平子と日々を食む
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丼からはみ出すほど大ぶりな海老。茄子、南瓜、大葉。どれも衣をまとい黄金色に揚がっている。
箸で大きな海老を持ち上げ、口に運べば、さく、と小気味いい音を立てる。ぷりっとした身の歯ごたえに、海老の甘みが噛むほどに濃くなっていく。
好きなものは先に食べるか、後に食べるか。
いつもなら迷うところだが今回大きな海老は二本乗っかっているので熱々のうちにまずは一本ぺろりと平らげる。揚げたては尻尾まで余さずいただくのが私なりのこだわりだ。続いて味の染みた白米を口いっぱいに頬張る。
甘辛いタレと衣の油、それを受け止める白米。いくらでも食べられてしまいそうな組み合わせにいつもなら、箸が止まらなくなるところだ。
そう、いつもなら。
「……食べにくいんですが」
目の前でニコニコと机に肘をつき、こちらを見るこの人さえいなければもっと美味しく食事に集中できるのに。
「うまい?」
「…美味しいですよ、隊長がそこにいなければもっと」
遅めの昼食になったせいで、いつも賑わっている店内は落ち着いている。
目の前の平子隊長はここに来る前に既に昼食を取り終えているらしく、ただ前に座って私を観察している。
「うまそうに食うてんの見るん好きやねん」
「迷惑極まりないですね」
茄子がとろりと舌の上で崩れ、染み込んだ油がじゅわっと広がった。
「お仕事溜まっていらっしゃるでしょう?」
「そんなん後でちゃちゃっと終わらせるし、ええねん」
「先程書類追加しておきましたので、どうぞ隊務にお戻りください」
「…仕事できすぎんのも問題やなァ」
二本目の海老に齧り付く。
すっかりタレが染み込んで味が濃くなった白米は箸でつかむのが難しくなっていた。いつもは気にせず残りをかきこんでしまうのに、こうも見られているとそうすることが憚られる。
ちらりと平子隊長を見れば変わらずこちらをジッと見ている。一体この人は何がしたいのだろう。
食べ終わった頃合いで「ほな行こか」と伝票を奪い去っていく。
「た、隊長!ちょっと!」
食事をしたのは私だけだと言うのにさらっと支払いを済ませて五番隊舎へと足を向ける平子隊長を追った。
「自分で払います!隊長召し上がってないじゃないですか」
「別にこれくらいええよ」
「私はよくないです!」
「真面目なやっちゃなァ」
一瞬立ち止まり、ちらりと私を見るが何事もなかったように歩き出した背中を、慌てて追いかけた。隊長の歩く速さが私に合うように少しだけゆっくりとした歩幅に変わる。
こうして私の食事を見るだけで、支払いを隊長が済ませてくれることは実は今回が初めてではない。一緒に昼食を取ることもあるがそうでない時はただ私の前に座り、少し口元を緩ませ私が食べ終わるまで眺めている。
本当になんだと言うのだろう。
少し前を歩くすっかり見慣れた猫背に背負う五の数字を見つめる。部下想いなのは知っている。サボり癖はあるが、根は真面目で仕事も早い。
藍染隊長の謀反で一度崩れた五番隊を、ごく自然にまとめ上げたのも平子隊長だ。廊下ですれ違えば平隊士でも名前を呼び、何気ない会話を交わす。人を本当によく見ている人なのだと思う。なんだかんだで、世話焼きなのだ。
だが。それでも、ここ最近私に対しては明らかに他の隊士より構われている。これは決して自惚れではない。
「ほな、午後もよろしく」
そう言ってぽんと私の頭に手を置いたかと思えば、手の中に綺麗な包装紙に包まれた飴を握らせる。ろくにお礼も言えないまま遠ざかる猫背を見送った。
手の中にある飴の包みを開け、口に放り込んだ。途端に広がる甘い味。
ころりと舌で転がしてみる。
本当になんだというのだろう。最近やけに甘い気がするのは気のせいなんかじゃない。
*
定刻を知らせる鐘が鳴ると同時に戸がスパンと勢いよく開く。一斉に視線が集まる中「白奈~飯行くで~」と、この場にいるはずもない隊長の姿が。
「はい?」
今まさに仕事を終え、帰ろうとしていた瞬間。しかも大勢の隊士がいる中で呼ばれた自分の名に白奈は目を丸くして驚きにその顔を歪めた。
「平子隊長!俺らも連れてってくださいよ!」
「なんで男連れて行かなあかんねん。女の子やったらええで」
同性の隊士もいるにはいるが今日は出払っていて不在なので今いる女性は私だけだ。
多くの非難の声が上がるが、「お前らはまた今度な」と追い払うような手で隊士達をあしらっている。その隙にできるだけ気配を消して逃げるように通り過ぎようとしたその時。死覇装の裾がくん、と引っ張られる。ぎょっとしてその手の持ち主を見るとこちらを見ることもなく、「ほなお疲れさん~」と掴んだ裾を離すこともなく騒がしい室内を遮るようにぴしゃりと戸を閉めた。
「うまい飯屋見つけてん。そこでええか?」
「…誰も行くなんて言ってないんですが」
「どうせ、この後自分飯行くんやろ?一緒に食おうや」
「にしても、あんな人がいる中でやめてくださいよ…」
眉を顰めじろりと睨むと、平子隊長はカラカラと笑うだけだった。
連れてこられた店は静かで、いかにも高級感のある割烹料理屋。控えめな照明に、磨かれた木の机が並ぶ。
「好きなん頼み」そう言って品書きを手渡された。
結局、離してほしいと言った死覇装の裾は、店に着くまで一度も離されることはなかった。
何度か引っ張ってみたりと試みたものの、平子隊長は気にする様子もなく、まるでそれが当たり前であるかのように私の裾を掴んだままだった。
「ここ土鍋ご飯がうまかったで。白奈はどれ食いたい?」
品書きには「当店自慢」と大きく記された鯛めしをはじめ、鶏肉や季節の炊き込みご飯などが並んでいる。いつもなら品書きの端から端まで読むと言うのに、何故だかそんな気が起きず、先程から頭の中でぐるぐると気になっていることが、注文する料理より先に思わず口から飛び出た。
「平子隊長って、どうして最近私に構うんですか?」
「鯛めしでええか?適当に頼むで」
「あ、茶わん蒸し食べたいです」
「はは、了解。他は?」
慌てて品書きに目を通し、食べたいものを告げると、平子隊長はさらりと店員に注文を告げる。その表情はいつもと変わらないように見えるが、ほんの少しだけ機嫌がいいように見えた。
「食事は愛を分けるもんらしいからなァ」
「え?」
「俺がお前を構う理由」
先日確かに鍋をつつきながらそんな話をしたことをぼんやりと思い返す。ずっと一人で楽しんできたから、人と食べるのも悪くはなかったという話だったはずだが。平子隊長が今しがた口にした言葉の意味は?
言葉に詰まる私を、可笑しそうに見つめ平子隊長は肩を震わせている。
「どう捉えてもろてもええよ。俺としては良い方に捉えてもらえたら万々歳ねんけどなァ」
運ばれてきた金色の液体が入ったジョッキを「はい、乾杯」とこつんと軽く私の分に当てそのままぐいっと傾けた。
「それは、その、どういう意味で?」
「ま、あんまし気にせんといて。ゆっくりいこうや」
柔らかく細められた琥珀色の瞳の中にわずかに灯る熱を見た。
きっとそういう意味だ。私だってそこまで馬鹿ではない。ごくりと生唾を飲みこんだ。
運ばれてくる料理はどれも美味しそうで、出来立ての湯気がゆらゆらとたっているというのになんだか今日は箸が重たい気がする。出汁の香りが食欲を刺激するのに、私の手は一向に料理に伸びてくれない。
ちらりと平子隊長を盗み見ると、昼間と変わらない様子で頬杖を突きながら私を見ていた。隊長の目が私の目を捉える。
「俺、お前がうまそうに食うてんの好きやねん」
途端に、今までどうやって食べていたのかがわからなくなる。
箸の持ち方はこれでよかったっけ?一口サイズってどれくらい?どういう顔をして食べていたっけ。
目の前には美味しそうな料理が並んでいるというのに。私の手は重たく、いらない思考が頭の中をぐるぐると占める。
「ん」
急にぐいっと目の前に、黄色くぷるぷると弾力のある茶わん蒸しが差し出される。スプーンから今にも零れ落ちそうなほどたっぷりと掬われ、ぽとりと小さな欠片が重力に負けて落ちていく。
「はよ口開け。こぼれてまうやろ」
吸い込まれるようにスプーンを口に含む。卵の優しい風味と出汁の旨みを残しつるりと喉を通り落ちていった。
その様子を満足そうに眺めたあと「うまい?」とわずかに頭を傾ける平子隊長が楽しそうに笑う。差し出されたままのスプーンが、そのまま宙に残されている。食べさせてもらったのだと、今更ながら気づいて、頬が少し熱を持つ。
「…美味しいです」
「他もはよ食べな冷めてまうで」
タイミングよく炊きあがったばかりの鯛めしを丁寧に土鍋から茶碗によそい分けてくれる。
生姜の香りが立ち上り飾られている三つ葉が熱気に充てられ萎んでいった。
「別に今すぐどうこうなりたいわけちゃうし、今まで通り一緒に美味いもん食ってくれればええよ」
そう言って何事もなかったかのように「これも美味いな」と食事を再開する平子隊長の気遣いに無意識に力を込めていた肩から力が抜ける。そこで初めて緊張していたのだと気が付いた。ぷつっと緊張の糸が緩んだ途端、ぎゅるりと腹の虫が音をたてた。箸を持つ手も、もう重たく感じることはない。
「今腹鳴った?」
「気のせいじゃないですか?」
いただきます、と再度手を合わせ机の上に並んでいる料理に手を伸ばした。
鯛の身をほぐし、出汁を含んだ米と一緒に頬張る。生姜の爽やかな香りが鼻へ抜け、噛むほどに鯛の旨みがじんわりと優しく私の中に染み込んでいく。
確かにこの日々が心地よく、求めていたものかもしれない。今はその言葉に甘えて、ゆっくりとこの時間を食んでいきたい。
刻々と忍び寄る見えざる敵が、確実に影を伸ばしていることを、この時の私たちは知る由もなかった。
この数日後、後に霊王護神大戦と呼ばれる戦いが始まることも。
箸で大きな海老を持ち上げ、口に運べば、さく、と小気味いい音を立てる。ぷりっとした身の歯ごたえに、海老の甘みが噛むほどに濃くなっていく。
好きなものは先に食べるか、後に食べるか。
いつもなら迷うところだが今回大きな海老は二本乗っかっているので熱々のうちにまずは一本ぺろりと平らげる。揚げたては尻尾まで余さずいただくのが私なりのこだわりだ。続いて味の染みた白米を口いっぱいに頬張る。
甘辛いタレと衣の油、それを受け止める白米。いくらでも食べられてしまいそうな組み合わせにいつもなら、箸が止まらなくなるところだ。
そう、いつもなら。
「……食べにくいんですが」
目の前でニコニコと机に肘をつき、こちらを見るこの人さえいなければもっと美味しく食事に集中できるのに。
「うまい?」
「…美味しいですよ、隊長がそこにいなければもっと」
遅めの昼食になったせいで、いつも賑わっている店内は落ち着いている。
目の前の平子隊長はここに来る前に既に昼食を取り終えているらしく、ただ前に座って私を観察している。
「うまそうに食うてんの見るん好きやねん」
「迷惑極まりないですね」
茄子がとろりと舌の上で崩れ、染み込んだ油がじゅわっと広がった。
「お仕事溜まっていらっしゃるでしょう?」
「そんなん後でちゃちゃっと終わらせるし、ええねん」
「先程書類追加しておきましたので、どうぞ隊務にお戻りください」
「…仕事できすぎんのも問題やなァ」
二本目の海老に齧り付く。
すっかりタレが染み込んで味が濃くなった白米は箸でつかむのが難しくなっていた。いつもは気にせず残りをかきこんでしまうのに、こうも見られているとそうすることが憚られる。
ちらりと平子隊長を見れば変わらずこちらをジッと見ている。一体この人は何がしたいのだろう。
食べ終わった頃合いで「ほな行こか」と伝票を奪い去っていく。
「た、隊長!ちょっと!」
食事をしたのは私だけだと言うのにさらっと支払いを済ませて五番隊舎へと足を向ける平子隊長を追った。
「自分で払います!隊長召し上がってないじゃないですか」
「別にこれくらいええよ」
「私はよくないです!」
「真面目なやっちゃなァ」
一瞬立ち止まり、ちらりと私を見るが何事もなかったように歩き出した背中を、慌てて追いかけた。隊長の歩く速さが私に合うように少しだけゆっくりとした歩幅に変わる。
こうして私の食事を見るだけで、支払いを隊長が済ませてくれることは実は今回が初めてではない。一緒に昼食を取ることもあるがそうでない時はただ私の前に座り、少し口元を緩ませ私が食べ終わるまで眺めている。
本当になんだと言うのだろう。
少し前を歩くすっかり見慣れた猫背に背負う五の数字を見つめる。部下想いなのは知っている。サボり癖はあるが、根は真面目で仕事も早い。
藍染隊長の謀反で一度崩れた五番隊を、ごく自然にまとめ上げたのも平子隊長だ。廊下ですれ違えば平隊士でも名前を呼び、何気ない会話を交わす。人を本当によく見ている人なのだと思う。なんだかんだで、世話焼きなのだ。
だが。それでも、ここ最近私に対しては明らかに他の隊士より構われている。これは決して自惚れではない。
「ほな、午後もよろしく」
そう言ってぽんと私の頭に手を置いたかと思えば、手の中に綺麗な包装紙に包まれた飴を握らせる。ろくにお礼も言えないまま遠ざかる猫背を見送った。
手の中にある飴の包みを開け、口に放り込んだ。途端に広がる甘い味。
ころりと舌で転がしてみる。
本当になんだというのだろう。最近やけに甘い気がするのは気のせいなんかじゃない。
*
定刻を知らせる鐘が鳴ると同時に戸がスパンと勢いよく開く。一斉に視線が集まる中「白奈~飯行くで~」と、この場にいるはずもない隊長の姿が。
「はい?」
今まさに仕事を終え、帰ろうとしていた瞬間。しかも大勢の隊士がいる中で呼ばれた自分の名に白奈は目を丸くして驚きにその顔を歪めた。
「平子隊長!俺らも連れてってくださいよ!」
「なんで男連れて行かなあかんねん。女の子やったらええで」
同性の隊士もいるにはいるが今日は出払っていて不在なので今いる女性は私だけだ。
多くの非難の声が上がるが、「お前らはまた今度な」と追い払うような手で隊士達をあしらっている。その隙にできるだけ気配を消して逃げるように通り過ぎようとしたその時。死覇装の裾がくん、と引っ張られる。ぎょっとしてその手の持ち主を見るとこちらを見ることもなく、「ほなお疲れさん~」と掴んだ裾を離すこともなく騒がしい室内を遮るようにぴしゃりと戸を閉めた。
「うまい飯屋見つけてん。そこでええか?」
「…誰も行くなんて言ってないんですが」
「どうせ、この後自分飯行くんやろ?一緒に食おうや」
「にしても、あんな人がいる中でやめてくださいよ…」
眉を顰めじろりと睨むと、平子隊長はカラカラと笑うだけだった。
連れてこられた店は静かで、いかにも高級感のある割烹料理屋。控えめな照明に、磨かれた木の机が並ぶ。
「好きなん頼み」そう言って品書きを手渡された。
結局、離してほしいと言った死覇装の裾は、店に着くまで一度も離されることはなかった。
何度か引っ張ってみたりと試みたものの、平子隊長は気にする様子もなく、まるでそれが当たり前であるかのように私の裾を掴んだままだった。
「ここ土鍋ご飯がうまかったで。白奈はどれ食いたい?」
品書きには「当店自慢」と大きく記された鯛めしをはじめ、鶏肉や季節の炊き込みご飯などが並んでいる。いつもなら品書きの端から端まで読むと言うのに、何故だかそんな気が起きず、先程から頭の中でぐるぐると気になっていることが、注文する料理より先に思わず口から飛び出た。
「平子隊長って、どうして最近私に構うんですか?」
「鯛めしでええか?適当に頼むで」
「あ、茶わん蒸し食べたいです」
「はは、了解。他は?」
慌てて品書きに目を通し、食べたいものを告げると、平子隊長はさらりと店員に注文を告げる。その表情はいつもと変わらないように見えるが、ほんの少しだけ機嫌がいいように見えた。
「食事は愛を分けるもんらしいからなァ」
「え?」
「俺がお前を構う理由」
先日確かに鍋をつつきながらそんな話をしたことをぼんやりと思い返す。ずっと一人で楽しんできたから、人と食べるのも悪くはなかったという話だったはずだが。平子隊長が今しがた口にした言葉の意味は?
言葉に詰まる私を、可笑しそうに見つめ平子隊長は肩を震わせている。
「どう捉えてもろてもええよ。俺としては良い方に捉えてもらえたら万々歳ねんけどなァ」
運ばれてきた金色の液体が入ったジョッキを「はい、乾杯」とこつんと軽く私の分に当てそのままぐいっと傾けた。
「それは、その、どういう意味で?」
「ま、あんまし気にせんといて。ゆっくりいこうや」
柔らかく細められた琥珀色の瞳の中にわずかに灯る熱を見た。
きっとそういう意味だ。私だってそこまで馬鹿ではない。ごくりと生唾を飲みこんだ。
運ばれてくる料理はどれも美味しそうで、出来立ての湯気がゆらゆらとたっているというのになんだか今日は箸が重たい気がする。出汁の香りが食欲を刺激するのに、私の手は一向に料理に伸びてくれない。
ちらりと平子隊長を盗み見ると、昼間と変わらない様子で頬杖を突きながら私を見ていた。隊長の目が私の目を捉える。
「俺、お前がうまそうに食うてんの好きやねん」
途端に、今までどうやって食べていたのかがわからなくなる。
箸の持ち方はこれでよかったっけ?一口サイズってどれくらい?どういう顔をして食べていたっけ。
目の前には美味しそうな料理が並んでいるというのに。私の手は重たく、いらない思考が頭の中をぐるぐると占める。
「ん」
急にぐいっと目の前に、黄色くぷるぷると弾力のある茶わん蒸しが差し出される。スプーンから今にも零れ落ちそうなほどたっぷりと掬われ、ぽとりと小さな欠片が重力に負けて落ちていく。
「はよ口開け。こぼれてまうやろ」
吸い込まれるようにスプーンを口に含む。卵の優しい風味と出汁の旨みを残しつるりと喉を通り落ちていった。
その様子を満足そうに眺めたあと「うまい?」とわずかに頭を傾ける平子隊長が楽しそうに笑う。差し出されたままのスプーンが、そのまま宙に残されている。食べさせてもらったのだと、今更ながら気づいて、頬が少し熱を持つ。
「…美味しいです」
「他もはよ食べな冷めてまうで」
タイミングよく炊きあがったばかりの鯛めしを丁寧に土鍋から茶碗によそい分けてくれる。
生姜の香りが立ち上り飾られている三つ葉が熱気に充てられ萎んでいった。
「別に今すぐどうこうなりたいわけちゃうし、今まで通り一緒に美味いもん食ってくれればええよ」
そう言って何事もなかったかのように「これも美味いな」と食事を再開する平子隊長の気遣いに無意識に力を込めていた肩から力が抜ける。そこで初めて緊張していたのだと気が付いた。ぷつっと緊張の糸が緩んだ途端、ぎゅるりと腹の虫が音をたてた。箸を持つ手も、もう重たく感じることはない。
「今腹鳴った?」
「気のせいじゃないですか?」
いただきます、と再度手を合わせ机の上に並んでいる料理に手を伸ばした。
鯛の身をほぐし、出汁を含んだ米と一緒に頬張る。生姜の爽やかな香りが鼻へ抜け、噛むほどに鯛の旨みがじんわりと優しく私の中に染み込んでいく。
確かにこの日々が心地よく、求めていたものかもしれない。今はその言葉に甘えて、ゆっくりとこの時間を食んでいきたい。
刻々と忍び寄る見えざる敵が、確実に影を伸ばしていることを、この時の私たちは知る由もなかった。
この数日後、後に霊王護神大戦と呼ばれる戦いが始まることも。
