平子と日々を食む
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視線を感じる。
敵意がある視線ではないことは確かだが、こうも数日隊務中に感じては居心地が悪い。いや、居心地が悪いと言うよりは気になって仕方がない、というのが正しいだろう。
「…なんやねんな、もォ」
言いたいことがあるなら早く言ってくれればいいのに。何度もこちらの様子を伺っては何かを言いかけて口を閉じる白奈を横目で見る。今だって書類を放り出して執務室の前の柵にもたれかかっているというのに。こんなに話しかけやすい状況もないだろう。
チラチラと視線がこちらを行ったり来たり。だが一向にこちらに来る気配がない。普段は自分の意見を誰が相手でも臆さず言うやつなのに。一体何だと言うのだろう。彼女が言い出すのを待つのがいいのか、それともこちらから切り出すか。
「…しゃーないなァ」
何か悩みがあるのかもしれない。それを汲み取ってやるのも隊長の務めというもの。そう言い聞かせて未だにこちらの様子を伺っている彼女の元へと向かうために地を蹴った。わざわざ瞬歩を使ったのは驚かせるためだったが、背後へと回った瞬間、風圧で彼女の髪が靡く。ふわりと香る彼女の柑橘系の香り。
「た、隊長…」
「なんや熱い視線感じるし、来たったで」
彼女が一歩後ろに下がったせいで思っていたより距離が近い。微かにトクリと音を立てた鼓動に、戸惑いを覚える。
「熱い視線って…そんなことないですけど…」
「でも自分ずっと俺のこと見とったやろ?」
気まずげに白奈の視線が俺と床を行き来し、口を開いたかと思えば言い淀んでしまう。そんなに言いにくいことがあるのだろうか。俺が把握している限り、彼女の周りでは特に問題はなかったはずだが。
「…なんか言いたいことあるんちゃうん」
自分で聞いたくせにいざ聞くとなると、ざわりと嫌な感覚が纏わりつく。ふう、と大きく深呼吸をした白奈が意を決したように俺の目を真っすぐに見た。一体本当に何だと言うのだろう。
「お鍋、食べに行きません?」
「はい?」
*
何もご飯に誘うくらい気軽に誘ってくれればいいものを。あんなに言い淀まなくても。
今までも二人で食べに行っていたし、なんなら割と最近も食べたばかりだ。まあ、一方的に白奈にくっついて行ってた自覚はある。でも彼女から誘われるなんて初めてだ。本当にご飯を食べるだけなのか、それとも他に別のことが?
どちらにせよ、もうすぐ彼女と約束した時間になる。定刻を知らせる鐘が鳴り、数分後に執務室の戸を叩く音がする。
ちらりと鏡を見て髪の乱れがないか確認して前髪を撫でつけた。
「今行くわ」
彼女に連れられて来た店はこじんまりとしているが暖かな雰囲気だった。ざわつく店内を案内され、テーブルに着くと白奈はメニューも見ずに「炙り鍋を二人前でお願いします」と告げた。微かに彼女の口元が緩み、どことなくそわそわと嬉しそうだ。
「隊長、今日はありがとうございます。ここに二人で来れてよかったです」
「…ん"ん"」
ずっと来たいと思ってたんですと、思ってもみなかった言葉を投げかけられる。口をつけたばかりの水を危うく吹き出すところだった。
ふ、二人で来れてよかっただと…?
「ここの炙り鍋ずっと食べたかったんですけど、注文が二人からじゃないと頼めなくて!」
嗚呼、成程。そういう事。
そもそも期待なんかしていない。
だが、わずかでもドキリとした自分が居たことに僅かに眉間にしわが寄る。
こちらの動揺など知る由もなく、店員は手際よく鍋の支度を進めていく。
真ん中に置かれた鍋の中にはえのき等のキノコ類に加えて葉物の野菜が数種類が彩りよく鎮座している。ここは鶏のたたきが有名らしい。運ばれてきた白い大皿の上に大輪のように並ぶ表面のみが炙られた鶏のたたきが綺麗に盛り付けられている。
「隊長、隊長。これ、生で食べれられるんですって!」
「生で?」
きらきらとした目で白奈はいただきます、と両手を合わせた。
「まずはやはり生で…」とそろりと箸を皿に伸ばし肉を口に運ぶ。ぐにり、と弾力がある鶏肉が噛めば噛むほど鳥の旨味が広がる。
ぎゅうっと目を閉じて幸せそうに食べる白奈の顔にこちらまで顔が緩んでしまう。ぱくりと次から次へと肉を運ぶ白奈の手が止まらない。
「このまま食べるのが美味しすぎて鍋にするお肉がもうないですね…」
「ばくばく食いすぎやっちゅーねん。まあ、確かにわからんでもないけど」
そう言って自身も肉を口に放り込んだ。うん、美味い。
「別に、もう一皿頼めばええやん」
「そ、そうですね。それを鍋にしちゃいましょう」
グラグラと鍋の中で出汁と野菜たちが揺れている。煮えた白ネギやきのこをバランスよく取り皿に取り分けて「どうぞ」と柔らかい笑みを浮かべる彼女がいた。その顔からは一緒に食事をとる事が嫌で仕方ないというように歪められていた表情があったことを思い出す。
差し出されたお椀を受け取った時に彼女の指が自身の指に触れる。熱かったのは鍋の湯気のせいか、それとも。
にこにこと嬉しそうな顔で鍋をつつく白奈がふいにこちらを見やる。
白奈のぱっちりとした目が合って数秒。ふふ、と照れたように零れた笑みを見た瞬間だった。
ぶわりと何かが胸の内を駆け抜ける。言いようのないむず痒さに酒を一気に流し込んだ。
そんなこちらの様子を全く気にしないように彼女は緩んだ表情で口を開いた。
「昔お世話になった人に言われたことがあるんです。食事は愛を分け合うものだと」
「当時は何を言っているのかわかりませんでしたが、今なら少しわかる気がするんです」
ちらりと白奈を盗み見るとこちらのことを何も気にしているふりもなく、相変わらず幸せそうな顔で鍋をつついている。
「美味しいものを分け合えるっていいものですね」
揺れる鍋の湯気の向こうで彼女が水を口にした後の喉が上下する。その何気ない仕草に視線が引っ張られてしまう。
…まさか、そんな。俺が?こいつを?
目の前に急に現れた可能性がチラついて食べる箸が止まってしまう。
「?隊長、お腹いっぱいですか?」
言えない。
食べないのですか?と首をかしげる白奈と、一緒にいる未来を一瞬でも考えてしまったなんて。からっぽになったお猪口の底を眺めながら、何かが足りなかった日常に求めていたものはこれだったのかもしれない。胸の奥でぱちりとピースが嵌った音を聞いた。
「隊長、隊長!」
「ぁ、え?すまん、聞いてへんかった」
一度考えだしてしまったら止まらなくなった思考を振り払うように徳利を傾けるが、わずかに数滴落ちただけだった。
「珍しいですね」
「珍しい?何が?」
話を聞いてなかったことか?
それとも無言の時間が長かった?
特に珍しがられる行動はなかったはず…
「顔、真っ赤になっていらっしゃるから…」
「ーッ!」
思わずばっと自身の手で顔を覆い隠してみたが、もう見られてしまったのなら手遅れだ。
飲みすぎですか?とふふ、と笑いながらお冷をもらうために白奈は店員を呼ぶために片手をあげた。
はあ、とテーブルに肘をつき項垂れる。
一度気が付いてしまったものはもうなかったことにできない。
指の隙間からチラリと白奈を見ると幸せそうに箸を口に運ぶ姿が見える。
―あかんわ…
とりあえず赤くなった顔は、今夜は飲みすぎたという事にしておこう。
「本当、美味しい…」
「ほんま、美味そうに食うやつ」
白奈の幸せそうな顔に釣られて自身も自然と笑みがこぼれる。今はそれで十分だった。
敵意がある視線ではないことは確かだが、こうも数日隊務中に感じては居心地が悪い。いや、居心地が悪いと言うよりは気になって仕方がない、というのが正しいだろう。
「…なんやねんな、もォ」
言いたいことがあるなら早く言ってくれればいいのに。何度もこちらの様子を伺っては何かを言いかけて口を閉じる白奈を横目で見る。今だって書類を放り出して執務室の前の柵にもたれかかっているというのに。こんなに話しかけやすい状況もないだろう。
チラチラと視線がこちらを行ったり来たり。だが一向にこちらに来る気配がない。普段は自分の意見を誰が相手でも臆さず言うやつなのに。一体何だと言うのだろう。彼女が言い出すのを待つのがいいのか、それともこちらから切り出すか。
「…しゃーないなァ」
何か悩みがあるのかもしれない。それを汲み取ってやるのも隊長の務めというもの。そう言い聞かせて未だにこちらの様子を伺っている彼女の元へと向かうために地を蹴った。わざわざ瞬歩を使ったのは驚かせるためだったが、背後へと回った瞬間、風圧で彼女の髪が靡く。ふわりと香る彼女の柑橘系の香り。
「た、隊長…」
「なんや熱い視線感じるし、来たったで」
彼女が一歩後ろに下がったせいで思っていたより距離が近い。微かにトクリと音を立てた鼓動に、戸惑いを覚える。
「熱い視線って…そんなことないですけど…」
「でも自分ずっと俺のこと見とったやろ?」
気まずげに白奈の視線が俺と床を行き来し、口を開いたかと思えば言い淀んでしまう。そんなに言いにくいことがあるのだろうか。俺が把握している限り、彼女の周りでは特に問題はなかったはずだが。
「…なんか言いたいことあるんちゃうん」
自分で聞いたくせにいざ聞くとなると、ざわりと嫌な感覚が纏わりつく。ふう、と大きく深呼吸をした白奈が意を決したように俺の目を真っすぐに見た。一体本当に何だと言うのだろう。
「お鍋、食べに行きません?」
「はい?」
*
何もご飯に誘うくらい気軽に誘ってくれればいいものを。あんなに言い淀まなくても。
今までも二人で食べに行っていたし、なんなら割と最近も食べたばかりだ。まあ、一方的に白奈にくっついて行ってた自覚はある。でも彼女から誘われるなんて初めてだ。本当にご飯を食べるだけなのか、それとも他に別のことが?
どちらにせよ、もうすぐ彼女と約束した時間になる。定刻を知らせる鐘が鳴り、数分後に執務室の戸を叩く音がする。
ちらりと鏡を見て髪の乱れがないか確認して前髪を撫でつけた。
「今行くわ」
彼女に連れられて来た店はこじんまりとしているが暖かな雰囲気だった。ざわつく店内を案内され、テーブルに着くと白奈はメニューも見ずに「炙り鍋を二人前でお願いします」と告げた。微かに彼女の口元が緩み、どことなくそわそわと嬉しそうだ。
「隊長、今日はありがとうございます。ここに二人で来れてよかったです」
「…ん"ん"」
ずっと来たいと思ってたんですと、思ってもみなかった言葉を投げかけられる。口をつけたばかりの水を危うく吹き出すところだった。
ふ、二人で来れてよかっただと…?
「ここの炙り鍋ずっと食べたかったんですけど、注文が二人からじゃないと頼めなくて!」
嗚呼、成程。そういう事。
そもそも期待なんかしていない。
だが、わずかでもドキリとした自分が居たことに僅かに眉間にしわが寄る。
こちらの動揺など知る由もなく、店員は手際よく鍋の支度を進めていく。
真ん中に置かれた鍋の中にはえのき等のキノコ類に加えて葉物の野菜が数種類が彩りよく鎮座している。ここは鶏のたたきが有名らしい。運ばれてきた白い大皿の上に大輪のように並ぶ表面のみが炙られた鶏のたたきが綺麗に盛り付けられている。
「隊長、隊長。これ、生で食べれられるんですって!」
「生で?」
きらきらとした目で白奈はいただきます、と両手を合わせた。
「まずはやはり生で…」とそろりと箸を皿に伸ばし肉を口に運ぶ。ぐにり、と弾力がある鶏肉が噛めば噛むほど鳥の旨味が広がる。
ぎゅうっと目を閉じて幸せそうに食べる白奈の顔にこちらまで顔が緩んでしまう。ぱくりと次から次へと肉を運ぶ白奈の手が止まらない。
「このまま食べるのが美味しすぎて鍋にするお肉がもうないですね…」
「ばくばく食いすぎやっちゅーねん。まあ、確かにわからんでもないけど」
そう言って自身も肉を口に放り込んだ。うん、美味い。
「別に、もう一皿頼めばええやん」
「そ、そうですね。それを鍋にしちゃいましょう」
グラグラと鍋の中で出汁と野菜たちが揺れている。煮えた白ネギやきのこをバランスよく取り皿に取り分けて「どうぞ」と柔らかい笑みを浮かべる彼女がいた。その顔からは一緒に食事をとる事が嫌で仕方ないというように歪められていた表情があったことを思い出す。
差し出されたお椀を受け取った時に彼女の指が自身の指に触れる。熱かったのは鍋の湯気のせいか、それとも。
にこにこと嬉しそうな顔で鍋をつつく白奈がふいにこちらを見やる。
白奈のぱっちりとした目が合って数秒。ふふ、と照れたように零れた笑みを見た瞬間だった。
ぶわりと何かが胸の内を駆け抜ける。言いようのないむず痒さに酒を一気に流し込んだ。
そんなこちらの様子を全く気にしないように彼女は緩んだ表情で口を開いた。
「昔お世話になった人に言われたことがあるんです。食事は愛を分け合うものだと」
「当時は何を言っているのかわかりませんでしたが、今なら少しわかる気がするんです」
ちらりと白奈を盗み見るとこちらのことを何も気にしているふりもなく、相変わらず幸せそうな顔で鍋をつついている。
「美味しいものを分け合えるっていいものですね」
揺れる鍋の湯気の向こうで彼女が水を口にした後の喉が上下する。その何気ない仕草に視線が引っ張られてしまう。
…まさか、そんな。俺が?こいつを?
目の前に急に現れた可能性がチラついて食べる箸が止まってしまう。
「?隊長、お腹いっぱいですか?」
言えない。
食べないのですか?と首をかしげる白奈と、一緒にいる未来を一瞬でも考えてしまったなんて。からっぽになったお猪口の底を眺めながら、何かが足りなかった日常に求めていたものはこれだったのかもしれない。胸の奥でぱちりとピースが嵌った音を聞いた。
「隊長、隊長!」
「ぁ、え?すまん、聞いてへんかった」
一度考えだしてしまったら止まらなくなった思考を振り払うように徳利を傾けるが、わずかに数滴落ちただけだった。
「珍しいですね」
「珍しい?何が?」
話を聞いてなかったことか?
それとも無言の時間が長かった?
特に珍しがられる行動はなかったはず…
「顔、真っ赤になっていらっしゃるから…」
「ーッ!」
思わずばっと自身の手で顔を覆い隠してみたが、もう見られてしまったのなら手遅れだ。
飲みすぎですか?とふふ、と笑いながらお冷をもらうために白奈は店員を呼ぶために片手をあげた。
はあ、とテーブルに肘をつき項垂れる。
一度気が付いてしまったものはもうなかったことにできない。
指の隙間からチラリと白奈を見ると幸せそうに箸を口に運ぶ姿が見える。
―あかんわ…
とりあえず赤くなった顔は、今夜は飲みすぎたという事にしておこう。
「本当、美味しい…」
「ほんま、美味そうに食うやつ」
白奈の幸せそうな顔に釣られて自身も自然と笑みがこぼれる。今はそれで十分だった。
