平子と日々を食む
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卵をボウルに割り落とし、箸で白身を切るようにして溶いていく。
熱したフライパンに卵液を流し入れると、熱気と共にじゅわっ、と音を立てた。
固まらないうちに手早く手前に巻いて、卵液を流しこむ。くるりと巻いて薄い層を重ねるたび、少しずつ厚みを増していく。最後の一巻きを終えたところで火を止めた。
出来上がった卵焼きを、包丁で食べやすい大きさに切り分けていく。黄色の層が幾重にも重なった卵焼きを、弁当箱の最後の隙間に押し込む。
最後に真っ赤なプチトマトを乗せ「よし」とつぶやいた。
窓の枠からは朝日が差し込んでいる。青い空にさえずりながら鳥が飛んでいくのが見えた。
今日は晴天。護廷十三隊新隊長着任の儀が執り行われる日。
まだ戦況の傷跡は残っているが、あれから十年。瀞霊廷は確かに平和を取り戻している。
*
「十三番隊隊長、朽木ルキア!」
「はい!」
緊張した様子だったが、式は滞りなく執り行われた。
そのまま朽木と阿散井は休暇で現世へ。
ユーハバッハの残滓と思われる霊圧反応には砕蜂と白哉が向かったので、残りの隊は通常業務だ。
「おい、平子」
隊へと戻る前に更木から声がかかる。
「そろそろ未白、返せよ」
「あぁ?誰が好きな女をむさ苦しい男ばっかりのとこにやらなあかんねん」
「お断りや」と舌をべ、と突き出した。返すも何もそもそも派遣ではなく移隊している。
彼女が五番隊に配属されてもう十年以上は経つのだ。
「元は俺の隊だろうが。あいつが居ねえと色々と面倒くせェんだよ」と更木が面倒そうに鼻を鳴らす。
「ちゅーか、あいつが十一番隊の書類仕事代わりにやっとんのバレとんねん!」
ああ見えて面倒見がいい白奈は昔と変わらず十一番隊に顔を出しては世話を焼いている。
勿論、報酬も貰っているようだがその為だけに手伝っているわけじゃないことはもうわかっている。
「ほな間とって八番隊で面倒みたろか?」と背後から聞き慣れた声がした。
「あたしが真子好みにどエロく仕込んだるわ!」
「そういうのは自分の手でやるからええんやろ。お前に任すほうが心配や」
振り返れば、リサは呆れたように腕を組み、頭を左右に振る。
「そんなん言うてあんたら全然発展してへんやないの」
「…やかましいわ」
わざと大きく耳を指で塞ぎ聞こえないふりをする。リサから向けられる視線が居心地が悪い。
「ふふ。でも平子隊長って白奈さんのこと、とっても大事にしてますよね」
「流石桃!もう俺の味方はお前だけや!」
ぐいっと雛森を前に突き出し盾にシクシクと泣き真似をしてみるが「気色悪い」とリサに一喝されてしまう。
「ま、俺らには俺らなりのタイミングっつーもんがあんねん」
「あほらし。男ならさっさと腹決めぇや。どうせ断られんのにビビッてんねんろ」
「あーあー、やかましいて敵わんなァ!」
自宅の引き出しに仕舞ってある指輪。渡すタイミングを決められないまま、もう半年になることをリサだけは知っている。
もうこの話はお終いだという風に、桃を連れて逃げるように一番隊舎を飛び出した。
*
探してた姿は案外すぐに見つかった。
ちょうど昼時で五番隊舎から少し離れた丘の木の下に座り、膝の上に風呂敷を広げている。
気配を消して彼女の後ろに立ち声をかける。驚いた拍子に、摘まんでいたプチトマトが転がり落ちそうになるのを寸前で受け止めた。
「隊長!びっくりするじゃないですか!」
「すまんすまん。今から昼?」
受け止めたプチトマトを彼女の口元にふに、と押し付ける。
素直に開けられた口にそのまま放り込んで隣に座った。穏やかな風が吹き、木漏れ日がキラキラと揺れている。滅茶苦茶な状態からここまで、何とかなるもんだなと思いながら、立て直された瀞霊廷を見渡す。
隣に視線を動かすと、あの時より少し大人びた横顔と伸びた髪が風に靡いていた。
「今日の弁当何?」
「茄子のはさみ揚げとほうれん草のお浸し。それに昨日の残り物も少し」
風呂敷に包まれた、彼女のより少し大きな弁当箱が目の前に差し出される。
こうして彼女から弁当を作ってもらえる日が来るだなんて。昔何度か頼んでみたが、その度にこちらの言葉に被せるように断られていたことを思い出した。
「隊長。今夜、予定ありますか?今朝福助の大将がいい雲丹が入ったから帰り寄ってくれって」
「お、ええな。帰り寄ろか」
そう言うと彼女は柔らかい笑みを浮かべて頷き、卵焼きを口に運んだ。
本当はこのまま一緒にここで弁当を食べられたらよかったのだが生憎、この後の予定があるので弁当だけを受け取った。
「弁当ありがとうな」
受け取る際に彼女の手ごと掴み、自身に引き寄せる。
少し前のめりになった白奈の前髪を左手で払い、そっと額に唇を寄せた。不意打ちに目を瞬かせたあと、困ったように笑った。
「勤務中ですよ」
「誰もおらんしええやん」
前髪を直そうとする白奈の手を取り、自分の頬に引き寄せた。
少し冷えた彼女の手に頬を寄せ数回頬擦りをすると掌にちゅっと口づけを落とす。まっすぐこちらを見る彼女の瞳にも、同じ熱が宿っていた。
「ほな、また夜に」
一度ぎゅっと手を握りしめ、ゆっくりと離す。そのまま宙に浮いたままの手すら愛おしい。
「私も今日は定刻にあがれそうにないので、遅れるかも」
「あ、今日やっけ。新人研修」
「物覚えがいい子ばかりでしたら遅れないと思いますけど」
「また未白七席はスパルタやって言われんで」
と笑うと、ツンと口を尖らせて「私だってやりたくてやってるわけじゃないですもん」と小さく呟いた。
「俺も桃も、お前やから安心して任せられんねん。頼んだで」
彼女の頭を撫で、今度こそ隊務に戻るために踵を返した。
受け取った彼女のお弁当を食べる頃にはすっかり昼の時刻を過ぎていてはあ、と力を抜いた。
まげわっぱの弁当箱を開けると、彩りよく詰められたおかずたち。
それと数日前にぽろりともう一度食べたい、と溢した枝豆と塩昆布の混ぜご飯。
「さて、そろそろ俺も腹くくるか」
混ぜご飯を口に運びながら、現世の有名なホテルやレストランをいくつか思い浮かべる。彼女のために、とびっきり美味しいディナーを予約して、それから彼女に似合うと思って買っておいた指輪を渡そう。
これからも彼女のそばで日々を重ねていきたいのだから。
