平子と日々を食む
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やけに自分の呼吸が耳の奥で響いていた。
はっはっ、と短い呼吸を繰り返しながら走る。
バクバクと鳴る心臓がうるさい。
「未白!!撤退するぞ!!急げ!」
本来であれば、いつもの業務と変わらない担当地区の見回り任務のはずだった。虚が出たとしても、席官である班長と数名の隊士で討伐できるレベルの地区であったはず。
大虚の出現だなんて、誰が予想できたのだろう。
班長である上官の脇には既に意識を失っている同僚が抱えられている。
「緊急要請完了!」
「よし!このまま安全な場所まで後退するぞ。走れ!」
「はい」
幸いだったのは、現れた大虚が一体だけだったことだ。
空が割れ、不気味な仮面がこちらを捉えた時には、既にいた虚は討伐済みである。このまま逃げ切れば、緊急要請に応えて大虚討伐隊が来てくれるはずだ。
「未白!怪我はないか!」
物陰に一度身を隠し、同僚を背負い直し乱れた呼吸を整える。まだ大虚はこちらに気が付いていない。
「班長こそ、お怪我はないですか?」
「ああ。俺は問題ないが…」
今一番重症なのは、同僚である。貫かれた箇所からの出血が酷い。班長は苦い顔で、背中の同僚を気遣うように見た。
「早くこいつを四番隊に連れて行かねえと……ぐあッ!?」
「…班長!!!」
突如、白い腕が地を裂くように飛び出した。班長の頭を掴んだと思えば次の瞬間に身体が宙を舞った。
「このッ…!」
腰に差している斬魄刀を抜き、虚の胸の穴に突き立てた。呻き声と共に虚の身体が崩れていく。
「班長!!!」
血に濡れた班長の肩を揺するが返事がない。
このままだとまずい。早く二人を四番隊へ運ばなければ。
そう思った瞬間だった。
背筋が粟立つ。
振り返れば、大虚の口元に禍々しい光が収束していた。
──虚閃!
放たれた眩い閃光が視界を埋め尽くす。
迷っている暇はなかった。二人は気を失っている。今なら。
「──衡 せ、月秤 」
本来なら逃げねばならぬ一撃。
けれど。
刀身を握りしめ構える。
その瞬間轟音と共に白い光が身体を呑み込んだ。
*
報告によれば白奈を含む部隊が大虚に遭遇。
一人が意識不明の重体。思わず舌打ちが漏れた。
──無事でおってくれ…
現場にはあとわずかで到着するところだった。
巨体から禍々しい閃光が放たれようとしている先には、倒れている二人の隊士を庇うように浅打 を構える白奈の姿が見える。
「アカン!逃げえ!!」
この距離だと攻撃を防いでやることも、抱えて逃げてやることもできない。
「…ッ!」
轟音と共に閃光が視界を奪い、瞬間爆風が周りの木々や建物を吹き飛ばした。
「……白奈!!!」
飛んでくる瓦礫を片腕で払いながら必死に白奈の姿を探す。
頼む、無事でいてくれ。そう願いながら、想像もしたくない事態にどう対処するか、頭の中で算段をつけている自分が嫌になった。
ゆらりと巨大な気味の悪い大虚が耳障りな呻き声をあげて崩れていく。
崩れていく?
次第に砂埃が落ち着き始め、見えたのは何一つ変わらずそこに立つ白奈の姿だった。構えていたはずの浅打はもう腰に収まっている。
「白奈!無事か!」
「…平子隊長」
ほぼ身体が崩れ去り、霊子が大気中に還っていく様を横目で眺める。
一体何が起きたのか。確実に虚閃は白奈たちに直撃するはずだった。
それなのに、怪我一つなく自分の前に立つ白奈は、珍しく目が泳いでいる。
「あ、あの。隊長、見ました?」
「…そんなことは後でええ。先こいつら運ぶで。手伝え」
大虚は倒れたのだから今優先すべきことは負傷している隊士を四番隊に運ぶことだ。ぐったりと力が抜けている隊士の身体に負担がないよう担ぎその場を後にした。
*
「こちらでお預かりします。後はお任せください」
四番隊に負傷した二名を無事に送り届けた後、やることは決まっていた。
「白奈。ちょっとええか?」
「…はい」
いつも隊務中は鉄仮面でテキパキと業務をこなす白奈の姿から変わって、終始目が泳いでいる。
初めに感じた違和感。やっと答えが繋がった気がした。
隠していたのだ。実力があるくせにないふりをして。大虚を倒せる何かを。そもそも副隊長である雛森からは始解ができない と聞いていたのだ。この様子だと、護廷を欺くつもりで隠しているわけではなさそうだが。
露骨に肩を落としている。そんな様子にひとつ、わかりやすくため息をつく。
「昼飯、まだやろ?行くで」
向かう先は五番隊舎ではなく、馴染みの、しかもあの料理を出す店だった。
五番隊舎にほど近い場所にその店はある。昼時は混み合うが既にその時間は過ぎ、ほとんどのお店が支度中の札を店先に出している時間帯だ。
「おっちゃん!すまんけど、今からいける?」
「お!平子隊長!構わないよ。奥でいいかい?」
「おおきに」
お昼の混雑を終え、静まり返った店内を進む。
その後ろを浮かない顔で着いてくる白奈を奥の席へと座らせる。
食事の席だと言うのに、珍しいこともあるもんだと思うがこの状況じゃあ仕方がない。
店主がお冷を持ってきてくれた際に「いつもの二つで」と注文を告げる。
支度中に関わらず、「いつものね。あいよ」とニコニコと人のいい笑みを浮かべて厨房へと消えていく。
「んで?お前あれ何やねん」
「…あれとは、斬魄刀のことですか?」
「お前始解できんって聞いとったけど」
「…知られたくなかったんです」
「一応聞くけど何でや?」
一気に飲み干してしまったお冷のおかわりを汗をたっぷりかいたピッチャーから注ぐ。カラカラと小さくなった氷が音を立てた。静かな店内だからか、やけに音が響く。
「月秤。私の斬魄刀の能力は反転。強い攻撃ほど軽くなり、その分を倍にして跳ね返せる」
「弱い攻撃なら、強く受け止めてまうってか」
「…はい。下手をすれば小傷でも致命傷になります」
能力が知られれば対処される。幸い月秤は始解しても見た目が変わらないせいで欺きやすい。だから始解ができないということにしていると白奈は言った。
成程。虚閃を避けずにいたのは斬魄刀の能力によるものだったか。確かにその能力だと大虚を倒せる一撃が放てたのも納得がいく。
だが、問題はそこではない。
無事だったことへの安堵より今は、腹の底から湧いてくる苛立ちを抑えられない。
「それは只のお前の力不足やろ。俺が言うてんのは実力を隠してることについて、や」
「…昇進したくありませんでしたので」
「別に昇進したくなかったら話蹴ったらええやん。今回お前が戦えること知っとったらあいつらが怪我する必要なかったんちゃうか?」
「……それは」
ぎゅうと自分の手を強く握りしめ、俯く白奈の様子を眺める。
白奈も二人の怪我については、自分を責めているようだ。
「ええか。お前が出世したない言うんやったらそれでええ。けどな、仲間に怪我させてまで自身の力を偽るんは許さん」
「俺らは一人とちゃう。隊っちゅうもんはな、一人で戦うためにあるんちゃうで」
「そんなつもりは…!」
「結果そう見えんねん」
平子の声が低く落ちた。
「俺も、他の奴らも。命預けて戦っとんねん」
皆明るく過ごしているが、明日は誰かいなくなるかもしれない生活。
一歩の過ちで命が簡単に散っていく日常を送っているのだ。
「…すみませんでした」
血の気が引いたような顔で深く俯き、握りしめすぎた手のひらには爪痕がくっきりと残っている。
「…まァ、あの状況であいつらのことちゃんと護った訳やし?今回反省してんのやったらええわ」
怪我人は出てしまったが、命は助かっているのだ。白奈も反省しているようなので、この話はもうお終いというようにぽん、と白奈の頭を撫でた。
「おまちどうさん!特製カツ丼二つね!」
ちょうどいいタイミングで注文していたカツ丼が目の前に湯気をゆらゆらとさせながら置かれる。とろりと半熟具合の卵が食欲を刺激する。
「うまそ。ほれ、白奈も」
「…いただきます」
とろりと半熟の卵が揚げたてのカツを包み、出汁を吸った玉ねぎがその下で艶めいている。ひと口頬張れば卵のまろやかさとカツの香ばしさが一緒になって広がる。
「うまいやろ?」
「…美味しいです」
ぽつりと零れた声は先程までより柔らかった。
白奈の顔に生気が戻ったのを見て平子もカツ丼に箸を伸ばした。
しばらく無言で食べ進めていたが、ふと白奈が「どうしてカツ丼なんですか?」と問う。
「何でって、事情聴取と言えばカツ丼って決まってるやろ」
「…そうなんですか?」
「そうなんですゥ」
丼の最後の一口を放り込んで、先程聞けなかった疑問を口にする。
「せや、なんで昇進したないん?」
「だって仕事、増えるじゃないですか」
「はァ?」
「私、絶対に定刻で帰りたいんで」
ご馳走様でしたと、手を合わせる彼女にデコピンを食らわせる。
「お前、絶対席官にしたるからな…」
「えぇ…話が違う…」
太陽が傾いた午後の終わり。隊舎まで戻るまでの彼女の足取りは軽くなったのを見て、ようやく肩の力を抜いた。
はっはっ、と短い呼吸を繰り返しながら走る。
バクバクと鳴る心臓がうるさい。
「未白!!撤退するぞ!!急げ!」
本来であれば、いつもの業務と変わらない担当地区の見回り任務のはずだった。虚が出たとしても、席官である班長と数名の隊士で討伐できるレベルの地区であったはず。
大虚の出現だなんて、誰が予想できたのだろう。
班長である上官の脇には既に意識を失っている同僚が抱えられている。
「緊急要請完了!」
「よし!このまま安全な場所まで後退するぞ。走れ!」
「はい」
幸いだったのは、現れた大虚が一体だけだったことだ。
空が割れ、不気味な仮面がこちらを捉えた時には、既にいた虚は討伐済みである。このまま逃げ切れば、緊急要請に応えて大虚討伐隊が来てくれるはずだ。
「未白!怪我はないか!」
物陰に一度身を隠し、同僚を背負い直し乱れた呼吸を整える。まだ大虚はこちらに気が付いていない。
「班長こそ、お怪我はないですか?」
「ああ。俺は問題ないが…」
今一番重症なのは、同僚である。貫かれた箇所からの出血が酷い。班長は苦い顔で、背中の同僚を気遣うように見た。
「早くこいつを四番隊に連れて行かねえと……ぐあッ!?」
「…班長!!!」
突如、白い腕が地を裂くように飛び出した。班長の頭を掴んだと思えば次の瞬間に身体が宙を舞った。
「このッ…!」
腰に差している斬魄刀を抜き、虚の胸の穴に突き立てた。呻き声と共に虚の身体が崩れていく。
「班長!!!」
血に濡れた班長の肩を揺するが返事がない。
このままだとまずい。早く二人を四番隊へ運ばなければ。
そう思った瞬間だった。
背筋が粟立つ。
振り返れば、大虚の口元に禍々しい光が収束していた。
──虚閃!
放たれた眩い閃光が視界を埋め尽くす。
迷っている暇はなかった。二人は気を失っている。今なら。
「──
本来なら逃げねばならぬ一撃。
けれど。
刀身を握りしめ構える。
その瞬間轟音と共に白い光が身体を呑み込んだ。
*
報告によれば白奈を含む部隊が大虚に遭遇。
一人が意識不明の重体。思わず舌打ちが漏れた。
──無事でおってくれ…
現場にはあとわずかで到着するところだった。
巨体から禍々しい閃光が放たれようとしている先には、倒れている二人の隊士を庇うように
「アカン!逃げえ!!」
この距離だと攻撃を防いでやることも、抱えて逃げてやることもできない。
「…ッ!」
轟音と共に閃光が視界を奪い、瞬間爆風が周りの木々や建物を吹き飛ばした。
「……白奈!!!」
飛んでくる瓦礫を片腕で払いながら必死に白奈の姿を探す。
頼む、無事でいてくれ。そう願いながら、想像もしたくない事態にどう対処するか、頭の中で算段をつけている自分が嫌になった。
ゆらりと巨大な気味の悪い大虚が耳障りな呻き声をあげて崩れていく。
崩れていく?
次第に砂埃が落ち着き始め、見えたのは何一つ変わらずそこに立つ白奈の姿だった。構えていたはずの浅打はもう腰に収まっている。
「白奈!無事か!」
「…平子隊長」
ほぼ身体が崩れ去り、霊子が大気中に還っていく様を横目で眺める。
一体何が起きたのか。確実に虚閃は白奈たちに直撃するはずだった。
それなのに、怪我一つなく自分の前に立つ白奈は、珍しく目が泳いでいる。
「あ、あの。隊長、見ました?」
「…そんなことは後でええ。先こいつら運ぶで。手伝え」
大虚は倒れたのだから今優先すべきことは負傷している隊士を四番隊に運ぶことだ。ぐったりと力が抜けている隊士の身体に負担がないよう担ぎその場を後にした。
*
「こちらでお預かりします。後はお任せください」
四番隊に負傷した二名を無事に送り届けた後、やることは決まっていた。
「白奈。ちょっとええか?」
「…はい」
いつも隊務中は鉄仮面でテキパキと業務をこなす白奈の姿から変わって、終始目が泳いでいる。
初めに感じた違和感。やっと答えが繋がった気がした。
隠していたのだ。実力があるくせにないふりをして。大虚を倒せる何かを。そもそも副隊長である雛森からは
露骨に肩を落としている。そんな様子にひとつ、わかりやすくため息をつく。
「昼飯、まだやろ?行くで」
向かう先は五番隊舎ではなく、馴染みの、しかもあの料理を出す店だった。
五番隊舎にほど近い場所にその店はある。昼時は混み合うが既にその時間は過ぎ、ほとんどのお店が支度中の札を店先に出している時間帯だ。
「おっちゃん!すまんけど、今からいける?」
「お!平子隊長!構わないよ。奥でいいかい?」
「おおきに」
お昼の混雑を終え、静まり返った店内を進む。
その後ろを浮かない顔で着いてくる白奈を奥の席へと座らせる。
食事の席だと言うのに、珍しいこともあるもんだと思うがこの状況じゃあ仕方がない。
店主がお冷を持ってきてくれた際に「いつもの二つで」と注文を告げる。
支度中に関わらず、「いつものね。あいよ」とニコニコと人のいい笑みを浮かべて厨房へと消えていく。
「んで?お前あれ何やねん」
「…あれとは、斬魄刀のことですか?」
「お前始解できんって聞いとったけど」
「…知られたくなかったんです」
「一応聞くけど何でや?」
一気に飲み干してしまったお冷のおかわりを汗をたっぷりかいたピッチャーから注ぐ。カラカラと小さくなった氷が音を立てた。静かな店内だからか、やけに音が響く。
「月秤。私の斬魄刀の能力は反転。強い攻撃ほど軽くなり、その分を倍にして跳ね返せる」
「弱い攻撃なら、強く受け止めてまうってか」
「…はい。下手をすれば小傷でも致命傷になります」
能力が知られれば対処される。幸い月秤は始解しても見た目が変わらないせいで欺きやすい。だから始解ができないということにしていると白奈は言った。
成程。虚閃を避けずにいたのは斬魄刀の能力によるものだったか。確かにその能力だと大虚を倒せる一撃が放てたのも納得がいく。
だが、問題はそこではない。
無事だったことへの安堵より今は、腹の底から湧いてくる苛立ちを抑えられない。
「それは只のお前の力不足やろ。俺が言うてんのは実力を隠してることについて、や」
「…昇進したくありませんでしたので」
「別に昇進したくなかったら話蹴ったらええやん。今回お前が戦えること知っとったらあいつらが怪我する必要なかったんちゃうか?」
「……それは」
ぎゅうと自分の手を強く握りしめ、俯く白奈の様子を眺める。
白奈も二人の怪我については、自分を責めているようだ。
「ええか。お前が出世したない言うんやったらそれでええ。けどな、仲間に怪我させてまで自身の力を偽るんは許さん」
「俺らは一人とちゃう。隊っちゅうもんはな、一人で戦うためにあるんちゃうで」
「そんなつもりは…!」
「結果そう見えんねん」
平子の声が低く落ちた。
「俺も、他の奴らも。命預けて戦っとんねん」
皆明るく過ごしているが、明日は誰かいなくなるかもしれない生活。
一歩の過ちで命が簡単に散っていく日常を送っているのだ。
「…すみませんでした」
血の気が引いたような顔で深く俯き、握りしめすぎた手のひらには爪痕がくっきりと残っている。
「…まァ、あの状況であいつらのことちゃんと護った訳やし?今回反省してんのやったらええわ」
怪我人は出てしまったが、命は助かっているのだ。白奈も反省しているようなので、この話はもうお終いというようにぽん、と白奈の頭を撫でた。
「おまちどうさん!特製カツ丼二つね!」
ちょうどいいタイミングで注文していたカツ丼が目の前に湯気をゆらゆらとさせながら置かれる。とろりと半熟具合の卵が食欲を刺激する。
「うまそ。ほれ、白奈も」
「…いただきます」
とろりと半熟の卵が揚げたてのカツを包み、出汁を吸った玉ねぎがその下で艶めいている。ひと口頬張れば卵のまろやかさとカツの香ばしさが一緒になって広がる。
「うまいやろ?」
「…美味しいです」
ぽつりと零れた声は先程までより柔らかった。
白奈の顔に生気が戻ったのを見て平子もカツ丼に箸を伸ばした。
しばらく無言で食べ進めていたが、ふと白奈が「どうしてカツ丼なんですか?」と問う。
「何でって、事情聴取と言えばカツ丼って決まってるやろ」
「…そうなんですか?」
「そうなんですゥ」
丼の最後の一口を放り込んで、先程聞けなかった疑問を口にする。
「せや、なんで昇進したないん?」
「だって仕事、増えるじゃないですか」
「はァ?」
「私、絶対に定刻で帰りたいんで」
ご馳走様でしたと、手を合わせる彼女にデコピンを食らわせる。
「お前、絶対席官にしたるからな…」
「えぇ…話が違う…」
太陽が傾いた午後の終わり。隊舎まで戻るまでの彼女の足取りは軽くなったのを見て、ようやく肩の力を抜いた。
