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『第17章』灰崎と黄瀬







試合が終わり、わたしは灰崎くんを探していた。福田総合の控えにはもう彼はいなかった。彼は涼太くんに対して行き場のない怒りをぶつけるのだろうか、そうなると待ち伏せする可能性もある。
出口にいるのかと向かう途中で、黒のドレッドヘアの彼の後ろ姿を見つけた。
わたしは彼のジャージの裾を掴み声をかけた。


『……灰崎くん』


「……んだよ」


いつもの軽口ではなく、どことなく不機嫌で、敵意しか感じないオーラを纏っていた。


ーーーーーごくん。


ここまで黒いオーラを纏った彼をみるのは初めてかもしれない。なんだかんだ彼には軽口を叩く余裕がどこかあった。
強制退部の時は、どちらかというと悲壮感の方が大きかったのかもしれない。ただ、今は違う。


『もう、帰るの…?』


「…さーな、…リョータを潰してスッキリしてから帰るかもなァ……だから、離せよ」


きっとこの裾を離したら、彼は出口に向かい涼太くんを待ち伏せするだろう。
次の試合を楽しみにしている、みんなのためにもそんなことさせない。


『…ダメだよ、涼太くんは次私たちと戦うんだから。…それに、灰崎くんだって離して欲しくないでしょ?』



きっと心のどこかで、“止めて欲しい”って、思っているでしょ?



「はぁ……オマエはなんでオレにつっかかんだよ。大切なリョータくんを傷つけられたくないからか?なら代わりにお前を潰してやろうか!?」


『!っ、んん!!』


腕を掴まれ、反対の手で口を塞がれ、人気のいないおそらく関係者立ち入り禁止だろうか?暗い通路の奥へと押し込まれた。
モップ入れの入っているだろう、掃除用具ロッカーの奥の死角へと追いやられ、壁際に打ち付けられた。


『んーー!!』(離して!!)


「なんで学習しねェの?言ったよなオレ、次会った時犯すって……なんでまた近づいてくんだよ…っ」


『……』


だって灰崎くんは、きっとバスケが好きなはず。キセキのみんなとずっといたかったはずなんだよ。1年生の時、みんなで過ごした時間がなくなったわけじゃない。


征十郎が下した決断が悪いとも思わない。


プライドとかそういうわかっていても止められない意地が、男の人にはあると思うから。灰崎くんのそれを涼太くんが壊してしまうとか、未来を読んでしまっていたかもしれないから。


それでも私は、灰崎くんは根から悪い人じゃなくて、バスケを好きだと信じてるから。


だから、そんな私を犯すとか、無理やり意地で手を出すことないんだよ…?



「何がいいてえことでもあんのかよ…」


私の目をみて、大声を出すわけではないのだろうと、彼は私の口を塞いでいた手を離した。腕は拘束したままだけども。


『…もう悪い人のふり、しなくていいじゃない…素直になって、いいのに…』


「は?」


『征十郎もいない、涼太くんもいない。新しいチームで1から作り上げればいいじゃない、灰崎くんのバスケを』


「オレは別に好きでバスケやってねェ」


『…嘘だよ、じゃないとここで会うわけないじゃんか。悔しかったよね、涼太に負けて、征十郎に未来を言われて…でも、だからって灰崎くんのバスケが終わるわけじゃな…』


「うるせーよ!!わかったような口を聞くんじゃねーよ!!オマエに何がわかんだよ!?」


赤司に強制退部させられて、涼太に負けると言われた。

だから勝ちたかった。

そんで赤司のいうことは間違ってたと、認めさせたかった。

オレを退部させたこと、後悔させたかった。



「結局赤司のいうとおりだったじゃねーかよ…」

リョータに負けた。


「オレにはもうバスケやる理由なんかねェんだよ!」


『大好きなバスケだからムカついたんでしょ!?見返したかったんでしょ!?なら一回負けたくらいで諦めないでよ!』


「!!…くそ!」


『!んっ………っふ……」


灰崎くんは荒々しく私の口を自分の口で塞いだ。これ以上聞きたくないと拒絶するように。


でも流れてくる。


彼の悔しさ、歯痒さ、苛立ち、悲しみ……


頬が濡れた。彼が流した一雫の涙が私の頬にぶつかり広がる。


「…オマエだって赤司のモンじゃねーかよ、リョータの味方じゃねーかよ………なのになんでいつも


オレのこと追いかけてくんだよ…


放っておいてくれねーんだよ…」


オレがサボってたときも呼び戻そうとしてくれた。
オレが退部させられたときも追いかけてきた。

虹村さんもオマエも、今で言う、“キセキのやつら”も仲間だと思ってた。

でもそう思っていたのはオレだけだったのかもしれない。


「オレがリョータボコればさすがに呆れんだろ!?見放すんだろ!?」


『ぐっ………ぁ……っ』


灰崎くんは感情的に私の首を片方の大きい手で締めつけた。
酸素が回ってこなくて苦しい。
なんでそんなに辛そうな顔で言うんだろう。心にも思ってないことを言わなくていいのに。
まるで見放さないでくれって叫んでるように。



『…っしん、じて…っるから…な、かま…だか……はっ』


灰崎くんは私の首から手を離すと、すがるように両肩に手を置いてなだれ込んだ。



『けほっ……っはぁ…』



なかま……
オマエはまだそう思ってくれてたんだな。


いつだってオマエは同情なんかではなく、オレがバスケ好きだと信じてたんだな。そうやってアイツらも、虜にしたんだろうな。


「奪いてえよ、オマエを」


『は、いざき…』


「赤司から奪いてえ、クソが…なんで誰かのモンなんだよ…」


人のモノほど欲しくなる。
が、コイツは例外だ。それほどオレはコイツに昔から惚れてるんだろうな。


あきらめないでいる、リョータがすげーと思ってた。無駄なことしてるとバカにしてた。


「惚れた女はフリーでいて欲しいモンだな」


『なにいって……ひゃぁ!!』


灰崎くんは耳元で囁いたと思ったらそのまま舌で私の耳を舐め上げた。


そして私から離れ、強く抱きしめた。


「…もうなんもしねーよ、リョータにも。……んで、続けるわ、バスケ」


じゃーなと言って踵を返した灰崎くんは、声をかけたときとは違う、スッキリした表情と、いつもの飄々とした様子が窺えた。



『今度は!うちと試合してよね!!』


その言葉に振り返らずに、手だけ振りあげて去っていった。




彼とキセキの彼らとの絆がたとえなくなってしまっても、バスケしてれば取り戻せる機会もある。そして思い出が消えるわけではない。




『……虹村さん…』


あなたの後輩、あの時守れなくてごめんなさい。
今からでも遅くなかったですかねーーーーー。






征十郎も、早く戻ってきてーーーーーーーー。





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