平子と日々を食む
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机の上を埋め尽くす勢いで増える書類仕事に飽きて、見回りと称して無理やり隊舎を抜け出してきたのは、半刻ほど前。
幾分騒がしく、雑多な匂いが混ざるこの場所は白道門から少し離れた五番隊の管轄地区。吹き抜ける風に露店の風車がからからと回る。その横を走りすぎていく子供達、建ち並ぶ出店の風景が、どこか懐かしい気持ちにさせる。
昔通っていた蕎麦屋はまだあるのだろうかと、もういつだったかわからない頃の記憶を頼りに雑踏の中をぶらりと歩く。
現世に身を潜めていた頃は、目まぐるしく変わる街の様子が当然で時の経過を早く感じたものだ。
ここでは昔と変わらぬ風景が並んでいるせいで、生まれ育った場所ではないはずなのに故郷に戻ってきたような感覚に陥る。
もう二度と戻ってくることができないと思っていたのに。
あの頃より短くなった自身の髪がふわりと風に靡いて、奥底に閉まったほろほろと苦い思いが腹の下から上がってくる。
消えてくれない過去の記憶が頭の端にちらついた瞬間だった。
「平子隊長」
聞き馴染みのある声と、こちらでは嗅ぎなれない香ばしい匂いがふわりと鼻先を掠め、平子の意識を現実へと引き戻した。
「白奈チャンやん。って何持ってんねん」
いつもの死覇装ではなく、淡い色に身を包んだ白奈が後ろに立っている。
手には舟形の皿。湯気を立てながら揺れる鰹節とソースの香り。
そうか、彼女は今日非番だったのか。
「何って、たこ焼きです」
「見たらわかるわ。たこ焼きって
「そこで食べようと思ってたら、隊長が見えたので」
指さす先にはひらりと風に揺れる団子と書かれた幟と赤い緋毛氈が掛けられた長椅子。
「…団子って書いてあんねんけど」
「たこ焼きも有名なんですよ、ここ」
「ご一緒にどうですか?」と誘われるまま団子屋の長椅子に並んで腰かけた。
「って、待てや!おかしいやろ!団子とたこ焼きて!」
「…同じ丸い食べ物、という点では別におかしくないのでは?」
「まァ、確かに…ってそんなわけあるか!」
爪楊枝で突いたたこ焼きを何の警戒もなく口へ運んだ白奈が、次の瞬間「ッあつ!」と声を上げた。
「あほか。熱いに決まってるやんけ」
はふはふと熱を逃がそうと、懸命に口の中を手で扇ぐ白奈の様子を眺めていると、腹の底に沈んでいた苦みがじわりと薄まっていく気がした。涙目でじろりとこちらを睨みつけているが、まるで子猫の威嚇のようで可愛らしく面白い。
甘辛いソースの匂いに釣られて、自分も何か頼むかと長椅子の上にあった品書きを手に取ると、一番上に「タコヤキ」の文字を見つけた。
「ほんまにたこ焼き売ってるやん…」
「お団子も美味しいですよ」
おすすめは御手洗団子ですかね、と今度はしっかりとふーふーと湯気を冷ましながら白奈は答えた。
合計8個入りのたこ焼きにはたっぷりの鰹節と甘辛いソース。「隊長もよければどうぞ」と差し出されるたこ焼きに「ほな貰おかな」と手を伸ばした。
爪楊枝を刺せば、表面の生地がふるりと揺れた。
口に頬張れば、香ばしいソースの甘辛さの奥から熱い出汁の風味がじゅわっと広がる。外は香ばしく、中はとろりと柔らかい。
「久しぶりに食うたわ。こっちでも食えんねんなァ」
「あちらでは結構召し上がっていたのですか?」
「まア、たまにな」
仮面の軍団でたこ焼きパーティーを開いたことを思い出す。ひよ里は生地にうるさいし、真白は気持ち悪いくらいのマヨネーズをぶっかける。個性が強い軍団だ。味の好みも様々だったな、と思い返した。騒がしくテーブルを囲んでいたことが懐かしい。
「あ、せや。ソースも美味いけど、塩とオリーブオイルでも美味いねんで。酒に合う」
ソース味も勿論いいのだが、組み合わせ自由に食べられるのもたこ焼きの魅力のひとつである。その中でも酒と一緒につまむのならこの組み合わせが好きだった。
「ソースでしか食べたことないですね…その、おりーぶおいるというのは聞いた事ないです」
食べてみたいと、小さくこぼした白奈に「ほなまた今度な」と返した。たこ焼き器、どこに仕舞っただろうか。リサあたりなら知っているだろう。
「そういえば、隊長。今日お仕事どうされたんですか?」
「…見回りや」
「成程。サボりですね」
少し冷めたたこ焼きをぱくりと一口で頬張ると伝令神機を開いた。
「ちょ、桃に連絡する気やろ!?アカンて!!」
「お仕事、溜まっていらっしゃいましたよね?」
「団子!団子でどうや!?な?好きなん頼み!」
カチカチと、雛森に連絡するべく伝令神機を触っていた白奈の手がぴたりと止まる。
「…仕方ないですね。御手洗団子を3本、いや磯辺も捨てがたい…」
すっかり伝令神機から長椅子の上の品書きを目で追っている様子に、これで暫くは副官が連れ戻しに来ることはないだろう。だが隊舎に戻れば、自分の居ぬ合間に増えているだろう書類を思うと、はあ…と小さく息を吐いた。
「隊長は何にします?」
反対にうきうきと嬉しそうな白奈の顔を見ると、不思議とすとんと肩の力が抜ける。
そうだ、今は書類のことは考えないでおこう。
「御手洗1本でええわ。白奈チャンはどうするん?」
「私は御手洗とのり七味にします」
すみません、と注文を告げる際にさらりと安倍川餅も追加している。食いしん坊め。
「ほんま、自分ちゃっかりしてんなァ。このことは桃には内緒やで?」
「はい。でもちゃんとお仕事には戻ってくださいね」
団子を頬張りながら、カラカラと回る風車の音が心地よく、風が髪を撫でつけていく。
「あー、このまま帰ったらあかんかなア」
「駄目です。お団子食べたら戻ってくださいよ」
「白奈チャンはこの後何するん?」
少しでも話を逸らせないかと話題を振ってみたが、きっと彼女は答えてはくれないだろう。
平子が知っている白奈は仕事をしている姿とご飯を食べている時だけ。それ以外ことは殆ど知らない。
それがほんの少し、物足りない。
「そうですね、この後は久しぶりに自炊でもしようかと」
「料理できるん?せや、あん時おにぎり美味かったわ」
以前彼女のおにぎりを食べたことを思い出した。確かにあれは料理が好きなやつが作るおにぎりだった。
「私、あれ許してませんから」
「あれは上官への失言の罰やし、しゃアないやろ」
「隊長って結構どうでもいいことに権力を使いますよね」
「使いたい時使わんで、どうすんねん」
あっという間に食べ終わってしまった御手洗団子の串が寂しげに皿の上に転がっている。
「あ、明日弁当作ってきてや」
「嫌ですよ。なんで私が」
「ちゃんと仕事するし、な?」
あかん?と顔の前で両手を合わせて首を傾ける。
白奈はさも見えていませんと言う風に大きく口をあけて最後の団子をぱくりと食べた。
最後の一口を満足そうに飲み込む様子を、なんとなく目で追ってしまう。
「今お団子で見逃したんですから、これ以上仰るなら本当に雛森副隊長呼びますよ」
「わーった!わーった!はいはい、戻りますぅ」
重い腰をあげ、わざとらしく溜息をついて見せた。
確かにそろそろ戻らなければ小言も長くなりそうだ。
「ほな、また明日な」
ひらりと手を振り、隊舎へと一歩足を踏み出したところで、呼び止められる。
「お仕事、頑張ってくださいね」
「お団子ご馳走さまでした」とふわりと笑った顔が陽の光に照らされて眩しく見えた。カメラが今手元にあったなら、それはもう良い1枚が納められただろうに。そんなことを考えた自分に、思わず笑いそうになる。
ほんの少し上がった心拍数を誤魔化すように、頭をひとつ掻くと「おー」とだけ返した。
彼女が見えなくなったあたりで大きく息を吐き、天に向かってぐぐっと伸びをする。
「ほな、頑張りますかア」
隊舎に戻る足は自然と軽くなっていた。
明日出勤してくる彼女に書類が減ってると思われないように。気合いを入れよう。
