『第10章』IH会場にて
洛山のミーティングは順調にとり行われていた。あとは主将から確認事項を改めて伝えてもらうだけだ。だが主将なしでミーティングを始めたのも、彼が10分も理由なしでいなくなるなど、入部して初めてであった。
丁度スケジュール確認を終えたところで、彼は戻ってきた。
「…すまない、待たせてしまったかな」
「いいえ、丁度用紙通りの確認は済んだところよ?後は主将から一言あれば…と言いたいところかしら」
「…言うことは一つ、勝つことだ。格下の相手であろうと手を抜くことを許しはしない。洛山の名に恥じぬ試合をしようではないか」
「任せてしまったな、玲央」
「気にしないで?征ちゃん…それより…彼女とは…」
実渕はおそるおそる伺った。
ポーカーフェイスを装う赤司征十郎はいつもと変わらないようにみえる…が、やはりどことなく不調にみえる。不機嫌という一言では治ることがない、色々な感情が混ざっている…。
強いて言うなら、心が痛がっているような……
「なぜこんな再会をしてしまったのか、自分に自問自答しているところだよ」
表情は変わらないのに、そのセリフはどこか後悔の色が混ざっていた。
こんな彼の声音は初めてだ。
「…力になれずとも、話をただ地蔵のように聞くことは私でもできるわよ…」
彼は少し黙った。考えている様子も伺えたが、すぐに話を連なった。
「僕は彼女を手放すつもりはない、もちろん傷つけるつもりもない。……だが彼女が他の男に揺さぶられているのをみて、僕の執念がそれを上回った」
「彼女が僕自身を見てくれないことが一番感情を乱される。そして今回初めて彼女に手をあげてしまった」
「…征ちゃん…」
「してはいけないことだとわかってはいても、僕に歯向かう言葉を封じ込めたかった。……玲央、もしかしたら僕はいつの日か彼女を殺してしまうかもしれない」
「征ちゃんっ!?そんなこと、しないしさせないわ?今回は、あんな噂のせいもあるわよ…」
「…会わない期間がこんなに執着を助長させるなんて、やはり早く僕の手元に置いておかないとならないな…」
語りすぎてしまったな、と、彼は携帯のストラップを熱のある目で数秒見つめた後、いつもの涼しい顔に戻り、指揮を取り始めた。
“ …いずれ会うことになるだろう。…彼女…それもそうだが最も大切なひとさ…、かわいいか、だと?そんなもの当たり前だ。可愛いなんかで表しきれないな”
大切なひとと言っていたのに、感情的になって大切にできないなんて…人間らしい感情じゃないの、征ちゃん…。
それほど彼女が彼を狂わせているということ。
実渕玲央はより一層その少女が気になってしまった。
ーーーーーーーーーーーーー早く会いたいわね。
征十郎が戻った後、私は呆然と少し考えていた。
弱るばかりの私ではもうない。
たしかに乱暴なことをされたり、傷つく言葉を言われ、前の私なら悲しみのどん底に陥り、恐怖に飲み込まれ、戦うことを放棄したかもしれない。
でも今は、誠凛高校の藍澤雫だ。
こんなことをする征十郎なんて、早く変えてあげないと、そのために勝たないといけない。その気持ちで乗り越えようと思った。
誠凛チームも負けて立ち上がり、涼太くんももう前を向いている。
私だって、征十郎に怯えて何もできない私ではない。そのために私は前を向き、歩く。
そしてWCまでにやるべきことがわかった。
“ お前は自分のことや身内のことも知ろうとしないくせに、僕や周りの干渉には忙しいみたいだな”
今まで目を背けていた、“藍澤家”のことだ。
わかっていた。背けて逃げていた。
それを言い当てられたのが、今の征十郎で、悔しかった。
これを明らかにしなければ、征十郎にバスケで勝っても、戻ったとしても意味がない。
でもまずは、誠凛に戻ろう。