平子と日々を食む
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気になるやつがおる。
恋愛とかそういう類ではない。
一見ただの隊士だが、ちょっとした違和感。
喉に小骨が引っ掛かったみたいに、どうにも気持ちが悪い。周りは何も気になってもいないようだが。
「平子隊長、雛森副隊長、お疲れ様です」
にこりともせず、ただそいつは機械的に頭を下げた。背筋を真っ直ぐピンと伸ばし、一礼してそいつは遠ざかっていく。
「おー、お疲れさん」
その小さくなっていく背中をぼんやりと見送った。
「…愛想ないやつやなァ」
「未白さんですか?仕事がとっても早くて助かりますよね」
今しがた受け取った書類に目を通して、雛森は満足そうに一つ頷いた。誤字脱字も、計算のズレもない。模範解答のような書類。
「そういえば隊長知ってます?未白さんのあだ名」
「あだ名?」
「彼女、隊士の中ではこう呼ばれてるんですって」
——打鐘さん、って。
「打鐘?…なんやそれ」
「一部の隊士だけみたいですけどね。定刻の鐘でぴったり帰るからだそうです」
「未白さん仕事きっちりですもんね」と雛森はどこか感心したように笑った。
*
定刻を知らせる鐘が鳴ると同時に「それでは、お先に失礼します」と隊舎を後にする未白を見つけた。噂通り寸分違わず定刻ぴったり。
少し駆け足気味に瀞霊廷内を進む姿を確認する。彼女がこんなに定刻に拘る理由は何なのだろうか。
後を追いかければ、彼女に抱く違和感の正体もわかるかもしれない。
女の後をつけるなんて、と思いつつも、この違和感は放っておくわけにはいかない。もう同じ過ちは繰り返すわけにいかないのだから。
「…しゃァないな」
ひとつ溜息を零すと彼女を追う為に重い腰をあげた。こちらの様子に気付くことなく、彼女はもくもくと歩いている。
気が付けば瀞霊廷の端。隊舎からも外れた区域。
用事がなければ近付きもしない場所だった。やがて、ひっそりと佇む古びた建物の前で彼女は足を止めた。慣れた様子で暖簾をくぐり、中に入っていく。
建物の窓からこっそり中を覗き見るとカウンターに座る彼女の横顔が見えた。
——飯屋?
窓際、ぎりぎり様子が見える位置にもたれかかる。換気扇から食欲をそそる香りが届き、腹が音をたてる。「…気にしすぎやったか」と呟いてずるりと壁に背を預けた。
ただの食事であれば何の問題もない。
この後どうするかな、とぼんやりと暗くなっていく空を眺めた。
ガラリと戸が開き、さっきまでカウンターに腰かけていた未白が暖簾から顔を覗かせる。
「……そこで何されてるんですか?平子隊長」
「!びっ……くりしたァ、急に声かけんなや」
「だって、ずっと着いてきてたじゃないですか。何か用事でも?」
未白は「驚いているのはこちらです」と涼しい顔をしている。
「…気付いとったん?」
「……まあ、はい」
「とりあえず中、入ります?」と店内を指さすので、ばつが悪そうに立ち上がる。何食わぬ顔で暖簾をくぐれば、其処はこじんまりとしたカウンターのみだが、どこか懐かしい雰囲気が漂う食事処だった。
彼女の隣の席に座る。目の前に置かれた湯呑からふわりと鼻をくすぐるほうじ茶の香りに釣られて腹の虫がさっきより大きくきゅるると鳴いた。
「定食二つで」
慣れた様子で注文を通す彼女は「ここ、決まった定食しかないんですよ」とお茶を啜った。
「で、何か御用ですか?」
「あー、別に用あったわけちゃうねんけど…」
怪しいから後を付けました!なんて言えるはずがない。上手い言い訳が思いつかず言葉に詰まってしまう。
「…用がないのに、部下の後をつけたんですか?」
物凄く冷めた目でじろりと睨まれ、その視線から逃れるように店内をぐるりと見渡した。こちらを捉える目がそれを許そうとはしていなかった。
「……そんな目で見んとってや」
どうやって誤魔化すかと考えていれば、目の前に「おまちどうさま」と二人の前に定食が運ばれてきた。
艶やかな黄金色をした筍ご飯。出汁の香りが食欲をくすぐる。
焼き魚にだし巻き、お漬物とみそ汁。
そして、揚げたての胡麻豆腐の天ぷらが小鉢に添えられている。
「先、食べよか」
いいタイミングだったな、とほっとする。
じろりと如何にも不満げな表情で暫く無言を貫いていた未白だが、ひとつ溜息を吐いて「いただきます」と手を合わせ前を向いた。
そっと横目で彼女を盗み見ると、箸の持ち方が綺麗で思わず見惚れる。そう言えば背筋もいつもピンとしていて綺麗だったなと今朝のことを思い出した。
そのまま盗み見ていると、ふわりと彼女は笑った。
それは筍ご飯を口に運んだ時に。ほんの一瞬。
すぐに元の涼しい顔に戻ったが見間違いかと思うほど柔らかな笑みを浮かべたのだ。
彼女の持つ箸の先を目で追う。もう一口。彼女の目元が柔らかく細まるのを見た。
「……そんなに見られると食べにくいんですが」
「いや、別に。美味そうに食うなと思って」
慌てて目線を逸らし、自身も筍ご飯に手を伸ばす。湯気と一緒に出汁の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「…うっま」
その声に「でしょう」と隣の彼女は得意げに笑った。
「特にここの胡麻豆腐の天ぷらが最高なんです」
小鉢に添えられたそれに箸を伸ばす。軽い衣がサクッと音をたてる。口の中でそれはとろりと崩れ、香ばしさの奥に、甘さが広がっていく。
思わず箸を止めてしまうほどに美味しかった。
その様子を見て、未白はくすりと笑う。
昼間みた表情からは想像がつかないその笑みが、印象的だった。
「自分、いつもこんなうまいの食うてんの?」
この店は中々に見つけにくい。更に看板もメニューすらもなく暖簾だけが店先にかかっている。それでも迷いなく暖簾をくぐった所を見ると、何度も通っているのだろう。
「復隊したばっかで上手い飯屋知らんねん、他にいい店あったら教えてくれん?」
現世にいた頃は洋食もあれば色んな料理を口にしていた。あちらと比べれば食文化はこちらは進むのが遅い。不味くはないが、どうしても同じものが多くて飽きる。
思わず「うまい」と口から漏れた店は久しぶりだった。
「…嫌です」
「…は?」
ご馳走様でした、と手を合わせた彼女はガタリと席を立つ。慌てて味噌汁をかき込み、手早くご馳走様と手を合わせると彼女の後を追うように店を出た。
「別に教えてくれるくらいええやろ、なんなら一緒に行くか?飯くらい奢ったるで」
「いえ、結構です。私一人が好きなので」
ぴしゃりと言い放つ彼女に目を丸くする。
「…一人が好き?ほんまに?」
「ええ。だから隊長ともご一緒するつもりはありません」
一人で食事を楽しむために定刻通りに業務を終わらせているのだと彼女は言った。
「美味しいご飯屋さんならいくらでもありますので、隊長ご自身で探されるのがいいかと」
ここまでハッキリと断られるのは初めてだ。そのことが妙に面白くなって笑ってしまう。
「はは、自分名前なんやっけ?」
「…未白です」
「ちゃうちゃう、下の名前」
「…白奈ですけど」
あからさまにこれ以上絡んでくるなと顔にでているので、彼女は意外と顔に出るタイプだ。
「白奈チャンやな。俺、明後日あたり早めに上がれそうやし飯屋教えてや」
「ですから嫌だと申し上げました」
「ええやん、ここは上官と部下。仲良くやろや」
「仕事と個人的なことは分けたいタイプですので、謹んで遠慮させていただきます」
「隊長命令、や。明後日空けといてな」
自分が思っていたような不穏な感じではなかったことに内心ほっと一息つくが、未だに彼女から感じる違和感は拭えていない。
まだ気は抜けないな、というのもひとつ。
普段の鉄仮面のような硬い表情が多い彼女が見せた柔らかい笑みをもう一度見たいなというのもひとつ。
無理矢理約束を取り付けて「ほな、お疲れさん」とひらりと手を振って背を向けた。
その場に残された彼女の顔が歪む気配を感じ取りながら、明後日はどんなお店に連れて行ってくれるのだろうかと期待を胸に鼻歌交じりに帰路につく。
残してきた仕事については明日雛森にどうやって誤魔化そうか、と考えながら。
恋愛とかそういう類ではない。
一見ただの隊士だが、ちょっとした違和感。
喉に小骨が引っ掛かったみたいに、どうにも気持ちが悪い。周りは何も気になってもいないようだが。
「平子隊長、雛森副隊長、お疲れ様です」
にこりともせず、ただそいつは機械的に頭を下げた。背筋を真っ直ぐピンと伸ばし、一礼してそいつは遠ざかっていく。
「おー、お疲れさん」
その小さくなっていく背中をぼんやりと見送った。
「…愛想ないやつやなァ」
「未白さんですか?仕事がとっても早くて助かりますよね」
今しがた受け取った書類に目を通して、雛森は満足そうに一つ頷いた。誤字脱字も、計算のズレもない。模範解答のような書類。
「そういえば隊長知ってます?未白さんのあだ名」
「あだ名?」
「彼女、隊士の中ではこう呼ばれてるんですって」
——打鐘さん、って。
「打鐘?…なんやそれ」
「一部の隊士だけみたいですけどね。定刻の鐘でぴったり帰るからだそうです」
「未白さん仕事きっちりですもんね」と雛森はどこか感心したように笑った。
*
定刻を知らせる鐘が鳴ると同時に「それでは、お先に失礼します」と隊舎を後にする未白を見つけた。噂通り寸分違わず定刻ぴったり。
少し駆け足気味に瀞霊廷内を進む姿を確認する。彼女がこんなに定刻に拘る理由は何なのだろうか。
後を追いかければ、彼女に抱く違和感の正体もわかるかもしれない。
女の後をつけるなんて、と思いつつも、この違和感は放っておくわけにはいかない。もう同じ過ちは繰り返すわけにいかないのだから。
「…しゃァないな」
ひとつ溜息を零すと彼女を追う為に重い腰をあげた。こちらの様子に気付くことなく、彼女はもくもくと歩いている。
気が付けば瀞霊廷の端。隊舎からも外れた区域。
用事がなければ近付きもしない場所だった。やがて、ひっそりと佇む古びた建物の前で彼女は足を止めた。慣れた様子で暖簾をくぐり、中に入っていく。
建物の窓からこっそり中を覗き見るとカウンターに座る彼女の横顔が見えた。
——飯屋?
窓際、ぎりぎり様子が見える位置にもたれかかる。換気扇から食欲をそそる香りが届き、腹が音をたてる。「…気にしすぎやったか」と呟いてずるりと壁に背を預けた。
ただの食事であれば何の問題もない。
この後どうするかな、とぼんやりと暗くなっていく空を眺めた。
ガラリと戸が開き、さっきまでカウンターに腰かけていた未白が暖簾から顔を覗かせる。
「……そこで何されてるんですか?平子隊長」
「!びっ……くりしたァ、急に声かけんなや」
「だって、ずっと着いてきてたじゃないですか。何か用事でも?」
未白は「驚いているのはこちらです」と涼しい顔をしている。
「…気付いとったん?」
「……まあ、はい」
「とりあえず中、入ります?」と店内を指さすので、ばつが悪そうに立ち上がる。何食わぬ顔で暖簾をくぐれば、其処はこじんまりとしたカウンターのみだが、どこか懐かしい雰囲気が漂う食事処だった。
彼女の隣の席に座る。目の前に置かれた湯呑からふわりと鼻をくすぐるほうじ茶の香りに釣られて腹の虫がさっきより大きくきゅるると鳴いた。
「定食二つで」
慣れた様子で注文を通す彼女は「ここ、決まった定食しかないんですよ」とお茶を啜った。
「で、何か御用ですか?」
「あー、別に用あったわけちゃうねんけど…」
怪しいから後を付けました!なんて言えるはずがない。上手い言い訳が思いつかず言葉に詰まってしまう。
「…用がないのに、部下の後をつけたんですか?」
物凄く冷めた目でじろりと睨まれ、その視線から逃れるように店内をぐるりと見渡した。こちらを捉える目がそれを許そうとはしていなかった。
「……そんな目で見んとってや」
どうやって誤魔化すかと考えていれば、目の前に「おまちどうさま」と二人の前に定食が運ばれてきた。
艶やかな黄金色をした筍ご飯。出汁の香りが食欲をくすぐる。
焼き魚にだし巻き、お漬物とみそ汁。
そして、揚げたての胡麻豆腐の天ぷらが小鉢に添えられている。
「先、食べよか」
いいタイミングだったな、とほっとする。
じろりと如何にも不満げな表情で暫く無言を貫いていた未白だが、ひとつ溜息を吐いて「いただきます」と手を合わせ前を向いた。
そっと横目で彼女を盗み見ると、箸の持ち方が綺麗で思わず見惚れる。そう言えば背筋もいつもピンとしていて綺麗だったなと今朝のことを思い出した。
そのまま盗み見ていると、ふわりと彼女は笑った。
それは筍ご飯を口に運んだ時に。ほんの一瞬。
すぐに元の涼しい顔に戻ったが見間違いかと思うほど柔らかな笑みを浮かべたのだ。
彼女の持つ箸の先を目で追う。もう一口。彼女の目元が柔らかく細まるのを見た。
「……そんなに見られると食べにくいんですが」
「いや、別に。美味そうに食うなと思って」
慌てて目線を逸らし、自身も筍ご飯に手を伸ばす。湯気と一緒に出汁の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「…うっま」
その声に「でしょう」と隣の彼女は得意げに笑った。
「特にここの胡麻豆腐の天ぷらが最高なんです」
小鉢に添えられたそれに箸を伸ばす。軽い衣がサクッと音をたてる。口の中でそれはとろりと崩れ、香ばしさの奥に、甘さが広がっていく。
思わず箸を止めてしまうほどに美味しかった。
その様子を見て、未白はくすりと笑う。
昼間みた表情からは想像がつかないその笑みが、印象的だった。
「自分、いつもこんなうまいの食うてんの?」
この店は中々に見つけにくい。更に看板もメニューすらもなく暖簾だけが店先にかかっている。それでも迷いなく暖簾をくぐった所を見ると、何度も通っているのだろう。
「復隊したばっかで上手い飯屋知らんねん、他にいい店あったら教えてくれん?」
現世にいた頃は洋食もあれば色んな料理を口にしていた。あちらと比べれば食文化はこちらは進むのが遅い。不味くはないが、どうしても同じものが多くて飽きる。
思わず「うまい」と口から漏れた店は久しぶりだった。
「…嫌です」
「…は?」
ご馳走様でした、と手を合わせた彼女はガタリと席を立つ。慌てて味噌汁をかき込み、手早くご馳走様と手を合わせると彼女の後を追うように店を出た。
「別に教えてくれるくらいええやろ、なんなら一緒に行くか?飯くらい奢ったるで」
「いえ、結構です。私一人が好きなので」
ぴしゃりと言い放つ彼女に目を丸くする。
「…一人が好き?ほんまに?」
「ええ。だから隊長ともご一緒するつもりはありません」
一人で食事を楽しむために定刻通りに業務を終わらせているのだと彼女は言った。
「美味しいご飯屋さんならいくらでもありますので、隊長ご自身で探されるのがいいかと」
ここまでハッキリと断られるのは初めてだ。そのことが妙に面白くなって笑ってしまう。
「はは、自分名前なんやっけ?」
「…未白です」
「ちゃうちゃう、下の名前」
「…白奈ですけど」
あからさまにこれ以上絡んでくるなと顔にでているので、彼女は意外と顔に出るタイプだ。
「白奈チャンやな。俺、明後日あたり早めに上がれそうやし飯屋教えてや」
「ですから嫌だと申し上げました」
「ええやん、ここは上官と部下。仲良くやろや」
「仕事と個人的なことは分けたいタイプですので、謹んで遠慮させていただきます」
「隊長命令、や。明後日空けといてな」
自分が思っていたような不穏な感じではなかったことに内心ほっと一息つくが、未だに彼女から感じる違和感は拭えていない。
まだ気は抜けないな、というのもひとつ。
普段の鉄仮面のような硬い表情が多い彼女が見せた柔らかい笑みをもう一度見たいなというのもひとつ。
無理矢理約束を取り付けて「ほな、お疲れさん」とひらりと手を振って背を向けた。
その場に残された彼女の顔が歪む気配を感じ取りながら、明後日はどんなお店に連れて行ってくれるのだろうかと期待を胸に鼻歌交じりに帰路につく。
残してきた仕事については明日雛森にどうやって誤魔化そうか、と考えながら。
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