週間後。出勤した私は早々に大男から絡まれていた。手には何やら高級そうな紙袋を持っている。
「あの後出張がありまして……それで、五条術師がこんな所に何のご用でしょうか」
「その呼び方嫌なんだけど」
私は急に馴れ馴れしくなった貴方から嫌な感じがします、とは口が裂けても言えない。道行く同性の補助監督やら術師やらの視線が痛い。少しでも線引きをしていますよ、というパフォーマンスのために五条術師呼びはやめられないのだ。
「まあいいや。これ、あげるよ」
「焼き菓子……ですか。ありがとうございます」
スイーツに疎い私には分からないが、多分有名店のものなんだろう。手渡された紙袋からそんな雰囲気が醸し出されている。
私はあまり食べないから、五条悟からの差し入れとして補助監督の事務室にでも置いておくか。高い位置にある顔を眺めつつそんな事を考える。目隠しをしていても顔が整っているのが何となく分かるのが恐ろしい。私が何も言わないでいると、戸惑ったような様子で目隠しを下ろす。美しい蒼が私を捉えた。
「それ、この前のお礼みたいなものだから」
「お礼……」
私がしたことといえば、ラムネを渡したり、睡眠時間が取れるようにそっとしておいたりした事くらい。それがこんなに高そうな物になってしまうのか。1回でそこまで行くなんて、どんなわらしべ長者なのだと突っ込みたくなる。
「じゃあね。感想楽しみにしてるよ」
「は、はあ……」
甘ったるくそう言われて、私は気の抜けたような声で返事をするしかなかった。目隠しを元に戻してご機嫌そうな様子で去ろうとする背中に呼びかける。少し先で五条悟は立ち止まり、こちらを振り向く。
「いってらっしゃい。お気を付けて」
口元しか見えないから、どんな感情になったかは分かりにくい。ただ、特に何も言わず片手を上げて去っていったから、嫌な気持ちにさせてはいないと思いたい。
五条悟が去ってから、私は事務室のお菓子置き場に紙袋の中身を置いた。念の為1つだけは自分の分を確保しておく。「五条術師から差し入れです」と書き置きでもしておけばすぐに無くなるだろう。そんな事を考えながら事務仕事をしていると、あっという間に補助監督が集まり焼き菓子をそれぞれ持っていく様子が見えた。皆、礼を言ったり言わなかったりで各々の仕事へ戻っていく。
私も休憩のタイミングでコーヒーのお供として焼き菓子を食べた。あまりスイーツを食べない私でも美味しいと感じるくらいのものだった。思わず頬を緩ませる。
「珍しいですね、ミョウジさんが甘い物を食べるなんて」
「ああ、五条術師から貰ったんですよ」
私と同じく休憩に入ったらしい伊地知さんから話しかけられる。私は何気なく言葉を返し、焼き菓子とコーヒーの相性を楽しむ。こんなに美味しいのなら、あと1つくらいは余分に取っておけば良かったと後悔する。
「……五条さんが?」
「はい。なんか沢山あったので差し入れとして配りました」
「ええ……」
「どうかしました?」
私が尋ねれば、伊地知さんは頭を抱えてしまう。そして、絞り出したような声で言葉を発した。
「それ、五条さんがミョウジさんの為だけに用意したものだと思うんですよ……」
「えっ」
20個近く焼き菓子があったのに、それが全て私の為に用意されたという。その個数はいくらスイーツ好きの人間でも1人で食べ切れるか微妙な所だと思うのだが。本当にそうなのか問いただしてみたかったが、伊地知さんはそんなしょうもない嘘を言うような人ではない事はこれまでの付き合いで分かっている。
「ミョウジさんがいない間に、五条さんと洋菓子店に行ったことがあって……てっきり生徒さんにだと思っていましたが、今思えば選ぶ時の表情が違いましたね……」
「その、私の分と生徒さんの分を間違えたとか……」
「いえ。購入していたのは1セットで、私に女性はどのようなものを好むか聞いてきました」
私の為にわざわざこんな物を買うのかと混乱に陥る。ここまでされるような事を私はしただろうか。何1つ見当がつかなくて、無意識に焼き菓子を握りしめた。
「あの……畳み掛けるようで申し訳ないですけど、来週から週に1度ほど五条さんについて頂くことになりました」
「勘弁してください」
「ですが……ミョウジさんが担当した後、割と機嫌が良くて」
「ひぇぇ」
思わず私は情けない声を上げた。五条悟は気分屋な所が難点であると聞いている。それをある程度丸め込めて、仕事をしてもらうことができる人間に任せたい、と思うのは当然だと思う。しかし、私が知らない内にその話を進めていたのは良くないとも思うのだ。
「その気持ちも分かります。ですが、五条さんを止められることができず……ボーナスは出ますので」
五条悟が言ったのなら仕方がない。ボーナスも出ることで、私は受け入れるしかなかった。
こうして私は、五条悟という厄介な人間と関わりあってしまうこととなったのだった。
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