『第12章』WC予選リーグ
そして征十郎からつけられた痕も綺麗に消えた頃、音楽祭…コンクールが始まった。
出場する名前に私の名前を見つけ、待機していたのか、入口には橙家のノボルと、その母親がいた。
「なんでオマエが出ているんだ!?あんなにズタズタにしたのになんでまだ死なないのか!?亡霊か?」
『全て理解した上で、ここにいますけど』
「オレはオマエが死んでいる間も努力してきたんだ、負けるはずがない…大丈夫…大丈夫…大丈夫…」
そう呟きながら彼は会場に戻っていった。
ノボルの母親は苦い困ったような笑顔をこちらに向けて、私に一言呟いた。
「どうして……?」
『今日はただの宣誓布告です』
誠凛のみんなには、コンクールのことを話したけれど、WC前の大切な時期だし、先刻も言ったとおり今日はただの“宣誓布告”なのだ。
和成は緑間くんと来てくれた。
彼にもきっとノボルの話はしてあるのだろう、緑間くんに今日の私の星座のラッキーアイテム、こけしを預かった。
「これがあれば大事にはならないと思うが、気をつけるのだよ」
「真ちゃんに限ってはマジでラッキーアイテムないと死ぬこともあるからな笑笑」
『あ、ありがとう緑間くん、和成も…行ってくるね』
ノボルの演奏はたしかに成長していた。
丁寧で正確な音はもちろん昔からだけれど、海外で勉強したからだろうか?少しそこにダイナミックさが加わって、壮大にかんじた。
自分で弾くと、どう聴こえているか分からないのが難点だけど、私は私の音を奏でたいと思う。
宣誓布告、だけどそれに執着はしない。
自由で、楽しくて、嬉しくて、愛しくて…
それが2年前の演奏だった。
今回はそれに、悲しみ、悔しさ、不甲斐なさ、負の感情が加わり、それを耐えられる信念の強さ…。
そんな音を奏でられたらーーーーーーーーーーー。
“プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番”
センセーショナルなこの協奏曲…。初演からして賛否両論に分かれ、どこにも心が休まる事はない。
嵐のように吹き荒れたと思ったら、急に平静に成ったり、そして最後はまた爆発する。
前の私ならこの曲を淡々とこなすように弾けた。けど今は、それにより強弱がついて、初めてこの曲の良さが引き立つ。
「……音楽の世界でいったら、紛れもなく藍澤は10年に1人の天才なのだよ」
「…オレ、全くわからないけど、止まらないわ…鳥肌」
そして最優秀賞はまた、2年ぶりに“藍澤雫”が獲得した。
二位には橙ノボルがついた。
インタビューに彼女はこう答えたという。
『もう私の成長は止まりません。春にまた…今度はいまの曲に、打ち勝った結果論まで添えて演奏しましょう…全ての部門で』
「くっそー!クソクソクソクソ!!!なんでだよ!?なんでオレはアイツに勝てないんだよ!?あんなことしたのに…あんなことまでしたのに……ーーーーーーーーーアイツに春なんて、ない」
「雫ちゃんはすごいね…見ているだけの私とは違う。泪も、だからまた音楽始めたの?」
「……いや、結局オレは臆病で、家に縛られてたいだけさ」
「…ノボルが春までに大人しくしているとは思えない…、もう泪も、雫ちゃんも傷つけたくない…私に任せて…」
「……?ノア?」
そしてこの結果はニュースにもなり、父親の藍澤透にも、赤司征十郎にも届いた。
「泪のやつ、連絡わざとしなかったな…。そっか、雫はもう強くなって、どんなことも乗り越えてるんだな…オレも、そろそろチェックメイトといこうか」
“オレの愛しい妻と娘を壊したんだ、旧友なんて知らない。お前らはもう完全なる敵だよ、橙家”
一方洛山では、携帯の画面を見つめて、口角を上げる赤司がいた。
「赤司?携帯のトップニュース?なんのニュース?」
「…僕のいないところで、こんな大局を遂げるなんて…前の雫じゃ信じられないな」
「雫……藍澤、雫?すげー音楽の女神再復活って出てるじゃん…って、この子どっかでみたような…」
「…この子、帝光中のマネージャーだった…月バスに載っていたわよね?…もしかしてこの子が征ちゃんの大切な子…?」
「…春か、勝手に未来まで決めて、本当に僕のいうことを聞いてくれないね、お前は…」
“ もう私の成長は止まりません。春にまた…今度はいまの曲に、打ち勝った結果論まで添えて演奏しましょう…全ての部門で”
そう、ピアノ以外のフルート、ヴァイオリン、そして、バスケットボール…WCの勝利をね。
この秋の音楽祭での雫の宣誓布告は、橙家、そして、大好きな彼への宣誓布告だった。