短編
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広くないソファにお互いの身体を預け、画面の向こう側の物語を眺める。
画面の中の女はやっと愛を自覚したと言うのに、その愛した男は死んでしまう。全然映画の中のヒロインと私は違うのに、何故だか私みたいだなと思う。
隣で肘をつきながら、同じように映画を見る彼の横顔を盗み見る。どれくらい彼と過ごしているのだろう。
言葉はなかったがお互いに好意を抱いているのは間違いないはずだ。
抱きしめられた時にふわりと鼻をくすぐる甘い彼の匂いが好きだった。
愛を確かめ合う行為の時に、私を甘やかすように頭を撫でる手からは確かに目に見えない愛がある。そう信じている。
例え彼が何者であるかを知らなくても。
歳はいくつで、何処に住んでいて、仕事は何をしているのか。愚かだとは思う。だが、彼がどんな人間だろうが、隣で笑いあえていればそれだけでいいと思っていた。はずだったのに。
テーブルの上で食べかけのアイスが私の心の中を映し出しているかのようにドロドロに溶けていた。
「ねえ、真子君」
何故口にしてしまったのだろう。
それもこれも画面の中の可哀想な女のせいだ。
「好き」
彼の目線が映画から私に移り、その琥珀色の瞳が大きく開いた。
一瞬言葉に詰まり、その美しい金髪をぐしゃりと掻き乱した。
時間を置いて返ってきた返事は予想通りだった。当たって欲しくなんてなかったのにな。
「……おおきにな」
そんな顔をしないで欲しい。
細められた目は確かに私を好きだと言っているのに。何故そんな悲しそうな笑みを浮かべているのだろう。
彼が何かを隠しているのには気付いていた。決して私には話してくれない、きっと彼自身の根っこの部分。
隣にいるだけでいいだなんて綺麗ごとを自分自身に言い聞かせていたけれど、本当は彼の心に触れたくて仕方がなかったのだ。
平子真子という愛おしい男のことを知りたくて溜まらない。ドロリと私の中の黒い感情が溢れてくる。
「ねえ、私たちもう会うのやめようか?」
溢れてくる黒いモノを無理やりに押し込んで、いつも通りを装う。こんな私を知らないでほしい。
「……もう2年くらい経つか?」
始まりはお気に入りのバーだった。
常連同士という事もあって、ちょっとしたきっかけから徐々に距離を詰めていったように思う。
沢山映画も見たし、レコードショップでああだこうだと言い合いながら揃えたレコードは私の部屋の壁に飾られている。
「そんなに経つっけ?長いようで早いね」
「…ごめんな」
きっと最後になるだろうから、これくらいは許してほしいと平子の肩に自身の頭を乗せた。
いつもならあやすように頭に手を置いてくれるはずなのに。
「ごめんって何が?」
「…何でも、や」
「……変なの」
ただ私の気持ちに「好き」だと返してくれたらいいだけなのに。
彼にはそんな簡単なことが難しいのだろう。
その証拠に一緒に揃えた家具以外で真子君のモノは何もなかった。彼の私物はお揃いのマグカップと歯ブラシ程度。いつだって離れられる準備もできていたのだ。
「好きだよ、真子君のこと」
泣きそうな顔をしないでほしい。
泣きたいのは私だ。
振られているのは私でしょう?
「……おおきにな」
変わらない答えに叫びだしそうな想いを吞み込んで私は今日この愛おしい人とさようならをする。
私の心は大雨だというのに、窓から覗いているのは雲一つない晴れた空だった。
「ねえ、最後に何か面白い話してよ」
「おもろい話なァ…なんかあったやろか」
どうせなら笑って別れたほうがいいだろう。これくらい踏み込ませてほしい。
「あ、せや。昔起きたら部下に髪切られてて坊主なったことあったなァ」
伸ばすん大変やったわ、と昔ここくらいまで髪あってん。と腰くらいに手を当てる。
「え、それ面白い…?」
「まァ、今となっては?」
「ふふ、何それ」
腰くらいまである長髪の真子君、見たかったな。
あまり教えてくれなかった過去の彼の話を最後に聞けてよかったと思う。
「ね、今までありがとう」
「…白奈」
「これ、片付けちゃうね」
テーブルの上に並んでいたお揃いのマグカップを流し台へと持っていく。すっかり冷めた飲みかけのコーヒーを泣きたい気持ちと一緒にシンクに流した。
まだ私は泣くわけにはいかない。
さっと真子君の荷物を持ち、「はい、荷物」と無理矢理押し付けた。真子君がどんな顔をしているかなんて見る勇気は私にはない。
できるだけ明るく、泣きそうだなんて気取られないように玄関へと真子君の背中を押した。
玄関先で何かを言いたげにしている真子君に気づかないふりをして、扉を開けた。
瞬間ぶわりと外のじめっとした暑い空気が入り込んでくる。
「じゃあ、元気でね!」
涙が零れる一歩手前。なんとか扉を閉めることができた私はその場にずるずると座り込んだ。
戸の向こう側にまだ真子君がいる気配がする。
どれくらいそうしていたのか。コツコツと離れていく革靴の音に耳を澄ませた。
嗚呼、終わってしまった。終わらせてしまった。
溢れ落ちる涙を手で拭ったこの日のことは生涯忘れることはないだろう。
静まり返った部屋にはただただエンドロールが流れていた。
———————————————
「好き」
その言葉に「俺も」と返したかった。
彼女と過ごす時間は俺にとっては唯一、何も考えずただの平子真子でいられたからだ。
沢山映画も一緒に見た。
映画というより画面の向こう側のフィクションを楽しげに見る彼女を見ているのが好きだった。
きっと彼女は俺に盗み見られていることなんぞ微塵も気づいていなかっただろう。
さり気ないふとした日常がたまらなく心地よくて、彼女が笑う度にこの笑顔を守っていきたいとそう思った。
これが愛おしいという感情なのかと気が付いたのはどれくらい前だったろうか。
だが、それを伝えることは俺にはできない。
まだ藍染との決着も付いていないし、仮面の軍勢のこともある。
何より彼女と生きる世界が違うのだ。
人間である彼女の隣でずっと守ってやれないのならば、俺に縛り付けてはならない。
どうせ時が来れば離れなくてはいけないのだ。頭ではわかっていても、心が離れてくれなかった。
タイミングとしては結果よかったのかもしれない。そろそろ動き出す頃合いだろうから。
「好きだよ、真子君」
頭の中で何度も彼女の言葉がリフレインする。泣きそうに笑う顔が瞼の裏にこびりついて消えてくれない。
そんな顔をさせたい訳ではなかったのに。守りたいと思っていたのに、結果傷つける道を選んだ自分を恨む。だがずるずると彼女の心地よい愛に浸ってここまで来てしまったのは俺だ。
「愛してる」
そう返せたらどれだけよかったか。彼女を傷つけるとわかっていても同じ愛を返すことができず、なんとも残酷な言葉を吐くしかなかった。扉の向こうですすり泣く彼女の涙を拭って、抱き寄せられたらどれだけ良かっただろう。
ポケットの中でけたたましく着信を告げる携帯電話が、理性を離そうとした俺を繋ぎ止める。
ディスプレイには「ひよ里」の文字。
早く出なければ、お得意の飛び蹴りをかまされるだろうと後ろ髪を退かれながら彼女の部屋を後にした。
「…もしもーし。平子ですけどォ」
「さっさと出んかい!このハゲェ!!」
「やかましいわ、こっちだって色々忙しいねん」
「あぁ!?忙しいてなんや!さっさと黒崎一護連れてこんかい!!」
「わかっとる、今準備してるとこや。やいやい言いなや」
今ひよ里と話せてよかったと思う。自分の立ち位置を確認できたから。
彼女の為にできることがあるならば、あの裏切り者から空座町を守り変わらない日常を送れるようにすることだ。
願わくば彼女がもう泣くことがありませんように。
*
藍染達との戦いに終止符を打った暫く後。
長年潜伏した現世を離れ、尸魂界に五番隊の隊長として過ごすようになって数日。
任務ついでに現世に残していたレコード等を取りに戻るかと、久しぶりに彼女と過ごした街へと足を踏み入れた。
彼女が住むマンションを遠目に眺める。
一目元気そうな姿を見れればなんて、なんと未練がましいことかとため息を吐いた。
「…会えるわけないやろ」
今の自分を彼女が視える訳もない。バタバタと死覇装が風に靡いて音を立てる度自分と彼女の住む世界が違う事を突き付けられる。帰るか、と穿界門を開こうとした時だった。
マンションのエントランスから出てくる男女が見えた。白奈だ。
楽し気に肩を並べて歩く二人の背を呆然と眺める。胸の奥から、黒い感情がじわりと滲む。
その男は一体誰だ?その笑顔を他の奴に見せないで欲しい。付き合っているのか?
じわじわと嫌な感情が心を支配していく。
幸せになってほしいと願ったはずなのに。
彼女が笑って過ごせる日々を願っていたはずだったのに。
こんなにも隣にいるのが自分でないことが許せないだなんて。
痛む目の奥を自身の手で覆った。
「はは…きっつ…」
こんなことならば会いに来なければよかった。溢れる想いを自覚せずに済んだのに。
これ以上ここに居れば無理やりにでも彼女の視線を奪いたくなる。
「…愛しとったで」
伝えたくても伝えられなかった言葉を今ここで吐くことを許して欲しい。
小さく遠のいていく彼女の背を見送って、穿界門を開けた。
その瞬間彼女の瞳がこちらを向いたことを知らずに。
「……姉貴?」
一瞬自分を見る懐かしい、愛おしい視線を感じた気がする。
当然振り返ってもその姿は見えなかったのだが。
気のせいかと、まだまだ自分も未練がましいなと苦笑いを零した。
「ううん、なんでもない」
乾いていたはずのアスファルトに、ぽつりと小さな影が落ちる。
空を見上げれば薄墨色の雲が静かに広がっている。
湿った土の雨の匂いが、頬を撫でて通り過ぎた。
画面の中の女はやっと愛を自覚したと言うのに、その愛した男は死んでしまう。全然映画の中のヒロインと私は違うのに、何故だか私みたいだなと思う。
隣で肘をつきながら、同じように映画を見る彼の横顔を盗み見る。どれくらい彼と過ごしているのだろう。
言葉はなかったがお互いに好意を抱いているのは間違いないはずだ。
抱きしめられた時にふわりと鼻をくすぐる甘い彼の匂いが好きだった。
愛を確かめ合う行為の時に、私を甘やかすように頭を撫でる手からは確かに目に見えない愛がある。そう信じている。
例え彼が何者であるかを知らなくても。
歳はいくつで、何処に住んでいて、仕事は何をしているのか。愚かだとは思う。だが、彼がどんな人間だろうが、隣で笑いあえていればそれだけでいいと思っていた。はずだったのに。
テーブルの上で食べかけのアイスが私の心の中を映し出しているかのようにドロドロに溶けていた。
「ねえ、真子君」
何故口にしてしまったのだろう。
それもこれも画面の中の可哀想な女のせいだ。
「好き」
彼の目線が映画から私に移り、その琥珀色の瞳が大きく開いた。
一瞬言葉に詰まり、その美しい金髪をぐしゃりと掻き乱した。
時間を置いて返ってきた返事は予想通りだった。当たって欲しくなんてなかったのにな。
「……おおきにな」
そんな顔をしないで欲しい。
細められた目は確かに私を好きだと言っているのに。何故そんな悲しそうな笑みを浮かべているのだろう。
彼が何かを隠しているのには気付いていた。決して私には話してくれない、きっと彼自身の根っこの部分。
隣にいるだけでいいだなんて綺麗ごとを自分自身に言い聞かせていたけれど、本当は彼の心に触れたくて仕方がなかったのだ。
平子真子という愛おしい男のことを知りたくて溜まらない。ドロリと私の中の黒い感情が溢れてくる。
「ねえ、私たちもう会うのやめようか?」
溢れてくる黒いモノを無理やりに押し込んで、いつも通りを装う。こんな私を知らないでほしい。
「……もう2年くらい経つか?」
始まりはお気に入りのバーだった。
常連同士という事もあって、ちょっとしたきっかけから徐々に距離を詰めていったように思う。
沢山映画も見たし、レコードショップでああだこうだと言い合いながら揃えたレコードは私の部屋の壁に飾られている。
「そんなに経つっけ?長いようで早いね」
「…ごめんな」
きっと最後になるだろうから、これくらいは許してほしいと平子の肩に自身の頭を乗せた。
いつもならあやすように頭に手を置いてくれるはずなのに。
「ごめんって何が?」
「…何でも、や」
「……変なの」
ただ私の気持ちに「好き」だと返してくれたらいいだけなのに。
彼にはそんな簡単なことが難しいのだろう。
その証拠に一緒に揃えた家具以外で真子君のモノは何もなかった。彼の私物はお揃いのマグカップと歯ブラシ程度。いつだって離れられる準備もできていたのだ。
「好きだよ、真子君のこと」
泣きそうな顔をしないでほしい。
泣きたいのは私だ。
振られているのは私でしょう?
「……おおきにな」
変わらない答えに叫びだしそうな想いを吞み込んで私は今日この愛おしい人とさようならをする。
私の心は大雨だというのに、窓から覗いているのは雲一つない晴れた空だった。
「ねえ、最後に何か面白い話してよ」
「おもろい話なァ…なんかあったやろか」
どうせなら笑って別れたほうがいいだろう。これくらい踏み込ませてほしい。
「あ、せや。昔起きたら部下に髪切られてて坊主なったことあったなァ」
伸ばすん大変やったわ、と昔ここくらいまで髪あってん。と腰くらいに手を当てる。
「え、それ面白い…?」
「まァ、今となっては?」
「ふふ、何それ」
腰くらいまである長髪の真子君、見たかったな。
あまり教えてくれなかった過去の彼の話を最後に聞けてよかったと思う。
「ね、今までありがとう」
「…白奈」
「これ、片付けちゃうね」
テーブルの上に並んでいたお揃いのマグカップを流し台へと持っていく。すっかり冷めた飲みかけのコーヒーを泣きたい気持ちと一緒にシンクに流した。
まだ私は泣くわけにはいかない。
さっと真子君の荷物を持ち、「はい、荷物」と無理矢理押し付けた。真子君がどんな顔をしているかなんて見る勇気は私にはない。
できるだけ明るく、泣きそうだなんて気取られないように玄関へと真子君の背中を押した。
玄関先で何かを言いたげにしている真子君に気づかないふりをして、扉を開けた。
瞬間ぶわりと外のじめっとした暑い空気が入り込んでくる。
「じゃあ、元気でね!」
涙が零れる一歩手前。なんとか扉を閉めることができた私はその場にずるずると座り込んだ。
戸の向こう側にまだ真子君がいる気配がする。
どれくらいそうしていたのか。コツコツと離れていく革靴の音に耳を澄ませた。
嗚呼、終わってしまった。終わらせてしまった。
溢れ落ちる涙を手で拭ったこの日のことは生涯忘れることはないだろう。
静まり返った部屋にはただただエンドロールが流れていた。
———————————————
「好き」
その言葉に「俺も」と返したかった。
彼女と過ごす時間は俺にとっては唯一、何も考えずただの平子真子でいられたからだ。
沢山映画も一緒に見た。
映画というより画面の向こう側のフィクションを楽しげに見る彼女を見ているのが好きだった。
きっと彼女は俺に盗み見られていることなんぞ微塵も気づいていなかっただろう。
さり気ないふとした日常がたまらなく心地よくて、彼女が笑う度にこの笑顔を守っていきたいとそう思った。
これが愛おしいという感情なのかと気が付いたのはどれくらい前だったろうか。
だが、それを伝えることは俺にはできない。
まだ藍染との決着も付いていないし、仮面の軍勢のこともある。
何より彼女と生きる世界が違うのだ。
人間である彼女の隣でずっと守ってやれないのならば、俺に縛り付けてはならない。
どうせ時が来れば離れなくてはいけないのだ。頭ではわかっていても、心が離れてくれなかった。
タイミングとしては結果よかったのかもしれない。そろそろ動き出す頃合いだろうから。
「好きだよ、真子君」
頭の中で何度も彼女の言葉がリフレインする。泣きそうに笑う顔が瞼の裏にこびりついて消えてくれない。
そんな顔をさせたい訳ではなかったのに。守りたいと思っていたのに、結果傷つける道を選んだ自分を恨む。だがずるずると彼女の心地よい愛に浸ってここまで来てしまったのは俺だ。
「愛してる」
そう返せたらどれだけよかったか。彼女を傷つけるとわかっていても同じ愛を返すことができず、なんとも残酷な言葉を吐くしかなかった。扉の向こうですすり泣く彼女の涙を拭って、抱き寄せられたらどれだけ良かっただろう。
ポケットの中でけたたましく着信を告げる携帯電話が、理性を離そうとした俺を繋ぎ止める。
ディスプレイには「ひよ里」の文字。
早く出なければ、お得意の飛び蹴りをかまされるだろうと後ろ髪を退かれながら彼女の部屋を後にした。
「…もしもーし。平子ですけどォ」
「さっさと出んかい!このハゲェ!!」
「やかましいわ、こっちだって色々忙しいねん」
「あぁ!?忙しいてなんや!さっさと黒崎一護連れてこんかい!!」
「わかっとる、今準備してるとこや。やいやい言いなや」
今ひよ里と話せてよかったと思う。自分の立ち位置を確認できたから。
彼女の為にできることがあるならば、あの裏切り者から空座町を守り変わらない日常を送れるようにすることだ。
願わくば彼女がもう泣くことがありませんように。
*
藍染達との戦いに終止符を打った暫く後。
長年潜伏した現世を離れ、尸魂界に五番隊の隊長として過ごすようになって数日。
任務ついでに現世に残していたレコード等を取りに戻るかと、久しぶりに彼女と過ごした街へと足を踏み入れた。
彼女が住むマンションを遠目に眺める。
一目元気そうな姿を見れればなんて、なんと未練がましいことかとため息を吐いた。
「…会えるわけないやろ」
今の自分を彼女が視える訳もない。バタバタと死覇装が風に靡いて音を立てる度自分と彼女の住む世界が違う事を突き付けられる。帰るか、と穿界門を開こうとした時だった。
マンションのエントランスから出てくる男女が見えた。白奈だ。
楽し気に肩を並べて歩く二人の背を呆然と眺める。胸の奥から、黒い感情がじわりと滲む。
その男は一体誰だ?その笑顔を他の奴に見せないで欲しい。付き合っているのか?
じわじわと嫌な感情が心を支配していく。
幸せになってほしいと願ったはずなのに。
彼女が笑って過ごせる日々を願っていたはずだったのに。
こんなにも隣にいるのが自分でないことが許せないだなんて。
痛む目の奥を自身の手で覆った。
「はは…きっつ…」
こんなことならば会いに来なければよかった。溢れる想いを自覚せずに済んだのに。
これ以上ここに居れば無理やりにでも彼女の視線を奪いたくなる。
「…愛しとったで」
伝えたくても伝えられなかった言葉を今ここで吐くことを許して欲しい。
小さく遠のいていく彼女の背を見送って、穿界門を開けた。
その瞬間彼女の瞳がこちらを向いたことを知らずに。
「……姉貴?」
一瞬自分を見る懐かしい、愛おしい視線を感じた気がする。
当然振り返ってもその姿は見えなかったのだが。
気のせいかと、まだまだ自分も未練がましいなと苦笑いを零した。
「ううん、なんでもない」
乾いていたはずのアスファルトに、ぽつりと小さな影が落ちる。
空を見上げれば薄墨色の雲が静かに広がっている。
湿った土の雨の匂いが、頬を撫でて通り過ぎた。
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