平子と日々を食む
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朝起きたらまず思うのは「今日は何を食べようか」だ。
食べることは生きることであり喜び。
だが、その為には金を稼がねばならない。
流魂街では稼ぐ方法が限られている。特に私がいた地区では尚更。だから私は死神になった。
ついでに言うと食事は一人で取るのが好きだ。
誰にも邪魔されず好きなものを好きなだけ食べたい。女だから小食であることが好ましい、だなんて。そんなもの糞くらえ、である。
そんな私の至福の時間が最近少し変化してきている。どんなに霊圧を抑えて気配を消してみても、気が付いたら、何食わぬ顔をして隣にいるのだ。
平子真子という男が。
そしてこれは決して自惚れではない。
彼は私がご飯を食べているところを嬉しそうに見ているのだ。一体何が面白いのというのか。そして自分も「うまいな、ここ」と機嫌が良さそうに笑う。
約束をしている訳ではないが週に1度はふらりと探し当てられては食事を共にしているように思う。最初こそ嫌悪感を覚えていたが、今では好きなものを共有できる時間としてはまあ、悪くはないかと思い始めている。
そんなことを考えている間に、丼はすっかり空になっていた。
「ご馳走様でした」
今日の隣は空席だ。
*
ゴーン、と定刻を知らせる鐘が三度鳴る。
さて、今日のメインは汁物である。
これは地方によって好みが判れることだろう。
甘口か。辛口か。また色による分類もある。赤、白、淡色。そう、味噌汁の話だ。
「時間ですので、お先に失礼します…って、うわ!?」
晩御飯のことばかり考えていたせいか、急に目の前に現れた人影にびくりと肩があがった。
「ほんま自分、時間ぴったりやな」
だるそうな猫背にサラリと靡く金髪。
「…平子隊長」
「お疲れさん。飯、行くやろ?」
「…行きますけど。隊長もですか?」
「アカン?」
「駄目ですって言っても勝手に付いてくるじゃないですか…」
綺麗な歯並びが弧を描いて覗き「今日何食いに行くん?」と隊長は普段よりも親しみやすい笑みを浮かべる。仕事中に向けられるものよりずっと柔らかいその顔に、小さく溜息をつく。抗うだけ無駄だ。
…案外私は、この顔に弱いらしい。
「着けばわかりますよ」
食欲をそそる匂いが、充満する飲食街を並んで歩く白と黒。私の歩幅に合わせて歩く隊長の他愛無い話に適度に相打ちを打つ。
最初こそ、嫌悪感しかなかったというのに。今では、ほんの少しだけ心地良い気もしている。
ぐう、と腹の虫が鳴く寸前で目的の店が見えた。
そこは非常に、こじんまりとした店構えで入口も女の私でも身をかがめて通らなければならないほど小さい。中は座敷になっていて、ずらりと壁に並ぶ木札に書かれた品書きたち。
「へー、こんなとこ知らんかったわ」
店内をぐるりと見まわして「何屋さんなん?」と木札を眺めている。
たい、はまぐり、どじょう、じゅんさい、ゆば等平仮名で書かれたものだけ見ると一体何の店だと思うだろう。
「お味噌汁ですね。これ全部」
「味噌汁?」
壁一面に並ぶ具材たちは全て味噌汁の中身のことだ。
ここは味噌汁専門店。瀞霊廷中探しても味噌汁だけで勝負している店なんてここだけであろう。
選ぶのは味噌汁だけで、ご飯、メインのおかずは固定である。とはいえ季節によって旬の食材を使った料理になるのでそれもまた飽きずに来れる理由のひとつだ。
私の説明に頷きながら、視線は壁の品書きを辿っている。
「えらい種類あるんやなあァ。白奈は何にするん?」
私はここに来たら必ず注文する、というのが決まっている。もちろん他のも頼みたい気持ちもあるのだが、この味噌汁が飲めるのはこの店の他にない。思い出しただけで、口の中に広がる出汁と味噌の風味が恋しい。
「私いつも、おとし芋なんです」
「おとし芋?」
隊長は聞いたことがないと言う風に首を傾げた。
おとし芋。白味噌で作られるそれは擦った大和芋が入っている味噌汁だ。出汁と白味噌の甘さがなんとも言えない美味しさで、擦り落とされた芋がふんわりとほどける食感がたまらない。
「白味噌が苦手でなければ美味しいですよ」
「白味噌かァ…」
あんまし得意ちゃうねんな…とまだ視線が品書きの上を行ったり来たりしている。数秒じっと悩んだ後「ほな俺は鯛にしよかな」と、注文をするために手をあげた。
「ここよく来るん?」
「たまにですかね。季節の変わり目あたりには来るようにしてますけど」
店内に漂う出汁の香りが鼻をくすぐる。料理が届くまでのこの時間も好きだ。味は勿論、店内の空間や盛り付け等も食事の一部だと思っている。全部ひっくるめて、“食べる”という行為が好きなのだ。
「味だけやなくて、店の空気込みで美味いってゆうのあるよなァ」
ぼんやりと湯呑を指先で回しながら溢した平子隊長の言葉に、思わず声が大きくなる。
「ッそうなんですよね!私も今同じこと考えてて!」
ぱちくりと琥珀色の瞳がいつもより大きく開く。驚いたような表情の隊長に、しまったと思った。勢いが良すぎた、とじわじわ顔に熱が上がっていくのを感じる。
「はは、ほんま食いしん坊やなァ」
そう言って湯呑越しに細められた目から逃げるように、私はお茶を流し込んだ。
「お待たせしました」
ふわりと漂う出汁の香り。
かやくご飯に今日は鶏の照り焼き。酢味噌で和えた胡瓜と小さな小鉢がひとつ。
漆椀の中には、淡いクリーム色の味噌汁。湯気と一緒にふわりと立つ甘い香りに、思わず頬が緩む。
「いただきます」
ゆらゆらと揺れる湯気をひとつ吐息で逃がし、そっと椀へ口をつけた。口いっぱいに広がる白味噌の風味と擦った芋の甘み。染み渡る味噌汁の温かさがすっと身体の中に落ちていく。
「お、鯛の出汁がしっかり効いてて美味いな」
隣の平子も気に入ったようで、次から次へと箸が動いている。美味いと食べ進める平子の様子をちらりと盗み見ると、自分の椀に目線を落とした。
「……平子隊長。よかったら一口いかがですか?」
白味噌は得意じゃないと言っていたが、この美味しさを知ってもらいたい。いや、でもわざわざ得意じゃないと知っているのに進めるのもどうなんだと悩むがもう口に出してしまったので遅い。
「…ええの?」
「え?あ、どうぞ」
ほな、一口もらうわ。と平子の口に運ばれる椀を見つめる。
味はどうだろうか。気に入ってくれるだろうか。なんてことを考えながら嚥下される瞬間を見守った。
「…自分めっちゃ見るやん」
「それ隊長が言います?いつも私のこと見てるじゃないですか…」
「あ、バレとった?」
そう言って笑う顔は、どこか楽しそうで。
「これ、むっちゃ美味いな。正直白味噌ってなァ、と思っとったけどイケるな。美味い」
—嬉しい。
純粋にそう思った。
私の好きなものが受け入れられたことに。苦手だと言っていたもののはずなのに。
「ふふ、よかったです。美味しいですよね、おとし芋」
湯気の向こうで「こんな美味いと思ってへんかったわァ」と平子が笑う。
なんだかその日はいつもより美味しい気がした。
食べることは生きることであり喜び。
だが、その為には金を稼がねばならない。
流魂街では稼ぐ方法が限られている。特に私がいた地区では尚更。だから私は死神になった。
ついでに言うと食事は一人で取るのが好きだ。
誰にも邪魔されず好きなものを好きなだけ食べたい。女だから小食であることが好ましい、だなんて。そんなもの糞くらえ、である。
そんな私の至福の時間が最近少し変化してきている。どんなに霊圧を抑えて気配を消してみても、気が付いたら、何食わぬ顔をして隣にいるのだ。
平子真子という男が。
そしてこれは決して自惚れではない。
彼は私がご飯を食べているところを嬉しそうに見ているのだ。一体何が面白いのというのか。そして自分も「うまいな、ここ」と機嫌が良さそうに笑う。
約束をしている訳ではないが週に1度はふらりと探し当てられては食事を共にしているように思う。最初こそ嫌悪感を覚えていたが、今では好きなものを共有できる時間としてはまあ、悪くはないかと思い始めている。
そんなことを考えている間に、丼はすっかり空になっていた。
「ご馳走様でした」
今日の隣は空席だ。
*
ゴーン、と定刻を知らせる鐘が三度鳴る。
さて、今日のメインは汁物である。
これは地方によって好みが判れることだろう。
甘口か。辛口か。また色による分類もある。赤、白、淡色。そう、味噌汁の話だ。
「時間ですので、お先に失礼します…って、うわ!?」
晩御飯のことばかり考えていたせいか、急に目の前に現れた人影にびくりと肩があがった。
「ほんま自分、時間ぴったりやな」
だるそうな猫背にサラリと靡く金髪。
「…平子隊長」
「お疲れさん。飯、行くやろ?」
「…行きますけど。隊長もですか?」
「アカン?」
「駄目ですって言っても勝手に付いてくるじゃないですか…」
綺麗な歯並びが弧を描いて覗き「今日何食いに行くん?」と隊長は普段よりも親しみやすい笑みを浮かべる。仕事中に向けられるものよりずっと柔らかいその顔に、小さく溜息をつく。抗うだけ無駄だ。
…案外私は、この顔に弱いらしい。
「着けばわかりますよ」
食欲をそそる匂いが、充満する飲食街を並んで歩く白と黒。私の歩幅に合わせて歩く隊長の他愛無い話に適度に相打ちを打つ。
最初こそ、嫌悪感しかなかったというのに。今では、ほんの少しだけ心地良い気もしている。
ぐう、と腹の虫が鳴く寸前で目的の店が見えた。
そこは非常に、こじんまりとした店構えで入口も女の私でも身をかがめて通らなければならないほど小さい。中は座敷になっていて、ずらりと壁に並ぶ木札に書かれた品書きたち。
「へー、こんなとこ知らんかったわ」
店内をぐるりと見まわして「何屋さんなん?」と木札を眺めている。
たい、はまぐり、どじょう、じゅんさい、ゆば等平仮名で書かれたものだけ見ると一体何の店だと思うだろう。
「お味噌汁ですね。これ全部」
「味噌汁?」
壁一面に並ぶ具材たちは全て味噌汁の中身のことだ。
ここは味噌汁専門店。瀞霊廷中探しても味噌汁だけで勝負している店なんてここだけであろう。
選ぶのは味噌汁だけで、ご飯、メインのおかずは固定である。とはいえ季節によって旬の食材を使った料理になるのでそれもまた飽きずに来れる理由のひとつだ。
私の説明に頷きながら、視線は壁の品書きを辿っている。
「えらい種類あるんやなあァ。白奈は何にするん?」
私はここに来たら必ず注文する、というのが決まっている。もちろん他のも頼みたい気持ちもあるのだが、この味噌汁が飲めるのはこの店の他にない。思い出しただけで、口の中に広がる出汁と味噌の風味が恋しい。
「私いつも、おとし芋なんです」
「おとし芋?」
隊長は聞いたことがないと言う風に首を傾げた。
おとし芋。白味噌で作られるそれは擦った大和芋が入っている味噌汁だ。出汁と白味噌の甘さがなんとも言えない美味しさで、擦り落とされた芋がふんわりとほどける食感がたまらない。
「白味噌が苦手でなければ美味しいですよ」
「白味噌かァ…」
あんまし得意ちゃうねんな…とまだ視線が品書きの上を行ったり来たりしている。数秒じっと悩んだ後「ほな俺は鯛にしよかな」と、注文をするために手をあげた。
「ここよく来るん?」
「たまにですかね。季節の変わり目あたりには来るようにしてますけど」
店内に漂う出汁の香りが鼻をくすぐる。料理が届くまでのこの時間も好きだ。味は勿論、店内の空間や盛り付け等も食事の一部だと思っている。全部ひっくるめて、“食べる”という行為が好きなのだ。
「味だけやなくて、店の空気込みで美味いってゆうのあるよなァ」
ぼんやりと湯呑を指先で回しながら溢した平子隊長の言葉に、思わず声が大きくなる。
「ッそうなんですよね!私も今同じこと考えてて!」
ぱちくりと琥珀色の瞳がいつもより大きく開く。驚いたような表情の隊長に、しまったと思った。勢いが良すぎた、とじわじわ顔に熱が上がっていくのを感じる。
「はは、ほんま食いしん坊やなァ」
そう言って湯呑越しに細められた目から逃げるように、私はお茶を流し込んだ。
「お待たせしました」
ふわりと漂う出汁の香り。
かやくご飯に今日は鶏の照り焼き。酢味噌で和えた胡瓜と小さな小鉢がひとつ。
漆椀の中には、淡いクリーム色の味噌汁。湯気と一緒にふわりと立つ甘い香りに、思わず頬が緩む。
「いただきます」
ゆらゆらと揺れる湯気をひとつ吐息で逃がし、そっと椀へ口をつけた。口いっぱいに広がる白味噌の風味と擦った芋の甘み。染み渡る味噌汁の温かさがすっと身体の中に落ちていく。
「お、鯛の出汁がしっかり効いてて美味いな」
隣の平子も気に入ったようで、次から次へと箸が動いている。美味いと食べ進める平子の様子をちらりと盗み見ると、自分の椀に目線を落とした。
「……平子隊長。よかったら一口いかがですか?」
白味噌は得意じゃないと言っていたが、この美味しさを知ってもらいたい。いや、でもわざわざ得意じゃないと知っているのに進めるのもどうなんだと悩むがもう口に出してしまったので遅い。
「…ええの?」
「え?あ、どうぞ」
ほな、一口もらうわ。と平子の口に運ばれる椀を見つめる。
味はどうだろうか。気に入ってくれるだろうか。なんてことを考えながら嚥下される瞬間を見守った。
「…自分めっちゃ見るやん」
「それ隊長が言います?いつも私のこと見てるじゃないですか…」
「あ、バレとった?」
そう言って笑う顔は、どこか楽しそうで。
「これ、むっちゃ美味いな。正直白味噌ってなァ、と思っとったけどイケるな。美味い」
—嬉しい。
純粋にそう思った。
私の好きなものが受け入れられたことに。苦手だと言っていたもののはずなのに。
「ふふ、よかったです。美味しいですよね、おとし芋」
湯気の向こうで「こんな美味いと思ってへんかったわァ」と平子が笑う。
なんだかその日はいつもより美味しい気がした。
