平子と日々を食む
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先日受けた「隊長命令」を、どうしたものかと考えている。あと数分で約束の定刻を告げる鐘が鳴る。
「…はあ」
隊長命令であるが、心底どうでもいい命令。
守る義理もないだろうが、所詮平隊士である私には無視していいものか。
時計の針は進み続けている。確かに今日、この後すぐにでも向かいたい場所がある。でも私は一人 がいい。悩んでいると一人の隊士が恐る恐るこちらに書類を差し出してくる。
「…あのぅ、未白さん。この書類なんですけどわからなくて…」
指し示された箇所を確認する。これなら時間もかからず説明できそうだ。
「此処とここ、関連している報告書がそちらにありますので、それを見ていただければいいかと」
「あぁ…!成程」
「あと、ここの修繕費の計算が間違っていますので見直しをお願いします」
時計の針が丁度てっぺんを指し、鐘が鳴る。
「それでは、時間ですのでお先に失礼します」
「あ、有難うございます。お疲れ様でした」
隊長の霊圧を探るとまだ隊首室にいるのを感じる。
—— よし、行ける
できる限り霊圧を抑え込む。目的の店へと向かう為に足早に隊舎を後にした。
「お前よくこの時間に未白さんに声かけれるよな」
「だって今日までにこの書類仕上げとかないと明日から任務なんっスよお…」
「今日は一段と冷たかったな…」
「でもさすが、打鐘さん。今日もぴったり…」
「だな…」
なんて残された隊士たちが話している事を知らず、頭を占めているのはこの後に待っている楽しみのことだけだった。
*
今日は絶対にこれと決めていた。
毎週木曜日限定で提供される鴨南蛮うどん。
しかも十食限定。これが人気ですぐになくなってしまう。
瞬歩を使いたいところではあるが、万が一霊圧を隊長に感知されては困るので念には念を、と急ぎ足で向かう。まあ、使えることを知られたくないというのも理由のひとつではあるが。
目的の店の前に着くと開店したばかりで店内にはまだ数人しかいない。その様子にほっと胸を撫で下ろし、店の中に足を踏み入れた。
一番奥のこじんまりした二人掛けの席がお気に入りだ。ここならばあまり他の客を気にせずに食事ができる為、勝手に指定席にさせてもらっている。
「鴨南蛮うどんひとつ。大盛りでお願いします」
店内はいつもより静かだ。今日は人が少ないのか、と思いながらお冷を口に含んだその時だった。目の前の椅子がガタリと引かれる。
「自分先行くとかほんまないわー。隊長命令やて言うたやん」
とここにいるはずのない平子隊長の声がして、思わず飲んだ水を吹き出しそうになった。
「ッ……ぶ!!平子隊長!?」
「汚なァ」と言いながらそのまま私の目の前の椅子に座る。「すんませーん!メニューもらえますー?」と平然と一緒の卓に着く平子隊長が信じられなくて、視線で抗議してみるがなんの効果もなかった。
「命令違反やで。ここ白奈の奢りな」
「…なぜここがわかったんですか」
平子隊長は渡された品書きを目で追いながら店員を呼ぶために手をあげた。
「霊圧消しとったみたいやけど、残念やったなァ。隊長を撒けると思ったらあかんで」
「……精進します」
「まあ、自分くらいにしては出来てるほうちゃうか」
ご注文は?とにこやかに注文を取りに来た店員に品書きを手渡した。
「天ぷらセット、冷たいので頼んます」と運ばれてきたお冷に口をつける。
「……なぜこちらに座るのですか?」
席は他にも空いている、とまだ空席が残る店内を指差した。
「前にも言うたやん。上官と部下、仲良うしよなって」
「お断りしたはずです」
カラカラと笑って、「そんな嫌がられると傷付くわァ」と何も気にしてない風にゴクリと水を飲み干した。
「そういや白奈チャンは何頼んだん?」
「……なんでもいいじゃないですか」
「はは、冷た」
何を話していいのかわからず、沈黙が妙に気まずい。かといって、こちらから話しかける気にもなれず、私は意味もなく汗をかいたグラスを指でなぞった。
「はい、鴨南蛮うどん。大盛りね」
目の前に待ちに待ったものが置かれる。湯気と共に出汁の香りが食欲を刺激する。
今すぐに食べたい。
だが、先に箸をつけるのはどうかと思い、ちらりと平子隊長を見ると「ええよ、先食べ」と柔らかく微笑まれた。
「自分、大盛りってめっちゃ食うやん」
気にせず「…別にいいでしょう」と手を合わせる。厨房の様子を伺ってみるが、まだ平子隊長の頼んだものが運ばれてくる気配はない。少し迷ったが「では、お言葉に甘えて」と割り箸をぱきんと割った。
ここの鴨南蛮うどんは瀞霊廷では珍しい、つけ麺タイプ。つるりとしたうどんを鴨の脂が浮いた熱い出汁にくぐらせる。口に運べば、鴨の濃い旨味と葱の甘みが重なった出汁が、麺によく絡んでいる。落ちてくる髪が邪魔になるので後ろでさっとまとめた。
鴨の風味と熱い出汁が口いっぱいに広がり、するりと喉に落ちていく。じゅわりと噛みしめた鴨肉の旨さに箸が止まらない。
「はい、天ぷらセットね」
少し遅れて平子隊長の分も運ばれてきたことで、隊長の視線が私に向けられていることに気が付く。思わず口元を手で覆い隠した。
「お、うまそうやん」
いただきます、と手を合わせて平子隊長も割り箸を割る。サクサクの衣に包まれた海老と数種類の野菜が、皿の上に並んでいる。平子隊長がつるつるとうどんを啜る様子を盗み見た。
「ん、うまい。流石白奈チャン」
そのまま大きな海老天が頬張られる様子を見て、「そうだろう、そうだろう」と心の中で頷く。なにせここは数あるうどん屋の中でもかなりのお気に入り。平子隊長の口に合ったようで、何よりだと思ったが、いや待て。
そもそも何故一緒に食事をしているのだと、はたと最初の疑問に戻る。
「白奈チャンのも一口もろてええ?」
返事をするより先に、私の盆がすっと平子隊長のほうへ引き寄せられた。
「ちょ、何を」
止める間もなく、箸に取られたうどんが鴨の出汁へと落ち、ずるずるっと啜られた。
「うわ、これめっちゃうまいやん。先言うてや!」
「ちょっと!勝手に人のうどん盗らないでくださいよ!」
慌てて盆を引き寄せる。
「ええやん、一口くらい」
「よくないです!」
お返しと言わんばかりにサツマイモの天ぷらをひょいっと掴んで口に放り込んだ。
「あ!お前勝手に盗んなや!泥棒!」
「…それ、隊長が言います?」
「ご馳走様でした」と手を合わせる。
お互い綺麗に食べ終わった皿を前に、ふうっと一息つく。
なんだかんだ楽しく食事を済ませてしまったことには、少し釈然としない。奪い取った天ぷらが美味しかったので、まあ、よしとしよう。
「次俺もそれにするわ」
「これ木曜日限定ですからね」
「ほんまに先言うてや…」
ほな、出よかと伝票を奪われた。
「…命令違反で私が会計なのでは?」
「ほな次ん時な」
「じゃあ、もう次はないですね」
さらっと「ご馳走さん」と会計を済ませ、そのまま店員に「うまかったわァ、可愛いお姉さんいるし余計かなァ」なんて軽口を叩いているのが目に入った。素直にお礼を言うつもりだったのに、気が失せる。だが、上官に奢られた身だ。店を出てすぐに「ごちそうさまでした」と告げると、
「顔がそう言うてない」と揶揄われる。
「しかしめっちゃ美味かったわ」
「…それはよかったです」
「せや、ついでに上手い酒出す店とか知らん?」
「知りません」
「ほんま自分冷たいやっちゃなあ…」
言葉とは裏腹にけらけらと笑う平子に、じとりと睨む。
「次も美味いとこ、楽しみにしてるわ」
「だから、ご自身で探してくださいってば…」
今回は見つかってしまったが、次回からは霊圧をもっと上手く隠さねばと、心に誓うのだった。
「…はあ」
隊長命令であるが、心底どうでもいい命令。
守る義理もないだろうが、所詮平隊士である私には無視していいものか。
時計の針は進み続けている。確かに今日、この後すぐにでも向かいたい場所がある。でも私は
「…あのぅ、未白さん。この書類なんですけどわからなくて…」
指し示された箇所を確認する。これなら時間もかからず説明できそうだ。
「此処とここ、関連している報告書がそちらにありますので、それを見ていただければいいかと」
「あぁ…!成程」
「あと、ここの修繕費の計算が間違っていますので見直しをお願いします」
時計の針が丁度てっぺんを指し、鐘が鳴る。
「それでは、時間ですのでお先に失礼します」
「あ、有難うございます。お疲れ様でした」
隊長の霊圧を探るとまだ隊首室にいるのを感じる。
—— よし、行ける
できる限り霊圧を抑え込む。目的の店へと向かう為に足早に隊舎を後にした。
「お前よくこの時間に未白さんに声かけれるよな」
「だって今日までにこの書類仕上げとかないと明日から任務なんっスよお…」
「今日は一段と冷たかったな…」
「でもさすが、打鐘さん。今日もぴったり…」
「だな…」
なんて残された隊士たちが話している事を知らず、頭を占めているのはこの後に待っている楽しみのことだけだった。
*
今日は絶対にこれと決めていた。
毎週木曜日限定で提供される鴨南蛮うどん。
しかも十食限定。これが人気ですぐになくなってしまう。
瞬歩を使いたいところではあるが、万が一霊圧を隊長に感知されては困るので念には念を、と急ぎ足で向かう。まあ、使えることを知られたくないというのも理由のひとつではあるが。
目的の店の前に着くと開店したばかりで店内にはまだ数人しかいない。その様子にほっと胸を撫で下ろし、店の中に足を踏み入れた。
一番奥のこじんまりした二人掛けの席がお気に入りだ。ここならばあまり他の客を気にせずに食事ができる為、勝手に指定席にさせてもらっている。
「鴨南蛮うどんひとつ。大盛りでお願いします」
店内はいつもより静かだ。今日は人が少ないのか、と思いながらお冷を口に含んだその時だった。目の前の椅子がガタリと引かれる。
「自分先行くとかほんまないわー。隊長命令やて言うたやん」
とここにいるはずのない平子隊長の声がして、思わず飲んだ水を吹き出しそうになった。
「ッ……ぶ!!平子隊長!?」
「汚なァ」と言いながらそのまま私の目の前の椅子に座る。「すんませーん!メニューもらえますー?」と平然と一緒の卓に着く平子隊長が信じられなくて、視線で抗議してみるがなんの効果もなかった。
「命令違反やで。ここ白奈の奢りな」
「…なぜここがわかったんですか」
平子隊長は渡された品書きを目で追いながら店員を呼ぶために手をあげた。
「霊圧消しとったみたいやけど、残念やったなァ。隊長を撒けると思ったらあかんで」
「……精進します」
「まあ、自分くらいにしては出来てるほうちゃうか」
ご注文は?とにこやかに注文を取りに来た店員に品書きを手渡した。
「天ぷらセット、冷たいので頼んます」と運ばれてきたお冷に口をつける。
「……なぜこちらに座るのですか?」
席は他にも空いている、とまだ空席が残る店内を指差した。
「前にも言うたやん。上官と部下、仲良うしよなって」
「お断りしたはずです」
カラカラと笑って、「そんな嫌がられると傷付くわァ」と何も気にしてない風にゴクリと水を飲み干した。
「そういや白奈チャンは何頼んだん?」
「……なんでもいいじゃないですか」
「はは、冷た」
何を話していいのかわからず、沈黙が妙に気まずい。かといって、こちらから話しかける気にもなれず、私は意味もなく汗をかいたグラスを指でなぞった。
「はい、鴨南蛮うどん。大盛りね」
目の前に待ちに待ったものが置かれる。湯気と共に出汁の香りが食欲を刺激する。
今すぐに食べたい。
だが、先に箸をつけるのはどうかと思い、ちらりと平子隊長を見ると「ええよ、先食べ」と柔らかく微笑まれた。
「自分、大盛りってめっちゃ食うやん」
気にせず「…別にいいでしょう」と手を合わせる。厨房の様子を伺ってみるが、まだ平子隊長の頼んだものが運ばれてくる気配はない。少し迷ったが「では、お言葉に甘えて」と割り箸をぱきんと割った。
ここの鴨南蛮うどんは瀞霊廷では珍しい、つけ麺タイプ。つるりとしたうどんを鴨の脂が浮いた熱い出汁にくぐらせる。口に運べば、鴨の濃い旨味と葱の甘みが重なった出汁が、麺によく絡んでいる。落ちてくる髪が邪魔になるので後ろでさっとまとめた。
鴨の風味と熱い出汁が口いっぱいに広がり、するりと喉に落ちていく。じゅわりと噛みしめた鴨肉の旨さに箸が止まらない。
「はい、天ぷらセットね」
少し遅れて平子隊長の分も運ばれてきたことで、隊長の視線が私に向けられていることに気が付く。思わず口元を手で覆い隠した。
「お、うまそうやん」
いただきます、と手を合わせて平子隊長も割り箸を割る。サクサクの衣に包まれた海老と数種類の野菜が、皿の上に並んでいる。平子隊長がつるつるとうどんを啜る様子を盗み見た。
「ん、うまい。流石白奈チャン」
そのまま大きな海老天が頬張られる様子を見て、「そうだろう、そうだろう」と心の中で頷く。なにせここは数あるうどん屋の中でもかなりのお気に入り。平子隊長の口に合ったようで、何よりだと思ったが、いや待て。
そもそも何故一緒に食事をしているのだと、はたと最初の疑問に戻る。
「白奈チャンのも一口もろてええ?」
返事をするより先に、私の盆がすっと平子隊長のほうへ引き寄せられた。
「ちょ、何を」
止める間もなく、箸に取られたうどんが鴨の出汁へと落ち、ずるずるっと啜られた。
「うわ、これめっちゃうまいやん。先言うてや!」
「ちょっと!勝手に人のうどん盗らないでくださいよ!」
慌てて盆を引き寄せる。
「ええやん、一口くらい」
「よくないです!」
お返しと言わんばかりにサツマイモの天ぷらをひょいっと掴んで口に放り込んだ。
「あ!お前勝手に盗んなや!泥棒!」
「…それ、隊長が言います?」
「ご馳走様でした」と手を合わせる。
お互い綺麗に食べ終わった皿を前に、ふうっと一息つく。
なんだかんだ楽しく食事を済ませてしまったことには、少し釈然としない。奪い取った天ぷらが美味しかったので、まあ、よしとしよう。
「次俺もそれにするわ」
「これ木曜日限定ですからね」
「ほんまに先言うてや…」
ほな、出よかと伝票を奪われた。
「…命令違反で私が会計なのでは?」
「ほな次ん時な」
「じゃあ、もう次はないですね」
さらっと「ご馳走さん」と会計を済ませ、そのまま店員に「うまかったわァ、可愛いお姉さんいるし余計かなァ」なんて軽口を叩いているのが目に入った。素直にお礼を言うつもりだったのに、気が失せる。だが、上官に奢られた身だ。店を出てすぐに「ごちそうさまでした」と告げると、
「顔がそう言うてない」と揶揄われる。
「しかしめっちゃ美味かったわ」
「…それはよかったです」
「せや、ついでに上手い酒出す店とか知らん?」
「知りません」
「ほんま自分冷たいやっちゃなあ…」
言葉とは裏腹にけらけらと笑う平子に、じとりと睨む。
「次も美味いとこ、楽しみにしてるわ」
「だから、ご自身で探してくださいってば…」
今回は見つかってしまったが、次回からは霊圧をもっと上手く隠さねばと、心に誓うのだった。
