『第16章』陽泉試合編
『「「………」」』
ゾーンに入った火神くんを、無言で見つめている私たちの空気を裂いたのは、戻ってきたリコさんだった。
「ちょ、どうしたのよ…何かあったの!?」
「カントク…」
「希望が見えてきたかもしれない」
『火神くんが…ゾーンに今入りました』
ここでなんと!氷室さんはパスを要求し、テツヤくん、日向先輩、伊月先輩の3人を華麗に抜いてみせる。
しかし、ゾーンに入った火神くんにミラージュシュートはもう通用しなかった。
(タイミングの問題とかじゃない…、一回目でも二回目でも、リリースしてもこの跳躍なら無意味だ)
「もはやこれは跳躍じゃない! まるで、鳥だ」
ミラージュシュート敗れる
さらに、火神くんはまさかの3Pシュートを放つと、入ったかを確認もしないで戻っていく。まるで緑間くんのように…。
愕然としている氷室さん。
ならば!と力でねじ伏せようとフルパワーの「破壊の鉄鎚」を繰り出したむっくん。
しかし、ゾーンに入った火神くんはそれすらもゾーン+前方に飛んだ力で弾き飛ばしてみせたのだ!
『むっくんが…っ!弾き飛ばされた!?』
あの彼が吹っ飛ばされ尻餅状態。
「悪かったな、ちょっと力入り過ぎちまった」
火神くんの言葉にますますムカつくむっくん。
「今の火神くんを止められるのは同じゾーンに入った者だけでしょうね…」
リコさんの発言に、でも、だとすれば陽泉側にもむっくんや氷室さんもゾーンに入れる可能性があるのでは?と土田先輩が返す。
『いえ、おそらくその可能性はありません…「ゾーン」とは平たくいえば「バスケが何よりも好き」という気持ちが強くないと入れない。唯一むっくんが欠けている感情なんです』
「じゃ、じゃあ氷室は!?」
「彼はまぁ・・・それ以前の問題じゃないかしら?」
そして火神くんは氷室さん以上のフェイクをしてみせる。さらに、火神くんの前に立ちはだかったむっくんに対し見せてのは・・・『エアウォーク』
あのむっくんより後から飛んだというのに、むっくんが先に落ちてしまうほどの長い滞空時間。
「体現できる奴がいるなんて!!」
そして4点差のところで、陽泉がタイムアウトをとった。
「だーかーらー、もういいや やーめた!交代してよ」
「何言ってんだよ紫原!!」
「だって、誰も火神止められないじゃん!」
当然、全員が激怒したが・・・ここで、氷室がグーで殴る。
「いいかげんにしろ、アツシ!まだ試合は終わっちゃいない!!」
一番嫌いな暑苦しい台詞に不快を露わにする紫原。
「そもそも室ちんなんて俺より火神に歯が立たないじゃん!才能が違うってわかんないの?」
青峰も黄瀬も氷室の実力はかっていた。
それでも「秀才」止まり。ゾーンに入れる程ではない。それをリコも話していたのだ。
「わかってるよ!そんな事は ずっとアイツの才能に嫉妬してきたんだからな!俺が喉から手が出るほど欲してるものを持ってるおまえがアッサリ勝負を投げようとしている。怒りで気が変になるぜ!」
「うっわ、引くわ」
呆然と見ていた紫原。しかし・・・
「つーか、初めてだよ!ウザ過ぎて逆にスゲェと思うのは」
リタイアしそうになった紫原の気持ちを引き戻したのだ。そして荒木監督にヘアゴムを要求する。
「今までで一番ヤバそうです」
コートに出てきた紫原を見て何かを感じ取るテツヤくんと火神くん。
『…むっくん…氷室さん…』
むっくんはバスケなんかつまらないと思っているけれど…私にはそうだと100%見えない。
もしかしたら…彼もゾーンに入ってしまう可能性も捨てきれないのだ。
「そうしようかと思ったけど、やっぱ捻り潰すわ。面倒臭いのは嫌だけど、負けるのはもっと嫌なの」
諦めたかと思ったと言うテツヤくんにそう宣言するむっくん。
「負けるの嫌なのは、僕も同じですから」
「…その目、ぽたちんと本当瓜二つだよね」
(諦めない意志のある目…)
…試合再開
むっくんだけじゃなく氷室さんまでもが吹っ切れてる事に気付く。ますます動きのキレがよくなっているのだ。
しかし、火神くんには完全にミラージュシュートは攻略されてしまった。
「認めるよ。やっぱりおまえはすごいよ、タイガ。約束の勝負はもう俺の負けでイイ。だが悪いな、それでも勝つのは 俺たちだ!!」
そう言うと、シュートからむっくんへのパスに変更したのだ。それでも、素早く反応した火神くんが彼を止めに入る。
しかし、「負けるのは嫌だ」と宣言したように、あのむっくんがそのまま押し込むのを止めて氷室さんへパスを出したのだ!
ーーまるで全中3連覇する前の、あの頃のように。
むっくんと征十郎のチームプレイも好きだった。むっくんにマークがついているとき、PGの彼にボールを戻すあの瞬間。
むっくんは征十郎のことを1番認めていたのも知っている、けどいつからか試合で、その場面が見れることはなくなってしまった。彼一人でマークがついていようが関係なくゴールを決めてしまえていたから。
「…雫ちゃん、涙が…」
『…っ、すみません、最近だめですね…本当…涙もろくて』
チームプレーが信条だった誠凛が火神くん頼みで、逆に陽泉が今、チームプレーで対応しているという皮肉な現状。それでも、両チームともに取りこぼせば命取り。
残り時間が2分を切った。
どっちも譲らない展開のまま残り1分で4点差。
勝つ為にはあの連携を止めなくてはならないのに、火神くんももうギリギリ。
「なんだなんだ、みんな暗いぞ!あと一歩じゃねーか、楽しんでこーぜ」
その声にみんなの顔が輝いた。
『おかえりなさい!木吉先輩!』
「心身ともにアツシに打ちのめされて尚・・・鉄心の名はダテじゃないか」
「何回捻り潰されれば気が済むの!しぶと過ぎでしょ!!」
「それが売りだからな」
「ただのピンチだろ?終わったわけじゃない」
楽しんでこーぜ!と声をかける木吉先輩、そして彼らを睨む陽泉。しかし、役者は揃った。ここからが本当の正念場。誠凛は陽泉の攻撃を全て止めなくてはならない。
ラスト1分の戦いが始まる。