『第15章』特訓と再確認
そして私は洛山高校が宿泊しているホテルの前についた。征十郎にメールを入れようと携帯を開いたとき、がやがやと声が聞こえた。
「試合のあとにあの練習はやばいっしょ!!」
「小太郎が下手なミスばかりするからでしょう?征ちゃんは勝つだけで満足するような主将じゃないのはわかってるでしょ?」
「調子乗ってたつもりはなかったのにいぃぃ」
「ハッハッ!帰ってたらふく飯を食えば疲れなんか取れるさ!!」
「それ永吉だけだと思う……」
「あら?可愛いセーラー服をきた女の子…」
「えっ!?なになに!?もしかしてオレのファンとかー?」
『あ、すみません…入り口に立ってて邪魔でしたよね』
「っ!可愛い!ねえ!どこの高校?もしかしてバスケ部のマネージャーとか!?」
「ちょっと小太郎!困らせちゃダメよ?勢いありすぎるのよあんたは」
「可愛いのはオレでもわかるぞ!筋肉が騒いでるぜ!」
『えっと…誠凛高校バスケ部マネージャーの、藍澤です』
「下の名前は!?何ちゃんって言うの!?」
『藍澤雫です、葉山小太郎さん』
これでも勝ちたいと願っているライバル校だ、全員のデータは頭に入ってる。
「もしかしてオレのファン…」
「雫、待たせてすまない」
凛とした声が葉山さんの声を遮った。
「赤司!」「征ちゃん!」
…征ちゃんの大切なひとっていう子で間違いなさそうな…それにしても宿に呼ぶなんて、征ちゃんも隅におけないわね!
「赤司の知り合い!?」
『中学時代マネージャーしていました、今日は征十郎に会いにきて…』
「勘違いしていたようだな小太郎、練習量足りなかったか?」
「いや!そんなことないよ!?もう大丈夫!ご飯食べないとな!な!永吉!?」
「おう!いくか!」
「征ちゃんの言ってた子に会えて嬉しいわ、またお話ししましょうね、雫チャン?」
「あ、はい。お騒がせしました、葉山さん、実渕さん、根武谷さんも、ゆっくり休んでくださいね。」
「やだわぁ、下の名前で呼んでくれていいのに、またね、雫ちゃん?」
「風呂上がりのストレッチはしっかりしておくんだぞ、それと永吉、食べ過ぎは体に悪いからほどほどにするように」
それぞれ返事をしながら、ホテルに入っていった。僕たちも行こうと征十郎は私を自室に招き入れる。途中洛山の生徒とすれ違うこともあったが、征十郎に挨拶をしっかりするだけで、茶化すような雰囲気もなかった。ただ物珍しいものを見るような視線だけ感じた。
『…本当にここでも5将を超えて主将しているなんて、すごいね』
征十郎には人を従えることのできるカリスマ性やオーラがある。けれど、きっと実力で反論を言われなかったのだろう。それほどまでにみんな征十郎を一年生なのに認めているのが伝わる。
部屋に入ると、征十郎はわたしを抱き寄せた。
「…香りが違うな、というよりは違う香りを移されたか…?涼太でもないな」
『…征十郎って犬なのかってくらい嗅覚いいよね』
「…はぐらかすな、僕のものになに匂いをマーキングされてるんだ」
これがヤキモチであればいいのに。そんな可愛いものじゃないのはすぐわかる。自分の所有物が他人に荒らされるのが嫌なだけなのだろうか。
「…大輝か?あいつらに卒業式と開会式で忠告したはずなのだが…雫、お前に隙がありすぎるせいではないか?」
『みんな大切な仲間だもの、隙とかそんなんじゃないよ、信用しているだけ』
「…気に食わないな、お前は僕だけ観ていればいいというのに」
征十郎は深く深くわたしに口付ける。青峰の匂いを消すように、強く抱きしめながら、髪の毛をすくい、自分の匂いを上書きするように。
そういえば、もう昔の征十郎のキスの感覚、忘れてしまいそうだな…。
それくらいもう今の征十郎に何回も求められるようにキスをされている。こんなことを言うと、また怒られてしまうだろうから、もう言わないけれど。
酸素が奪われすぎて涙が浮かび上がり、、腰が砕けそうになったところでやっと離された。
「…常にそのネックレスをつけてくれているんだな」
毎回会うたびに見える首元のネックレスは、卒業式の日に僕が雫に送ったものだ。名前と同じ、雫がモチーフになっている小ぶりなネックレス。
『…宝物だから』
以前の僕があげたものではない、今の僕が渡したものを身につけているだけで、心が満たされる。僕が肯定されているような、そんな気がして。
「…今日はクリスマスイヴだからな…という理由ではないんだが、雫の顔がどうしてもゆっくりみたかったんだ」
『…わたしも会いたかったよ、征十郎とゆっくり話をしたかった』
そして昔の征十郎や、他のキセキの世代や火神くんの話を敢えてせずに、音楽祭のノボルとの話をしたり、征十郎も京都でどう過ごしてるかなどたわいのない話をしていた。
IHのときの征十郎が嘘みたいに、威圧的な雰囲気は変わらないけれど、優しい時間を過ごせた。
『誕生日プレゼント、用意したんだけど、クリスマスプレゼントになっちゃったね』
「まさか用意してるなんて想像していなかったな…ありがとう、去年はきちんとお礼言えなかったからな」
征十郎にはスポーツタオルを渡した。イニシャルの刺繍の入った、オーダーメイドのものだ。
去年はちゃんと自分で渡せなかった。ただ、征十郎の携帯にお揃いの押し花のストラップがついている。それだけで彼が受け取ってくれたのだということはわかっていた。
そして僕も用意していると、もらったものはイニシャルの入った、クリスタルのペンだった。
『イニシャルつながりだね、マネージャーの必需品だ…ありがとう、嬉しい…』
「雫はいつもペンを持ち歩いていたからな」
『…よく、覚えてるね』
変わってしまって征十郎でも、同じ優しさがある。よくわたしのことを見ていてくれるから、嫌いになんてなれない。むしろ大好きな面影が見えてしまうと、好きが溢れてしまう。もっと触れたくなってしまう。
でもそれを行動にしてしまうと、いまの征十郎でいいと認識してしまうようで怖い。
「…雫、お前を抱きたい」
『っ!?なにを言って…』
いいって言うわけないじゃない、と返そうと思ったけれど、前回の無理矢理するのとは少し違う、わたしに同意を求めるかのように珍しく伺っているようだ。いまの征十郎は自信満々で、強気で命令口調なのに、なんだか少し、焦っているような、懇願しているような真剣な目だった。
どうしてそんな表情するの……?
「このWCで僕が負けることなどあり得ない。だが、僕はもともといないはずの人格だ。変わることなどありえないが、もし万が一…」
万が一、雫が望んでるあいつに戻ってしまったら?僕はもう彼女に触れられない。
「…好きだ、だから抱きたい」
そんなふうに懇願されたら、赤司征十郎を拒めるはずないのに。
それに、「好きだ」なんて、言わなかったのに、今言うなんて、ずるい人…。
涼太くん、青峰、ごめんなさい。
私はやっぱりどっちだろうと、赤司征十郎を否定して拒むなんて、できないんだ。
求められたら、それに応えることしかできないから。弱くて、私の方がずるいひと。
「雫…」
そのまま優しくキスをされ、わたしも受け入れた。
そのままクリスマスイヴは、征十郎の部屋で過ごし、気づいたら朝まで一緒にいた。